[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

2016年04月29日

「リ・ボ・ン/堀ちえみ」 - 名曲のご紹介

今日は、「堀ちえみ」の「リ・ボ・ン」のご紹介です。

堀ちえみ(ほりちえみ、1967年2月15日 -)は、大阪府堺市東区出身の歌手、女優、タレントで、本名は加藤智栄美(かとうちえみ、旧姓:堀)です。

堀ちえみは、1981年に開かれた第6回ホリプロタレントスカウトキャラバンの優勝がきっかけで芸能界入りし、1982年に歌手デビューをします。

その翌年の1983年、TBSで放送されたドラマ「スチュワーデス物語」の主演で脚光を浴び、「教官!」「ドジでノロマな亀」のセリフは当時の流行語となり、 翌1984年に新語・流行語大賞にノミネートされ、大衆賞を受賞しました。

また、実子5人、現夫の連れ子2人の計7人の子どもがいる「子沢山」でも知られています。

今日は、そんな堀ちえみの、1985年1月23日に発売された通算13枚目のシングルである「リ・ボ・ン」をどうぞ。


リ・ボ・ン/堀ちえみ

堀ちえみは、この曲をもらったときに、ディレクターの渡辺有三が昔やっていたザ・ランチャーズのギターサウンドを彷彿とさせる曲で、その音に惹かれたとコメントしています。

また、TBS系「ザ・ベストテン」での最高位は8位でしたが、同番組での10位以内のランクインは同曲が最後となりました。
が、日本テレビ系列の「ザ・トップテン」では、1986年発売の「夢千秒」まで、10位以内のランクインを果たしています。

堀ちえみのエピソード

元タレントの堀美矢子は実妹。
ちえみと美矢子の間にいるもう一人の妹・堀一美は元近鉄バファローズ・横浜ベイスターズ外野手の中根仁夫人で、モデルの堀恵子とは従姉妹にあたります。
恵子の夫は、元ヤクルトスワローズ・中日ドラゴンズ投手の川崎憲次郎で、川崎とは義理の親戚関係にあたります。

1997年10月 - 1998年3月にNHKで放送された連続テレビ小説「甘辛しゃん」では、日本酒醸造所のスタッフの役で、「スチュワーデス物語」の教官役・風間杜夫と再共演を果たしました。

2006年6月13日から、サントリーCM{なっちゃん」の「CA~機内サービス篇」「CA~歩行訓練篇」において、新米客室乗務員(CA)堀北真希を指導する先任CA役として出演。
かつて主演した、「スチュワーデス物語」のその後の姿を彷彿とさせるキャラクターを演じました。

2010年4月、「スチュワーデス物語」以来のTBSドラマ「ヤンキー君とメガネちゃん」に出演。
このドラマでは、元スチュワーデスの設定で出演しています。
また、初のレシピブック「堀ちえみの子どもとたのしく パパッ!と母ごはん」が発売となりました。

同年5月、味の素「ほんだし」を使用したおにぎり5,555個を使用して、巨大アートを作成。
この記録は、ギネスブックに認定されています。


写真は、こちらからお借りしました。

2016年04月25日

「ラーメン大好き小池さんの唄」(オリジナル版)-シャ乱Qの作った小池さんへのトリビュート曲

今日は、ちょっと趣向を変えて、人気漫画がネタ元となって作られた曲のご紹介です。

藤子不二雄とスタジオ・ゼロによるギャグ漫画・「オバケのQ太郎」に、小池さんという中年男性が登場します。
この小池さんは、作品中に登場するときはいつも、100%、インスタントラーメンを食べています。
もうラーメンが好きで好きで仕方のない男性のようで、実際、その後結婚してからも毎日ラーメン三昧というスーパーぶりです。(^O^;

さて、1991年に行なわれた「第2回NHK-BSヤングバトル全国大会・グランプリ」で、音楽バンドのシャ乱Qが、この小池さんへのいわばトリビュート曲となる「ラーメン大好き小池さんの唄」を歌いました。
そして、その9年後の2000年3月23日には、そのリメイク版である「新・ラーメン大好き小池さんの唄」を発売しています。

