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2016年08月23日

「虹をわたって/天地真理」 - 名曲のご紹介

今日は、天地 真理の「虹をわたって」のご紹介です。

虹をわたって 天地真理 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

天地 真理(あまち まり、出生名: 齋藤 眞理(現:青木 眞理)、1951年11月5日 -)は、埼玉県大宮市(現さいたま市)出身の女性歌手です。

天地 真理は、小学5年生の頃、母親に買ってもらった88鍵のアップライト・ピアノに親しみ、演奏の腕を上げていきます。
そして、1964年に、国立音楽大学附属中学校に入学。
1967年には、国立音楽大学附属高等学校に進学。当初はピアノ科に入るも、のち声楽科へ転科します。

1970年3月、国立音楽大学附属高等学校声楽科を卒業し、同年7月に、TBS系視聴者参加番組「ヤング720」に出演。また同年12月には、渡辺プロダクションへの所属が内定します。

デビュー曲は、1971年に発売された「水色の恋」。
天真爛漫な笑顔で国民的アイドルとなった天地 真理は、後に続くアイドル歌手の基本スタイルを確立します。

そして、その後は「ちいさな恋」「ひとりじゃないの」「虹をわたって」「ふたりの日曜日」「若葉のささやき」「恋する夏の日」「空いっぱいの幸せ」「恋人たちの港」「恋と海とTシャツと」「想い出のセレナーデ」と、次々に大ヒット曲を飛ばしていきます。

キャッチフレーズは「(あなたの心の隣にいるソニーの)白雪姫」。デビュー当初は、「可愛いアヒルちゃん」という愛称も用いられました。

今日は、1972年2月5日に発売された、通算4枚目のシングルである「虹をわたって」をどうぞ。


虹をわたって/天地真理

当時、天地真理、沢田研二、萩原健一が出演する同名の松竹映画が製作され、劇中で天地真理が同曲を歌唱するシーンがあります。
そしてこの映画は、天地真理にとって初の主演映画となりました。

またこの曲は、翌年1973年春開催の「第45回選抜高等学校野球大会」の入場行進曲として使われました。


2016年08月21日

「僕たちは戦わない/AKB48」 - MVのご紹介

今日は、AKB48のシングル「僕たちは戦わない」のミュージックビデオ(MV)のご紹介です。

島崎 遥香
島崎 遥香
写真は、こちらからお借りしました。

このMVは、AKB48と大友啓史監督によるもので、ストーリーは、メンバーが正体不明の武装勢力に襲われ、髪を振り乱して戦う約12分間のアクション作品です。

ちょっと長いので、お時間のあるときにご覧下さい。


僕たちは戦わない/AKB48

これはカッコいいですねー。おぉ~っ!。w(゚゜)w
約12分と、けっこう長い作品ですが、思わず、息をとめて見入ってしまいます。
戦闘シーンといい、着ている服装といい、なかなかリアルで、さすが良くできていると思います。

もちろん、曲も素敵です。センターを務めるぱるること島崎 遥香が、いい表情をしていますね。(^^)

が…、「僕たちは戦わない」という、いわば平和への賛歌とも取れるビデオの中で、メンバーたちが戦っているというのは、何か最大の矛盾のような気も…。(^o^;


2016年08月17日

「燃える手/弘田三枝子」- 名曲のご紹介

きょうは、弘田三枝子の「燃える手」のご紹介です。

燃える手

アレ?( ?_?)コレ、画像ガ違ウ ゾ。

オーイ!( ゚O゚)Super源さーーん。画像ガ 違ウ ヨー!

アッ!(゚o゚;ホント ダ!
少々 オ待チ ヲ。(^^;/
ε=ε=ε=ε=ε= ピュー!・・・。゜.☆ ダダダ!

