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2019年07月04日

「地獄へ道づれ(Another One Bites the Dust)/クイーン(Queen)」 - 名曲のご紹介

今日は、クイーンの「地獄へ道づれ」のご紹介です。

地獄へ道づれ Another One Bites the Dust) クイーン Queen ジャケトイメージ
写真はこちらからお借りしました。

クイーン (Queen) は、イギリス・ロンドン出身の男性4人組ロックバンドです。

メンバーは、以下の4人です。

1.フレディ・マーキュリー(ボーカル)
2.ブライアン・メイ(ギター)
3.ジョン・ディーコン(ベース)
4.ロジャー・テイラー(ドラムス)

クイーンは、イギリス、アメリカ、日本をはじめ、世界中で成功したバンドのひとつで、これまで15枚のスタジオ・アルバム、その他多くのライブ・アルバムやベスト・アルバムを発表しています。

アルバムとシングルを合わせたトータル枚数は1億7千万枚~3億枚といわれ、1970年代に世界で最も売れたロックバンドとされています。

クイーンのヒット曲には、「炎のロックンロール」、「輝ける7つの海」、「キラー・クイーン」、「ナウ・アイム・ヒア」、「ボヘミアン・ラプソディ」、「タイ・ユア・マザー・ダウン」、「ウィ・ウィル・ロック・ユー」、「伝説のチャンピオン」、「ドント・ストップ・ミー・ナウ」、「バイシクル・レース」、「地獄へ道づれ」、「愛という名の欲望」、「レディオ・ガ・ガ」、「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」などがあります。

今日はそれらの中から、1980年8月22日に発売された、彼らの最大のヒット曲である「地獄へ道づれ」をどうぞ。


地獄へ道づれ(Another One Bites the Dust)/クイーン(Queen)

この曲の歌詞・和訳はこちら

超有名な曲なので、どこかでお聴きになった方も多いのではないかと思います。(^^)
この曲は、1980年にEMIよりシングルとして発売された後、アルバム「ザ・ゲーム」に収録されました。
発売後は、アメリカ、スペインなどでチャート1位となるなど、世界的に大ヒットしました。

特に、アメリカにおいては、ビルボード誌が発表した「Billboard Hot 100(1980年10月4日付)」では1位を獲得し、シングルセールスが200万枚を超え、またブラックミュージックのチャートにおいても3週連続で2位を記録しています。

クイーンのサウンドの特徴

クイーンのサウンドの特徴は、エレクトリックギターをダビングすることによって作られた「ギター・オーケストレーション」と、マーキュリー、メイ、テイラーの3人が声のパートを重ねることによって作られた重厚な「コーラス」です。
この2点が、特にバンド初期時代に目立った特徴といわれています。

そのギター・オーケストレーションを生み出す源であるメイのハンドメイドギター「レッド・スペシャル」は、机のオークや暖炉のマホガニーを素材にして、父親と作ったハンドメイドのギターで、当時はまだ珍しかった位相で音を変えるフェイズスイッチ、ローラーブリッジなどの斬新なアイデアが盛り込まれています。
6ペンスコインをピックの代わりに使用していたのも音に影響を与えたといえます。

また、フィードバック奏法をやりやすくするための空洞なども、独自のサウンド作りに貢献しており、ジョン・ディーコンが作った(あるいは既存の製品を改造した)とされるギターアンプも、随所で使用されています。

クイーンは、シンセサイザーを使わずにギター・オーケストレーションで重厚なサウンドを作っていることを明示するため、初期のレコードには「ノー・シンセサイザー」というクレジットがなされていました。

クイーンのコーラスの録音方法については、最上パートはテイラーが担当することが多く、特にオペラ風コーラスに際しては、BS−TBS番組「SONG TO SOUL ボヘミアン・ラプソディ」において、マルチトラックテープの磁性体が摺り減り、テープのベース部分が透けるほど繰り返しコーラス部分のダビングを行なった経緯が細かく説明されています。

また、メンバー全員が作曲をして、作風もそれぞれ異なっているために、曲の作風にバリエーションが豊富なことがクイーンの強みとなっています。

2019年06月30日

オリジナル曲・「線香花火 (歌:MEIKO)」の音源を差し替えました

皆さん、こんにちは!
今日は6月30日。
間もなく今年も半分が終わろうとしていますが、いかがお過ごしですか?

