[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

2016年08月12日

「夕暮れ気分/堀ちえみ」- 名曲のご紹介

今日は、堀ちえみの「夕暮れ気分」のご紹介です。

堀ちえみ 夕暮れ気分 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

堀 ちえみ(ほりちえみ、本名:尼子 智栄美(あまこ ちえみ) 旧姓、堀 1967年2月15日 -)は、大阪府堺市東区出身の歌手、女優、タレントです。芸名は、本名の智栄美」を「ちえみ」と平仮名表記にしたもの。

堀ちえみは、1981年に開かれた第6回ホリプロタレントスカウトキャラバンの優勝がきっかけで芸能界入りし、1982年に「潮風の少女」で歌手デビューをします。

その翌年の1983年、TBSで放送されたドラマ「スチュワーデス物語」の主演で脚光を浴び、「教官!」「ドジでノロマな亀」のセリフは当時の流行語となり、 翌1984年に新語・流行語大賞にノミネートされ、大衆賞を受賞しました。

このドラマ以外にも、「スタア誕生」や「花嫁衣裳は誰が着る」でも主演を務め、「少女がいじめや冷酷な仕打ちに耐えながら、終いに幸運を手に入れる」という、1980年代の大映ドラマを象徴するキャラクターを演じます。

2001年には、14年ぶりにシングル「ピンクのアオザイの裾を夜風にあそばせ -サウスウインド-」を発売。
2005年から歌手活動を本格的に再開し、大阪(9月17日)・東京(9月24日)で、18年ぶりのソロコンサート「青春の忘れ物」を行ないます。
そこでは、タップダンスなどのダンスパフォーマンスを披露しました。

今日は、そんな堀ちえみのヒット曲の中から、1983年10月5日に発売された通算8枚目のシングルである「夕暮れ気分」をどうぞ。


夕暮れ気分/堀ちえみ

この曲の歌詞はこちら

切な系の、いいメロディーですね。(; ;)ホロホロ
何というか、感情が揺さぶられまくる感じです。
そういえば、堀ちえみ自身も、この曲に関して「何かわからないけど涙がポロポロ出てきて…」と、語っていましたね。
歌詞も素敵ですね。(^-')

ところで、この曲の作曲者は天野滋なのですが、この名前、どこかで聞いたことがあると思ったら、当時のフォークグループ「NSP」のリーダー(担当:ヴォーカル・ギター)ではあーりませんか。w(゚゜)w オォーッ!
今、気がつきました。(#/。\#) ハズカシーッ!

堀ちえみのアイドル歌手としての期間は、デビュー曲の「潮風の少女」(1982年3月21日)から、21曲目の「愛を今信じていたい」(1987年3月21日)までの5年間と、比較的短かい期間でしたが、その間に発売された曲には、名曲が多いです。

たとえば、「待ちぼうけ」「さよならの物語」「夕暮れ気分」「リ・ボ・ン」「白いハンカチーフ」なども素敵です。

なお、堀ちえみと同期にデビューした歌手には、小泉今日子、三田寛子、松本伊代、早見優、中森明菜、石川秀美、シブがき隊がいます。

堀ちえみの近況

2007年11月に、大阪Big Cat(13日)・東京duo MUSIC EXCHANGE(23日)でデビュー25周年記念ライブ君といる世界」を開催。

2009年に、SHIBUYA・AXでバースデーライブを開催、夏には23年ぶりの映画出演となる「色即ぜねれいしょん」が公開されました。

2010年4月には、スチュワーデス物語」以来のTBSドラマヤンキー君とメガネちゃん」に出演。
このドラマでは、元スチュワーデスの設定で出演しています。
また、初のレシピブック堀ちえみの子どもとたのしく パパッ!と母ごはん」が発売となりました。
同年5月に、味の素「ほんだし」を使用したおにぎり5,555個を使用して巨大アートを作成。
この記録はギネス世界記録に認定されています。

2011年12月11日に、一般男性と3度目の結婚をし、東京・明治神宮にて挙式。
相手の連れ子が2人いるので、計7人の子供の母となりました。

2016年08月05日

「雨のプラネタリウム/原田知世」- 名曲のご紹介

今日は、原田 知世の「雨のプラネタリウム」のご紹介です。

雨のプラネタリウム 原田 知世 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

原田 知世(はらだ ともよ、1967年11月28日 -)は、長崎県長崎市出身の女優、歌手です。

原田 知世は、1982年に「角川・東映大型女優一般募集」オーディションで「角川映画大型新人募集」特別賞を受賞し、芸能界入りをします。
そして、同年フジテレビ系列の連続ドラマ「セーラー服と機関銃」でドラマデビューをし、同時に主題歌「悲しいくらいほんとの話」でレコードデビューをします。

