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2016年09月19日

「気分爽快/森高千里」 - 名曲のご紹介

今日は、森高千里の「気分爽快」のご紹介です。

気分爽快 森高千里 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

森高千里(もりたか ちさと、本名:江口 千里(えぐち ちさと、旧姓:森高 1969年4月11日 -))は、大阪府茨木市(おおさかふ いばらきし)出身の歌手・作詞家・作曲家・ドラマーです。

森高千里は、九州女学院在学中の1986年夏、大塚製薬が主宰した「第1回ポカリスエット・イメージガールコンテスト」でグランプリを受賞します。

1987年春、東宝映画『あいつに恋して』にヒロイン・松前千里役で出演。
そして、同年の5月25日に同映画の主題歌「NEW SEASON」で歌手デビュー。

当初は、女優・タレント、歌手業を平行して行なっていましたが、同年9月7日の渋谷LIVE INNでの初ライブをきっかけに、徐々に歌手活動に重きを置くようになります。

そして、1989年に、南沙織の楽曲のカバー曲「17才」がブレイク。
森高千里は、一躍人気ミュージシャンの仲間入りをします。

今日は、そんな森高千里の、1994年1月31日に発売された通算22枚目のシングルである「気分爽快」をどうぞ。


気分爽快/森高千里

2016年09月07日

「各駅停車/猫」 - 名曲のご紹介

今日は、猫の「各駅停車」のご紹介です。

各駅停車 猫 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

猫(ねこ)は、1970年代に活躍した日本のフォークロックバンドです。
代表曲には、「雪」「地下鉄にのって」「各駅停車」「僕のエピローグ」などがあります。

「猫」のメンバーは、以下の2人です。

常富喜雄(つねとみ・のぶお)ボーカル・ギター
内山修(うちやま・おさむ)ボーカル・ギター・ベース・パーカッション

「猫」は、1971年10月に、早稲田大学のカレッジフォークグループ「ザ・リガニーズ」のメンバーだった常富喜雄、内山修と、「ジ・アマリーズ」のボーカルだった田口清によって結成されました。

そして、1972年3月9日に、「人生なんてそんなものさ」でデビューをします。

その後、吉田拓郎の作詞作曲・プロデュースによる「雪」「地下鉄にのって」、オリジナル楽曲の「昼下がりの街」「各駅停車」「僕のエピローグ」などがヒットします。

今日は、そんな「猫」の、1974年3月21日に発売された通算6枚目のシングルである「各駅停車」をどうぞ。


各駅停車/猫

ちなみに、「ニューミュージック」という音楽ジャンルがありますが、これは、当時の音楽誌が、このバンドを紹介するのに「ニューミュージック」と紹介したのが語源だという説があります。

また、この「猫という」ユニークなバンド名は、「ザ・ビートルズ」「ザ・タイガース」「ザ・スパイダース」など、当時のバンドに多かった「動物・生き物系」をつけようとしたがなかなか決まらず、「猫でも犬でもいいだろう...」ということから「猫」に決まったといいます。

確かに、彼らのバンドは、その曲もさることながら、もうバンド名からして、何というか柔軟性に富んだ、既成の枠にとらわれないものを感じますね。
なので、「ニューミュージック」語源説には、私は何か納豆、じゃなかった、納得のいくものを感じます。

「猫」の近況

・1982年 - 6月18日、渋谷Egg-manでの山田パンダ&山本コータロー「旧友再会フォーエバーヤングコンサート」にて、一夜限りの再結成。
・1985年 - オールナイト・ライブ「吉田拓郎 ONE LAST NGHIT in つま恋」にて、一夜限りの再々結成。
・1991年 - オリジナルメンバーの田口清が、42歳の若さで他界。
・2000年 - 南こうせつの番組「フォーク大集合」(NHK-BS2)にて一夜限りの再々々結成。
・2004年秋 - 田口清の十三回忌法要で、メンバーが集まったことがきっかけで、約30年の沈黙を破り、再結成。
・2005年9月 - オリジナルアルバム「猫 5」(ネコ・ファイブ) を発売。
ゲストに伊勢正三を迎え、原宿Blue Jay Westで発売記念ライブを行なう。
・2008年3月 - 「猫 5」(ネコ・ファイブ) FLME盤を発売。
・2014年 - 2014年末よりニューアルバム「猫 6」(ネコ・ロク)の録音を開始する。
・2015年 - 11月21日(土)に浅草KURAWOODにて「猫 6」アルバム発売記念ライブが開催される。

2016年09月02日

「見つめてあげたい/渡辺満里奈」 - 名曲のご紹介

今日は、渡辺満里奈の「見つめてあげたい」のご紹介です。

みつめてあげたい 渡辺満里奈 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

渡辺 満里奈(わたなべ まりな、1970年11月18日 - )は、東京都大田区出身のタレント、司会者、女優、歌手です。
満里奈という名前は、ヨット好きだった父が、マリーナからとって命名したということです。

渡辺 満里奈は、1984年のミス・セブンティーンコンテストに応募し、東京地区予選にてCBSソニーにスカウトされます。
そして、1986年3月27日、おニャン子クラブ会員番号36番としてデビュー。
在籍中の1986年10月に発売されたソロデビュー曲「深呼吸して」は、当時のオリコン初登場1位最年少記録(15歳11ヶ月)を樹立します。

おニャン子クラブの解散後も、歌手としてアイドル番組やバラエティーなどに出演。
当初は、アイドルとして事務所の意向に沿った衣装や楽曲で出演していましたが、徐々に自らの意見を加味し、自分の個性に合った曲や衣装などを表現するようになっていきます。

