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東京生まれ。神奈川県在住。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


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以前、水越けいこの「32階のBar」をご紹介しましたが、今日は、もう一曲ご紹介したいと思います。

曲名は、「めぐり逢いすれ違い」です。

水越けいこの主な活動期は、1970年代中期 - 1992年、そして1997年 - 現在で、その間発売されたシングル盤は31枚、そしてアルバムは21枚となっています。

また、当時歌手以外の活動として、紅白歌のベストテン(日本テレビ)、夜のヒットスタジオ(フジテレビ)、ドリフ大爆笑(フジテレビ)、ヤングおー!おー!(MBS)、レッツゴーヤング(NHK)などに出演しています。

さて、それでは早速、1978年11月21日に発売された、水越けいこの通算2枚目のシングルである「めぐり逢いすれ違い」をどうぞ。( ^-^)/


めぐり逢いすれ違い/水越けいこ

【「32階のバー」は名曲】
「32階のバー」は名曲

今日は、氷室 京介の「KISS ME(キス・ミー)」のご紹介です。(^^)

氷室 京介(ひむろ きょうすけ、1960年10月7日 - )は、 群馬県高崎市出身のロックボーカリスト、カリスマ性のあるミュージシャンです。ロサンゼルス在住。

氷室 京介は、1982年にロックバンド・BOOWYY(ボウイ)※のヴォーカリストとして、アルバム「MORAL(モラル)」でデビューをします。
当時、システムに組み込まれないという価値観と、性急なまでの縦ノリビートが、20歳前後の若者に絶大な支持を得て、日本独自のビート系ロックバンドとしてビートロックを確立し、解散までの約6年間において日本のロック界ではまだ有り得なかった数々の伝説を残します。

1988年には、シングル「ANGEL(エンジェル)」でソロデビュー。
この曲は、同年オリコン年間順位8位となっり、その後も独自のロック美学と圧倒的なライブパフォーマンスが、カリスマ的に多くのフォロワーや業界関係者に影響を与えます。

1994年に、ロサンゼルスに創作拠点を置いて以後、マスメディアへの露出は更に減りますが、日本でライブコンサートを開けば今でも全ての会場が満員になります。ロサンゼルスという環境を生かして、凄腕の外国人エンジニア、アーティスト、ミュージシャン等に自らオファーをし、自らをプロデュースするという形をとっていることが氷室 京介の強みといえるでしょう。

また、氷室 京介はクロムハーツを長年愛用し、コラボレートしたり、左の二の腕にはタトゥーを入れるなど、ファッションにもこだわりを見せています。また、明らかに忌野清志郎の影響を受けているともいわれます。
東日本大震災時には8億円寄付したいう話しもあり、温かい心の持ち主であると思われます。

氷室京介も清志郎に影響を受けていた?~意外な忌野チルドレンたち
http://www.siruzou.jp/band/writer/1453/

さて、今日はそんな氷室 京介の最大のヒット曲で、かつ代表曲の1つでもある、1992年12月7日に発売された通算9枚目のシングル「KISS ME(キス・ミー)」をどうぞ。


KISS ME(キス・ミー)/氷室京介

2013年3月11日には、群馬にある実家など3棟が全半焼する事件が発生。両親共に無事ではあるものの、実母が火災から逃げる際に腕を骨折する大怪我を負います。全焼した家の住民1名も顔に軽いやけどを負います。

この件に関して、氷室側は公式WEBサイトで両親の命に別状がない事を報告し、同日、氷室の実家を放火した37歳の女が高崎署に出頭、現住建造物等放火容疑で逮捕されますが、この事件の後に、熱狂的な氷室、BOOWYファンによる犯行であることが明らかとなります。

氷室京介の「実家」火事で全焼、母親ケガ
http://blog.livedoor.jp/aokichanyon444/archives/54416656.html

後に、2014年06月04日の東京国際フォーラムでのライブMCにおいて、氷室 京介は「実行した女性は、罪をすべて受け入れ、反省し更生する。との事を受け、この問題はすべてチャラ」と、ファンへの報告を行ないました。

氷室京介とかいう代表曲一つもないおっさん
http://visual-matome.blog.jp/archives/3625393.html

1: 名無し募集中。。。 2014/02/19 16:53:53
なんでカリスマ扱いなの?

