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2019年06月11日

「ニコニコ動画」の方に、オリジナル曲「脳内メタボリックシンドローム (歌:KAITO)」の動画をアップしました!

皆さん、こんばんは!

今月の初めに、ホームページにて公開したオリジナル曲「脳内メタボリックシンドローム」の動画を、先日「ニコニコ動画」の方に公開したので、お知らせいたします。(^o^)/ ジャ、ジャーン!

ということで、早速公開した動画を以下に張りつけます。(*^^)v

KAITO】 脳内メタボリックシンドローム / 作詞:ナガク 【オリジナル曲】

この曲は、ピアプロで歌詞を書かれているナガクさんの同名の作品に、私Super源さんが曲をつけてできたコラボ曲です。
曲調としては、軽快でどこか非日常的なものを目指しました。

あっ!(゚o゚)前回も、同じことを書いてますね。
私としたことが。(#^.^#)ぽっ

o(゚^゜)○☆カーン!

それでは、良かったら「脳内メタボリックシンドローム」、既に私のホームページ「Super源さんの癒しの音楽館」の方で聴かれた方も、初めての方も、どうぞ聴いてみてくださいね。(^0^)//

2019年06月04日

コラボ曲、「 脳内メタボリックシンドローム」(歌:KAITO)を公開しました!

皆さん、こんにちは。(^^)/

本日、ホームページの方に、ピアプロで詞を書かれているナガクさんとのコラボ曲を公開したので、お知らせいたします。

曲名は、「脳内メタボリックシンドローム」です。(^^)

脳内メタボリックシンドローム

何より、インパクトのあるタイトルですよね。(^^)

えっ!(゚o゚)シンドロームに「脳内」がついてるよ、これ、どういうこと?
意味はわきに置いておいても、一体どんな曲に仕上がっているの?

と、きっと、興味をそそられるのではないかと思います。(^^)

この曲は、私がまずこのタイトルに惹かれ、次に歌詞の内容に惹かれ、その時点でもうおおまかな曲のイメージができていたという、数少ない作品のひとつです。

ン?(? ? )スクナク ハ ナイ カナ?
(? ? )ヤッパリ スクナイ カナ?
(? ? )イヤ、ヤッパリ スクナク ハ ナイ キ ガ…?

ドッチ ナンダイ!(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)

歌は、KAITO君に歌っていただきました。
良かったら、どうぞお聴きになってみてくださいね。o(^-^)o

曲は、「Super源さんの癒しの音楽館」の方で公開中です。

曲へのページへは、以下のリンクから直接行けます。

脳内メタボリックシンドローム - Super源さんの癒しの音楽館

お時間のある折にでも、お聴きいただければと思います。

また、感想などありましたら、掲示板の方にいただけるとうれしいです。(^^)

掲示板 - Super源さんの癒しの音楽館

また、上のイラストは、ピアプロで素敵なイラストを描かれているtenさんから、この曲のジャケット用にお借りしたものです。
ここに、改めてお礼申し上げます。(^^)/

tenさんのページはこちら。

piapro(ピアプロ)|tenさん

以上、取り急ぎ、新曲公開のお知らせでした!( ^-^)/

2019年05月02日

「線香花火/NSP」 - 名曲のご紹介

今日は、NSPの「線香花火」のご紹介です。

線香花火 NSP ジャケットイメージ
写真はこちらからお借りしました。

NSP(エヌエスピー)は、1972年に結成された、岩手県出身の男性3人による歌手グループです。

メンバーは、天野滋(ヴォーカル・ギター)、中村貴之(ヴォーカル・ギター)、平賀和人(ヴォーカル・ベース)の3人です。

NSPは、高専在学中の1973年に、第5回ヤマハポピュラーソングコンテストにおいて楽曲「あせ」でニッポン放送賞を受賞し、同年6月「さようなら」でデビューをします。

翌年の1974年に、「夕暮れ時はさびしそう」を発売しますが、この曲がオリコン11位となる大ヒット。
同年発売のアルバム「N.S.Pひとやすみ」も、オリコン4位のヒットを記録します。