燃える手 弘田三枝子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

ハイ! コチラガ 正しい 画像デス!(^O^)/
大変 失礼シマシ タ。(゚゚)(。。) ペコリン

弘田 三枝子(ひろた みえこ、本名:高木 三枝子、1947年2月5日 - )は、東京都世田谷区池尻出身の歌手です。
愛称はMICO(ミコ)、ミコちゃん。

弘田 三枝子は、1961年に「子供ぢゃないの」(ヘレン・シャピロのカバー)でデビューをします(14歳)。
翌年の1961年には、各社競作で出された「ヴァケィション」(コニー・フランシスのカバー)が大ヒットを記録。
1965年7月には、日本人歌手として初めて、アメリカの「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」に出場。
そして、カーメン・マクレエ、フランク・シナトラ、クインシー・ジョーンズ、カウント・ベイシーオーケストラ、スタン・ゲッツ、ジョン・コルトレーンなど、当時のトップクラスのジャズミュージシャンが勢ぞろいする中で、ビリー・テイラー・トリオをバックに歌い、3日目のトリという大役を務めます。

そして、1969年に「人形の家」で、第11回日本レコード大賞の歌唱賞を受賞。
また、京都にてR&Bの2回目のコンサートを行います。

1970年には、「ミコのカロリーBOOK」を出版。
当時は、まだこのようなダイエット本が珍しく、150万部を超える大ベストセラーになります。
ファッションやビューティーにも関心をもち、1970年度のベストドレッサー賞を受賞しています。
独特のヘアスタイル、衣装、メイクで当時のファッションリーダー的存在でありました。
更に同年、「できごと」で、東京国際歌謡音楽祭(後の世界歌謡祭)の歌唱賞を受賞しました。
尚、この「できごと」はm「喜劇 開運旅行」(松竹、1971年)の1シーンで、本人出演により歌われています。

さて、今日はそんな弘田 三枝子の、1970年4月25日に発売された「燃える手」をどうぞ。


燃える手/弘田三枝子


弘田 三枝子は、歌唱力とパンチの効いた歌声が特徴の歌手で、「ポップスの女王」とも呼ばれ、当時、その歌唱力は「日本女性歌手史上最高の歌唱力」とも評されていました。
今聴いても、素敵な歌声に魅了されます。(^-')
やはり、いいものは時代を超えるのですね。


2016年08月14日

「kiss(キス)まで待てない/石野陽子」- 名曲のご紹介

今日は、石野陽子の「kiss(キス)まで待てない」のご紹介です。

kissまで待てない 石野陽子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

石野 陽子(本名:石野 陽子(いしのようこ)、新芸名:いしのようこ、1968年2月20日 -)は、兵庫県芦屋市出身の女優・タレントです。
姉は石野真子、妹は宝乃純(旧名;石野 敦子)。

石野 陽子は、1985年に「テディボーイ・ブルース」でアイドル歌手としてデビューをします。

その後、連続ドラマ「セーラー服通り」への主演や、「志村けんのだいじょうぶだぁ」でのコントで人気を博します。
また、「ミナミの帝王」シリーズに出演したため、Vシネマファンにもお馴染みの顔となっています。

茶色がかった髪の毛が特徴的ですが、「志村けんのだいじょうぶだぁ」で、この髪が「天然」であることを明かしています。

今日は、そんな石野陽子の、1989年06月25日に発売された、通算7枚目のシングルである「kissまで待てない」をどうぞ。


kissまで待てない/石野陽子

この曲は、イタリアのユーロビート・シンガー・Sophie(ソフィー)の「My World」(マイ ワールド)のカバー曲です。
原曲も素敵ですが、私はこの石野陽子版の方が好きですね。(^^)
機会があったら、お聴きになってみて下さい。

