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東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


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今日は、シャーデーの「ノー・オーディナリー・ラブ(No Ordinary Love)」のご紹介です。

シャーデー(Sade)は、女性ボーカルとバックミュージシャンから成る、イギリスのバンドです。

メンバーは、Sade Adu(シャーデー・アデュ 女性ボーカリスト)、Paul Spencer Denman(ベース)、Andrew Hale(キーボード)、Stuart Matthewman(ギター・サックス等)です。

シャーデーは、1984年にデビューをします。第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンを背景にしたアルバム「Diamond Life(ダイアモンド・ライフ)」は、祖国のイギリスのみならず米国などでもヒットし、翌年の米グラミー賞最優秀新人賞に輝きます。

シャーディーの特徴は、ジャズとアダルト・コンテンポラリーをミックスしたサウンドと、アデュの落ち着いたミステリアスなボーカルで、発表した作品数はそれほど多くはないものの、いずれも世界的なヒットとなっています。

1994年からは、アデュを除くメンバー3人が、「Sweetback(スウィートバック)」という名前で活動を始めます。

デビュー当初のジャズやソウルの系統のサウンドから、「Lovers Rock(ラバーズ・ロック)」以降はブルースやフォークの影響を感じさせるギター中心のサウンドに変化しており、くわえて、アデュがジャマイカに移住したこともあってレゲエの影響をも受けています。

今日は、1992年に発売されたシャーデーの4枚目のスタジオ・アルバム「Love Deluxe(ラブ・デラックス)」からシングルカットされた「ノー・オーディナリー・ラブ(No Ordinary Love)」をどうぞ。


ノー・オーディナリー・ラブ(No Ordinary Love)/シャーデー(Sade)

ちなみに、シャーディーは、1994年に、この「ノー・オーディナリー・ラブ」でグラミー賞を受賞しています。


おっ!(゚o゚)ふと気づいたら、ここ「Super源さんの音楽ブログ」での名曲紹介数が、この曲でちょうど400曲になってる!
よし、それでは…、今日から紹介曲数2000曲を新目標として、これからもいい曲をガンガン紹介していくぞー。(^O^)/オー!

マツモトキヨシ カイ!(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)

マツモトキヨシ、今後6年半でグループ売上高1兆円・2000店舗へ倍増を目指す

今日は、浅野 ゆう子の「セクシー・バス・ストップ」のご紹介です。

浅野 ゆう子(あさの ゆうこ、本名: 赤沢 裕子、1960年7月9日 -)は、兵庫県神戸市の女優、歌手です。

浅野 ゆう子は、当初アイドル歌手としてデビューし、「ジャンプするカモシカ」をキャッチフレーズに活動します。

デビュー曲は、1974年05月25に発売された「とびだせ初恋」です。
その後、「恋はダン・ダン」「ひとりぼっちの季節」とシングルを発売していきます。

が、当時の女性アイドルは小柄であることが好ましいとされており、浅野ゆう子のように長身で日本人離れしたプロポーションのアイドルは珍しい存在でした。くわえて、ミニスカートやホットパンツなどでスタイルを強調していた浅野ゆう子は女性からの反撥を受けたこともあり、アイドル歌手としてはうまくいきませんでした。

そんな中、1976年04月25日に発売された8枚目のシングル「セクシー・バス・ストップ」が大ヒット。浅野ゆう子自身最大のヒット曲となります。

歌を実質休業状態になった1980年代からは、様々な会社の水着キャンペーンモデルなど企業広告で活躍。ただし、水着での初出は1979年(昭和54年)のカネボウ化粧品CF「一気にこの夏チャンピオン」からで、1981年の洋酒の悩殺ポスターは、世の男性の目を楽しませます。

今日はその、1976年4月25日に発売された通算8枚目のシングルであり、最大のヒット曲でもある「セクシー・バス・ストップ」をどうぞ。


セクシー・バス・ストップ/浅野ゆう子

そう言えば、1972年に平浩二が歌っってヒットした「バスストップ」という曲もありましたね。似ていて、ちょっと紛らわしい曲名です。【><】

今日は、「ディオンヌ・ワーウィック」の「ウォーク・オン・バイ(Walk On By)」のご紹介です。

ディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick、1940年12月12日 - 本名 Marie Dionne Warrick マリー・ディオンヌ・ワーリック)は、アメリカのニュージャージー州(New Jersey East Orange)出身の黒人女性歌手です。バート・バカラック作品の歌い手として、またホイットニー・ヒューストンの従姉妹としても知られています。

ディオンヌ・ワーウィックは、ハートフォード音楽大学に在学時、主専攻で音楽教育、副専攻でピアノを専攻します。そして、ニューヨークのレコーディングスタジオでバックコーラスやデモ歌手などをしていましたが、そんな時に作曲家のバート・バカラックと出会います。
そして、大学卒業後、歌手として本格的に活動を始め、1963年に歌手デビューをします。

翌年の1964年に、「ウォーク・オン・バイ」のヒットで脚光を浴び、それから3年後の1967年に「小さな願い(I Say a Little Prayer)」がヒットしてからは、「サンホセへの道」、「恋にさようなら(I'll Never Fall in Love Again)」など、現在もスタンダードとして親しまれているバカラック=ハル・デビッド作品で続けざまにヒットを放っていきます。

今日はその、ブレイクのきっかけとなった「ウォーク・オン・バイ」をどうぞ。


ウォーク・オン・バイ(Walk On By)/ディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick)

この曲の歌詞はこちら

ちなみに、ディオンヌ・ワーウィックは、2013年3月21日、ニュージャージー州の破産裁判所に自己破産を申請しています。負債総額は1070万ドル余りです。

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