その後も、1976年に「赤い糸の伝説」がヒット。
NSPは、叙情派フォークを代表するグループとなります。

今日はそんなNSPの、1976年8月10日に発売された、通算9枚目のシングルである「線香花火」をどうぞ。


線香花火/NSP

この曲の歌詞はこちら

はかない青春時代を線香花火にたとえた、切なくも素敵な曲です。
歌詞は、主人公が彼女のことが大好きだということが良く分かる内容になっています。

彼が、風よけになって、向かい合わせで座り、2人で線香花火をしています。
彼女の機嫌が気になり、彼女の顔ばかり見ていると、線香花火が彼女の目に映り、本物の線香花火を見るよりも彼女がよりきれいに見えることに気づきます。
彼女が捨てる燃えカスを拾うだけでも、彼女と一緒に線香花火をしていたいと思います、、、。

伴奏は、線香花火の音写となっており、まさに「天野ワールド」全開の曲です。

NSPのその後

2002年にオリジナルメンバーで再結成し、1月26日に日本青年館大ホールで復活後初コンサート。チケットは、1時間で完売。

2005年2月に、19年ぶりの新曲シングル「水のせいだったんです」、アルバム『Radio Days』を発売。
しかしながら、同年7月1日午後7時8分に、リーダーの天野滋が療養中の病院にて脳内出血で死去。
天野滋は、大腸癌で闘病中でありながらも、精力的に全国ツアーや諸活動を続けていました。

2019年3月20日から、彼らの代表曲どぁる「夕暮れ時はさびしそう」が、東北新幹線の一ノ関駅の発車メロディーに使用されています。

中村貴之は、ソロ活動を始め、2008年6月にミニアルバムを発売しています。

2019年04月26日

「チャコの海岸物語/サザンオールスターズ」 - 名曲のご紹介

今日は、サザンオールスターズの「チャコの海岸物語」(チャコのかいがんものがたり)のご紹介です。


写真はこちらからお借りしました。

サザンオールスターズは、日本のロックバンドです。
メンバーは、桑田佳祐(ボーカル・ギター)、関口和之(ベース)松田弘(ドラムス)、原由子(キーボード・ボーカル)、野沢秀行(パーカッション)の5人です。

青山学院大学の学生らで結成されタバンドで、1974年から断続的に活動が始まり、1978年に「勝手にシンドバッド」でデビューをします。

そして、1979年に「いとしのエリー」が大ヒット。

1980年代には、 「チャコの海岸物語」「Ya Ya (あの時代を忘れない)」「ミス・ブランニュー・デイ」「Bye Bye My Love (U are the one)」などがヒットします。

1990年代になると、「涙のキッス」「エロティカ・セブン」「あなただけを ~Summer Heartbreak~」「愛の言霊 ~Spiritual Message~」の4作がミリオンセラーを記録し、2000年代には「TSUNAMI」がダブルミリオンを記録します。

また、「HOTEL PACIFIC」や「涙の海で抱かれたい ~SEA OF LOVE~」「I AM YOUR SINGER」などもヒットし、2010年代には「ピースとハイライト」がオリコンチャートで1位を獲得しました。

このことによって、サザンオールスターズは、1980年代から2010年代まで4つの年代でチャート1位という記録を持ち、幅広い世代に支持されているロックバンドとなっています。

なお、彼らの曲の大半は、バンドリーダーである桑田佳祐が作詞・作曲・歌唱を担当しています。

今日は、そんなサザンオールスターズの、1982年1月21日に発売されたツウサン4枚目のシングルである「チャコの海岸物語」(チャコのかいがんものがたり)をどうぞ。


チャコの海岸物語/サザンオールスターズ

この曲の歌詞はこちら

この曲は、前作「栞のテーマ」(しおりのテーマ)から4ヶ月ぶりに発売された曲で、年末にはアーティストとして全日本有線放送大賞最多リクエスト歌手賞を受賞。
大晦日には、この曲で1979年以来3年ぶりに『NHK紅白歌合戦』にも出場しました。

またこの曲は、1988年6月25日にCD化され、1998年2月11日にも8cmCDとして、2005年6月25日には12cmCDで再発され、計3回再発売されています。

「チャコ」「ミーコ」って、一体誰のこと?

