ブログ内検索
ランキング
プロフィール
HN:
Super源さん
性別:
男性
自己紹介:

東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
癒しと励まし、そして切なさをテーマとしたオリジナル曲を作っています。
広告
ページランキング
最新コメント
リンク
ブックマーク
カウンター


開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8
今日は、南野 陽子の「涙はどこへいったの」のご紹介です。

南野 陽子(みなみの ようこ、1967年6月23日 - )は、兵庫県伊丹市出身の女優、タレント、歌手です。愛称は、ナンノ。

は、1985年6月23日に「恥ずかしすぎて」で歌手デビューをします。
そして、同年の11月からフジテレビ系ドラマ「スケバン刑事」シリーズ第2作「スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説」で主役を演じ、一躍ブレイク。トップアイドルの座を獲得します。

同時に、1986年3月に発売された、同ドラマの主題歌「悲しみモニュメント」が、初のオリコンチャートトップ10入りとなります。

また、1987年2月公開の映画「スケバン刑事」では、主演に抜擢され、主題歌の「楽園のDoor」は初のオリコンチャート第1位を獲得します。

その後も、「話しかけたかった」「パンドラの恋人」「はいからさんが通る」「吐息でネット」「あなたを愛したい」「秋からも、そばにいて」「涙はどこへいったの」「トラブル・メーカー」など、ヒット曲を連発します。
くわえて、フジカラー、グリコ、JR西日本など多数の企業のイメージキャラクターに起用されてCMに出演。かくして、南野 陽子は中山美穂、工藤静香、浅香唯と共に、女性アイドル四天王の一人として活躍することになります。

今日は、そんな南野 陽子の、1989年2月15日に発売された通算14枚目のシングルである「涙はどこへいったの」をどうぞ。


涙はどこへいったの/南野 陽子

この曲は、JR西日本の旅行商品「WENS(ウエンズ)」のCMソングに使われました。


ちなみに、このシングルのB面に収録されていたのが、「ガールフレンドpart2(パートツー)」という曲です。
こちらもなかなかの名曲ですよ。

え?!(゚o゚)ガールフレンド「(part2パートツー)」? 「number(ナンバーツー)」じゃないの?
と疑問に思われた方、以下のページへGo! その疑問は氷解し、曲も聴けますよ。(^^)
アア、ヒョウカイ。(・。・) (。_゚)☆\ うざい ヤツ! バキ!(-.-メ)

「ガールフレンドpart2」 - 名曲のご紹介

(^o^)/ ヨシ、ワタクシ Super源さん モ イッテ コヨウ!
キミハ イカナクテ イイノ。(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)

今日は、郷 ひろみの「男の子女の子」のご紹介です。

郷 ひろみ (ごう ひろみ、本名:原武 裕美 (はらたけ ひろみ) 1955年10月18日 -) は、福岡県出身、東京都育ちの歌手、俳優です。

郷 ひろみは、1971年(昭和46年)に、銀座の映画オーディションで、ジャニー喜多川にスカウトされてジャニーズ事務所へ所属します。

そして、フォーリーブスのバックダンサーとして出演し、多くのファンを獲得します。
芸名は、ファンからの声援「レッツゴーひろみ」から借名して郷ひろみになり、大阪でファンクラブを発足します。

1972年 (昭和47年) 1月には、NHK大河ドラマ「新・平家物語」に平清盛の弟、経盛役で俳優デビュー。
同年の8月1日には、CBSソニー (現、ソニー・ミュージックエンタテインメント) 所属の歌手として「男の子女の子」でデビューをします。
この曲は、オリコンのベスト10に入り、第14回日本レコード大賞新人賞を受賞します。

2年後の1974年(昭和49年)には、初主演テレビドラマ「ちょっとしあわせ」の主題歌「よろしく哀愁」で、自身初のオリコン・ヒットチャート第1位を獲得します。

郷 ひろみは、当時「アイドル水泳大会」では競泳(きょうえい)など多くの競技に出場し、特に、フジテレビの番組では「ミスター水泳大会」との異名をとります。また、同じく参加していた西城秀樹と常に競い合い、番組を盛り上げます。

今日はその、デビュー曲である「男の子女の子」をどうぞ。


男の子女の子/郷ひろみ

この曲の発売から約2ヶ月後の9月25日、「男の子女の子」はオリコン週間チャートのベストテン入りを果たし、郷 ひろみは11月には第14回日本レコード大賞・新人賞を受賞することとなります。

ちなみに、郷ひろみの「裕美(ひろみ)」というのは、何か女性的ですが、この名づけ親は祖父で、「心が"美しく"、いろんな意味で"裕福"になるように」という意味が込められているということです。

♪(^o^)ボクタチ オトコノ コー。(^0^)//Go, go!
♪(^o^)キミタチ オンナノ コー。(^0^)//Go, go!
アラッ!(゚o゚)オカマ チャン ニハ ヨビカケ ナイノ? (-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)

今日は、中森明菜の「少女A」のご紹介です。

中森 明菜(なかもり あきな、本名:同じ 1965年7月13日 -)は、東京都大田区生まれ、清瀬市育ちの歌手、女優です。

中森 明菜は、1982年5月1日にシングル「スローモーション」でデビューをします。

同年7月には、ファースト・アルバム「プロローグ〈序幕〉」を発売。
このアルバムは、オリコン週間アルバムランキングの10月4日付で最高位5位を記録します。

続いて発売された2枚目のシングル「少女A」は、オリコン週間シングルランキングの10月18日付で最高位5位を記録。およそ40万枚の売り上げとなります。

また、TBS系音楽番組「ザ・ベストテン」では、中森明菜にとって初出演となった1982年9月16日の放送で9位を記録した後、1982年10月28日の放送で、ついに最高順位3位を記録。
中森明菜は、この曲でブレイクすることになります。

そして、続いて同年の11月に発売された3枚目のシングル「セカンド・ラブ」が、11月29日付の同チャートで初の週間1位を獲得し、1983年の同社年間シングルチャートで8位を記録。
約77万枚を売り上げるヒットとなります。

今日は、そんな中森明菜のブレイクのきっかけとなった、1982年7月28日に発売された通算2枚目のシングルである「少女A」をどうぞ。


少女A/中森明菜

「少女A」は、作詞・売野雅勇、作曲・芹澤廣明によるもので、コンサートでは定番曲として組まれる曲のひとつですが、中森明菜本人は好きではなかったようです。

また、この詞はもともと、沢田研二向けに「ロリータ」のタイトルで書いて、ボツになった詩を書き直したものということです。

ちなみに、私は「中森明菜」という名前を最初に聞いたとき、てっきり中華料理屋の娘かと…。(^o^;
が、その歌声を聞き、w(゚o゜)w オォーッ! イイ声ー、歌 ウマイー!

と感動したことを、この曲を聴くと今でも昨日のことのように思い出します。(--)トオイ メ

あっ!(゚o゚)それはデビュー曲の「スローモーション」の方だった…。(。_゚)バキッ!\(-.-メ)アノナア。;

←←   前のページ    次のページ   →→
Copyright(C) 2008-2014 Super源さんの音楽ブログ All Rights Reserved.
*
blogdesigned by 福井めい