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東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


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今日は、荒木 一郎の「空に星があるように」のご紹介です。

荒木 一郎(あらき いちろう、1944年1月8日 -)は、東京都出身の俳優、歌手、音楽プロデューサー、小説家、マジック評論家、カードマジック研究家です。
母親は女優の荒木道子。父親は文芸評論家の菊池章一。元妻は女優の榊ひろみ。

荒木 一郎は、9歳で文学座アトリエ公演に出演し、俳優としての初舞台を踏みます。
高校時代はモダンジャズに傾倒し、バンドを組み、作詞と作曲を始めます。

1962年に、切手コレクションで第18回全日本切手展グランプリ受賞。
1963年には、青山学院高等部卒業。文学座に在籍して俳優業を開始、『バス通り裏』でデビュー。

その一方で、音楽の才能も注目されて、東海ラジオの番組「星に唄おう」のDJを務め、そのテーマ曲「空に星があるように」で、1966年にビクター音楽産業から歌手デビュー。
同年、この曲で第8回日本レコード大賞新人賞を受賞します。

音楽活動では平尾昌晃と交流があり、その縁で平尾昌晃が音楽を担当した必殺シリーズに参加することになり、「必殺仕業人」「必殺からくり人」の主題歌を作詞します。
また、「仕業人」では自ら挿入歌を歌っています。

マジック評論家としては、1998年に設立されたマジックサークル「プリンあらモードMagic Club」の会長を務め、またマジックに関する著書も執筆しています。
くわえて、趣味の将棋は、四段という実力の持ち主です。

今日は、そんな多才な荒木 一郎のデビュー曲である、「空に星があるように」をどうぞ。


空に星があるように/荒木一郎

この曲の歌詞はこちら

なお、荒木 一郎には、水木京子(順子)、ナポレオン、枯木華、すずきすずか名義による作品もあります。

1980年代後半からは活動を大幅に減らしてるい荒木 一郎ですが、2001年には他アーティストとの共演によるアルバムである「BEST FRIEND & BEST COLLECTION」を制作し、2002年には青山劇場でライブを行うなど、近年再び本格的な活動を始めています。

2010年には、北沢タウンホールにて、8年ぶりとなるライブ「Ichiro Araki 3 Days」を行ない、翌年2011年にはこのライブのDVDBOXが発売されています。

以前、懐かしのヒーロードラマ「マグマ大使」から、「マグマ大使の主題歌」をご紹介しましたが、今日は「ウルトラマン」から「ウルトラマンのオープニングテーマ」のご紹介です。

「ウルトラマン」は、円谷プロダクションが制作し、1966年7月17日から1967年4月9日の間に、TBS系で毎週日曜(19:00-19:30)に放送された日本の特撮テレビ番組(カラー)作品、およびその劇中に登場する巨大変身ヒーローの名前です。
当時、全39話が放送されました。

「ウルトラマン」というのは、その少し前に放送されていた「ウルトラQ」というドラマの続編として制作されたもので、怪獣や宇宙人によって引き起こされる災害や、超常現象の解決に当たる科学特捜隊と、それに協力するM78星雲光の国の宇宙警備隊員ウルトラマンの活躍を描くものです。

物語は、科学特捜隊のハヤタ隊員が、小型ビートルに搭乗して青い球体と赤い球体を追跡するところから始まります。
竜ヶ森湖上空で、小型ビートルは赤い球体と衝突して墜落し、ハヤタ隊員も命を落とします。この赤い球体の正体はM78星雲の宇宙人で、彼は、宇宙の墓場に護送中に逃亡した宇宙怪獣ベムラーを追跡し、地球までやってきたのでした。

そして、自分の不注意によってハヤタ隊員を死なせたことに責任を感じた宇宙人は、ハヤタに自分の命を分け与えて一心同体となり、地球の平和を守るために戦うことを決意します。