そしてその後、以前から妹分のように目を掛けてくれていたとんねるずの冠番組『とんねるずのみなさんのおかげです』の「仮面ノリダー」のレギュラー出演者に抜擢され、お笑いの資質も見出されました。

今日は、そんな渡辺満里奈の、1988年3月12日に発売された通算6枚目のシングルである「見つめてあげたい」をどうぞ。

渡辺 満里奈の近況

2000年代からは、ファッション、旅行、健康など彼女の趣味・経験による書籍を多く出版しています。
特に、台湾通として知られており、台湾政府観光局のイメージキャラクターにも選ばれました。
2016年現在は、ピラティス・メソッドの実践で、健康的な体型を維持しています。

2005年4月5日、テレビ朝日の番組『銭形金太郎』で、共演した名倉との婚約を発表。
同年5月5日に婚姻届を提出。同年10月23日に東京プリンスホテルにて結婚披露宴を行ないました。

2007年12月9日、男児を出産。
結婚、出産後は、2008年から雑誌『LEE』における手芸に関する連載、2009年よりオーガニック綿を用いた子供服中心のブランド「gris-gris」の立ち上げなどの活動も行っています。
また、ホメオパシーにも傾倒するようになっており、講演に参加するなどしています。

2016年08月29日

「恋人試験/松本ちえこ - 名曲のご紹介

今日は、松本 ちえこの「恋人試験」のご紹介です。

恋人試験 松本ちえこ ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

松本 ちえこ(まつもと ちえこ、本名:松本 千枝子1959年11月12日 - )は東京都出身のタレント、女優です。

松本 ちえこは、友達と歌番組の見学に行った際にスカウトされます。
テレビ局の人から、「冗談でいいから番組で今度桜田淳子ちゃんの歌をうたってみてくれない?」と持ちかけられ、OKしたことがデビューの発端となります。

そして、1974年にアイドル歌手と「ボーイフレンド」でデビューをします。

が、デビュー当時は平凡や明星などの白黒ページに取り上げられることはあっても、歌手としてはあまりパッとしない存在でした。
そのため、本人も事務所も、アイドルとしての成功は、半ばあきらめかけていました。
そのため、2曲目の「まぶしい彼」発売後は、1年あまりブランクがあります。

そして、1976年に活動を再開。
再開直後に、資生堂バスボンのCMでブレイク。
同年発売のシングル「恋人試験」は、歌詞が話題になりました。

今日は、そんな松本ちえこの、1976年8月25日に発売された通算4枚目のシングルである「恋人試験」をどうぞ。


恋人試験/松本ちえこ

何か、アンケート用紙が歌になったような、独特のインパクトのある歌詞が特徴の曲で、当時、この曲と松本ちえこという名前が、強烈にセットで記憶されたことを私は思い出します。(--)トオイ メ

松本ちえこは、この曲を発売した翌年の1977年に、“妊娠疑惑騒動”が持ち上がったことで、アイドルからの転身を余儀なくされ、その後は、にっかつロマンポルノに出演するなど、歌手業から女優業へと活動の場を移すことになります。

そして、1995年には、南フランスのプロヴァンス地方で撮影したヘアヌード写真集を出版。
撮影の初日には、ヌーディストビーチに行き、日光浴で全身を小麦色にしてから撮影に臨みました。

何というか、ある意味波乱万丈の人生といったところですが、松本 ちえこは、現在も女優として活動しています。

2016年08月23日

「虹をわたって/天地真理」 - 名曲のご紹介

今日は、天地 真理の「虹をわたって」のご紹介です。

虹をわたって 天地真理 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

天地 真理(あまち まり、出生名: 齋藤 眞理(現:青木 眞理)、1951年11月5日 -)は、埼玉県大宮市(現さいたま市)出身の女性歌手です。

天地 真理は、小学5年生の頃、母親に買ってもらった88鍵のアップライト・ピアノに親しみ、演奏の腕を上げていきます。
そして、1964年に、国立音楽大学附属中学校に入学。
1967年には、国立音楽大学附属高等学校に進学。当初はピアノ科に入るも、のち声楽科へ転科します。

1970年3月、国立音楽大学附属高等学校声楽科を卒業し、同年7月に、TBS系視聴者参加番組「ヤング720」に出演。また同年12月には、渡辺プロダクションへの所属が内定します。

デビュー曲は、1971年に発売された「水色の恋」。
天真爛漫な笑顔で国民的アイドルとなった天地 真理は、後に続くアイドル歌手の基本スタイルを確立します。

そして、その後は「ちいさな恋」「ひとりじゃないの」「虹をわたって」「ふたりの日曜日」「若葉のささやき」「恋する夏の日」「空いっぱいの幸せ」「恋人たちの港」「恋と海とTシャツと」「想い出のセレナーデ」と、次々に大ヒット曲を飛ばしていきます。

キャッチフレーズは「(あなたの心の隣にいるソニーの)白雪姫」。デビュー当初は、「可愛いアヒルちゃん」という愛称も用いられました。

今日は、1972年2月5日に発売された、通算4枚目のシングルである「虹をわたって」をどうぞ。


虹をわたって/天地真理

当時、天地真理、沢田研二、萩原健一が出演する同名の松竹映画が製作され、劇中で天地真理が同曲を歌唱するシーンがあります。
そしてこの映画は、天地真理にとって初の主演映画となりました。

またこの曲は、翌年1973年春開催の「第45回選抜高等学校野球大会」の入場行進曲として使われました。