ブログ内検索
ランキング
プロフィール
HN:
Super源さん
性別:
男性
自己紹介:

東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
癒しと励まし、そして切なさをテーマとしたオリジナル曲を作っています。
広告
ページランキング
最新コメント
[08/15 Super源さん]
[08/13 コットン]
[01/14 Super源さん]
[01/14 みかんぴあの]
リンク
ブックマーク
カウンター


開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


 
今日は、バンバンの「『いちご白書』をもう一度」のご紹介です。

バンバンは、1971年に、ばんばひろふみ、今井ひろし、高山弘(現:高山厳)により結成されたフォーク・バンドです。

デビューシングルは、「何もしないで」。

代表曲は、「何もしないで」(1972.5.5)、「こころの花(1973.3.21)」、「永すぎた春」(1973.10)、「冬木立」(1974.9.21)、「『いちご白書』をもう一度(1975.8.1)」など。

翌年の1973年に、メンバーが4人になり、シングル「永すぎた春」を発表、その後、高山弘が脱退します。

その後、メンバーの経済的な理由により、ばんばひろふみと今井ひろしの2人になります。

1975年に、 「『いちご白書』をもう一度」がオリコンで1位を獲得。1位を獲得。
この曲は、同年の年間第13位に輝きます。

そして、1977年に解散
がその後、再結成、再解散、再々結成と繰り返しています。

今日は、そんなバンバンの代表曲のひとつである、「いちご白書をもう一度」をどうぞ。


いちご白書をもう一度/バンバン

この曲の作詞・作曲はユーミンこと荒井由実(現・松任谷由実)で、曲の内容は、卒業を間近にして、過ぎ去った学生時代を思い出すというものです。

松任谷由実の談によれば、当時青山学院の学生と交際していた自分自身の思い出を重ね合わせて作られた曲とのことです。
また、歌詞に歌われている『いちご白書』とは、1970年に公開されたアメリカ映画で、これは1968年にコロンビア大学で実際に起こった学園紛争をもとに制作された映画です。

この曲は、発売されてから約2か月あまりでオリコンのBEST10に初登場し、5週間後には1位を獲得。6週間にわたって1位の座を独占します。

なお、この曲の作詞・作曲を手掛けた荒井由実も、この曲の大ヒットによって注目され、「あの日にかえりたい」が1位を獲得しています。

ちなみに、当時「ビリーバンバン」という似たような名前のフォークグループがありましたが、これらのバンド間にはまったく関連はありません。

今日は、久保田 利伸のLA・LA・LA LOVE SONG(ラ・ラ・ラ・ラヴソング)のご紹介です。

久保田 利伸(くぼた としのぶ、1962年7月24日 -)は、静岡県庵原郡蒲原町(現・静岡市清水区()出身のシンガーソングライター、音楽プロデューサーです。

久保田 利伸の別名・愛称は、「ファンキー久保田」「クボジャー」「キング・オブ・Jソウル」「久保やん」「クボトシ」等で3、自他共に認めるファンキーなキャラとして知られています。

久保田 利伸は、高校を卒業後、駒澤大学進学と同時に上京します。
在学中に、軽音楽部ロック研究会に属し、そこで出会った羽田一郎とアマチュアバンド「HOTTENTOTS」(ホッテントット)を結成します。

翌年の1982年には、ヤマハ主催のコンテスト「EAST WEST '82」に出演し、ベスト・ボーカリスト賞を受賞。

1985年、大学を卒業後、音楽プロデューサーとしてキティミュージックとの作家契約で音楽業界に入り、1980年代には20代前半という若さで、田原俊彦、中山美穂、小泉今日子、鈴木雅之、GWINKO、荻野目洋子、芳本美代子、小山水城、とんねるず、バブルガムブラザーズ等多くの歌手、アイドルに楽曲提供をしています。