さて、昨日ホームページで公開中のオリジナル曲・「線香花火」の音源を差し替えたのでお知らせいたします。

(^o^)/ ジャ、ジャーン!
…というほどでもないか。(爆)

新盤は、今までのものをリミックスしたもので、音質と臨場感が向上しているかと思います。(^^-)

実際には、ドラム音源とギター音源を入れ替え、エフェクターのかけ方もいじっているので、リミックスというよりも修正版になってしまっていますが…。(^o^;

曲は、以下のページで聴くことができます。(^^)

線香花火 | Super源さんの癒しの音楽館
https://www.ongaku-kan.net/senko.html

曲のイメージは、まさにこんな感じですね。(^^)

線香花火 MEIKO イメージ
写真はこちらからお借りしました。

あまりにピッタリ!なので、このイラストを見つけたときは おお!(゚o゚) となってしまいました。(^^)
音楽館の方は違うイラストになっていますが、こちらと取り替えたいくらいです。

ドウ シヨウ カナ。(@_@)ウーン

なお、オリジナルバージョンは、以下で聴くことができます。(^^)

【MEIKO】 線香花火 / 作詞:澤木淳枝 【オリジナル曲】(ピアプロ)
https://piapro.jp/t/Uytj

それでは、良かったら「線香花火 (歌:MEIKO)(リミックス版」、オリジナルバージョンを既に聴かれた方も初めての方も、どうぞお聴きになってみてくださいね。(^0^)//

以上、取り急ぎご報告でした。m(__)m

2019年06月23日

「今日までそして明日から(きょうまでそしてあしたから)/吉田拓郎」 - 名曲のご紹介

今日は、吉田拓郎の「今日までそして明日から(きょうまでそしてあしたから)」のご紹介です。

今日までそして明日から 吉田拓郎 ジャケットイメージ
写真はこちらからお借りしました。

吉田 拓郎(よしだ たくろう、1946年4月5日 -)は、 鹿児島県伊佐郡大口町(現・伊佐市)出身のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、フォーライフ・レコードの第2代社長です。

吉田 拓郎は、日本のシンガーソングライターの草分け的存在で、1970年代の初めに、当時マイナーだったフォークとロックを、日本ポップス界のメジャーに引き上げた歌手です。
また、大規模ワンマン野外コンサート、ラジオの活性化、CMソング、コンサートツアー、プロデューサー、レコード会社設立などのパイオニアとして、日本ポピュラーミュージック史において特筆すべき役割を果たした人物です。
日外アソシエーツ『ポピュラー音楽人名事典』には、吉田 拓郎は「ニューミュージックを代表する音楽家」と掲載されています。

1970年4月に、インディーズレーベルのはしりであったエレックレコードに契約社員として就職し、1972年1月、CBSソニーに移籍し、アーティスト兼プロデューサーとして契約を結びます。
移籍と同時に発売した「結婚しようよ」が、オリコンチャート3位、40万枚以上を売り上げます。

この曲のヒットで、それまで長髪の若者たちの反体制的な音楽としてしか見られていなかったフォークが、一躍普通の音楽として認知され、それまでサブカルチャーであったフォークが、メインカルチャーへ浮上する分岐点となります。

さらに「旅の宿」もヒットしたことで、作曲の依頼が舞い込み、モップスに「たどりついたらいつも雨降り」や、に「雪」「地下鉄に乗って」を提供。
吉田拓郎は、フォーク歌手としてだけでなく、売れっこの作曲家となり、人気が高まります。

2月26日に公開された近代放映製作・東宝配給の映画『百万人の大合唱』(須川栄三監督)の劇中では、「今日までそして明日から」を歌唱し、6月には長野県軽井沢の「聖パウロ教会」で四角佳子と結婚式。「町の教会で結婚しようよ」など、若者の新しいライフスタイルを表現した歌は、ブライダル業界にも大きな影響を与えます。
同月、CBSソニーとプロデューサー契約を結び、ワンマンレーベル『Odyssey』を立ち上げます。

さて、今日はそんな吉田 拓郎の、1971年7月21日にCBSソニー(現・ソニー・ミュージックレコーズ)から発売された通算3枚目のシングルである「今日までそして明日から」をどうぞ。