そして、1983年に「時をかける少女」で映画主演デビューをし、同時にこの映画の主題歌(作詞作曲はともに松任谷由実)も彼女自身が歌います。
この曲は、シングル売上げ50万枚を超え、彼女最大のヒット曲となります。

歌手としては、デビュー以来、継続的にアルバムを発売しています。
オリコンチャートによれば、彼女のシングルの累計売上は194万枚を記録し、アルバムは81万枚、シングルとアルバムの合計の売上は275万枚となっています。

さて今日は、そんな原田知の1986年6月21日に発売された通算9枚目のシングルである「雨のプラネタリウム」をどうぞ。


雨のプラネタリウム/原田知世

初めてこの曲でダンスの振りつけを踊ったという原田知世。
さすが、バレエをやっていたというだけあって、ターンが綺麗です。

この曲は、トヨタ・カローラIICMソングとして使われました。
初回プレス版は、レコード盤がクリアー(透明)なレコードになっています。
オリコンチャートの登場週数は11週で、チャート最高順位は週間12位、累計8.2万枚の売り上げを記録しています。

2016年07月31日

「MAY(メイ)/斉藤由貴」- 名曲のご紹介

今日は、斉藤由貴の「MAY(メイ)」のご紹介です。

MAY 斉藤由貴 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

斉藤由貴(さいとう ゆき、本名:小井由貴)いさらい ゆき)(旧姓:斉藤、1966年9月10日 -)は、神奈川県横浜市南区出身の女優、歌手です。
元俳優の斉藤隆治は実弟。声優で歌手の芹澤優は姪。趣味・特技は作詞・イラスト・読書・詩を書くことなど。左利き。

斉藤由貴は、1984年に第3回ミスマガジン(講談社)グランプリを受賞し、1985年に「卒業」で歌手デビューをします。
女優としては、『スケバン刑事』(フジテレビ)で連続テレビドラマ初主演し、また、相米慎二監督『雪の断章 -情熱-』(東宝)で映画デビューをします。

1986年、4月からNHK連続テレビ小説「はね駒(はねこんま)」のヒロインに抜擢され、その平均視聴率が40%を超えます。
このことにより、「斉藤由貴」の名は全国に知れ渡ります。

また、テレビアニメ『めぞん一刻』(フジテレビ)の主題歌に、「悲しみよこんにちは」が起用され、歌番組にも多く出演。
同年12月には、『第37回NHK紅白歌合戦』(NHK)に同曲で初出場します。

1990年代以降は、女優として映画・テレビ・舞台に出演し、詩作活動やナレーターなどとして幅広く活躍。
また、作詞家としてミュージカルの作詞や、同世代の女性歌手にも作品を提供しています。

今日は、そんな斉藤由貴の、1986年11月19日に発売された8枚目のシングルである「MAY」をどうぞ。


MAY(メイ)/斉藤由貴

この曲は、斉藤由貴主演・大森一樹監督の映画『恋する女たち』(1987年・東宝)の主題歌として使われました。
作詞は谷山浩子で、本人もセルフカバーしており、シングルでは大村雅朗が編曲しています。

また、この曲のジャケットは、前髪を上げて額を出した斉藤由貴の顔写真が初めて採用されました。

斉藤由貴の近況

1994年12月に結婚。
その後、1999年11月に長女、2000年10月に長男、2010年12月に次女を出産。
現在は、3児の母となっています。

2008年3月8日に、PARCO劇場にて、単独では結婚以来13年ぶりのコンサートを開催。
その翌日、追加公演を行ないました。

2011年2月には、デビュー25周年を機に制作されたニューアルバム「何もかも変わるとしても」を発売(先行販売は2010年)。
これに合わせて、5日連続のコンサートをPARCO劇場で開催しました。

また、同年5月10日には、福岡 Yahoo! JAPAN ドームで行なわれた、パ・リーグ公式戦福岡ソフトバンクホークス対オリックス・バファローズの試合前のセレモニーで、「国歌独唱」を行ないました。

2016年07月25日

「ルームライト/由紀さおり」 - 名曲のご紹介

今日は、由紀さおりの「ルームライト」のご紹介です。

ルームライト ジャケット画
写真は、こちらからお借りしました。

由紀 さおり(ゆき さおり、本名・旧芸名:安田 章子(やすだ あきこ)、1948年11月13日 -)は、群馬県桐生市出身の歌手、タレント、女優、ナレーターです。
姉は、歌手の安田祥子(やすだ しょうこ)。姉とシンガー・ソング・コメディアン(正しくはシンギング・コメディエンヌ)を自称。

由紀 さおりは、少女時代から姉と共に本名の「安田章子」の名前で童謡歌手として活躍していましたが、1965年にキングレコードから本名名義で「ヒッチハイク娘」で歌手デビューをします。

