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東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


 
■名曲のご紹介
今日は、中山美穂の「世界中の誰よりきっと」のご紹介です。


中山美穂(なかやま みほ、本名:辻 美穂(旧姓:中山)、1970年3月1日 -)は、長野県生まれで東京都小金井市出身のアイドル、女優、歌手です。
愛称は「ミポリン」。夫は、ミュージシャン・小説家の辻仁成(つじ ひとなり/つじ じんせい)、妹は女優の中山忍です。

中山美穂は、1985年1月に、テレビドラマ「毎度おさわがせします」(TBS系)ののどか役でドラマデビュー。このドラマでは、彼女は脇役でしたが、ドラマの人気と共に注目が集まり、同年6月シングル「C」で歌手デビューをします。また、同時期にバラエティー番組「パーティー野郎ぜ!」(テレビ朝日系)にアシスタントとしてレギュラー出演。同年末には、第27回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞します。

今日は、1992年10月28日に発売された、中山美穂とロックバンド、WANDS(ワンズ)とのコラボ曲である「世界中の誰よりきっと」をどうぞ。


世界中の誰よりきっと/中山美穂&WANDS(ワンズ)

この曲は、中山美穂が主演のフジテレビ系ドラマ「誰かが彼女を愛してる」の主題歌として使われました。

また、売り上げは183万枚を超え、オリコン年間シングルチャートで1992年度では37位を記録。翌年の1993年度においても10位となり、2年連続で50位以内にランクインします。

当初、この曲のデモ版はバラード調でしたが、中山美穂のプロデューサーが「クリスマス向けのパーティ感が欲しい」と依頼したことで、葉山たけしによる派手な8ビートアレンジがなされ、現在の形となりました。
メインボーカルを中山美穂、コーラスを上杉昇(WANDS・当時)が担当しています。

また、後にこの曲がWANDSのアルバムに収録された際には、メインボーカルを上杉昇、コーラスを宇徳敬子、編曲を明石昌夫が担当しています。

今日は、松山 千春の「旅立ち」のご紹介です。

松山 千春(まつやま ちはる、1955年12月16日 -)は北海道足寄郡足寄町出身のフォークシンガーです。

1975年、「全国フォーク音楽祭」の北海道大会に出場するも落選となりますが、STVラジオの竹田健二ディレクターに見出され、翌年に同局の「サンデージャンボスペシャル」内の15分コーナー『千春のひとりうた』でメディアデビューをします。
続いて、翌1977年の1月25日に、「旅立ち」でレコードデビューを果たします。

翌年の1978年、発売したシングル「季節の中で」が大ヒットしたことでブレイクし、その後も「窓(1979年)」「恋(1980年)」「長い夜(1981年)」をはじめとする多数のヒット曲を世に送り出し、ニューミュージック界に確固たる地位を築きます。

今日は、そんな松山 千春の、1977年1月25日に発売されたデビュー曲である「旅立ち」をどうぞ


旅立ち/松山千春

この曲は、全国的なヒットには至りませんでしたが、地元の北海道ではローカル・ヒットとなります。
また、9年後の1986年に、同名のベスト・アルバム「旅立ち」で再録音され、その新バージョンはシングル「旅路」のB面にも収録されました。

ちなみに、松山千春は高校時代はバスケットボール部に所属しており、当時十勝地区で「シュートの鬼」の異名を取ったといいます。
松山千春がバスケットボールの伝説的スターマイケル・ジョーダン(Michael Jeffrey Jordan , 1963年 2月17日 - )に憧れて、スキンヘッドにしたというのは有名なところです。

今日は、高田 みづえの「無縁坂」、(゚゜)コンッ\(--;) じゃなかった、「硝子坂(ガラスざか)」のご紹介です。

高田 みづえ(たかだ みづえ、戸籍名:日高 みづえ(旧姓:高田) 1960年6月23日 -)は、。鹿児島県揖宿郡頴娃町(現・南九州市)出身の元歌手・元タレントで、相撲部屋の「おかみ」です。
夫は元大関の大相撲力士で、現二所ノ関親方の若嶋津六夫(本名:日高六男)。長男は俳優の勝信。

高田 みづえは、フジテレビのオーディション番組「君こそスターだ!」で、第18回グランドチャンピオンとなり、1977年3月25日に「硝子坂」でアイドル歌手としてデビューをします。

この曲は、発売1ヶ月半でオリコンTOP10入りを果たし、シングル売上が31万枚を突破するヒットとなり、続けて「だけど…」「ビードロ恋細工」「花しぐれ」と3曲連続でヒットを飛ばします。

そして、同年の1977年に、第19回日本レコード大賞・新人賞、日本歌謡大賞・放送音楽新人賞、FNS歌謡祭・最優秀新人賞などの新人賞を受賞します。

また、同期にデビューした歌手には、清水健太郎、狩人太川陽介、榊原郁恵、清水由貴子、荒木由美子などがおり、特に、榊原郁恵・清水由貴子と3人合わせて「フレッシュ3人娘」とも呼ばれました。

今日は、そんな高田 みづえの1977年03月25日に発売されたデビュー曲である、「硝子坂(ガラスざか)」をどうぞ。


硝子坂(ガラスざか)/高田 みづえ

「硝子坂」は、島武実(しま たけみ)の作詞、宇崎竜童(うざき りゅうどう)の作曲による作品で、この曲は高田 みづえがデビュー曲として歌うちょうど1月前の1977年2月25日に、木之内みどりのアルバム「硝子坂」のタイトル曲として発表されています。

が、木之内みどりバージョンの方の編曲はラスト・ショウ、瀬尾一三(せお いちぞう)で、たかだみづえバージョンの編曲は馬飼野康二(まかいの こうじ)と、アレンジが大幅に異なっています。

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