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東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


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今日は、ナンシー・シナトラの「シュガー・タウンは恋の町(Sugar Town)」のご紹介です。

ナンシー・シナトラ (Nancy Sandra Sinatra)は、アメリカのニュージャージー州 ジャージーシティ 出身の歌手・女優です。

ナンシー・シナトラは、エルヴィスやビートルズと並び称された、フランク・シナトラ(Frank Sinatra)の娘※で、1960年代中期に、アメリカで最も人気のあるアイドル歌手として活躍しました。

代表作には、「にくい貴方 (原題:These Boots are Made For Walkin')」、「恋のひとこと (原題:Somethin' Stupid)」、「シュガー・タウンは恋の町 (原題:Sugar Town)」などがあり、日本でも多くの歌手が彼女の曲をカバーしています。

映画音楽では、「007は二度死ぬ」のテーマ曲「You Only Live Twice(ユー・オンリー・リブ・トワイス )」、「キル・ビル」の挿入歌「Bang Bang(バンバン)」などがあります。

今日は、そんな彼女の曲の中から、1966年に発売された「シュガー・タウンは恋の町」をどうぞ。


ナンシー・シナトラ(Nancy Sinatra)/シュガー・タウンは恋の町(Sugar Town)

※ナンシーの母は、父 フランク・シナトラ (Frank Sinatra)の最初の妻であるイタリア人、ナンシー・バルバト (Nancy Barbato)で、母親の名をとってナンシーと名づけられた。

今日は、狩人の「アメリカ橋」のご紹介です。

狩人(かりゅうど)は、愛知県岡崎市出身の兄・加藤久仁彦(かとうくにひこ)と弟・加藤高道(かとうたかみち)2人による兄弟デュオです。

狩人は、1977年3月25日に、「あずさ2号」でデビューをします。
この曲は、いきなり大ヒットとなり、また、同年暮れに行なわれた第19回日本レコード大賞など、数々の新人賞を受賞し、人気となります。

狩人は、「あずさ2号」でサンレモ音楽祭などにも出場。
その後も「コスモス街道」「若き旅人」「アメリカ橋」などのヒットにより、スター歌手の地位を築きます。

毎年年末に行なわれるNHKの紅白歌合戦には、1977年・第28回(あずさ2号)、1978年・第29回(国道ささめ雪)に2年連続で通算2回の出場を果たします。

それ以降は大きなヒットには恵まれませんでしたが、ドラマやCMに楽曲が採用され、特に1994年歌謡バラエティー番組「THE夜もヒッパレ」への出演で再ブレイク。
翌年、「あずさ2号(ニュー・ヴァージョン)」を発売し、その後二人は歌手以外に自らの才能の範囲を広げようという意図から、それぞれ歌手・舞台俳優としてのソロ活動も行なうようになります。

今日は、1979年2月25日に発売された、狩人の通算7枚目のシングルである「アメリカ橋」をどうぞ。


アメリカ橋/狩 人

この曲の歌詞はこちら

曲の内容としては、アメリカ橋の風景と、かつての恋人同士の再会と別れを歌ったものです。

このアメリカ橋とは、恵比寿南橋(えびすみなみばし)の通称で、東京都渋谷区にある跨線橋です。場所は、歌詞でも説明されているように山手線の目黒駅と恵比寿駅の間にある、鉄製の青い橋です。

この橋はもともと、アメリカセントルイスで1904年に開催された「セントルイス万国博覧会」に展示されていたもので、当時、これを日本の鉄道作業局が買い取り、鉄製の橋のモデル橋として1906年(明治39年)に現在地に架設しました。
この橋は、1970年(昭和45年)に改築されています。

恵比寿南橋(アメリカ橋)
恵比寿南橋(アメリカ橋)

恵比寿南橋(アメリカ橋)
写真は、こちらからお借りしました。

ちなみに、狩人といえば、兄の加藤久仁彦の二男である加藤三希央(かとう みきお)が、少し前にローザンヌ国際バレエコンクールにおいて、6位に入賞というニュースが新聞を飾ったのが記憶に新しいところです。
今年で、デビュー36年目を迎える狩人ですが、親子ともども活躍している様子が伝わってきます。

【狩人って?】
狩人って?

今日は、オフコース(OFF COURSE)の「思いのままに」のご紹介です。

オフコースは、神奈川県横浜市の聖光学院高校に在学中だった小田和正、鈴木康博、地主道夫らが結成したフォーク・グループで、1970年に「群衆の中で」でデビューをします。

メンバーは、小田和正(ボーカル、キーボード)、鈴木康博(ボーカル、ギター)、清水仁(ボーカル、ベース)、大間ジロー(ドラムス)、松尾一彦(ボーカル、ギター、ハーモニカ)。

当初は、生ギターを中心とした、フォークソング色の濃い曲を歌っていましたが、長年ヒット曲に恵まれませんでした。

結成7年目にあたる1976年に、ギターの松尾一彦、ベースの清水仁、ドラムスの大間ジローが加わり、キーボード、シンセサイザーを含めたバンドサウンドに変わります。
そして、結成10年目に発売した「さよなら」の大ヒットで、オフコースは多大なる人気を獲得し、それ以降も、「愛を止めないで」「さよなら」「Yes-No」「時に愛は」「君が、嘘を、ついた」等の数多くのヒット曲を世に送り出し、時代を代表するビッグ・グループとなります。

今日は、1979年10月20日に発売されたオフコースの通算7作目のオリジナル・アルバム、「Three and Two(スリー・アンド・トゥ)」の中から、「思いのままに」をどうぞ。


思いのままに/オフコース(OFF COURSE)

この曲の歌詞はこちら

音作りに関しては、オフコースは5人で演奏可能なアレンジでレコーディングする方針を取っていました。
最初は、曲のタイトルも歌詞もない状態でコード進行を作り、そこにメンバーが意見を出し合ってアレンジを加えて行き、最後に、その曲のイメージに合った詞が作られます。
小田和正は当時、「オーバープロデュースは嫌うので、音的には足りない部分もあるが、聴く人が足して聴いてくれればいい」と語っていました。

なお、南野陽子の「思いのままに」は、同名異曲です。

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