タイトルになっている“チャコ”というのは、元歌手で、発売当時ビクター音楽産業のディレクターとして在籍していた、現エイベックス・エンタテインメント取締役・飯田久彦の愛称です。
愛称や名前をタイトルにした楽曲は、サザンオールスターズの曲中で、他にも数多く見られます。

同じく、歌詞に登場する“ミーコ”というのは『弘田三枝子(ひろた みえこ)』のことで、また“ピーナッツ”は『ザ・ピーナッツ』から取られているようです。

2019年04月22日

「Don't Stop The Dance(ドント・ストップ・ザ・ダンス)/Bryan Ferry(ブライアン・フェリー)」 - 名曲のご紹介

今日は、ブライアン・フェリーの「Don't Stop The Dance」のご紹介です。

Don't Stop The Dance ドント・ストップ・ザ・ダンス Bryan Ferry ブライアン・フェリー ジェケットイメージ image
写真はこちらからお借りしました。

ブライアン・フェリー(Bryan Ferry、CBE、1945年9月26日 -)は、イギリスのロック・ミュージシャン、シンガー、作曲家で、ロキシー・ミュージックやソロ活動で有名です。

ブライアン・フェリーは、1963年にアマチュア・ソウル・バンドのバンシーズでシンガーとして活動。
苦学しつつ、ニューカッスル大学に入学し、ポップアートの先駆的存在とされるリチャード・ハミルトンのもとで美術を学びます。

その後、ロンドンに引っ越し、陶芸やピアノの教師として、働きながら曲を書く生活を送ります。

そして、1971年にロキシー・ミュージックを結成し、翌年の1972年に『ロキシー・ミュージック』でデビュー。

1973年には、バンド活動と並行してソロ活動も開始し、全曲カバーのソロ・デビュー作『愚かなり、我が恋』を発表します。

1974年末には、ロキシー・ミュージックの活動の合間を縫って、初のソロ・コンサートを行ないます。

1975年には、ロキシーとしての「恋はドラッグ」がアメリカでもヒット。
76年から77年にかけての「レッツ・スティック・トゥゲザー」(R&B歌手ウィルバート・ハリソン「レッツ・ワーク・トゥゲザー」のカヴァー)、「トーキョー・ジョー」は、彼の代表作です。

1975年にロキシー・ミュージックが解散した後は、ソロ活動に専念。
1979年から1983年にかけて、再結成したロキシー・ミュージックで活動しますが、その後はソロ活動を再開し、1985年にはアルバム『ボーイズ・アンド・ガールズ』がヒットを記録します。

そして、このアルバムからのシングル「Don't Stop the Dance」も、アメリカでヒットします。

今日はその「Don't Stop the Dance」をどうぞ。


Don't Stop The Dance(ドント・ストップ・ザ・ダンス)/Bryan Ferry(ブライアン・フェリー)

この曲の歌詞はこちら

ブライアン・フェリーの曲は、1997年に『イン・ユア・マインド(あなたの心に)』(1977年)収録曲「Tokyo Joe」がフジテレビの「水曜劇場」で使用され、日本のオリコン洋楽シングルチャートで1位を記録するなど、日本でも大ヒットします。

このとき、フェリー本人も、同ドラマにカメオ出演しています。

カメオ出演(カメオしゅつえん、cameo appearance / cameo role)というのは、俳優や歌手、漫画や小説などの原作者、時には政治家やスポーツ選手などが、ゲストとして、ほんの少しの時間、ドラマ、アニメ、舞台などに出演することですね。(^^)

ブライアン・フェリーといえば、「Jealous Guy(ジェラス・ガイ)」も名曲です。
機会がありましたら、こちらもご紹介したいと思います。