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2016年11月20日

「挽歌(ばんか)/由紀さおり」 - 名曲のご紹介

今日は、由紀さおりの「挽歌(ばんか)」のご紹介です。

挽歌 由紀さおり ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

由紀 さおり(ゆき さおり、本名・旧芸名:安田 章子(やすだ あきこ)、1948年11月13日 -)は、群馬県桐生市出身の歌手、タレント、女優、ナレーターです。
姉は、歌手の安田祥子(やすだ しょうこ)。姉とシンガー・ソング・コメディアン(正しくはシンギング・コメディエンヌ)を自称。

由紀 さおりは、少女時代から姉と共に本名の「安田章子」の名前で童謡歌手として活躍していましたが、1965年にキングレコードから本名名義で「ヒッチハイク娘」で歌手デビューをします。

が、ヒットに恵まれず、童謡歌手時代からの仕事であるCM曲や、テレビ・ラジオ主題歌の吹き込み、また、キャバレーやナイトクラブへの出演を行ないながら、雌伏の時を過ごします。

1969年、東芝音楽工業(現・ユニバーサル ミュージック EMI Records Japanレーベル)から再デビュー作となった「夜明けのスキャット」を発売。

この曲は、もともとTBSラジオの深夜ラジオ番組「夜のバラード」のオープニングとして制作されたもので、当初はレコード化の予定はありませんでした
が、リスナーからの問い合わせが相次ぎ、シングルの発売が企画されます。

発売後、この曲は大ヒットとなり、最終的には、150万枚のミリオンセラーを達成。
同年の暮れには、「第20回NHK紅白歌合戦」で、念願だったNHK紅白歌合戦初出場を果たします(以降1978年・第29回まで10年連続出場)。

そして、翌年の1970年7月5日には、続けてシングル「手紙」を発売。
この曲も、6週連続1位、1970年度年間6位となる大ヒットとなり、「第12回日本レコード大賞」の「歌唱賞」を受賞します。

今日は、そんな由紀さおりの、1974年09月01日に発売された、通算20枚目のシングルである「挽歌」をどうぞ。


挽歌/由紀さおり

2016年11月13日

「セクシーストリート/安永 亜衣」 - 名曲のご紹介

今日は、安永 亜衣の「セクシーストリート」のご紹介です。

セクシーストリート 安永 亜衣 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

安永 亜衣(やすなが あい、本名:末安 珠恵(すえやす たまえ)、1969年7月8日 - )は、東京都目黒区出身の元女優です。

安永 亜衣は、小学校1年から10年間、児童劇団に所属し、1987年10月から放送されたフジテレビ系の大映ドラマ『プロゴルファー祈子』(プロゴルファー れいこ)に主演して注目を集めます。

この時、主演女優はオーディションによって選ばれ、最後まで争ったのが、安永亜衣と土家里織(つちや さおり)でした。

そして、翌年の1988年2月に、「if(イフ)」で歌手デビューをします。

彼女当時、理想のタイプとして、身長180cm以上、価値観が一緒、尊敬できる人という3原則を挙げていました。

1990年代前半、報知新聞でタレントの桜金造との「ロマンス報道」があり、ワイドショーでも取り上げられました。

桜が2000年頃出演した『徹子の部屋』(テレビ朝日)でそのことを紹介され、照れくさそうにしていたという話もありますが、交際後、結婚には至らなかったようです(桜金造は、その後別の女性と結婚しています)。

また、写真週刊誌で特集された際、「プロゴルファー祈子」での神島役に基づくメイクと歌手・安永での清純派としてのギャップが取り上げられました。

今日は、そんな安永 亜衣の、1988年8月3日に発売された「セクシーストリート」をどうぞ。


セクシーストリート/安永 亜衣

この曲の歌詞はこちら

2016年11月11日

「バンクショット/藤井一子」 - 名曲のご紹介

今日は、藤井 一子の「バンクショット」のご紹介です。


写真は、こちらからお借りしました。

藤井 一子(ふじい いちこ、1970年6月23日 - )は、福岡県北九州市八幡区出身のの元アイドル、タレントです。

藤井 一子は、1985年に、ドラマ「毎度おさわがせします」のオーディションがきっかけで芸能界入りします。
そして、同ドラマの第2シリーズにて、中山美穂の友達役で芸能界デビュー。

