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		<title>Super源さんの音楽ブログ</title>
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		<description>作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。</description>
		<lastBuildDate>Sat, 25 May 2013 11:56:32 GMT</lastBuildDate>
		<language>ja</language>
		<copyright>© 2004 Samurai Factory Inc.</copyright>
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			<title>「渚のシンドバッド」- 名曲のご紹介</title>
			<description>
			<![CDATA[今日は、ピンク・レディーの「渚のシンドバッド」のご紹介です。<br />
<br />
ピンク・レディー(Pink Lady)は、1970年代後半に活躍したアイドルデュオです。<br />
<br />
メンバーは、ミー（現：未唯mie、本名：根本美鶴代）とケイ(現：増田恵子、本名：桑木啓子（旧姓：増田）。<br />
<br />
ピンク・レディーは、1976年8月25日に、シングル「ペッパー警部」で歌手デビューをします。ピンク・レディーとは都倉俊一の命名であり、カクテルのピンク・レディーに由来します。いわゆるお色気路線で、男性に魅力を訴えかけるようなデュオではなく、子供からお年寄りまで楽しめる、明るく健康的なムードが特徴のデュオで、老若男女に幅広く人気を獲得することに成功します。<br />
<br />
そればかりでなく、レコードが大ヒットして人気が高まるにつれて、衣料品や文房具、食器、自転車や食品まで、多くの業種のさまざまな商品にピンクレディー2人の姿がプリントされたキャラクターグッズが販売され、彼女たちの存在は想像を絶する巨額の経済効果を派生させることとなります。<br />
<br />
今日は、そんなピンク・レディーの多くのヒット曲の中から、1977年6月10日に発売された「<a href="http://musing.web.fc2.com/yugureno.html" target="_blank">渚</a>のシンドバッド」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/3N6KJAjLfSk" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
渚のシンドバッド／ピンク・レディー]]>
			</description>
			<category>名曲のご紹介</category>
			<link>http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/496/</link>
			<pubDate>Sat, 25 May 2013 11:56:32 GMT</pubDate>
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		</item>
		<item>
			<title>「銀色の道」- 名曲のご紹介 </title>
			<description>
			<![CDATA[今日は、ダークダックスの「銀色の<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/285/" target="_blank">道</a>」のご紹介です。<br />
<br />
ダークダックス（DARK DUCKS）は、1951年に結成された男性4人の重唱団(ボーカルグループ)です。<br />
<br />
メンバーは、高見澤 宏(たかみざわ ひろむ)、佐々木 行(ささき とおる)、喜早 哲(きそう てつ）、遠山 一(とおやま はじめ)です。<br />
<br />
メンバー全員が慶應義塾大学経済学部出身で、同大学の男声合唱団ワグネルソサエティのメンバーたちが、1951年のクリスマスパーティーで「ホワイト・クリスマス」の合唱を披露したことがきっかけで結成されました。<br />
が、この時点ではパクさん、こと高見澤宏の入学前だったので、メンバーは3人でした。<br />
<br />
ダークダックスは、1957年にロシア民謡「ともしび」のヒットで一躍有名になり、当時としては異例の年6枚のアルバムを発売し、記録的ヒットを収め、歌謡界にコーラスブームを巻き起こしました。<br />
<br />
1987年(昭和62年)には、メンバーが不動の、日本で最も長期にわたって活動するコーラスグループとして、ギネス世界記録に認定されています。<br />
<br />
今日は、1966年10月10日発売に発売された、ダークダックスの代名詞的作品である「銀色の道」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/hzmTDzddRho" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
銀色の道／ダークダックス]]>
			</description>
			<category>名曲のご紹介</category>
			<link>http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/495/</link>
			<pubDate>Fri, 24 May 2013 10:16:04 GMT</pubDate>
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		</item>
		<item>
			<title>「そして僕は途方に暮れる」- 名曲のご紹介</title>
			<description>
			<![CDATA[今日は、大澤 誉志幸の「そして僕は途方に暮れる」のご紹介です。<br />
<br />
大澤 誉志幸（おおさわ よしゆき、本名：同じ 1957年10月3日-）は、 東京都杉並区高円寺出身の歌手、作曲家、音楽プロデューサーです。<br />
<br />
大澤 誉志幸は、大学在学中の1978年に、ロックバンド「クラウディ・スカイ」を結成します。<br />
卒業後の1981年、ビクターからレコード・デビューしますが、アルバム1枚・シングル2枚を残すのみで同年の末に解散します。<br />