今日は、そのシャ乱Qの、「ラーメン大好き小池さんの唄」のオリジナル版の方をどうぞ。


「ラーメン大好き小池さんの唄」(オリジナル版)/シャ乱Q

この曲の歌詞はこちら

♪小池さーん、小池さーん、好き好き~♪ (^O^)

何というか、もうどこまでも楽しい曲ですね。(^^)v

ちなみに、この小池さんが、何故いつもラーメンばかり食べているのか、その理由を私の別ブログの方でリサーチしましたので、もしよろしけばこちらもご覧下さい。(^^)

「オバケのQ太郎」に登場する小池さんは、何故いつもラーメンを食べている? | 雑学とトリビアの杜

2016年04月20日

オリジナルインスト、「日溜まりに咲く花」を公開しました!

皆さん、こんばんは。(^^)/

新曲ができたので、お知らせいたします。
曲名は、「日溜まりに咲く花」です。

今回は、現在私がメインで活動中のOKMusicで出会った音楽仲間、あずりんさんとのコラボ作品第2弾です。

あずりんさんが作曲された同名のピアノ即興曲に、私Super源さんが編曲して出来上がりました。(*^^)

今回は、オーケストラ風のアレンジに挑戦しました。(^^)
そのために、オーケストラ・アレンジの本を数冊買って勉強。
なので、こうして実際に曲が完成するまでに、約2年の歳月が…。(^o^;
そのわりには、学んだ知識があまり、というよりほとんど生かされていない感じが…。(^x^)モゴモゴ

\(・_\)ソノハナイハ (/_・)/コッチニオイトイテ

編曲はともかく、原曲はとてもきれいで、ちょっぴり切ないメロディーをもつ佳曲です。(^^)
どうぞ、お聴きになってみてくださいね。

誰でしゅか? 曲名は、『火だるまに泣く花』なの? とか言ってる人は。困った人でしゅ。
ダレモ イッテ ナ イッ テ!(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)

本日、「Super源さんの癒しの音楽館」の方で公開いたしました。(^^)

曲へのページへは、以下のリンクから直接行けます。

日溜まりに咲く花 - Super源さんの癒しの音楽館

ちなみに、あずりんさんとの第一弾はこちら。

また会う日まで - Super源さんの癒しの音楽館

もしよろしければ、こちらも聴いていただければと…。(*^^)

なお、感想などがありましたら、掲示板の方にいただけるとうれしいです。(^^)

それでは、どうぞお聴きください!(^O^)/

2016年04月18日

「メモリーグラス/堀江淳」 - 名曲のご紹介

今日は、堀江淳の「メモリーグラス」のご紹介です。

堀江 淳 (ほりえ じゅん、1960年10月19日 - )は、北海道苫小牧市出身のシンガーソングライターです。
元祖歌謡ファンクごちゃまぜポップスバンド、米米クラブなどで活躍するパーカッショニストの三沢またろうは中学の同級生。

堀江 淳は、1979年に、CBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)の第1回SDオーディションに合格し、1981年、「メモリーグラス」でデビューをします。
その中性的な容姿・声も話題になり、デビューシングルは70万枚の大ヒットとなり、オリコン最高3位を記録します。

1994年、ビクターエンタテインメントへ移籍し、アルバム「微風通信」を発売。
そして1998年に、ユニット「spoon」を結成。
ライブ活動やM、インターネットテレビへの出演し、アニメ「ドキドキ伝説 魔法陣グルグル」のEDテーマを手がける等の活動を行ないますが、2004年に活動を休止。

以後、ソロ活動に戻り、ラジオ出演、他ミュージシャンのプロデュース、楽曲提供など地道に活動を続けます。

今日はそんな堀江 淳 の、デビュー曲である「メモリーグラス」をどうぞ。


メモリーグラス/堀江淳

この曲が生まれたきっかけは、堀江 淳が東京・広尾の交差点で、日中信号待ちをしているときに、「水割りを下さい。涙の数だけ」という歌詞とメロディーが思い浮かび、それを元に書き上げたということです。

