[4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14]

2016年12月14日

「空も飛べるはず/スピッツ」 - 名曲のご紹介

今日は、スピッツの「空も飛べるはず」のご紹介です。

空も飛べるはず スピッツ ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

スピッツ(SPITZ)は、進学のために上京した学生4人が集まって、1987年に結成したロックバンドです。

メンバーは、以下の通りです。

 ・草野マサムネ(くさの まさむね)、ボーカル・ギター・ハーモニカ担当。
 ・三輪テツヤ(みわ てつや)、ギター・コーラス担当。
 ・田村明浩(たむら あきひろ)、ベース・コーラス担当(リーダー)。
 ・崎山龍男(さきやま たつお)、ドラムス・コーラス担当。

スピッツは、新宿ロフト、新宿JAM、渋谷ラ・ママなどの都内のライブハウスを中心に活動し、1991年にポリドールからメジャーデビューを果たします。

そして、1995年に発売したシングル「ロビンソン」が初のオリコンチャートTOP10入りし、しかも通算30週以上ランクインするという快挙を成し遂げ、これが彼らの名前を世間に知らしめることとなりました。

今日は、そんな彼らの、1994年4月25日に発売された8枚目のシングルである「空も飛べるはず」をどうぞ。


空も飛べるはず / スピッツ [LIVE] 投稿者 shibitsuna

この曲の歌詞はこちら

この曲は、ドラマ主題歌の依頼を受け、草野がシナリオを読んで2-3日で書き下ろした曲です。
結果的に主題歌候補からは外れたものの、シングルとして発売されました。

1994年の発売当初は、オリコンにて最高28位でしたが、1996年1月からフジテレビのテレビドラマ「白線流し」の主題歌として起用されたことで、同一品番で準新譜扱いで新たにプレスされます。
その影響からチャートを上昇し、スピッツのシングル初のオリコン1位を獲得し、ミリオンセラーとなりました。

またこの曲は、ドラマのイメージから、卒業ソングとして歌われることも多いです。
1996年3月には、第8回ザテレビジョンドラマアカデミー賞主題歌賞を受賞しています。

ちなみに、この「スピッツ」というバンド名の由来ですが、これは、スピッツは小さいくせにうるさく吠えますが、所詮(しょせん)「どんなに吠えてみたって結局は飼われている」という 自嘲的(じちょうてき)な意味を込めてつけられたとされます。
また、スピッツには、ドイツ語で「トガっている」という意味も あります。

しかし実際には、その理由に関してはあとづけで、ただ草野マサムネが、短くてかわいい「スピッツ」 という言葉を気に入ってつけた、というのが本当のようです。

参考にしたサイト
バンド名の由来辞典-思いのこもった名前
http://www4.plala.or.jp/band/03.html

2016年12月11日

「碧いうさぎ(あおいうさぎ)/酒井法子」 - 名曲のご紹介

今日は、酒井法子の「碧いうさぎ(あおいうさぎ)」のご紹介です。


写真は、こちらからお借りしました。

酒井 法子(さかい のりこ、本名:高相 法子(たかそう のりこ)、1971年2月14日 -)は、福岡県福岡市出身の女優、歌手です。

酒井法子は、1985年10月26日の「'86ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」に出場した際、サンミュージックの目に留まり、芸能界に入ります。
そして、1986年(昭和61年)1月開始の日本テレビ系のテレビドラマ「春風一番!」で、女優としてデビュー。

翌年の1987年2月には、「男のコになりたい」で、アイドル歌手としてデビュー。
この曲はオリコン最高6位となり、幸先のいいスタートを切ります。

同年の新人賞レースには数多く参戦し、畠田理恵、立花理佐、BaBe、坂本冬美などと激戦をくり広げます。
また、「第18回 日本歌謡大賞」においては、最優秀放送音楽新人賞を受賞します。

