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東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


 
■名曲のご紹介
今日は、オフコース(OFF COURSE)の「思いのままに」のご紹介です。

オフコースは、神奈川県横浜市の聖光学院高校に在学中だった小田和正、鈴木康博、地主道夫らが結成したフォーク・グループで、1970年に「群衆の中で」でデビューをします。

メンバーは、小田和正(ボーカル、キーボード)、鈴木康博(ボーカル、ギター)、清水仁(ボーカル、ベース)、大間ジロー(ドラムス)、松尾一彦(ボーカル、ギター、ハーモニカ)。

当初は、生ギターを中心とした、フォークソング色の濃い曲を歌っていましたが、長年ヒット曲に恵まれませんでした。

結成7年目にあたる1976年に、ギターの松尾一彦、ベースの清水仁、ドラムスの大間ジローが加わり、キーボード、シンセサイザーを含めたバンドサウンドに変わります。
そして、結成10年目に発売した「さよなら」の大ヒットで、オフコースは多大なる人気を獲得し、それ以降も、「愛を止めないで」「さよなら」「Yes-No」「時に愛は」「君が、嘘を、ついた」等の数多くのヒット曲を世に送り出し、時代を代表するビッグ・グループとなります。

今日は、1979年10月20日に発売されたオフコースの通算7作目のオリジナル・アルバム、「Three and Two(スリー・アンド・トゥ)」の中から、「思いのままに」をどうぞ。


思いのままに/オフコース(OFF COURSE)

この曲の歌詞はこちら

音作りに関しては、オフコースは5人で演奏可能なアレンジでレコーディングする方針を取っていました。
最初は、曲のタイトルも歌詞もない状態でコード進行を作り、そこにメンバーが意見を出し合ってアレンジを加えて行き、最後に、その曲のイメージに合った詞が作られます。
小田和正は当時、「オーバープロデュースは嫌うので、音的には足りない部分もあるが、聴く人が足して聴いてくれればいい」と語っていました。

なお、南野陽子の「思いのままに」は、同名異曲です。

今日は、奥村チヨの「恋泥棒」のご紹介です。

奥村チヨ(おくむら チヨ、本名、金野智代(こんの ちよ、旧姓・奥村 1947年(昭和22年)2月18日 -))は、千葉県野田市生まれ、大阪府池田市育ちの歌手です。女優の麻生祐未は姪にあたります。

奥村チヨは、夙川学院高等学校在学中に、知人が応募したオーディションに合格してしまい、1回きりの約束でドリンク剤のCMソングを歌ったことがきっかけで、卒業後の1965年に「あなたがいなくても」でデビューをします。

和製シルヴィ・ヴァルタンとして売り出された奥村チヨは、その小悪魔的な魅力と、甘えたような歌い方でたちまち人気を集め、黛ジュン、小川知子とともに東芝3人娘の一角を占め、「ごめんネ・・・ジロー(1965年)」「北国の青い空(1967年)」「恋の奴隷(1969)」「恋泥棒(1969)」「恋狂い(1970)」「くやしいけれど幸せよ(同1970)」「終着駅(1971)」など、次々にヒットを飛ばしていきます。

今日はその中から、1969年10月1日に発売された、通算18枚目のシングルである「恋泥棒」をどうぞ。


恋泥棒/奥村チヨ

この曲の歌詞はこちら

2008年3月7日にフジテレビで放送された「売れなきゃよかった…金曜日の告白SP!大壮絶人生」によれば、奥村チヨの代表曲である「恋の奴隷」が、男性に従属的な歌詞であったことから、奥村チヨ本人はこの曲を歌うことにあまり乗り気ではなかったといいます。
また、この曲のイメージから、当時は自宅周辺にまで付きまとうファン(今で言うストーカー)が多く出現して、悩まされていたということです。

今日は、石川 優子の「時の踊り子」のご紹介です。

石川 優子(いしかわ ゆうこ、本名:田中優子、旧姓:石川 1958年10月3日 -)は、大阪府大東市深野出身のシンガーソングライターです。

石川 優子は、小学校4年生の時に、守口市少年少女合唱団に10倍以上の競争率を乗り越えて合格。
中学3年の時にはギターをはじめ、高校時代は女性デュオの「スリーピー」、高校3年から短大にかけてはバンドの「ファンタスティック」などに参加して活躍します。

1978年、ヤマハ第16回ポピュラーソングコンテスト(通称ポプコン)つま恋本選会にCHAGE and ASKA(チャゲ アンド アスカ)、円広志(まどか ひろし)、大友裕子(おおとも ゆうこ)、クリスタルキングらとともに出場し、「夜の雨」を歌って注目されます。

そして、1979年3月に「沈丁花」で歌手デビュー。同年7月には石川優子自身が作詞・作曲した2枚目のシングル、「レット・ミー・フライ」、11月には3枚目のシングル「クリスタル モーニング」を発売。この曲は、本人出演の「コルゲントローチ」CM曲となり、大ヒットをします。

1981年には、通算7枚目のシングルとして発売された「シンデレラ サマー」が同年のJAL沖縄キャンペーンソングとなって大ヒット。美しい声とアイドル並の容姿を持ちながら、作詞・作曲もこなす実力派歌手として認知されます。

今日は、1982年06月21にに発売された、通算6枚目のアルバム 「FULL SAIL(フルセイル)」の中から、「時の踊り子」をどうぞ。


時の踊り子/石川優子

石川優子は、1990年7月に浜松、東京、京都、大阪でのファイナルコンサート「愛を眠せないで」の公演を最後に、歌手を引退しましたが、2009年3月25日に発売されたChageのアルバム「Many Happy Returns(メニー・ハッピー・リターンズ)」に、「ふたりの愛ランド2009」を収録。
25年ぶりに、Chageと再びデュエットでこの曲のレコーディングを行ない、変わらぬ美声を披露しました。

ちなみに、石川 優子本人の言によれば、趣味はプロレス観戦で、好きな選手は寺西勇とスタン・ハンセン(アメリカの元プロレスラー)とのことです。

【時の踊り子って?】
時の踊り子って?

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