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2018年01月25日

「めぐり逢い(Comme au premier jour)/アンドレ・ギャニオン(André Gagnon)」 - 名曲のご紹介

今日は、アンドレ・ギャニオンの「めぐり逢い」のご紹介です。

めぐり逢い アンドレ・ギャニオン ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

アンドレ・ギャニオン(Andre Gagnon、1942年8月1日 -)は、カナダの作曲家、ピアノ奏者です。
アンドレ・ギャニオンは、近年世界的にブームとなったヒーリング音楽の分野において有名なミュージシャンで、代表作に「めぐり逢い」などがあります。

今日は、1996年5月25日に発売された、その「めぐり逢い」をどうぞ。


めぐり逢い(Comme au premier jour)/アンドレ・ギャニオン(André Gagnon)

どこか哀愁のただよう、素敵なメロディーです。(^-')
有名な曲なので、きっと、どこかでお聴きになったことがある方も多いのではないでしょうか。

このような曲を聴くと、やはり音楽はメロディーが命だということが分かりますね。(@_@)ウーン
ストリングスアレンジも秀逸(しゅういつ)です。

アンドレ・ギャニオンは、ケベック州北部のサンパコムで19人兄弟の末っ子として生まれます。
そして、4歳のときに教会で聴いた音楽を自宅のピアノで弾き、これをきっかけにピアノを始めます。
6歳のときには作曲を始め、10歳のときにコンサートを開いてデビュー。

そして、モントリオールにある音楽学校でピアノ、和声、作曲、音楽理論を学んだ後、クラシックを学ぶためにパリへ留学します。
その留学中に、ポピュラー音楽に出会い、強い衝撃を受けた彼は、クラシックとポピュラーの架け橋となる音楽活動を志します。

なんというか…、やはり、普通の人(凡人)ではありませんね。(@_@)ウーン

A person who was born to make music.(音楽を作るために生まれてきた人)

という感じが、私にはします。(^^)

1967年には、モントリオール交響楽団で、自ら企画したコンサートにピアニストとして参加し、その地位を確立。
1970年には、大阪万博のカナダ館でコンサートを開くために初来日しています。

2018年01月23日

「恋人がサンタクロース/松任谷由実」 - 名曲のご紹介

今日は、松任谷 由実の「恋人がサンタクロース」のご紹介です。

恋人がサンタクロース 松任谷由実 ジャケットイメージ
写真は、
こちらからお借りしました。

松任谷 由実(まつとうや ゆみ、本名:同じ。旧姓:荒井 由実(あらい ゆみ1954年1月19日 -)は、東京都八王子市出身のミュージシャンです。愛称はユーミン(Yuming)。夫はアレンジャーの松任谷正隆。

松任谷 由実は、14歳の時に、プロとしての初めての仕事でスタジオでのピアノ演奏をします。
以後、スタジオで演奏をしながらオリジナルの曲を書き、15歳で作詞家としてデビュー。
1971年には、17歳で作曲家としてデビューをします。
その作品は、彼女を本格的なデビューへと誘った加橋かつみ(元ザ・タイガース)へ提供した「愛は突然に…」です。

1972年7月5日には、「返事はいらない」で荒井由実として歌手デビュー。
翌年の1973年11月に、ファーストアルバム「ひこうき雲」を発売。
当時、TBSラジオの深夜放送番組である「パックインミュージック」金曜日の第2部を担当していたパーソナリティ、林美雄の絶大な支持を受けて知名度が上がり、翌1974年から本格的にステージ活動を開始します。

1975年10月に発売されたシングル「あの日にかえりたい」(TBSドラマ「家庭の秘密」主題歌)は、初のオリコンチャート1位を獲得。1976年のシングル年間ランキング第10位のヒットとなり、第一次ブームを迎えます。

6年後の1981年6月に発売されたシングル「守ってあげたい」は、同年のシングル年間ランキング第10位のヒットとなり、第二次ブームが到来。

そして、同年に発売されたアルバム「昨晩お会いしましょう」以降のオリジナルアルバムは、17枚連続でオリコン1位を獲得し、1987年のアルバム「ダイアモンドダストが消えぬまに」以降は、9作連続のミリオンセラーとなります。

今日は、そんな松任谷 由実の、1980年12月1日に発売された、通算10枚目のシングルである「恋人がサンタクロース」をどうぞ。


恋人がサンタクロース/松任谷由実

この曲の歌詞はこちら

この曲は、山下達郎の「クリスマス・イブ」と並び、J-POP クリスマス・ソングの定番曲となっています。

この曲の作詞・作曲は松任谷由実で、歌詞にはユーミンらしい乙女チックな趣があり、メロディーはシンコペーションを多用した、快適なリズム感をもち、凝ったコード進行で流れていきます。

スキーをする 動物
写真は、こちらからお借りしました。

松任谷自身は、この曲をシングルカットしませんでしたが、後に多くのアーティストがカバーを発表。
また、松任谷のベストアルバム「Neue Musik」の収録曲を決めるファン投票で4位に入るなど、松任谷の代表曲の一つとなっています。

2018年01月20日

「赤道小町ドキッ/山下久美子」 - 名曲のご紹介

今日は、山下達郎、じゃなかった山下久美子の「赤道小町ドキッ」のご紹介です。

赤道小町ドキッ 山下久美子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

イキナル マチガエル ナヨ!(。_゚)☆\カーン(-.-メ)