その直後、印税を前借りして単身渡米。帰国後、エピックのディレクターに才能を見出され、ミュージシャン契約を結び、当時のロック・ミュージシャンとしてはかなり珍しいタイプで、「アイドルへの積極的楽曲提供とプロデュース」で一躍売れっ子作曲家として注目を浴びます。<br />
<br />
これと並行する形でソロ活動を始め、1983年6月22日に「大沢誉志幸」名義でシングル「彼女には判らない」、アルバム「まずいリズムでベルがなる」でソロデビューをします。<br />
<br />
大澤 誉志幸の楽曲は、ハスキーなボーカルと、R&Bを巧みに取り入れたスタイリッシュなロックサウンドが特徴です。<br />
<br />
今日は、1984年09月21日に発売された通算5枚目のシングルである「そして僕は途方に暮れる」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/eGvGOU7Py6o" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
そして僕は途方に暮れる／大沢誉志幸]]>
			</description>
			<category>名曲のご紹介</category>
			<link>http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/494/</link>
			<pubDate>Thu, 23 May 2013 11:06:15 GMT</pubDate>
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		</item>
		<item>
			<title>「32階のBar」- 名曲のご紹介 </title>
			<description>
			<![CDATA[今日は、「水越けいこ」の「32階のBar」のご紹介です。<br />
<br />
水越けいこ（みずこし けいこ、1954年2月4日 -）は、山梨県出身のシンガーソングライター、作曲家です。<br />
<br />
水越けいこは、女性デュオユニットの「姫だるま(※)」を経て、1978年に「しあわせをありがとう」でデビューをします。<br />
<br />
そして、その後「めぐり逢いすれ違い」「<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/324/" target="_blank">ほほにキスして</a>」「Touch Me In The Memories 」「Thank you SUMMER 」と、順次シングルを発売していきます。<br />
<br />
水越けいこの主な活動期は、1970年代中期 - 1992年、そして1997年 - 現在で、その間発売されたシングル盤は31枚、そしてアルバムは21枚となっています。<br />
<br />
また、当時歌手以外の活動として、夜のヒットスタジオ（フジテレビ）、紅白歌のベストテン（日本テレビ）、ドリフ大爆笑（フジテレビ）、レッツゴーヤング（NHK）、ヤングおー!おー!（MBS）などに出演しています。<br />
<br />
今日ご紹介する「32階のBar」は、1982年11月21日に発売された通算10枚目のシングル、「今夜だけ踊らせて」のB面に入っている曲です。<br />
<br />
それでは早速、「32階のBar」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/rcBFGT6_wEY" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
32階のBar／水越 けいこ<br />
<br />
※「姫だるま」は、水越恵子が奥谷美保子と組んで結成したフォークデュオ。当時のかぐや姫などと同系統の叙情派フォーク曲「道祖神のある坂道を」でテイチクレコードからデビューした。この「姫だるま」は、奥谷美保子が姫だるまのマネージャと結婚したのを期に、２枚目のシングル「吉田川」を最後に解散した。]]>
			</description>
			<category>名曲のご紹介</category>
			<link>http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/493/</link>
			<pubDate>Wed, 22 May 2013 09:59:55 GMT</pubDate>
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		</item>
		<item>
			<title>「君をのせて」- 名曲のご紹介</title>
			<description>
			<![CDATA[今日は、沢田 研二の「君をのせて」のご紹介です。<br />
<br />
沢田 研二(さわだ けんじ、本名：澤田 研二　1948年6月25日 -)は、鳥取県鳥取市生まれ、京都府京都市出身の歌手、俳優、作詞・作曲家です。ニックネームはジュリー。妻は女優の田中裕子。前妻は元ザ・ピーナッツの伊藤エミ。<br />
<br />
<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/454/" target="_blank">沢田 研二</a>は、1971年11月1日に「君をのせて」でソロデビューをします。<br />
オリコン最高位は23位どまりでしたが、この曲がGSの先輩であった「ザ・ワイルドワンズ」の加瀬邦彦プロデュースのもと、十数年にわたって音楽ランキングトップ10にチャートインし続けた沢田のソロ活動のスタートでした。<br />
<br />
1973年4月21日に「<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/483/" target="_blank">危険なふたり</a>」を発売。この曲は65万枚を売り上げ、ソロ初のオリコン1位を獲得し、第4回日本歌謡大賞を受賞します。<br />
続いて翌年の1974年には、「追憶」が58万枚を売り上げ、2曲目のオリコン1位を獲得します。<br />
<br />
今日は、ソロデビュー曲である「君をのせて」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/LLfw9AaBlDI" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
君をのせて／沢田研二]]>
