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東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
癒しと励まし、そして切なさをテーマとしたオリジナル曲を作っています。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


 
今日は、麻丘 めぐみの「女の子なんだもん」のご紹介です。

麻丘 めぐみ(あさおか めぐみ、本名:藤井 佳代子 1955年10月11日 -)は、大分県生まれ、大阪育ちの女優、歌手、演出家です。

1970年代を代表するアイドルの一人で、当時、そのチャーミングな容貌と、「牛若丸カット」と呼ばれた独特のカットの黒髪と、そして優しい歌声で一時代を築きます。
南沙織や天地真理・小柳ルミ子ら新三人娘とともに、「元祖女性アイドル」 と語られる機会もあります。

麻丘 めぐみのデビュー曲は、1972年に発売された「芽ばえ」です。
この曲は、40万枚を超えるヒットとなり、第14回日本レコード大賞で最優秀新人賞を受賞します。

翌年の1973年には、「わたしの彼は左きき」が大ヒット。
この曲は、第15回日本レコード大賞で大衆賞を受賞し、同年の「第24回NHK紅白歌合戦」にもこの曲で出場することとなり、麻丘めぐみの代表曲となります。

今日はそんな麻丘めぐみの、1973年1月15日に発売されたの通算3枚目のシングルである「女の子なんだもん」をどうぞ。( ^-^)/


女の子なんだもん/麻丘めぐみ

ちなみに麻丘めぐみは、南沙織と浅田美代子とはアイドル時代からの親友です。
デビュー曲のヒットで一躍トップアイドルとして祭り上げられたことへの戸惑いや、1970年代当時の歌謡界の空気に馴染めないストレス等といった悩みを共に抱えており、それゆえに互いに励まし合いながらも本音で語り合える貴重な存在だったと、再三インタビューで語っています。

今日は、沢田 聖子の「卒業」のご紹介です。

沢田 聖子(さわだ しょうこ、1962年3月13日 -)は、東京都中野区出身のシンガーソングライターです。
担当楽器は、ボーカル、ピアノ、ギター。

沢田 聖子は、1979年5月25日に、クラウンレコードから「キャンパススケッチ」でデビューをします。
当時、「イルカの妹」というキャッチコピーにより、産休から復帰したイルカのカムバックリサイタルのステージにも立ちます。

以後、ライブを中心とした音楽活動、パーソナリティ活動などを積極的に行ないます。

彼女が活躍を開始した1980年代初頭においては、若い女性のシンガーソングライターは希少な存在で、そのルックスも相まって、男性層からアイドル的人気を得ます。
そして、80年代の女性ニューミュージックシーンを変え、アイドル性をもったシンガーソングライターのパイオニア的な存在となります。

1980年には、学園祭出演数No.1を記録し、「学園祭のプリンセス」と呼ばれます。

今日は、そんな沢田聖子の、1982年01月25日に発売された通算7枚目のシングルである、「卒業」をどうぞ。


卒業/沢田聖子

この曲は、沢田聖子の発売したシングル曲の中で最高のヒット曲となり、オリコンチャートの最高ランキング50位を記録しました。

また、同じ”聖子”の名前をもつ、同時代にデビューした他の歌手に松田聖子がいますが、読み方の他、松田聖子は芸名、沢田聖子は本名という違いもあります。


ちなみに、以下は1967年(昭和42年)に放送された、「ロート製薬」の胃腸薬「パンシロン」のTVコマーシャルです。
インターネットが今より普及する以前に、ロート製薬のホームページにアップされていた動画です。

主演は、愛称・寅さんの渥美 清(あつみきよし、1928年3月10日-1996年8月4日)で、子役として沢田聖子(当時5歳)が出演しています。

YouTubeで、偶然見つけた動画なのですが、これ、貴重な映像ですねー! おぉ~っ!。w(゚゜)w


【CF】パンシロン(1967年) 出演=渥美 清、 沢田聖子(当時5歳)



もう、聖子ちゃん、歌うまいし、可愛い杉ー。(*^o^*)

今日は、高田 みづえの「硝子坂」のご紹介です。

高田 みづえ(たかだ みづえ、戸籍名:日高 みづえ(旧姓:高田) 1960年6月23日 -)は、鹿児島県揖宿郡頴娃町(かごしまけんいぶすきぐんえいちょう:現・南九州市)出身の元歌手・元タレントです。
相撲部屋の「おかみ」で、夫は元大関の大相撲力士(現・二所ノ関親方の若嶋津六夫(本名:日高六男))。
長男は元俳優の勝信。長女はタレントのアイリ。

高田 みづえは、フジテレビのオーディション番組「君こそスターだ!」で第18回グランドチャンピオンとなり、1977年3月25日に「硝子坂」でアイドル歌手としてデビューをします。

デビュー曲の「硝子坂(がらすざか)」から好調なすべり出しで、「だけど…」「ビードロ恋細工」「花しぐれ」と、4曲連続でヒット。
同年1977年に、第19回日本レコード大賞・新人賞、日本歌謡大賞・放送音楽新人賞、FNS歌謡祭・最優秀新人賞などの新人賞を受賞します。

その後、しばらくヒットに恵まれない時期がありましたが、1980年7月に発売された「サザンオールスターズ」のカバー曲「私はピアノ」を歌って、再びブレイク。
「第31回NHK紅白歌合戦」にも2年ぶりに出場します。

その後は、「愛のイマジネーション」のB面に収録されたカバー曲「真夜中のギター」がヒット。
1982年には、音つばめの曲をカバーした「愛の終りに」と、アリスの谷村新司作詞・作曲で谷村自身がバックコーラスも担当した「ガラスの花」を発売します。

さて今日は、そんな高田 みづえのデビュー曲である「硝子坂(ガラスざか)」をどうぞ。


硝子坂/高田みづえ

なお、高田みづえは、デビューが同期で仲の良かった榊原郁恵清水由貴子とあわせて「フレッシュ3人娘」と呼ばれていました。

高田みづえは、私はデビュー当時から知っていますが、ちゃらちゃらしたところのない、落ち着いた大人の雰囲気をもった女性だったと記憶しています。
ただ、歌はうまいのですが、私にはその歌唱が何となく演歌っぽく感じられ ン ?(?_?)ソウナノカ?、ちょっぴり引いていたところがあります。(^^;
そのくせ、「硝子坂」と「私はピアノ」が発売された時は、すぐにシングル版を買いにレコード屋に走っていきましたが…。(^ o ^;


高田みづえの近況
1985年に芸能界を引退した高田みづえですが、その後も松ヶ根部屋(現・二所ノ関部屋)のおかみとして、特別番組などで時々テレビに出演しています。

1988年2月には、高田と親交が深かった芳村真理が「夜のヒットスタジオ」の司会を勇退(ゆうたい)する際、花束贈呈のために、夫の松ヶ根親方とともに特別出演しました。

近年では、2014年1月5日放映の「行列のできる法律相談所・明石家さんま2時間スペシャル!」(日本テレビ)にゲスト出演し、司会のさんまと約30年ぶりのテレビ共演を果たしています。

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