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東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


 
今日は、「ディオンヌ・ワーウィック」の「ハートブレイカー(Heartbreaker)」のご紹介です。

ディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick、1940年12月12日 - 本名 Marie Dionne Warrick マリー・ディオンヌ・ワーリック)は、アメリカのニュージャージー州(New Jersey East Orange)出身の黒人女性歌手です。バート・バカラック作品の歌い手として、またホイットニー・ヒューストンの従姉妹としても知られています。
姉妹は共にR&BシンガーのDee Dee Warwick(2008年10月死去)、Judy Clay(義理の姉妹。2001年7月死去)で、二人ともディオンヌよりディープなソウル・シンガーです。

ディオンヌ・ワーウィックは、ハートフォード音楽大学に在学時、主専攻で音楽教育、副専攻でピアノを専攻します。そして、ニューヨークのレコーディングスタジオでバックコーラスやデモ歌手などをしている時に、作曲家のバカラックと出会い、大学卒業後、歌手として本格的に活動を始め、1963年にデビューします。

翌年の1964年、「ウォーク・オン・バイ」のヒットで脚光を浴び、それから3年後の1967年に「小さな願い(I Say a Little Prayer)」のヒットを放ってからは、「サンホセへの道」、「恋にさようなら(I'll Never Fall in Love Again)」など、現在もスタンダードとして親しまれているバカラック=ハル・デビッド作品で続けざまにヒットを放っていきます。

1974年に、スピナーズとの共演で「ゼン・ケイム・ユー」がNo.1になるものの、その後はしばらく不振となります。
が、1979年にバリー・マニロウプロデュースによる「涙の分かれ道(I'll Never Love This Way Again)」が久々のヒット。この曲は、グラミー賞を受賞します。

そして、1982年にバリー・ギブ制作による「ハートブレイカー」がヒット。
1985年には、USA for AFRICA のウィ・アー・ザ・ワールドに参加するなどの活躍を見せ、1986年にはバカラック&キャロル・ベイヤー・セイガーのライティングコンビによるグラディス・ナイト、エルトン・ジョン、スティーヴィー・ワンダーとの共演作「愛のハーモニー」が大ヒットします。

きょうは、1982年に発売された、「ハートブレイカー」をどうぞ。


ハートブレイカー(Heartbreaker) /ディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick)

今日は、パープル・シャドウズの「小さなスナック」のご紹介です。

パープル・シャドウズ(Purple Shadows)は、1968年結成のグループ・サウンズのバンド(GS)です。

主なメンバーは、今井久(ギター)、綿引則史(ギター)川合良和(ベース)、大場吉雄(ドラムス)。

パープル・シャドウズが1968年に結成された時、グループ・サウンズ(GS)の人気は既に下り坂に向かっていました。
が、他のGSとは違う「ムード歌謡」的な曲調をもつ「小さなスナック」は、大ヒット。
オリコン週間チャート2位となり、47.0万枚を売り上げます。

が、果たせるかな、その後はヒット曲に恵まれず、メンバーの脱退・加入を繰り返し、1980年代には「今井久&パープル・シャドウズ」として再出発します。

「今井久&パープル・シャドウズ」は、ハワイアン的なムード歌謡風の曲調が特徴で、今井のギターをフィーチャーしたインスト・アルバムも発売されました。

今日は、そんなパープル・シャドウズのデビュー曲である「小さなスナック」をどうぞ。


小さなスナック/パープルシャドウズ

「小さなスナック」の作詞は牧ミエコ、作曲は今井久で、松竹映画で「小さなスナック」という、斉藤耕一監督による同名の映画が製作され、同年の9月に公開されています。

また、1979年に「ロス・インディオス&シルヴィア」が発売して、翌1980年に掛けて大ヒットとなった「別れても好きな人」は、パープル・シャドウズが本家本元でした。

この曲のオリジナルは、シャッフルのリズムでしたが、ロス・インディオス&シルヴィアのカバー・バージョンは、一部歌詞地名が変更(青山→原宿、狸穴→高輪など)され、落ち着いたムード歌謡曲調にアレンジし直されています。

2012年1月24日、パープル・シャドウズは「NHK歌謡コンサート」(NHK総合)に出演し、「小さなスナック」を披露しています。

今日は、やまがた すみこの「雨の日曜日」のご紹介です。

やまがた すみこ(旧本名 : 山県寿美子、1956年10月11日 -) は、東京都北区出身のフォーク、歌謡曲等のシンガーソングライター、スタジオミュージシャンです。
作詞作曲者としての名義は「山県すみ子」で、他に「モモ」名義の録音もあります。夫は井上鑑(いのうえ あきら)。

やまがた すみこは、小学校6年生の頃から作詞作曲を始め、上野学園高校1年生在学中(1972年)にTBS系の視聴者参加番組「家族そろって歌合戦」に出場し、中学生の時の自作曲「夏になったら」を歌って優勝します。
これをきっかけに、日本コロムビアからスカウトされ、翌年の1973年2月に「風に吹かれていこう」で歌手デビューをします。

ファーストアルバム「やまがたすみこフォークアルバム第一集 風、空、そして愛」(1973年3月)は本田路津子風のカレッジフォークのスタイルを取り、自作曲の他に森山良子などの曲をカバーしていましたが、その後は次第に「ニューミュージック」色が強まっていきます。

1973年12月に発売されたシングル「日立ミュージック・イン・ハイフォニックのテーマ/白い船白い鳥」(高田敏子詞、山本直純曲)では、誕生年が1960年生まれとあります。
ニッポン放送の番組のテーマ曲で、毎週やまがたすみこの歌声が流れていました。

1977年初内の「FLYING(フライング)」では、自作曲が減り、代わって松本隆、鈴木茂、細野晴臣、佐藤健、伊藤銀次らが曲づくりに参加しています。

1985年には、つくば科学万博「住友館」のテーマ曲「空に会おうよ」(作曲・編曲:坂本龍一、作詞:矢野顕子)を「モモ」と言う名前で歌っていました。

今日は、1976年07月25日に発売されたアルバム「サマー・シェイド」より、「雨の日曜日」をどうぞ。


雨の日曜日/やまがたすみこ

やまがた すみこは、テレビでは、TBS系TVドラマ「おさななじみ」のテーマ曲「あの日のことは」(1973年)、アニメーション「南の虹のルーシー」のテーマ曲「虹になりたい」「森へおいで」(1982年)で知られています。
ドラマ「おさななじみ」においては、ギターを持ったやまがたすみこが登場して、居間や窓辺で「夏になったら」「風に吹かれていこう」「あの日のことは」などの曲を歌う場面もあり、フォーク歌手というよりも、美少女アイドルといった時期もありました。

NHKの番組「あなたのメロディー」で誕生した「風を見たよ」「海のおくりもの」(沖縄海洋博テーマソング)を歌い、同局の「みんなのうた」にも登場。
長野県のローカルテレビ局テレビ信州のテーマソング(社歌)「みつめあえばそこに」などのほか、イソジン、ヒサミツをはじめとするCMソング等も多数あります。

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