			</description>
			<category>名曲のご紹介</category>
			<link>http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/492/</link>
			<pubDate>Tue, 21 May 2013 10:49:16 GMT</pubDate>
			<guid isPermaLink="false">musingbuff.blog.shinobi.jp://entry/492</guid>
		</item>
		<item>
			<title>「あなたに会えてよかった」- 名曲のご紹介 </title>
			<description>
			<![CDATA[今日は、小泉 今日子の「あなたに会えてよかった」のご紹介です。<br />
<br />
小泉 今日子（こいずみ きょうこ、本名：同じ、1966年2月4日 -）は、神奈川県厚木市出身の歌手・女優です。愛称はキョンキョン(KYON2)。<br />
<br />
小泉 今日子は、1981年1～3月に、日本テレビ系のオーディション番組「スター誕生!」に出場し、<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/480/" target="_blank">石野真子</a>の「彼が初恋」を歌って合格します。<br />
<br />
そして、1982年3月21日に「私の16才」でアイドル歌手としてデビュー。<br />
その後、「素敵なラブリーボーイ」「ひとり街角」「春風の誘惑」「まっ赤な女の子」と、ヒットを飛ばしていきます。 <br />
<br />
1985年に発売された曲、「なんてったってアイドル」は、曲中で、自らをアイドルと称する斬新さが話題になります。<br />
<br />
1989年には、自身のアルバム「KOIZUMI IN THE HOUSE」で、当時はまだあまりメジャーではなかったハウスミュージックを取り入れたことで、話題を呼びます。<br />
<br />
また、小泉 今日子の同期には、堀ちえみ、三田寛子、石川秀美、松本伊代、早見優、中森明菜、シブがき隊などがおり、「花の82年組」の1人でした。<br />
<br />
今日は、そんな小泉 今日子の多くのヒット曲の中から、1991年5月21日に発売された通算32枚目のシングルである「あなたに会えてよかった」をどうぞ。 <br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/9grYb61kBPE" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
あなたに会えてよかった／小泉 今日子]]>
			</description>
			<category>名曲のご紹介</category>
			<link>http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/491/</link>
			<pubDate>Mon, 20 May 2013 10:56:06 GMT</pubDate>
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		</item>
		<item>
			<title>「望郷」- 名曲のご紹介 </title>
			<description>
			<![CDATA[今日は、山崎 ハコの「望郷」のご紹介です。<br />
<br />
山崎 ハコ(やまさき はこ、本名：安田 初子(やすだ はつこ、旧姓・山崎) 1957年5月18日 -)は、大分県日田市出身の歌手、シンガーソングライター、女優、文筆家です。<br />
<br />
山崎 ハコは、横浜学園高等学校在学中、コンテストに出場したのがきっかけとなり、1975年にアルバム「飛・び・ま・す」で歌手デビューをします。<br />
150cmあるかないかの、小柄で痩せた体からは想像できないパワフルな声量・表現力の豊かな歌唱と、暗く鋭く愛から社会をえぐる内容の歌詞で、デビュー当時、山崎 ハコは<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/424/" target="_blank">中島みゆき</a>のライバルと言われます。<br />
<br />
1975年12月、TBSホールの「パック祭」』に出演。大反響となった山崎 ハコは、TBS「パックインミュージック」を中心に、“深夜放送のマドンナ”の異名をとります。<br />
<br />
女性フォークシンガーとして活躍する一方、エッセイ執筆、演劇出演などの多彩な活動を行ない、現在も全国のライブハウスを渡り歩くなど、精力的な活動をしている山崎 ハコ。<br />
<br />
今日は、1975年10月01日に発売されたアルバム「飛・び・ま・す」から「望郷」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/bpoLRvHCFMY" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
望郷／山崎ハコ]]>
			</description>
			<category>名曲のご紹介</category>
			<link>http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/490/</link>
			<pubDate>Mon, 20 May 2013 09:58:59 GMT</pubDate>
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		</item>
		<item>
			<title>「バレンチノ インフェルノ」- 名曲のご紹介 </title>
			<description>
			<![CDATA[今日は、浅野 ゆう子の「バレンチノ インフェルノ」のご紹介です。<br />
<br />
浅野 ゆう子(あさの ゆうこ、本名: 赤沢 裕子、1960年7月9日 -）は、兵庫県神戸市の女優、歌手です。<br />
<br />
浅野 ゆう子は、当初アイドル歌手としてデビューし、「ジャンプするカモシカ」をキャッチフレーズに活動します。<br />
<br />
デビュー曲は、1974年05月25に発売された「とびだせ初恋」です。<br />
その後、「恋はダン・ダン」「ひとりぼっちの季節」とシングルを発売していきます。 <br />
<br />
