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2016年06月17日

「雨の物語/イルカ」 - 名曲のご紹介

今日は、イルカの「雨の物語」のご紹介です。

イルカ(本名:神部 としえ(かんべ としえ)、旧姓:保坂(ほさか)(1950年12月3日-) は、東京都中野区出身のフォークシンガー、絵本作家です。

イルカは、1970年に、シュリークス(SHRIEKS)のメンバーとしてデビューをします。

そして、1974年に「あの頃のぼくは」でソロデビュー。

翌年の1975年に、かぐや姫のメンバー伊勢正三の作詞・作曲による「なごり雪」のカバーを歌い、大ヒット。

ヒット曲としては、「少年」、「いつか冷たい雨が」、「もう海には帰れない」、「なごり雪」「サラダの国から来た娘」、「海岸通」、「十九の春に」などがあります。

1977年から1980年にかけては、絵本「ちいさな空」全4巻を発表。

また、イルカの声が、TVアニメ「ちびまる子ちゃん」でさくらももこの声を担当するTARAKO(たらこ)の声とそっくりなことから、これが縁で同作のエンディングテーマ「針切りじいさんのロケンロール}で、TARAKOと共にコーラスを担当することになります。

それでは今日は、そんなイルカの、1977年3月25日に発売された通算6枚目のシングルである「雨の物語」をどうぞ。


雨の物語/イルカ

この曲は、TBSの「ロマンを旅する」テーマソングで、30万枚を超える売り上げを記録。
イルカ自身、1975年発売の「なごり雪」に次ぐ2番目のヒット作となります。

ちなみにこの曲は、2年後の1979年4月に、作詞・作曲者である伊勢正三(いせ しょうぞう)が、自身の所属していたフォークグループ・「風」のベストアルバム「Old Calendar~古暦~」でセルフカバーしています。

2016年06月15日

「夢を信じて/徳永英明」 - 名曲のご紹介

今日は、徳永英明の「夢を信じて」のご紹介です。

徳永英明(とくなが ひであき、本名:同じ、1961年2月27日 -)は、兵庫県伊丹市出身のシンガーソングライター、作曲家、俳優です。

徳永 英明は、19歳の時に上京し、アルバイトをしながらミュージシャンを目指します。
そして、6年後の1986年1月21日に、アルバム「Girl(ガール)」、シングル「Rainy Blue(レイニーブルー)」でRadio Cityレコードよりデビューを果たします。

翌年の8月、富士フイルム「フジカラー」のCMソングとなったシングル「輝きながら…」がヒット曲となり、ブレイクします。
この曲が収録されたアルバム「BIRDS(バーズ)」は、マイケルジャクソンの2週連続1位の記録を抜き、オリコンチャート1位を獲得します。

今日はそんな徳永英明の、1990年1月16日に発売された通算9枚目のシングルである「夢を信じて」をどうぞ。


夢を信じて/徳永英明

この曲は、フジテレビ系アニメ「ドラゴンクエスト」の初代ED主題歌で、第1話から第26話で1番が使用されました。
8センチシングル盤のジャケットに、同アニメのキャラクターのイラストが描かれていたほか、同アニメのサウンドトラックにも収録されています。

オリコンでは、徳永英明の最大のヒットシングルとなった曲で、「全国歌謡ベストテン」では1990年度の年間チャート1位を獲得しました。
当初、1月15日に発売される予定でしたが、祝日(成人の日)の発売はドラクエファン、特に小学生達がレコード店に殺到する恐れがあるとして、翌日(平日)の発売に変更されました。