また、ここ数年にもCHEMISTRY、MISIA、ISSA、山田優などに楽曲を提供しています。

2004年には、ノルウェーの外資系企業に勤める11歳年下の日本人女性と入籍。同年12月には、第一子となる男児が生まれています。

今日は、1996年5月13日に発売された、久保田利伸 with NAOMI CAMPBELL※のシングル(久保田利伸としては通算16枚目のシングル)となる「LA・LA・LA LOVE SONG(ラ・ラ・ラ・ラヴソング)」をどうぞ。


LA・LA・LA LOVE SONG(ラ・ラ・ラ・ラヴソング)/久保田利伸 with NAOMI CAMPBELL(ナオミ・キャンベル)

この曲は、フジテレビ系テレビドラマ「ロングバケーション」の主題歌となり、大ヒットします。
久保田 利伸自身初の月9主題歌となり、自身初のオリコンシングルチャート1位、またミリオンセラーも達成します。

また、この曲が、ナオミ・キャンベルとのコラボに至った経緯は、ニューヨーク在住中の久保田 利伸が、偶然ナオミ・キャンベルと同じマンションに住んでおり、エレベーター内で対面した2人が、後に意気投合したことから実現することとなりました。


※ナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)は、はイギリスの女性、ファッションモデル。ロンドンでスカウトされ、1980年代からモデルとして活動している。国際的なファッション雑誌の表紙や、ミラノやパリなどのファッションショーに登場した。自身の名前を冠にした香水や一連の法律問題でも知られている。また、歌手、作家、女優、慈善事業家としての顔ももつ。

今日は、沢田 研二の「カサブランカダンディ」のご紹介です。

沢田 研二(さわだ けんじ、本名:澤田 研二 1948年6月25日 -)は、鳥取県鳥取市生まれ、京都府京都市出身の歌手、俳優、作詞・作曲家です。
ニックネームはジュリー。妻は女優の田中裕子。前妻は元ザ・ピーナッツの伊藤エミ。

沢田 研二は、1960年代後半のグループサウンズ(GS)全盛期から活躍する歌手です。ソロとしてのシングル総売上は1,239万枚で、ザ・タイガース、PYG時代を含めると1,666万枚となります。

1967年2月5日、シングル「僕のマリー」でデビュー。セカンド・シングル「シーサイド・バウンド」でブレイクし、「モナリザの微笑」、「君だけに愛を」で一気にグループサウンズ (GS) の頂点へと躍り出ます。

とりわけ、端整な美貌の持ち主である沢田研二は、当時の10代の少女を中心に熱狂的な人気を博し、一躍国民的アイドルとなります。

今日は、そんな沢田研二の、1979年2月1日に発売された沢田研二の26枚目のシングルである、「カサブランカダンディ」をどうぞ。


カサブランカダンディ/沢田研二

「カサブランカ」というのは、映画「カサブランカ (Casablanca)」を指しており、歌詞中の「ボギー」とは、「カサブランカ」の主演俳優ハンフリー・ボガート(Humphrey DeForest Bogart, 1899年 12月25日(1月23日とする説もあり) - 1957年 1月14日)の愛称です。

当初、テレビ番組などでこの曲を歌う際、洋酒を口に含んで霧を吹くパフォーマンスが話題となりましたが、後に、「子供達がマネをして見苦しい」との苦情が寄せられて、このパフォーマンスは封印されました。
ザ・ベストテンにおいては、「ダーリング」以来の1位を獲得しましたが、同番組ではこの曲が最後の1位となりました。

なお、この曲は、その後以下のミュージシャンによってカバーされています。

・1997年、田村直美がノエビアのCM(コスメティック・ルネッサンスシリーズでカバー。
・2002年、工藤静香がアルバム「昭和の階段 Vol.1」でカバー。
・2003年2月、田村直美がアルバム「コスメティック ルネッサンス~ノエビアCM HITS!~」でカバー。
・2004年、JAZZBILLYがデビューミニアルバム「CASABLANCA DANDY」でカバー。

  音楽ブログ  次のページ   →→
Copyright(C) 2008-2014 Super源さんの音楽ブログ All Rights Reserved.
*
blogdesigned by 福井めい