堀江 淳は、以前酒を提供する店でアルバイトしていた時期があり、そのときの、客の「水割りを下さい」という言葉が耳に残っており、そこからインスピレーションを膨らませたということです。

また、「メモリーグラス」には水割りが登場しますが、本人は「水割りは苦手な堀江淳です」と述べています。
飲むのはもっぱらお湯割りの方で、「水割りをください」といったことはないといいます。

堀江淳のエピソード

・「メモリーグラス」のヒットからしばらく経った1983年、「交通事故に遭って負傷した」と報道されたことが原因とみられる死亡説が流れたことがあります。
が、その噂が立った後、自ら健在であることをアピールするために「“生きてますよ”コンサートツアー」と銘打ったツアーを挙行したのですが、生きているのを知ったのはこのツアーの会場に来たファンのみで、世間では死亡説が消えず、さらにはアジア移住説までもが流れ、「堀江淳をタイで見た」等の目撃証言等も報じられました。
が、本人は、「僕はタイに行った事ないから」と語っています。

さらに、地元の苫小牧市の水道局に、偶然にも同姓同名の職員がいて、「堀江淳は苫小牧に帰り公務員になった」という噂も流れたということです。

・小堺一機(こざかい かずき)が、『ザ・トップテン』でレポーターを務めていたとき、最初は、「小堺さん、よろしくお願いします」と腰が低かったのですが、人気が上がっていくにつれて、「小堺さん」→「小堺君さぁ」→「おい、小堺!」と、分かりやすすぎるくらいに天狗になっていき、これを小堺一機と関根勤が担当していたラジオ番組「コサキン」でネタにされていました。

ホント、いるんですよねー、こういう人間が…【><】

2016年04月17日

「ワンダーブギ/石野真子」 - 名曲のご紹介

今日は、石野 真子の「ワンダーブギ」のご紹介です。

石野 真子(いしの まこ、本名:同じ 1961年1月31日 -) は、兵庫県神崎郡神崎町(現: 神河町)生まれ、芦屋市育ちの女優、歌手です。
女優のいしのようこ(旧表記・石野陽子)とタレントの宝乃純(たからの じゅん、本名:石野敦子(いしのあつこ))は実妹。

石野 真子は、日本テレビの「スター誕生!」から文字通り誕生した歌手で、1978年3月25日に、「狼なんか怖くない」でデビューをします。

当時、アイドルにはキャッチフレーズをつける慣習のようなものがあり、石野真子につけられたのは「100万ドルの微笑」でした。
また、八重歯とタレ目であることも、チャームポイントにしていました。

その後は、「わたしの首領<ドン>」「失恋記念日」「日曜日はストレンジャー」「プリティー・プリティー」「ワンダー・ブギ」と、ヒットを飛ばしていきます。

そして、デビューから2年後の1980年1月1日には、8枚目のシングル「春ラ!ラ!ラ!」を発売。この曲は、石野真子自己最大のヒット曲となります。

今日は、1979年7月5日に発売された石野真子の通算6枚目のシングルである「ワンダーブギ」をどうぞ。


ワンダーブギ/石野真子

この曲の、歌い出し部分の「ブギウギシュワッチ、ブギドゥワー」のフレーズは、もともと作詞家・阿久悠の書いた原詩にはありませんでした。
が、この詩に曲をつけた作曲家・馬飼野康二が、「頭にインパクトがあるやつ」が欲しいと、考えてつけ加えました。
「シュワッチ」の部分では、その台詞のオリジナルであるウルトラマンのスペシウム光線の構えが振りつけに取り入れられています

また、ステージでは石野真子1人ではなく、子供達のバックダンサーに囲まれての歌唱で、日本テレビ系列の音楽番組で歌う際は、ザ・バーズの小学生版であるリトル・バーズが担当しました。
石野真子を中心に、向かって右側に男の子3人と、左側に女の子3人の6人編成です。

冒頭の間奏部分では、バックダンサーの子供達が突然はしゃぎ回ったり、ケンカするなどの行動に、石野が子供らに対し「やめなさい、やめなさい、やめなさーい!」と3回大声で叫ぶシーンがあります。
ちなみに、レコードには、この「セリフ」は録音されていません。