ちなみに、石野 陽子の同期アイドルデビューには、中山美穂、南野陽子、斉藤由貴、井森美幸などがいます。


2016年08月12日

「夕暮れ気分/堀ちえみ」- 名曲のご紹介

今日は、堀ちえみの「夕暮れ気分」のご紹介です。

堀ちえみ 夕暮れ気分 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

堀 ちえみ(ほりちえみ、本名:尼子 智栄美(あまこ ちえみ) 旧姓、堀 1967年2月15日 -)は、大阪府堺市東区出身の歌手、女優、タレントです。芸名は、本名の智栄美」を「ちえみ」と平仮名表記にしたもの。

堀ちえみは、1981年に開かれた第6回ホリプロタレントスカウトキャラバンの優勝がきっかけで芸能界入りし、1982年に「潮風の少女」で歌手デビューをします。

その翌年の1983年、TBSで放送されたドラマ「スチュワーデス物語」の主演で脚光を浴び、「教官!」「ドジでノロマな亀」のセリフは当時の流行語となり、 翌1984年に新語・流行語大賞にノミネートされ、大衆賞を受賞しました。

このドラマ以外にも、「スタア誕生」や「花嫁衣裳は誰が着る」でも主演を務め、「少女がいじめや冷酷な仕打ちに耐えながら、終いに幸運を手に入れる」という、1980年代の大映ドラマを象徴するキャラクターを演じます。

2001年には、14年ぶりにシングル「ピンクのアオザイの裾を夜風にあそばせ -サウスウインド-」を発売。
2005年から歌手活動を本格的に再開し、大阪(9月17日)・東京(9月24日)で、18年ぶりのソロコンサート「青春の忘れ物」を行ないます。
そこでは、タップダンスなどのダンスパフォーマンスを披露しました。

今日は、そんな堀ちえみのヒット曲の中から、1983年10月5日に発売された通算8枚目のシングルである「夕暮れ気分」をどうぞ。


夕暮れ気分/堀ちえみ

この曲の歌詞はこちら

切な系の、いいメロディーですね。(; ;)ホロホロ
何というか、感情が揺さぶられまくる感じです。
そういえば、堀ちえみ自身も、この曲に関して「何かわからないけど涙がポロポロ出てきて…」と、語っていましたね。
歌詞も素敵ですね。(^-')

ところで、この曲の作曲者は天野滋なのですが、この名前、どこかで聞いたことがあると思ったら、当時のフォークグループ「NSP」のリーダー(担当:ヴォーカル・ギター)ではあーりませんか。w(゚゜)w オォーッ!
今、気がつきました。(#/。\#) ハズカシーッ!

堀ちえみのアイドル歌手としての期間は、デビュー曲の「潮風の少女」(1982年3月21日)から、21曲目の「愛を今信じていたい」(1987年3月21日)までの5年間と、比較的短かい期間でしたが、その間に発売された曲には、名曲が多いです。

たとえば、「待ちぼうけ」「さよならの物語」「夕暮れ気分」「リ・ボ・ン」「白いハンカチーフ」なども素敵です。

なお、堀ちえみと同期にデビューした歌手には、小泉今日子、三田寛子、松本伊代、早見優、中森明菜、石川秀美、シブがき隊がいます。

堀ちえみの近況

2007年11月に、大阪Big Cat(13日)・東京duo MUSIC EXCHANGE(23日)でデビュー25周年記念ライブ君といる世界」を開催。

2009年に、SHIBUYA・AXでバースデーライブを開催、夏には23年ぶりの映画出演となる「色即ぜねれいしょん」が公開されました。

2010年4月には、スチュワーデス物語」以来のTBSドラマヤンキー君とメガネちゃん」に出演。
このドラマでは、元スチュワーデスの設定で出演しています。
また、初のレシピブック堀ちえみの子どもとたのしく パパッ!と母ごはん」が発売となりました。
同年5月に、味の素「ほんだし」を使用したおにぎり5,555個を使用して巨大アートを作成。
この記録はギネス世界記録に認定されています。

2011年12月11日に、一般男性と3度目の結婚をし、東京・明治神宮にて挙式。
相手の連れ子が2人いるので、計7人の子供の母となりました。