が、当時の女性アイドルは小柄であることが好ましいとされており、浅野ゆう子のように長身で日本人離れしたプロポーションのアイドルは珍しい存在でした。くわえて、ミニスカートやホットパンツなどでスタイルを強調していた浅野ゆう子は女性からの反撥を受けたこともあり、アイドル歌手としてはうまくいきませんでした。<br />
<br />
そんな中、1976年04月25日に発売された8枚目のシングル「セクシー・バス・ストップ」が大ヒット。浅野ゆう子自身最大のヒット曲となります。<br />
<br />
歌を実質休業状態になった1980年代からは、様々な会社の水着キャンペーンモデルなど企業広告で活躍。ただし、水着での初出は1979年（昭和54年）のカネボウ化粧品ＣＦ「一気にこの夏チャンピオン」からで、1981年の洋酒の悩殺ポスターは、世の男性の目を楽しませます。<br />
<br />
今日は、1981年に発売された通算19枚目のシングルである「バレンチノ インフェルノ」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/Pn_1eb17G10" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
バレンチノ インフェルノ／浅野 ゆう子]]>
			</description>
			<category>名曲のご紹介</category>
			<link>http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/489/</link>
			<pubDate>Sun, 19 May 2013 13:44:36 GMT</pubDate>
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		</item>
		<item>
			<title>「若いふたり」- 名曲のご紹介 </title>
			<description>
			<![CDATA[今日は、北原 謙二の「若いふたり」のご紹介です。<br />
<br />
北原 謙二（きたはら けんじ、本名：北原 謙太郎（きたはら けんたろう）1939年10月8日 - 2005年1月26日）は、大阪府出身の歌手、俳優です。<br />
<br />
北原 謙二は、ジャズ喫茶で歌っていた事が縁で、鈴木栄治とブルーカーボーイズのメンバーとして上京します。<br />
そしてその後、コロムビアレコードのディレクターにスカウトされ、1961年に「日暮れの<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/487/" target="_blank">小径</a>(ひぐれのこみち)」で歌手デビューをします。<br />
<br />
代表曲には、「日暮れの小径」「忘れないさ」「若いふたり」「初恋は美しくまた悲し」「若い明日」「若い君若い僕」などがあります。<br />
<br />
今日は、その中から1962年に発売された、作詞：杉本夜詩美、作曲：遠藤実による「若いふたり」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/5gs3qBmd-ak" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
若いふたり／北原謙二]]>
			</description>
			<category>名曲のご紹介</category>
			<link>http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/488/</link>
			<pubDate>Sat, 18 May 2013 11:58:28 GMT</pubDate>
			<guid isPermaLink="false">musingbuff.blog.shinobi.jp://entry/488</guid>
		</item>
		<item>
			<title>「ひまわりの小径」- 名曲のご紹介 </title>
			<description>
			<![CDATA[今日は、チェリッシュの「<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/444/" target="_blank">ひまわり</a>の小径」のご紹介です。<br />
<br />
チェリッシュは、愛知県出身の夫婦デュオで知られる歌手グループです。<br />
<br />
チェリッシュは、1968年に松崎好孝を中心に名古屋で結成されます。<br />
当初は4人組で、1970年に松井悦子が加入し5人組になりました。<br />
<br />
1971年、第一回全国フォーク音楽祭全国大会に出場していたところをスカウトされ、翌年の1971年に「なのにあなたは京都へゆくの」でデビューします。<br />
<br />
そして、1972年に松崎好孝、松井悦子のデュオとなります。<br />
<br />
1973年、「てんとう虫のサンバ」をリリース。この曲は彼らの代表曲となり、現在でも結婚式などで歌われる息の長い曲となっています。<br />
<br />
今日は、誰にでも親しめるメロディーと歌唱力で人気を博したそんなチェリッシュの通算3枚目のヒット曲、「ひまわりの小径」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/G8wWQlG1THw" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
ひまわりの小径／チェリッシュ<br />
<br />
ちなみに、チェリッシュのグループ名の由来は、アメリカのソフト・ロックバンド、アソシエイション(The Association)の1966年の同名のヒット曲からとられました。<br />
]]>
			</description>
			<category>名曲のご紹介</category>
			<link>http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/487/</link>
			<pubDate>Sat, 18 May 2013 08:44:50 GMT</pubDate>
			<guid isPermaLink="false">musingbuff.blog.shinobi.jp://entry/487</guid>
		</item>

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