4: 名無し募集中。。。 2014/02/19 16:54:53
ボーイのボーカルだったからだろ馬鹿

7: 名無し募集中。。。 2014/02/19 16:56:03
布袋のおかげ

8: 名無し募集中。。。 2014/02/19 16:56:15
バンド時代の栄光だな

9: 名無し募集中。。。 2014/02/19 16:56:17
ソロならkiss meかな?

10: 名無し募集中。。。 2014/02/19 16:56:29
むしろKiss meしか代表曲ないってスレタイにしないと
Kiss meミリオンいってるんだから

11: 名無し募集中。。。 2014/02/19 16:56:49
テレビ出ないから神格化がすごい

13: 名無し募集中。。。 2014/02/19 16:57:41
BoowyのCD売上より
氷室ソロの方が上いったからな

17: 名無し募集中。。。 2014/02/19 16:59:30
東日本大震災で8億寄付したんだから許してやれ

B'z稲葉は5000万だっけ?

20: 名無し募集中。。。 2014/02/19 17:01:40
ギタリストがソロで唯一大成功した布袋のほうが凄い

21: 名無し募集中。。。 2014/02/19 17:02:08
BOOWY時代も実はそこまでの動員力はなかった
ほとんどホールツアーしかやれなかったのになぜか大人気のイメージ持たれて違和感ありまくる

41: 名無し募集中。。。 2014/02/19 17:08:13
>>21
BOOWY活動中にアリーナツアーしてたアーティストいる?

42: ずいかく〔瑞鶴〕 ◆ISIDAueLJs 2014/02/19 17:08:15
>>21
80年代前半のアーティストなんてみんなそんなもんだろ
日本人がまだなんだかんだでカネ持ってなくて 何千円もするライブに行く習慣が無かった

24: ずいかく〔瑞鶴〕 ◆ISIDAueLJs 2014/02/19 17:03:04
BOOWY時代に神曲何曲もあるんだから別にええやろ

※メディアなどで、稀に「BO"Φ"WY」などと誤記されることがありますが、正しいグループ名は、3文字目がギリシャ文字の「Φ」(ファイ)ではなく「Ø」(ストローク符号を付したO)です。

今日は、森山 加代子の「白い蝶のサンバ」のご紹介です。

森山 加代子(もりやま かよこ、1942年3月23日 -)は、北海道函館市出身の日本の歌手です。ニックネームは「かよチャン」。

森山 加代子は、1958年の夏に、札幌のジャズ喫茶「ロータリー」で歌っていたところを、マナセプロダクション社長の曲直瀬正雄にスカウトされて上京します。
水原弘率いる「水原弘とブルーソックス」の専属シンガーとなり、1959年12月の日劇ウエスタン・カーニバルに初出場します。

そして、1960年6月に、イタリアの歌手ミーナ(mina)の「月影のナポリ(Tintarella di luna)」の日本語カバーでレコード・デビュー。この曲は、いきなりの大ヒットとなり、50万枚を売り上げます。

その後は、「メロンの気持「」月影のキューバ」などヒットを連発し、ミュージック・ライフ誌の人気投票女性部門で第1位に選ばれます。
また、新人としては異例の早さで同年のNHK紅白歌合戦※に初出場。以降「じんじろげ」「パイのパイのパイ」など、歌謡曲やカバー曲で数々のヒットを飛ばしていきます。

1970年に発売された「白い蝶のサンバ」は、早口言葉のような出だしのサンバの軽快なリズムにのせた、純国産のポップな歌謡曲で、大ヒットしてミリオンセラーとなります
森山 加代子は、この曲で同年1970年のNHK紅白歌合戦に出場します。

今日はその「白い蝶のサンバ」をどうぞ。


白い蝶のサンバ/森山加代子

※森山 加代子のNHK紅白歌合戦の出場履歴及び歌唱曲目は、以下の通りです。

第11回 (1960年12月31日、日本劇場(日劇)) 「月影のキューバ」
第12回 (1961年12月31日、東京宝塚劇場) 「シンデレラ」
第13回 (1962年12月31日、東京宝塚劇場) 「五ひきの仔ブタとチャールストン」
第21回 (1970年12月31日、東京宝塚劇場) 「白い蝶のサンバ」

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