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東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
癒しと励まし、そして切なさをテーマとしたオリジナル曲を作っています。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


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今日は、にしきのあきらの「空に太陽がある限り」のご紹介です。

にしきの あきら(本名:錦野 明(にしきの あきら)、1948年12月14日 -)は、大分県大分市出身の歌手、タレントです。

にしきの あきらは、1970年5月1日に「もう恋なのか 」でデビューをします。
「愛があるなら年の差なんて」、「空に太陽がある限り」、「嵐の夜」など、多くのヒット曲があります。

1970年代初めから半ばにかけて、アイドル歌手としてその精悍な風貌と抜群の歌唱力を武器に、10代から30代の女性に人気を博します。
トランペットも吹ける※1にしきのあきらは、運動神経も良く、野村真樹(現:野村将希)と共に、「芸能人大運動会」では抜群の運動神経を披露します。

1970年代後半は、「野良猫ロック ワイルド・ジャンボ」(1970年・日活)、戦国自衛隊(1979年12月5日・東宝)(菊池弘次 一士役)、はだしのゲン※2 PART3 ヒロシマのたたかい(1980年)(熊井少尉役)など、映画やドラマ等で活躍。
その後はバラエティ番組で活躍し、特に「ぷっ」すまでは、常人には手が出ないハチャメチャな料理を、いとも簡単に平らげてしまうことから「鉄の胃袋の持ち主」の異名を得ます。

1990年代になってからは、ドラマ「雪の蛍」に出演し、俳優としても開花します。
それを皮切りに、アニメ「ちびまる子ちゃん」、「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」で意外な注目を集め、その後「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」では、福澤朗から裏スターとして弄られ、これを契機に「スターにしきの」のキャラクターで再び脚光を浴びるようになってゆきます。

今日は、そんなにしきの あきらの1971年03月01日に発売された通算3枚目のシングルである、「空に太陽がある限り」をどうぞ。


空に太陽がある限り/にしきのあきら

この曲は、にしきのあきらの代表曲でもあり、1990年代に再録もされています。

※1.にしきのあきらは、高校卒業後、別府のナイトクラブ「ナポリ」でトランペット第三奏を吹いていたことがあります。
※2.「はだしのゲン」は、広島県広島市舟入本町(現在の広島市中区舟入本町)出身の漫画家、中沢啓治(1939年3月14日 - 2012年12月19日)による、中沢自身の原爆の被爆体験を元にして描かれた漫画。戦中戦後の激動の時代を、仲間たちと力を合わせて必死に生き抜こうとする主人公中岡ゲンの姿が描かれている。この作品を原作とした実写映画やアニメ映画・テレビドラマなども製作されている。

↑感動の名作。戦後生まれの日本人ならば 知っておくべき内容。お勧め!

【空に太陽がある限り?】
空に太陽がある限り?

今日は、「森高千里」の「私がオバさんになっても」のご紹介です。

森高千里(もりたか ちさと、本名:江口 千里(えぐち ちさと、旧姓:森高 1969年4月11日 -))は、大阪府茨木市出身の歌手・作詞家・作曲家・ドラマーです。

森高千里は、九州女学院在学中の1986年夏、大塚製薬が主宰した「第1回ポカリスエット・イメージガールコンテスト」でグランプリを受賞します。

翌年の1987年春、東宝映画「あいつに恋して」にヒロイン・松前千里役で出演し、5月25日に同映画の主題歌「NEW SEASON」で歌手デビューをします。

1989年、南沙織の楽曲のリメイク「17才」がヒットし、一躍人気ミュージシャンとなります。
「非実力派宣言」「古今東西」などの作品で、個性的な作詞のセンスが高く評価されるようになる一方で、当時の時代を背景に、超ミニのウェイトレス姿や総スパンコールの衣装などのコスプレでライブ活動を行ない、時には意図的にパンチラを見せるなど、男性ファンの心をつかみます。

1992年のアルバム「ROCK ALIVE」からの再シングルカットとなる「私がオバさんになっても」のヒットで女性ファンの心を掴み、「ROCK ALIVE」ツアーでは、コンサート会場で森高千里と同じ衣装を作ってコスプレする女性客の姿も見られます。

同年11月のアルバム「ペパーランド」以降は、大半の曲で自ら楽器演奏(ギター・ベース・ピアノ・ドラム等)をするようになり、それまでの打ち込み主体のサウンドから生音主体のサウンドへと路線の転換を図り、1993年のシングル「渡良瀬橋」「風に吹かれて」のヒットでその路線を確立します。

今日は、1992年6月25日に発売された通算16枚目のシングルとなる「私がオバさんになっても」をどうぞ。


私がオバさんになっても/森高千里

この曲の歌詞はこちら

>私がオバさんになったら あなたはオジさんよ
>かっこいいことばかり言っても お腹が出てくるのよ

いやー、しかしこれって、衝撃的な歌詞ですよね。(゚O゚;
森高千里は、やっぱりスゴい!(^^)v

今日は、加山 雄三の「旅人よ」のご紹介です。

加山 雄三(かやま ゆうぞう、本名:池端 直亮(いけはた なおあき)1937年4月11日 -)は神奈川県生まれの俳優、シンガーソングライター、タレント、作曲家、ギタリスト、ピアニスト、画家です。ニックネームは「若大将」、作曲家としてのペンネームは「弾 厚作(だん こうさく)」です。

加山 雄三は、慶應義塾高等学校から慶應義塾大学法学部政治学科へ進み、卒業後の1960年春に東宝へ入社し、同年「男対男」で映画デビューをします。

そして、翌年の1961年に、「夜の太陽」で歌手デビュー。
「恋は紅いバラ」、「君といつまでも」、「蒼い星くず」、「ぼくのお嫁さん」、「美しいヴィーナス」、「ぼくの妹に」「光進丸」などの多くのヒット曲があり、その後のフォークソングやニューミュージック全盛時代に先立つ、シンガーソングライターの草分け的存在でもあります。

さて、今日はそんな加山雄三の多くの曲の中から、1966年10月15日に発売された10枚目のシングル「夜空を仰いで」のB面に収録されていた「旅人よ」をどうぞ。


旅人よ/加山雄三

この曲の歌詞はこちら

ちなみに、山下達郎は、加山雄三と家族ぐるみで親交のあるミュージシャンの1人で、1998年8月26日に発売された通算11作目のスタジオ・アルバム「COZY」では、加山雄三の楽曲「BOOMERANG BABY(ブーメラン・ベイビー)」をカバーしています。

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