翌1986年に、「夏・体験物語2」でドラマ初主演を果たし、その主題歌となったデビュー曲「チェック・ポイント」が大ヒット。

日本テレビで放送されていた「中井正広のブラックバラエティ」では、VTR中に「チェック・ポイント」がテーマ曲として使われ、またこの曲は、同じ日本テレビ系の情報番組「THE・サンデー」の「芸能&トレンドこれチェック!」のコーナーでも使用されました。

そして、1991年頃に、芸能界から引退します。

今日は、そんな藤井一子の、1987年7月21日に発売された通算4枚目のシングルである「バンクショット」をどうぞ。


バンクショット/藤井一子

なお、この曲の作詞は来生えつこ、作曲は筒美京平で、ドラマ「恋に恋して恋きぶん」の主題歌として使われました(11話には、藤井一子本人も出演)。

2016年11月06日

「プリティー・プリティー/石野真子」 - 名曲のご紹介

今日は、石野 真子の「プリティー・プリティー」のご紹介です。


写真は、こちらからお借りしました。

石野 真子(いしの まこ、本名:同じ 1961年1月31日 -) は、兵庫県神崎郡神崎町(現: 神河町)生まれ、芦屋市育ちの女優、歌手です。女優のいしのようこ(旧表記・石野陽子)は実妹。

石野 真子は、日本テレビの「スター誕生!」から文字通り誕生した歌手で、1978年3月25日に、「狼なんか怖くない」でデビューをします。

当時、アイドルにはキャッチフレーズをつける慣習のようなものがあり、石野真子につけられたのは「100万ドルの微笑」でした。
また、八重歯とタレ目であることもチャームポイントにしていました(八重歯の方は、その後矯正)。

その後は、「わたしの首領<ドン>」「失恋記念日」「日曜日はストレンジャー」「プリティー・プリティー」「ワンダー・ブギ」と、ヒットを飛ばしていきます。

そして、デビューから2年後の1980年1月1日には、8枚目のシングル「春ラ!ラ!ラ!」を発売。
この曲は、石野真子自己最大のヒット曲となります。

今日は、そんな石野真子の、1979年4月5日日に発売された通算5枚目のシングルである「プリティー・プリティー」をどうぞ。


プリティー・プリティー/石野真子

この曲のステージ衣装には2種類あり、ひとつはマーガレットの花を胸もと一面にあしらったデザインの、かなり丈の短い黄色いワンピース(ミニスカート)と、もうひとつは、「MAKO」と書かれた白のセーラー帽子に白いセーラー服+白のミニスカートでした。

2016年11月02日

カラオケボックスで、選曲したら信じられないことが…、こんなことがあるのか?





こんなことがあるようですね。【><】
著作権に問題があるのであれば、本来なら、曲のメニューからこの曲のタイトルが削除されていてしかるべきだと思うのですが、そのようにはなっていませんね。
選曲は可能で、選曲したらこのメッセージが出てきたら、選曲した方は呆然(ぼうぜん)となってしまいますよね。
ええっ?(O_o)ナニコレ!!!

また、このメッセージの内容からすると、この曲が再び歌えるようになる可能性は、極めて低そうです。
選曲しないと分からないというのは困りものですね。

敢えて(?)このようになっているのは、何かシステム上の都合なのでしょうか。
ほんのたまにしか出ないメッセージが、たまたま出ただけなのでしょうけれども、今回はたまの曲だけに、ホント「たま」げてしまいますね。
ゲゲッ!w(゚゜)w ブッたま ゲター!

人気曲ですし、残念なことだと思います。

おっ!(゚o゚)モウ コンナ 時間 ダ!
ッテ、イッタイ ドンナ 時間 ナンダイ!(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)

それでは、さよなら人類、じゃなかった、さよなら皆さん。
また、すぐにお会いしましょう。(^O^)/ See you soooon!