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東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


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今日は、サラ・ヴォーンの「ラヴァーズ・コンチェルト(A Lover's Concerto)」のご紹介です。

サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan, 1924年3月27日 - 1990年4月3日)は、アメリカ合衆国ニュージャージー州ニューアーク出身の黒人女性ジャズボーカリストです。

サラ・ヴォーンは、ソプラノからコントラルトまでの幅広い声域に、美しいヴィブラートの掛かった、オペラ歌手にも匹敵する声と、豊かな声量を兼ね備えた、大胆なフェイクやスキャットを取り入れた歌唱力をも持ち味とした歌手です。
ジャズ・ボーカル史上、ビリー・ホリデイ、エラ・フィッツジェラルドと並ぶ、女性ジャズ・ヴォーカリスト御三家の一人と言われています。

サラ・ヴォーンのデビューは1940年代で、1947年に歌った「It's Magic」が初めてのヒット曲となり、大型新人として注目を集めます。

ジャズに留まらない幅広い音楽性を持ち、ポップスにも挑戦して、1950年代には「Whatever Lola Wants」や「roken-heated Melody」などのいくつかのヒット曲がありますが、これらは商業的に大きな成功をするには至らず、通俗性ゆえに批評家からは冷淡な扱いを受けます。

1960年代には、ビートルズのカバーや、1965年に発表し日本では特に知られている「ラヴァーズ・コンチェルト(A Lover's Concerto)」も発表します。

今日はその、「ラヴァーズ・コンチェルト」をどうぞ。


ラヴァーズ・コンチェルトト(A Lover's concerto)/サラ・ヴォーン(sarah vaughan)

ちなみに、「ラヴァーズ・コンチェルト」の歌詞の内容は、好きな彼氏と一生別れたくないという恋する女性の純真な気持ちを歌ったものです。

今日は、「西城 秀樹」の「若き獅子たち」のご紹介です。

西城 秀樹(さいじょう ひでき、本名:木本 龍雄(きもと たつお)1955年4月13日 -)は、広島県広島市出身の歌手、俳優です。

西城 秀樹は、1972年3月25日に、シングル「恋する季節」で「ワイルドな17歳」のキャッチフレーズと共に歌手デビューをします。
片仮名の「ヒデキ」の愛称で人気となった西城 秀樹は、「チャンスは一度」以降、当時マイクを持って直立不動の姿勢で歌う歌い方が主流であった歌謡界に、アクション旋風を巻き起こします。

そして、1973年に「情熱の嵐」がオリコン週間チャートで初のベストテン入り。
一躍トップアイドルの仲間入りを果たし、郷ひろみ、野口五郎と共に「新御三家」と呼ばれます。

その後、「ちぎれた愛」、「愛の十字架」が続けてオリコン週間チャートの第1位に輝き、「第15回日本レコード大賞」では初の歌唱賞を受賞します。

今日は、1976年9月5日に発売された通算18枚目のシングルである「若き獅子たち」をどうぞ。


若き獅子たち/西城秀樹

ちなみに、西城秀樹は、「NHK紅白歌合戦」においては1974年から1984年の「抱きしめてジルバ」まで11年連続出場を果たし、「日本レコード大賞」においては1976年の「若き獅子たち」により3度目の歌唱賞を受賞します。
また、金賞は1978年の「ブルースカイブルー」から1983年の「ギャランドゥ」まで、6年連続受賞します。
くわえて、「ザ・ベストテン」においては、番組の放送を開始した1978年の「ブーツをぬいで朝食を」から1986年の「腕の中へ」まで22曲登場という快挙を成し遂げました。

これらのことから、当時、西城秀樹がいかに人気があったかということが伺えます。

今日は、ザ・シュレルズのウィル・ユー・スティル・ラヴ・ミー・トゥモロウ (Will You Still Love Me Tomorrow)のご紹介です。

ザ・シュレルズ(The Shirelles)は、1958年に米国ニュージャージーで結成された黒人女性コーラスグループです。

メンバーは、シャーリー・オーエンス(Shirley Owens Alston)、ドリス・ケナー(Doris Coley Kenner)、ビバリー・リー(Beverley Lee)、エディ・ミッキ・ハリス(Addie Mickey Harris)の4人。

ザ・シュレルズは、ハイスクールの同級生によって結成された4人組のグループで、当初はポケロスと名乗るアマチュアのコーラスグループでしたが、彼女たちの歌を聴いたクラスメートの一人であるメアリー・ジェーン・グリンバーグ(Mary Jane Greenbergが、自分の母親へこの4人を紹介したことが、レコード・デビューへのきっかけとなりました。

実はその母親とは、主婦業のかたわら、ティアラ・レコードという会社を経営しているフローレンス・グリーンバーグ(Florence Greenberg)で、4人は彼女の薦めにより同レーベルと契約し、「I Met Him On A Sunday」、「I want you to be my boyfriend」をレコーディングし、グループ名を「The Shirelles」としてレコードデビューをすることになります。

この曲は、ビルボードチャートで第49位と、ベスト10には今一及びませんでしたが、この曲をきっかけにフローレンス・グリーンバーグが立ち上げたセプター・レーベルから1960年にリリースされた 「Will You Still Love Me Tomorrow※」が、女性コーラス・グループとしては史上初の全米チャート第1位 に輝き、シュレルズの最大のヒット曲となります。

今日は、ザ・シュレルズの代表曲でもある、その「ウィル・ユー・スティル・ラヴ・ミー・トゥモロウ」をどうぞ。


ウィル・ユー・スティル・ラヴ・ミー・トゥモロウ (Will You Still Love Me Tomorrow)/ザ・シュレルズ(Shirelles)

ちなみに、この曲は「イッツ・トゥ・レイト」の世界的なヒットで知られるキャロル・キングが作詞し、彼女の夫のゲリー・ゴフィンが作曲したものです。
シュレルズは、この曲を歌うことにあまり乗り気ではありませんでしたが、蓋をあけてみれば、1961年のゴールド・ディスクを獲得するほどの大ヒットとなったのでした。
歌詞の内容としては 恋する女性の不安な気持ちを歌ったもので、当時としては斬新だったようです。

この曲の歌詞はこちら

※この曲は最初、単に「Tomorrow」として発売されました。

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