山下 久美子(やました くみこ、1959年1月26日 - )は、大分県別府市出身の歌手です。

山下 久美子は、1980年にシングル「バスルームから愛をこめて」でデビューをします。

そして、1982年に、シングル「赤道小町ドキッ」がヒット。
その過激なライブパフォーマンスによって、「総立ちの久美子」の異名を得ます。

1991年に、シングル「Tonight (星の降る夜に)」とアルバム「JOY FOR U」を立て続けに発売。

1996年には、TBS系のテレビドラマ・「その気になるまで」に出演。
離婚歴のあるキャリアウーマン、馬場千春役を務めます。

今日は、そんな山下久美子の、1982年4月1日に発売された通算4枚目のシングルである「赤道小町ドキッ」をどうぞ。


赤道小町ドキッ/山下久美子

この曲の歌詞はこちら

この曲は、前述したように、山下久美子にとって初めてのヒット曲となりましたが、これは、当時隆盛を極めていた化粧品会社による季節キャンペーンCMのイメージソングに抜擢されたことが大きいです。

また、山下久美子はこの曲のヒットを受け、当時多くの歌番組に出演。
「ザ・ベストテン」には、1982年5月27日に「今週のスポットライト」で初出場し、のちに10位以内にランクインを果たします。

また、同番組で最高位の第3位にランクされた際、本物の象の背にまたがって、歌を披露するパフォーマンスを行なったこともあります。

なお、この曲は後に、以下のアーティストにカバーされています。

・2006年、夏目ナナ(シングル「赤道小町ドキッ」)
・2006年、Mi(アルバム「80's×Mi」)
・2008年、中川翔子(シングル「Shiny GATE」のカップリング)
・2008年、西脇彩華(9nine)(アルバム「ORDINARY VENUS」)
・2015年、橋本絵莉子 - カゴメトマトジュースプレミアムCM曲
・2016年、Crystal Kay - カゴメトマトジュースプレミアムCM曲

2018年01月18日

「リトル・キッス/ミルク」 - 名曲のご紹介

今日は、ミルクの「リトル・キッス」のご紹介です。

リトル・キッス ミルク ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

「ミルク」は、1979年から1980年にかけて活動した、小学生女子3人によるアイドルグループです。

メンバーは、小畑和美(ミミ)、荻野目洋子(ルミ)、大森絹子(クミ)。

グループ名の由来は、彼女たちの愛称「ミミ」「ルミ」「クミ」から、それぞれ文字ずつを取ったものです。

「ミルク」は、1979年(昭和54年)4月に、楽曲 「ザ・あれから いちねん」でレコードデビューをします。
そして、翌年の1980年8月に、2枚目となるシングルレコード・「リトル・キッス」を、ワーナーパイオニアから発売します。

それでは、今日はその「リトル・キッス」をどうぞ。


リトル・キッス/ミルク

この曲の作詞は湯川れい子、作曲は馬飼野康二です。

向かって一番右で歌っている、1人だけ長髪の少女が荻野目洋子です。
歌、うまいし、可愛いですね。おお!(゚o゚)

「ミルク」は、音楽番組や音楽誌などで、「「リトル・キッス」でデビューしたミルク」と紹介されることがあります。
が、前述したように、彼女たちのデビュー曲は「ザ・あれからいちねん」です。

したがって、「リトル・キッス」は、ミルクにとって2ndシングル、あるいは再デビュー盤ということになるでしょう。

なお、この曲を最後に、「ミルク」は自然解散となりました。

2018年01月10日

「ステキな恋の忘れ方/薬師丸ひろ子」 - 名曲のご紹介

今日は、薬師丸ひろ子の「ステキな恋の忘れ方」のご紹介です。

ステキな恋の忘れ方 薬師丸ひろ子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

薬師丸ひろ子(やくしまる ひろこ、本名:薬師丸 博子(読み同じ)、1964年6月9日 -)は、東京都港区北青山出身の女優、歌手です。

薬師丸ひろ子は、1978年、角川映画「野性の証明」のヒロイン「長井頼子」役オーディションに合格し、高倉健と共演します。
以後、「ねらわれた学園」、「セーラー服と機関銃」、「探偵物語」、「翔んだカップル(東宝映画)」などに次々と出演。「お父さん怖いよ」(「野性の証明」)、「カイカン」(「セーラー服と機関銃」)、「顔はぶたないで。私、女優なんだから」「ああー!!私、お爺さまを殺してしまった!」(「Wの悲劇」)など、多くの流行語も生み出して話題となります。

スヤスヤ、…。「カ・イ・カ・ン!」
猫 カ・イ・カ・ン
写真は、こちらからお借りしました。

今日、そんな薬師丸ひろ子のヒット曲の中から、195年11月1日に発売された、通算7枚目のシングルである「ステキな恋の忘れ方」をどうぞ。

ステキな恋の忘れ方/薬師丸ひろ子

この曲の歌詞はこちら

この曲は、薬師丸ひろ子自身が出演した映画『野蛮人のように』の主題歌として発売されたもので、錯視、じゃなかった、作詞作曲は井上陽水です。

TBS系音楽番組『ザ・ベストテン』では最高7位を記録し、オリコンチャートの登場週数は13週、チャート最高順位は週間4位、累計では25.1万枚の売り上げを記録しました。

またこの曲は、東芝製品のCMソングとしても使われました。