2011年に発生した東日本大震災を受けて発売されるチャリティーアルバムに、この曲が収録されています。

また、2013年12月31日放送の「第64回NHK紅白歌合戦」では、この曲をの歌唱しました。

徳永英明のエピソ-ド

・1987年10月29日、「ザ・ベストテン」に出演して「輝きながら…」を歌った際、彼のバックで、ハゲた男性たちが一斉に野球帽を取るというドッキリを仕掛けられたことがある。
・1988年3月10日、浅間神社で「風のエオリア」のヒット祈願を行ない、そのまま同地から「ザ・ベストテン」に中継で生出演した際、歌い終わった直後に突然倒れて救急車で搬送された。それ以後、高音が歌えるようになったという。
・2005年、日本テレビ「いつみても波瀾万丈」にて、曲が少し売れただけで天狗になり高飛車に振舞う自分を、周囲のスタッフが改めさせてくれたというエピソードを話した。
・2011年、毎日放送・TBS「EXILE魂」において、EXILEのボーカルATSUSHIに捧げる形で徳永が「壊れかけのRadio」を披露。聴き終えたATSUSHIが涙する場面があった。
・2016年2月22日、もやもや病による脳梗塞発症予防のために左複合バイパス手術を行なう。3月11日、退院。3月いっぱいは加療のため活動を休止。

もやもや病の方は、手術が成功し、4月に復帰したようで、まずは良かったです。(^.^;; ホッ
が、彼の持病なだけに、ちょっと心配なところも…。(=。=;

2016年06月13日

「夢見るSeason(ゆめみるシーズン)/伊藤つかさ」 - 名曲のご紹介

今日は、伊藤つかさの「夢見るSeason(ゆめみるシーズン)」のご紹介です。

伊藤 つかさ(いとう つかさ、1967年2月21日 -)は、東京都出身の女優です。

伊藤 つかさは、幼少時に「劇団いろは」に入団し、子役として、主にテレビドラマに出演していました。

1980年に、「3年B組金八先生」において、クラスのアイドル的女子生徒・赤上近子役で出演。
1981年9月1日には、「少女人形」でアイドル歌手としてデビューをします。

伊藤 つかさのトレードマークは、その八重歯。
そして、何といってもその可愛らしいルックスと、愛くるしい笑顔で、1980年代に一世を風靡(ふうび)します。

今日は、1982年02月21日に発売された、通算3枚目のシングルである「夢見るSeason」をどうぞ。


夢見るSeason(ゆめみるシーズン)/伊藤つかさ

この曲の作詞・作曲は、原由子です。
またこの曲は、シングルとアルバムでアレンジが違うので、要注意です。

なお、2014年2月12日発売のCDにて、ライブを含む全ての音源がCD化されました。

2016年06月10日

「チェックポイント/藤井一子」 - 名曲のご紹介

藤井 一子(ふじい いちこ、1970年6月23日 - )は、福岡県北九州市八幡区出身のの元アイドル、タレントです。

藤井 一子は、1985年に、ドラマ「毎度おさわがせします」のオーディションがきっかけで芸能界入りします。
そして、同ドラマの第2シリーズにて、中山美穂の友達役で芸能界デビュー。

翌1986年に、「夏・体験物語2」でドラマ初主演を果たし、その主題歌となったデビュー曲「チェック・ポイント」が大ヒット。

そして、1991年頃に、芸能界から引退します。

今日はその「チェック・ポイント」をどうぞ。


チェックポイント/藤井一子

日本テレビで放送されていた「中井正広のブラックバラエティ」では、VTR中にの曲がテーマ曲として使用されていました。

また、この曲は同じ日本テレビ系の情報番組「THE・サンデー」の「芸能&トレンドこれチェック!」のコーナーにても使用されていました。

藤井一子の近況

2009年11月23日放送回『SUPER SURPRISE』の1コーナー「憧れのあの人の5コマ目は今!?」で、有田哲平の憧れのアイドルとしてスタジオに登場。
この出演では、同期の山瀬まみとも久しぶりの対面を果たしています。

芸能界から引退後、会社員の男性と結婚し、2児の母となりました。
現在、実家のある北九州市に在住。実家は明太子店(ふじいのめんたい子)です。

2014年8月29日放送の「爆報! THE フライデー」では、藤井本人と自身の長男が登場。
現在も実家の明太子店を手伝ったりしていることを報告しました。
また、現在は離婚をし、イタリアンレストラン「Ichico Jam」を経営しています。