今日までそして明日から(きょうまでそしてあしたから)/吉田拓郎

この曲の歌詞はこちら

この曲は、吉田 拓郎がCBSソニーに移籍して初のシングルで、当時宣伝活動がままならず、売上も芳しくありませんでしたが、ステージで歌っているうちに人気が出始めます。

そしてこの曲は、1972年の映画『旅の重さ』、2001年のアニメ映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』、2016年のサントリーBOSSコーヒーCM『地球調査シリーズ おまわりさん篇』、2017年の映画『恋妻家宮本』などに使用され、また、1996年に発売されたシングル「遥かなる」のカップリングとアルバム『感度良好 波高し』にて、瀬尾一三のアレンジでセルフカバーされています。

2019年06月19日

「シングルベッド/シャ乱Q」 - 名曲のご紹介

今日は、シャ乱Qの「シングルベッド」のご紹介です。


写真はこちらからお借りしました。

シャ乱Q(シャらんキュー)は、大阪出身のロックバンドです。
シャ乱Qは、1988年12月に、近畿大学の学生5人で結成されたバンドで、メンバーは、以下の通りです。

つんく♂(ボーカル、アコースティックギター、作詞、作曲担当)、はたけ(ギター、ベース、作曲担当。リーダー)、まこと(ドラムス、作詞担当)、たいせい(キーボード、作曲担当)の4人です。

「シャ乱Q」の名前は、メンバーが所属していたアマチュアバンドの名前「シャッターズ」(しゅう、まことが所属)「RAM(乱)」(つんく、しゅう、たいせーが所属)「QP(キューピー)」(はたけが所属)を寄せ集めたて作られたもので、当初は「シャ乱P」という名前にする予定でした。
が、当時活躍していた女性お笑いコンビの『おきゃんぴー』を連想させるとして、最終的に「シャ乱Q」になりました。

1990年に、関西のアマチュアバンドとともに「すっぽんファミリー」を結成し、大阪城公園にてストリートライブを始めました。

メジャーデビューは1992年7月で、このとき、所属事務所を巡って多くの芸能事務所が争奪戦を繰り広げますが、最終的にアップフロントエージェンシー(現・アップフロントプロモーション)が選ばれました。

1994年に、「これが売れなければ最後」と意気込んだ「上・京・物・語」は、ラジオへの必死の売り込みが功を奏し、スマッシュヒット。
同年の「シングルベッド」がロングセラーとなり、ミリオンセールスを記録します。

1995年に、ミリオン作「ズルい女」で大ブレイクし、関西発バンドの第一人者となります。
「My Babe 君が眠るまで」、アルバム「勝負師(ギャンブラー)」もミリオンを記録。
第46回NHK紅白歌合戦にトップバッターとして初出場するほか、ライブや音楽番組への出演を精力的に行ない、軽妙なトークも受けます。
例えば、「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」では、つんくが「浜田雅功に頭をどつかれると売れる法則」を提唱します。

今日はそんなシャ乱Qの1994年10月21日に発売された通算6枚目のシングルである「シングルベッド」をどうぞ。


シングルベッド/シャ乱Q

この曲の歌詞はこちら

なおこの曲は、日本テレビ系アニメ「D・N・A2 ~何処かで失くしたあいつのアイツ~」のエンディングテーマとして使われました。

2019年06月11日

「ニコニコ動画」の方に、オリジナル曲「脳内メタボリックシンドローム (歌:KAITO)」の動画をアップしました!

皆さん、こんばんは!

今月の初めに、ホームページにて公開したオリジナル曲「脳内メタボリックシンドローム」の動画を、先日「ニコニコ動画」の方に公開したので、お知らせいたします。(^o^)/ ジャ、ジャーン!

ということで、早速公開した動画を以下に張りつけます。(*^^)v

KAITO】 脳内メタボリックシンドローム / 作詞:ナガク 【オリジナル曲】

この曲は、ピアプロで歌詞を書かれているナガクさんの同名の作品に、私Super源さんが曲をつけてできたコラボ曲です。
曲調としては、軽快でどこか非日常的なものを目指しました。

あっ!(゚o゚)前回も、同じことを書いてますね。
私としたことが。(#^.^#)ぽっ

o(゚^゜)○☆カーン!

それでは、良かったら「脳内メタボリックシンドローム」、既に私のホームページ「Super源さんの癒しの音楽館」の方で聴かれた方も、初めての方も、どうぞ聴いてみてくださいね。(^0^)//