それ以後、ハヤタ隊員は科学特捜隊が危機に直面すると、ベーターカプセルを掲げてウルトラマンに変身し、怪獣や宇宙人と戦います。

今日は、作詞・東京一、作曲・編曲・宮内國郎、歌・みすず児童合唱団、コーロ・ステルラによる「ウルトラマン」のオープニングテーマをどうぞ。


ウルトラマンの歌/みすず児童合唱団、コーロ・ステルラ

当時、「ウルトラマン」放送時の平均視聴率は36.8%で、最高視聴率は42.8%を記録するという人気番組でした。放送終了後もその人気が衰えることはなく、最初に行なわれた再放送においても平均視聴率が18%台を記録します。
その人気度は、固有名詞としての「ウルトラマン」が「広辞苑」の見出しにも記載されているほどで、また、最終回でウルトラマンがゼットンに倒されたシーンは、放映当時の子供達に衝撃を与えます。

大仁田厚や前田日明は「大人になったらゼットンを倒してウルトラマンの仇をとろう」と、「ウルトラマン」が格闘技を始めたきっかけになったと語っています。

また、「ウルトラマン」の放送終了後に、一連のシリーズ作品が制作・放映されました。
毎回、巨大ヒーローと怪事件処理専門チームが連携して、宇宙や異次元、地球のどこからかやって来る怪獣や宇宙人たちと戦うというコンセプトの特撮番組で、子供達から人気を博します。
これらの、いわばスピンアウト作品は、「ウルトラシリーズ」あるいは、「ウルトラマンシリーズ」と呼ばれています。

最後に、以後に制作されたウルトラマンシリーズの、いわばオリジナルとなる「ウルトラマン」のデータを書いておきます。

【ウルトラマンのプロフィール】
身長:40メートル
体重:3万5千トン
年齢:約2万歳
飛行速度:マッハ5
走行速度:時速450キロメートル
水中速度:200ノット
ジャンプ力:800メートル
腕力:十数万トンタンカーを持ち上げる
キック力:320文の威力がある
職業:宇宙大学教授、宇宙警備隊銀河系局長(のちに支部長と設定)
趣味:読書

【ウルトラマンの家族構成】
父:宇宙保安庁長官
母:ウルトラ学校教師

今日は、バンバンの「『いちご白書』をもう一度」のご紹介です。

バンバンは、1971年に、ばんばひろふみ、今井ひろし、高山弘(現:高山厳)により結成されたフォーク・バンドです。

デビューシングルは、「何もしないで」。

代表曲は、「何もしないで」(1972.5.5)、「こころの花(1973.3.21)」、「永すぎた春」(1973.10)、「冬木立」(1974.9.21)、「『いちご白書』をもう一度(1975.8.1)」など。

翌年の1973年に、メンバーが4人になり、シングル「永すぎた春」を発表、その後、高山弘が脱退します。

その後、メンバーの経済的な理由により、ばんばひろふみと今井ひろしの2人になります。

1975年に、 「『いちご白書』をもう一度」がオリコンで1位を獲得。1位を獲得。
この曲は、同年の年間第13位に輝きます。

そして、1977年に解散
がその後、再結成、再解散、再々結成と繰り返しています。

今日は、そんなバンバンの代表曲のひとつである、「いちご白書をもう一度」をどうぞ。


いちご白書をもう一度/バンバン

この曲の作詞・作曲はユーミンこと荒井由実(現・松任谷由実)で、曲の内容は、卒業を間近にして、過ぎ去った学生時代を思い出すというものです。

松任谷由実の談によれば、当時青山学院の学生と交際していた自分自身の思い出を重ね合わせて作られた曲とのことです。
また、歌詞に歌われている『いちご白書』とは、1970年に公開されたアメリカ映画で、これは1968年にコロンビア大学で実際に起こった学園紛争をもとに制作された映画です。

この曲は、発売されてから約2か月あまりでオリコンのBEST10に初登場し、5週間後には1位を獲得。6週間にわたって1位の座を独占します。

なお、この曲の作詞・作曲を手掛けた荒井由実も、この曲の大ヒットによって注目され、「あの日にかえりたい」が1位を獲得しています。

ちなみに、当時「ビリーバンバン」という似たような名前のフォークグループがありましたが、これらのバンド間にはまったく関連はありません。

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