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Super源さん
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東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
癒しと励まし、そして切なさをテーマとしたオリジナル曲を作っています。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


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今日は、キャンディーズの「わな」のご紹介です。

キャンディーズ(Candies)は、1970年代に活躍した日本の女性3人組のアイドルグループです。

メンバーは、伊藤蘭(愛称ラン)、田中好子(愛称スー)、藤村美樹(愛称ミキ )の3人です。

キャンディーズは、1972年(昭和47年)4月に、NHKの「歌謡グランドショー」のマスコットガール兼アシスタント((椅子・マイク運び・代理音合わせ))として誕生します。

1972年(昭和47年)12月31日の大晦日(おおみそか)に、「スクールメイツ」の一員として「第23回NHK紅白歌合戦」に出場。3人のみ別の色の衣装を着て、舞台中央で踊ります。
また、橋幸夫が歌う「子連れ狼」でバックコーラスを務めます(出場歴に数えず)

1973年(昭和48年)4月7日には、TBS「8時だョ!全員集合」のアシスタントとしてレギュラー出演。

そして、同年1973年9月1日に、「あなたに夢中」でレコードデビューをします。

1975年(昭和50年)2月21日には、「年下の男の子」を発売。
この曲は大ヒットし、オリコン9位を記録します。

その後は、翌年の1976年(昭和51年)3月1日に発売された「春一番」がオリコン3位を記録する等、次々とヒットを飛ばしていきます。

今日は、そんなキャンディーズの、1977年12月に発売された16枚目のシングルである「わな」をどうぞ。


わな/キャンディーズ

この曲は、キャンディーズのシングルA面では、唯一ミキをセンターの位置(メインボーカル))にしている曲です(ただし、レコードジャケットは通常どおりランがセンター)。

なお、解散コンサート翌日時点でのこの曲のシングル売上枚数は、累計67万枚で、この数字はこの曲のあとに発売された「微笑返し」の75万枚に次ぐ数字となっています。

キャンディーズ シングル売上一覧-日刊スポーツ
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20110421-764568.html

(((=_=)))ワナワナ、ワナワナ。
ダイジョウブ?(゚.゚)ネツ デモ アルノ?
(^O^)タイクツ ダカラ、クビノ タイソウヲ シテ タノ。
(。_゚)☆\バキ!(-.-メ)アノナァ!

今日は、狩人の「みちのく夏愁(みちのくかしゅう)」のご紹介です。

狩人(かりゅうど)は、愛知県岡崎市出身の兄・加藤久仁彦(かとうくにひこ)と弟・加藤高道(かとうたかみち)2人による兄弟デュオです。

狩人は、1977年3月25日に、「あずさ2号」でデビューをします。
この曲は、いきなり大ヒットとなり、また、同年の暮れに行なわれた「第19回日本レコード大賞」など、数々の新人賞を受賞し、人気となります。

狩人は、「あずさ2号」でサンレモ音楽祭などにも出場。

その後も「コスモス街道」「若き旅人」「アメリカ橋」などのヒットにより、スター歌手としての地位を築きます。

毎年年末に行なわれるNHKの紅白歌合戦には、1977年・第28回(あずさ2号)、1978年・第29回(国道ささめ雪)に2年連続で通算2回の出場を果たします。

それ以降は大きなヒットに恵まれませんでしたが、ドラマやCMに彼らの楽曲が採用され、特に、1994年歌謡バラエティー番組「THE夜もヒッパレ」への出演で再ブレイク。

翌年、「あずさ2号(ニュー・ヴァージョン)」を発売し、その後二人は歌手以外に自らの才能の範囲を広げようという意図から、それぞれ歌手・舞台俳優としてのソロ活動も行なうようになります。

今日は、1978年7月10日に発売された、狩人の通算5枚目のシングルである「みちのく夏愁」をどうぞ。


みちのく夏愁(みちのくかしゅう)/狩人

もしも、人生を長い旅と考えるならば、この狩人のお二人のように、頂点に達したとしても、現状に満足せず、常に向上心をもってや理想を追い続けるということも、大切なことかも知れませんね。

ただその場合、分をわきまえ、ほどほどにしないと、一生欲求不満のままで終わってしまいそうな気もしますが…。(^o^;

おっ!(゚o゚)私としたことが、久々にまじめなことを書いてしまった。(爆)

タリラリラーン!ヽ( ^^)ノヽ(^ ) ヽ(^^ )^-^)ノ
タリラリラーン!ヽ( ^^)ノヽ(^ ) ヽ(^^ )^-^)ノ
ジンセーイ!\(^o^)/バンザイ!

お後がよろしいようで。<(_ _)>

今日は、桜田淳子の「リップスティック」のご紹介です。

桜田淳子(さくらだじゅんこ、1958年(昭和33年)4月14日 -)は、秋田県秋田市出身の元女優、歌手です。愛称は、「ジュンペイ」。

桜田淳子は、1972年7月19日、中学2年生の時に、日本テレビの人気オーディション番組『スター誕生!』の秋田県民会館で行なわれたテレビ予選で、牧葉ユミの「見知らぬ世界」を歌い、番組史上最高得点となる573点で合格したのがデビューのきっかけです。

そして、その翌年の1973年2月25日には、ビクター音楽産業よりデビュー。デビュー曲「天使も夢みる」は12.1万枚を売上げ、オリコンチャートでも12位になるなど、幸先の良いスタートを切ります。

3枚目のシングル「わたしの青い鳥」のヒットで、第15回日本レコード大賞新人賞、第4回日本歌謡大賞放送音楽新人賞を受賞。さらにその年の大晦日には第15回日本レコード大賞の最優秀新人賞にも輝きます。

4枚目のシングル「花物語」では、初めてオリコンチャートのベストテン入りを果たし、続く「三色すみれ」「黄色いリボン」「花占い」も順調にベストテン入り。

8枚目のシングル「はじめての出来事」は、オリコンチャート第1位を獲得し、その後も、「十七の夏」「夏にご用心」「ねえ!気がついてよ」「気まぐれヴィーナス」「しあわせ芝居」「リップスティック」「サンタモニカの風」などのヒットを飛ばしていきます。

今日は、1978年6月5日に発売された、桜田淳子の通算23枚目のシングルである「リップスティック」をどうぞ。


リップスティック/桜田淳子

この曲の歌詞はこちら

この歌詞中に、「山手線」が登場しますが、「やまのてせん」ではなく、1971年3月6日以前の呼称である「やまてせん」と歌われています。

「リップスティック」は、「ザ・ベストテン」では1978年6月29日から8月3日まで6週連続でランクインし、同番組で同年7月6日放送時には司会の黒柳徹子と共にアメリカ・ニューヨークから衛星生中継で出演しました。

また、オリコン・TBSテレビ「ザ・ベストテン」共に、桜田惇子のシングルが10位以内に入っていたヒット曲は、同作品が最後となります。

(^o^)桜田惇子ノ キョクハ、アカルク ケイカイナ モノガ オオイネ。
ソウダネ。キミノ アタマモ アカルク、毛、乖離 シテル ケドネ。(^-^)
ソレ、ドウイウ 意味 ダイ!(;`O´)o

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