当時、酒井法子の活動は多岐にわたっており、芸能活動のほかに、イラストレーター・漫画家(ペンネームは平仮名の“さかい のりこ”)としても活動。
少女漫画雑誌「週刊少女コミック」に漫画の連載をもったこともあります。

中学生の頃に自ら生み出したというキャラクター「のりピーちゃん」は、日本自動車工業会の交通安全ポスターにも使われます。
そのキャラクターグッズも自身で立ち上げたショップ・「NORI-P HOUSE」で販売されて人気を博し、当時のタレントショップブームの一翼を担います。

1988年7月には、富士山の8合目(標高3300m)の山小屋に、グッズ店「のりピーちゃんハウス」をオープン。
このショップは、「日本一標高の高いタレントショップ」として話題になります。
そして、3年後の1991年には、続いて5合目の山小屋にも同2号店をオープン。

くわえて、同年「のりピーハウスレーシングチーム」というチーム名で、N1耐久レース(現在のスーパー耐久)にも参加。
チーム監督として、自らが着任します。

今日は、そんな多才な酒井法子の、1995年5月10日に発売された通算27枚目のシングルである「碧いうさぎ」をどうぞ。


碧いうさぎ(あおいうさぎ)/酒井法子

「碧いうさぎ」は、連続ドラマ「星の金貨※」の主題歌で、酒井法子のシングルとしては最大のセールスを記録。
累計99.7万枚を売り上げ(オリコン調べ)、第37回日本レコード大賞・優秀作品賞を受賞しました。

また、「第46回NHK紅白歌合戦」にこの曲で初出場し、「手話」を交えて歌唱しています。


※「星の金貨」は、1995年4月12日から7月12日まで、日本テレビ系列で全12回にわたって放送されたドラマです。

視聴率 1回目   7.2%
    4回目  10.9%
    9回目  17.6%
    12回目  23.9% 

第1回目放送当時は、オウム真理教関係の報道一色だったため、裏番組の報道番組の影響を受けて、視聴率は伸び悩びました。
日本テレビも、報道番組を放送する影響で、放送は2度延期されました。
   
そのため、休日にダイジェスト版を放送。
これによって視聴率が上昇し、最終的に、20%を超えるヒット作となりました。

「星の金貨」の主要キャスト

・倉本彩(耳と口が不自由で北海道のある診療所に住む娘)・・酒井法子
・永井秀一(彩のいる診療所に医者として赴任する)・・ 大沢たかお
・永井拓巳(秀一の腹違いの弟)・・竹野内豊
・結城祥子(秀一の結婚相手)・・細川直美

参考にしたサイト
酒井法子 碧いうさぎ(1995年/平成7年) 無料視聴動画 | 1995年(平成7年):懐メロ(ナツメロ) YouTube無料動画サイト
http://natumero.net/archives/134873.html

2016年12月05日

「グッバイ・ダイアリー/水越けいこ」 - 名曲のご紹介

今日は、水越けいこの「グッバイ・ダイアリー」のご紹介です。

グッバイ・ダイアリー 水越けいこジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

水越けいこ(みずこし けいこ、1954年2月4日 -)は、山梨県出身のシンガーソングライター、作曲家です。

水越けいこは、女性デュオユニット、姫だるまを経て、1978年に「しあわせをありがとう」でデビューをします。

主な活動期は、1970年代中期 - 1992年、そして1997年 - 現在で、その間発売されたシングル盤は31枚、そしてアルバムが21枚。また、当時歌手以外の活動として、夜のヒットスタジオ(フジテレビ)、ドリフ大爆笑(フジテレビ)、紅白歌のベストテン(日本テレビ)、レッツゴーヤング(NHK)、ヤングおー!おー!(MBS)などに出演しています。

今日ご紹介する「グッバイ・ダイアリー」は、1982年12月に発売された曲で、作詞は来生えつこ、作曲は水越恵子です。

それでは早速、「グッバイ・ダイアリー」をどうぞ。


グッバイ・ダイアリー/水越恵子

イヤー、素敵ナ オトナノ 曲。イーデス ネー。(^O^)
””( ・。・) (^.^ )ナニナニ、 イーデス・ハンソン?
古杉 ルヨ!(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)!