2016年06月08日

「ANNIVERSARY(アニバ-サリー)/岡本真夜」 - 名曲のご紹介

今日は、岡本真夜の「Anniversary」のご紹介です。

岡本真夜(おかもと まよ 本名:岡井 真夜(おかい まよ、旧姓:岡本 1974年1月9日 -)は、高知県中村市(現:四万十市)出身のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家です。
ピアニストとしての名義は、「mayo」(まよ)。

岡本真夜は、高校卒業後、反対する祖父母を押し切って、家出同然でアーティストを目指して上京します。
上京当初は、ボイストレーニングやアルバイト等をしており、その頃(18歳)に作った曲が代表作でデビュー曲「TOMORROW(トゥモロー)」とC/W曲「BLUE STAR(ブルースター)」でした。

そんな折り、事務所から、作詞・作曲を100曲出来たらデビューをさせると条件を出されます。
当時の彼女は、多少の作曲は遊び程度にはしていましたが、楽器も本格的な知識もない状態であり、生活費を必死にアルバイトで稼ぐ中、彼女が思いついたのは鼻歌をカセットテープや自宅の留守番電話に録音することでした。

結局、100曲には満たないものの40曲の作曲を成し遂げます。これらは、「キャリアがある者が作れないような曲をあっさり出してくる。非常に幅の広い、しかも新鮮な曲です」と当時の岡本の音楽プロデューサーに言わしめた程ほどのできばえで、このことにより、彼女は作詞・作曲に徐々に自信を持てるようになっていきます。

そして、1995年5月に、シングル「TOMORROW」でデビュー。
この曲は、TBS系連続ドラマ「セカンド・チャンス」の主題歌に起用され、その後オリコン集計の累計売上げは約177万枚に達し、出荷枚数は200万枚を突破する大ヒットを記録します。

今日は、そんな岡本真夜の、1997年1月16日に発売された通算4枚目のシングルである「そのままの君でいて」、のB面に収録されていた「ANNIVERSARY(アニバ-サリー)」をどうぞ。


Anniversary/岡本真夜

この曲は、1996年に石井聖子に提供した曲を自ら歌った、セルフカバー曲です。

岡本真夜ファンの方は、以下のブログもチェック!

岡本真夜オフィシャルブログ「Mayo Log」
http://ameblo.jp/mayo-okamoto/

芸能人ブログにしばしばありがちな、一応作りましたという形だけの放置ブログではなく、こまめに更新されているようです。

盗作被害騒動

2010年に、上海万博のPRソング「2010等你来」Right Here Waiting for You 2010が、岡本真夜の「そのままの君でいて」に酷似しているとして話題となりました。
これは、台湾より盗作疑惑が始まり、その後中国国内にも広がり非難の声があがりました。
このニュースは、世界各国のマスコミでも報道されています。

日本国内にて、ニュース等で盗作疑惑が報道されてから数日後の2010年4月19日、岡本真夜自身が「上海万博」実行委員会からの当該楽曲の条件付き使用申請を受諾し、一段落したとの一部報道がありました。
が、その後「2010等你来」を作曲したとする繆森が盗作を否定し、膠着状態となりました。

双方の主張の骨旨は、以下の通りです。

繆:「下心のある者が、自分の作品と似ている岡本さんの曲を用いて、大衆の評判を誤った方向に導いた」
岡本側:「音楽は少なからずいろんな方に影響を受けるが、あそこまでAメロ、Bメロ、サビとそのままカバーされているものはない」「ちゃんと襟を正していただきたい」

結局、上海万博でこの曲の使用が再開されることなく、4月30日の開会式を迎えます。
開会式では、当初この曲も歌われる予定でしたが、歌われませんでした。
さらに、当局はこの使用申請受け入れについてのニュースは、言論統制によって国内での報道を禁止しました。

岡本真夜本人の気持ちは、問題が発生してから公に語られていませんでしたが、それから約2月後の6月18日放送の「中居正広の金曜日のスマたちへ」において、初めて語られています。

また、この騒動の影響で岡本真夜への注目が高まり、2010年5月14日には、「ミュージックステーション」に騒動以来初めて登場し、「そのままの君でいて」を歌いました。
そしてこの後にも、他の音楽番組に出演して、同曲のほか「TOMORROW」「I believe」等を歌っています。