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東京生まれ。神奈川県在住。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


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今日は、渡辺 貞夫の「オレンジ・エキスプレス(Orange Express)」のご紹介です。

渡辺 貞夫(わたなべ さだお、1933年2月1日 -)は、栃木県宇都宮市出身のジャズ/フュージョンサックスプレーヤー、作曲家です。
「ナベサダ」の愛称があり、フルートも吹きます。

渡辺 貞夫は、1962年にアメリカボストン市のバークリー音楽院に留学。
在学中に、チコ・ハミルトン、ゲイリー・マクファーランド、ガボール・ザボ等と共演。
ゲイリー・マクファーランドを通じて、ボサノバの魅力を知ります。

1965年に帰国後は、多くの内外ミュージシャンと共演し、日本ジャズ界のリーダーとして活動する一方、ボサノバの演奏にも熱心に取り組み、翌年の1968年には、ニューポートジャズ祭に出します。

1977年発売のアルバム「渡辺貞夫リサイタル」で芸術祭大賞を受賞し、1978年にデイヴ・グルーシン等を従えて制作したフュージョン・アルバム「カリフォルニア・シャワー」はジャズ界では空前の大ヒット作となり、フュージョン・サウンドをポピュラー音楽として広めることになりました。

アフリカ音楽等、ワールド・ミュージックのエッセンスをいち早く吸収し、自身の音楽世界を創造して来た渡辺 貞夫の先見性には、瞠目(どうもく)するものがあります。

そして、チャーリー・パーカーに影響された彼のアルト・サックス奏法は、今でも変わることはありません。ジャズリズム完成の一因に、アフリカ系アメリカ人が関係すること、渡辺貞夫のアルバムジャケットの背景でも登場するアフリカ。
挨拶でもスワヒリ語のJAMBO(ジャンボ)を使う渡辺貞夫にとって、アフリカは特別な存在なのです。

さて、今日は「My Dear Life 50thアニバーサリーコレクション」(My Dear Life -50th Anniversary Collection)※より「オレンジ・エキスプレス」をどうぞ。


オレンジ・エキスプレス(Orange Express)/Sadao Watanabe

この曲は、NHK総合テレビ「スタジオパークからこんにちは」とKAB「駅前TVサタブラ」のオープニング曲として使われており、また資生堂ブラバス(1970年代 専属CMキャラクター、草刈正雄と共演多数)、花椿会フェア(1986年)、三井物産 日東紅茶(1978年頃)*Orange Bypass*のCMに使われました。

※音楽生活50周年を迎えたトップ・サックス奏者、渡辺貞夫の、レコード会社の枠を超えて編集された、オールタイム・ベストの決定盤。ランディ・クロフォードのボーカル曲の新バージョンも収録されている。

今日は、ナンシー・シナトラの「シュガー・タウンは恋の町(Sugar Town)」のご紹介です。

ナンシー・シナトラ (Nancy Sandra Sinatra)は、アメリカのニュージャージー州 ジャージーシティ 出身の歌手・女優です。

ナンシー・シナトラは、エルヴィスやビートルズと並び称された、フランク・シナトラ(Frank Sinatra)の娘※で、1960年代中期に、アメリカで最も人気のあるアイドル歌手として活躍しました。

代表作には、「にくい貴方 (原題:These Boots are Made For Walkin')」、「恋のひとこと (原題:Somethin' Stupid)」、「シュガー・タウンは恋の町 (原題:Sugar Town)」などがあり、日本でも多くの歌手が彼女の曲をカバーしています。

映画音楽では、「007は二度死ぬ」のテーマ曲「You Only Live Twice(ユー・オンリー・リブ・トワイス )」、「キル・ビル」の挿入歌「Bang Bang(バンバン)」などがあります。

今日は、そんな彼女の曲の中から、1966年に発売された「シュガー・タウンは恋の町」をどうぞ。


ナンシー・シナトラ(Nancy Sinatra)/シュガー・タウンは恋の町(Sugar Town)

※ナンシーの母は、父 フランク・シナトラ (Frank Sinatra)の最初の妻であるイタリア人、ナンシー・バルバト (Nancy Barbato)で、母親の名をとってナンシーと名づけられた。

今日は、狩人の「アメリカ橋」のご紹介です。

狩人(かりゅうど)は、愛知県岡崎市出身の兄・加藤久仁彦(かとうくにひこ)と弟・加藤高道(かとうたかみち)2人による兄弟デュオです。

狩人は、1977年3月25日に、「あずさ2号」でデビューをします。
この曲は、いきなり大ヒットとなり、また、同年暮れに行なわれた第19回日本レコード大賞など、数々の新人賞を受賞し、人気となります。

狩人は、「あずさ2号」でサンレモ音楽祭などにも出場。
その後も「コスモス街道」「若き旅人」「アメリカ橋」などのヒットにより、スター歌手の地位を築きます。

毎年年末に行なわれるNHKの紅白歌合戦には、1977年・第28回(あずさ2号)、1978年・第29回(国道ささめ雪)に2年連続で通算2回の出場を果たします。

それ以降は大きなヒットには恵まれませんでしたが、ドラマやCMに楽曲が採用され、特に1994年歌謡バラエティー番組「THE夜もヒッパレ」への出演で再ブレイク。
翌年、「あずさ2号(ニュー・ヴァージョン)」を発売し、その後二人は歌手以外に自らの才能の範囲を広げようという意図から、それぞれ歌手・舞台俳優としてのソロ活動も行なうようになります。

今日は、1979年2月25日に発売された、狩人の通算7枚目のシングルである「アメリカ橋」をどうぞ。


アメリカ橋/狩 人

この曲の歌詞はこちら

曲の内容としては、アメリカ橋の風景と、かつての恋人同士の再会と別れを歌ったものです。

このアメリカ橋とは、恵比寿南橋(えびすみなみばし)の通称で、東京都渋谷区にある跨線橋です。場所は、歌詞でも説明されているように山手線の目黒駅と恵比寿駅の間にある、鉄製の青い橋です。

この橋はもともと、アメリカセントルイスで1904年に開催された「セントルイス万国博覧会」に展示されていたもので、当時、これを日本の鉄道作業局が買い取り、鉄製の橋のモデル橋として1906年(明治39年)に現在地に架設しました。
この橋は、1970年(昭和45年)に改築されています。

恵比寿南橋(アメリカ橋)
恵比寿南橋(アメリカ橋)

恵比寿南橋(アメリカ橋)
写真は、こちらからお借りしました。

ちなみに、狩人といえば、兄の加藤久仁彦の二男である加藤三希央(かとう みきお)が、少し前にローザンヌ国際バレエコンクールにおいて、6位に入賞というニュースが新聞を飾ったのが記憶に新しいところです。
今年で、デビュー36年目を迎える狩人ですが、親子ともども活躍している様子が伝わってきます。

【狩人って?】
狩人って?

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