前述の通り、「しあわせをありがとう」でデビューした山下達郎、じゃなかった水越けいこですが、今日ご紹介した「グッバイ・ダイアリー」をはじめとして、「ほほにキスして」や「Too far away(トゥー・ファー・アウェイ)」、「シングル・ガール」、「ワンナイト」、「32階のバー」など、名曲が多いです。

おお!(゚o゚)山下達郎! \(^o^)/ サイコウ!
マチガエタン ダヨ!(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)

なお、水越けいこのオフィシャルブログは以下になります。
ファンの方は、以下のサイへGo! (^O^)/

水越けいこオフィシャルブログ
http://ameblo.jp/keiko-mizukoshi/

ン?(?_?) (^.^ )ネエネエ、 キョウハ 圧力 タカク ナイ?
ソレヲ 言ウ ナラ 「テ・ン・ショ・ン」!(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)キャイーン!

2016年12月01日

「LOVE IS ALL(ラブ イズ オール)/徳永英明」 - 名曲のご紹介

今日は、徳永英明の「LOVE IS ALL(ラブ イズ オール)」のご紹介です。

LOVE IS ALL 徳永英明 ジャケットイメージ

徳永英明(とくなが ひであき、本名同じ、1961年2月27日 -)は、兵庫県伊丹市出身のシンガーソングライター、作曲家、俳優です。

徳永 英明は、19歳の時に上京し、アルバイトをしながらミュージシャンを目指します。
そして、6年後の1986年1月21日、アルバム「Girl(ガール)」、シングル「Rainy Blue(レイニーブルー)」でRadio Cityレコードよりデビューを果たします。

翌年の8月、富士フイルム「フジカラー」のCMソングとなったシングル「輝きながら…」が大ヒット。
徳永英明は、この曲でブレイクします。

この曲が収録されたアルバム「BIRDS(バーズ)」は、マイケルジャクソンの2週連続1位の記録を抜き、オリコンチャート1位を獲得します。

今日は、そんな徳永英明の、1991年9月5日に発売された通算12枚目のシングルである「LOVE IS ALL」をどうぞ。


LOVE IS ALL/徳永英明

この曲を聴いて、あれっ? どこかで聴いたことのある曲だな、と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか?
この曲は当時、月桂冠のCMソングに使われました。
実は私など、ほとんど「耳タコ」状態になっていたりします。(^o^;

なお、椎名恵も 「LOVE IS ALL」という同じタイトルの曲を歌っていますが、徳永英明のこの曲とは同名異曲です。

徳永英明のエピソードいろいろ

徳永英明は、日常会話では関西弁を話しますが、テレビ番組のインタビューでは九州なまりが時々出ています。

ダウンタウンの松本人志の兄の松本隆博は、中学時代の同級生の友人です。
また、ダウンタウンの浜田雅功の実家の隣が、徳永の親友の実家だったため、徳永が「HEY!HEY!HEY!」へ親友とその妹を連れて浜田と対面させたことがあります。
その親友は相当なヤンキーだったらしく、浜田はそれ以降徳永を「兄やん」と呼ぶようになりました。

徳永英明が2006年に「NHK紅白歌合戦」に初出場した際、リハーサルで出場曲「壊れかけのRadio」の歌う部分を下げるなど、本来の歌い方より崩して歌ったといいます。
そのリハーサルを見ていたSMAPの中居正広(白組司会)に、「徳永さん、なんでそんなことするんですか。ちゃんとCD通りに歌って下さいよ」と言われ、それを聞いた瞬間、「テレビの前の人たちは、この曲をCD通りに歌うことを望んでいるに違いない」とは思いましたが、結局、本番では下げた歌い方で披露されました。