が、ヒットに恵まれず、童謡歌手時代からの仕事であるCM曲や、テレビ・ラジオ主題歌の吹き込み、また、「大人の世界を歌えるように」という修行の意味合いもあって、キャバレー・ナイトクラブへの出演を行ないながら、雌伏の時を過ごします。

1969年、東芝音楽工業(現・ユニバーサル ミュージック EMI Records Japanレーベル)から再デビュー作となった「夜明けのスキャット」を発売。

この曲は、もともとTBSラジオの深夜ラジオ番組「夜のバラード」のオープニングとして制作されたもので、当初はレコード化の予定はありませんでした
が、リスナーからの問い合わせが相次ぎ、シングルの発売が企画されます。

発売後、この曲は大ヒットとなり、最終的には、150万枚のミリオンセラーを達成。
同年の暮れには、「第20回NHK紅白歌合戦」で、念願だったNHK紅白歌合戦初出場を果たします(以降1978年・第29回まで10年連続出場)。

そして、翌年の1970年7月5日には、続けてシングル「手紙」を発売。
この曲も、6週連続1位、1970年度年間6位となる大ヒットとなり、「第12回日本レコード大賞」の「歌唱賞」を受賞します。

今日は、1973年03月01日に発馬された、通算15枚目のシングルである「ルームライト」をどうぞ。


ルームライト/由紀さおり

この曲の歌詞はこちら

ところで、この曲の最初の方の、

「♪道を・教え・はじめ・たから」

の歌詞の部分ですが、この部分、どこかで聞いたことがあるようなメロディーになっているのですが、どなたかお気づきの方はいらっしゃいますか?(・o・)え?

正解は、森進一の「襟裳岬」です。

やはり、最初の方の、

「♪燃やし・はじめてる・らしい」

の部分と、ほぼ同じですね。(^^)

「襟裳岬(えりもみさき)」 - 名曲のご紹介|Super源さんの音楽ブログ
http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/290/

実はこの2曲、作曲者がどちらも吉田拓郎なのです。

w(゚゜)w エエーッ←(^^;オドロキ 杉。

ちなみに、このシングルの発売から4年後の1977年に発売された吉田拓郎のアルバム『ぷらいべえと』に、この曲のセルフカバー版が収録されています。

2016年07月17日

「紅い花白い花/やまがたすみこ」 - 名曲のご紹介

今日は、やまがた すみこの「紅い花 白い花」のご紹介です。

やまがた すみこ「紅い花 白い花」 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

やまがた すみこ(旧本名 : 山県寿美子、1956年10月11日 -) は、東京都北区出身のフォーク、歌謡曲等のシンガーソングライター、スタジオミュージシャンです。
作詞作曲者としての名義は「山県すみ子」で、他に「モモ」名義の録音もあります。夫は井上鑑(いのうえ あきら)。

やまがた すみこは、小学校6年生の頃から作詞作曲を始め、上野学園高校1年生在学中(1972年)にTBS系の視聴者参加番組「家族そろって歌合戦」に出場し、中学生の時の自作曲「夏になったら」を歌って優勝します。
これをきっかけに、日本コロムビアからスカウトされ、翌年の1973年2月に「風に吹かれていこう」で歌手デビューをします。

最初に発売されたアルバムは本田路津子風のカレッジフォークのスタイルを取っており、自作曲の他に森山良子などの曲をカバーしていました。
が、その後は次第に「ニューミュージック」色が強まっていきます。

1973年12月に発売されたシングル「日立ミュージック・イン・ハイフォニックのテーマ/白い船白い鳥」(高田敏子詞、山本直純曲)では、誕生年が1960年生まれとあります。
ニッポン放送の番組のテーマ曲で、毎週やまがたすみこの歌声が流れていました。

1977年初内の「FLYING(フライング)」では、自作曲が減り、代わって松本隆、鈴木茂、細野晴臣、佐藤健、伊藤銀次らが曲づくりに加わっています。

1985年には、つくば科学万博「住友館」のテーマ曲「空に会おうよ」(作曲・編曲:坂本龍一、作詞:矢野顕子)を「モモ」と言う名前で歌っていました。

今日は、そんなやまがた すみこの、1973年03月25日に発売された、やまがたすみこフォーク・アルバム第1集・風・空・そして愛から、「赤い花白い花」をどうぞ。


紅い花白い花/やまがたすみこ

やまがた すみこは、テレビでは、TBS系TVドラマ「おさななじみ」のテーマ曲「あの日のことは」(1973年)、アニメーション「南の虹のルーシー」のテーマ曲「虹になりたい」「森へおいで」(1982年)で知られています。

ドラマ「おさななじみ」においては、ギターを持ったやまがたすみこが登場して、居間や窓辺で「夏になったら」「風に吹かれていこう」「あの日のことは」などの曲を歌う場面もあり、フォーク歌手というよりも、美少女アイドルといった時期もありました。