徳永英明は、以前は喫煙していましたが、もやもや病から復帰してからは禁煙しており、できるだけ副流煙も吸わないように努めています。

この、もやもや病というのは、脳血管障害の一種です。
詳しくは、以下の記事をご覧下さい。

もやもや病とは? | 雑学とトリビアの杜
http://www.zatsugaku-trivia.com/zatsugaku/%e3%82%82%e3%82%84%e3%82%82%e3%82%84%e7%97%85%e3%81%a8%e3%81%af%ef%bc%9f.html

2016年11月25日

「12月の雨/荒井由実」 - 名曲のご紹介

今日は、松任谷 由実の「12月の雨」のご紹介です。

12月の雨 荒井由実 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

松任谷 由実(まつとうや ゆみ、本名:同じ。旧姓:荒井 由実(あらい ゆみ1954年1月19日 -)は、東京都八王子市出身のミュージシャンです。愛称はユーミン(Yuming)。夫はアレンジャーの松任谷正隆。

松任谷 由実は、14歳の時に、プロとしての初めての仕事でスタジオでのピアノ演奏をします。
以後、スタジオで演奏をしながらオリジナルの曲を書き、15歳で作詞家としてデビュー。
1971年には、17歳で作曲家としてデビューをします。
その作品は、彼女を本格的なデビューへと誘った加橋かつみ(元ザ・タイガース)へ提供した「愛は突然に…」です。

1972年7月5日には、「返事はいらない」で荒井由実として歌手デビュー。
翌年の1973年11月に、ファーストアルバム「ひこうき雲」を発売。
当時、TBSラジオの深夜放送番組である「パックインミュージック」金曜日の第2部を担当していたパーソナリティ、林美雄の絶大な支持を受けて知名度が上がり、翌1974年から本格的にステージ活動を開始します。

1975年10月に発売されたシングル「あの日にかえりたい」(TBSドラマ「家庭の秘密」主題歌)は、初のオリコンチャート1位を獲得。1976年のシングル年間ランキング第10位のヒットとなり、第一次ブームを迎えます。

6年後の1981年6月に発売されたシングル「守ってあげたい」は、同年のシングル年間ランキング第10位のヒットとなり、第二次ブームが到来。
その年のアルバム「昨晩お会いしましょう」以降のオリジナルアルバムは、17枚連続でオリコン1位を獲得し、1987年のアルバム「ダイアモンドダストが消えぬまに」以降は、9作連続のミリオンセラーとなります。

今日は、歌手デビュー2年後の1974年10月5日、「荒井由実」時代に発売された通算4枚目のシングルである、「12月の雨」をどうぞ。

この曲は、2枚目のアルバム「ミスリム」からのシングルカットで(同アルバムと同時発売)、シングルのジャケット写真は、イタリアンレストラン「キャンティ」のオーナー所有のグランドピアノの前で撮影されました。

またこの曲は、フジテレビ「おそく起きた朝は…」の初期のオープニングテーマとして使われました。

バックコーラスには、山下達郎、大貫妙子らシュガー・ベイブのメンバーが参加しており、また初めてシュガー・ベイブのメンバーが参加した作品でもあります。

あるとき、シュガー・ベイブがレコーディングで参加した某歌手のライブで、山下達郎だけがコーラスに参加を依頼され、他には有名な女性コーラス2人が参加予定でした(バックミュージシャンはキャラメル・ママと矢野顕子)。
しかしながら、リハーサルの段取りが悪く、女性2人が本番の直前に降りてしまったため、ライブを見に会場に来ていた大貫妙子と村松邦男が急遽コーラスとして参加するということがありました(大貫妙子と村松邦男は、シュガーベイブのメンバー)。

それをたまたま見に来ていたユーミンが、「あのコーラスは誰?」ということになり、「12月の雨」のレコーディングに呼ばれ、参加することになりました。