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2017年12月10日

「青いスタスィオン/河合その子」 - 名曲のご紹介

今日は、河合その子の「青いスタスィオン」のご紹介です。

青いスタスィオン 河合その子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

河合その子(かわい そのこ、1965年6月20日、本名: 後藤 その子(ごとう そのこ) 旧姓:河合)は、愛知県知多郡横須賀町(現 東海市)出身の元歌手です。

河合その子は女性アイドルグループである「おニャン子クラブ」の元メンバーで、会員番号は12番。
現役当時は、渡辺プロダクション→イザワオフィスに所属していました。

そして引退後は、専業主婦として、出身地の愛知県東海市にある実家の近くに居を構えていましたが、2010年に芸能活動を再開します。

今日は、そんな河合その子の、1986年3月21日に発売された、通算3枚目のシングルである「落葉のクレッシェンド」をどうぞ。


青いスタスィオン/河合その子

この曲のタイトルの「スタスィオン」というのは、「駅(station)」をフランス風に発音した言葉、もしくはフランス語で「駅」を表す言葉であるとされています。

が、フランス語名詞の "station" は、地上駅の場合は場内信号が設置されていない「停留所」という意味になります。

この曲の歌詞からすると、地下鉄の駅でもないようで、フランス語で一般的な鉄道の「駅」を表す単語としては、"gare"(ガール)が妥当と思われます。

実際、当時この曲が「クイズダービー」の歌詞あてクイズに出題された際、解答者の篠沢秀夫は、「ホームがあるならスタスィオンではなくガールだ」とボードに注記していました。

また、34.1万枚を売り上げ、河合その子の発売した曲の中で最大のヒットとなったこの曲について、本人はニッポン放送系のラジオ番組「おニャン子のあぶない夜だよ」にて、

「(周囲から)いい『曲』だよねぇ、とばかり言われ。でもいい『歌』と言ってほしい」

と発言。
自らの歌唱ではなく、曲の良さばかりが評価されたことに対し、若干の悔しさを見せていました。


なお、河合その子は、2010年3月に、資生堂の新化粧品ブランド「IN&ON」のコマーシャル出演を発表。
このCMは、4月からオンエアされました。

同CMでは、荻野目洋子、薬丸秀美、伊藤つかさと共演し、またこの時の会見で、夫の後藤との間に子どもが1人いることを明かしています。

2017年11月28日

「真冬の帰り道/ザ・ランチャーズ」 - 名曲のご紹介

今日は、ザ・ランチャーズの「真冬の帰り道」のご紹介です。

ザ・ランチャーズ 真冬の帰り道 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

ザ・ランチャーズ(The Launchers)は、1962年に結成されたグループ・サウンズのバンドで、1967年11月に、シングル「真冬の帰り道」でデビューをします。

メンバーは、喜多嶋瑛(ドラムス)、喜多嶋修(ギター)、大矢茂(ギター)、渡辺有三(ベース)の4人。

ランチャーズ
は、加山雄三主演の「若大将シリーズ」が始まったころ、藤本真澄プロデューサーが加山に「会社の人間で演奏できるやつを集めてバンドをやれ。映画でも使うぞ」と指示し、その指示を受けて、加山がメンバーをかき集めて1962年に結成したものです。
バンド名は、「進水する」という意味で、ザ・ランチャーズと名付けられました。

第一期(結成当初)のメンバーは、加山雄三、二瓶正也、津田彰、佐竹弘行、三木敏彦、速水洸の6人で、東宝の俳優らを中心メンバーにしてスタートしましたが、それぞれの本業が忙しくなり、活動が困難になったため、一旦活動を停止。

1964年に、加山雄三は従弟の喜多嶋瑛、喜多嶋修の兄弟と、大矢茂の4人で、第二期ザ・ランチャーズを再結成。

1967年に、喜多嶋瑛、喜多嶋修、大矢茂、渡辺有三の4人で第三期ザ・ランチャーズとなり、同年11月に東芝音楽工業よりシングル「真冬の帰り道」でデビューをします。

今日は、そのデビュー曲である「真冬の帰り道」をどうぞ。


真冬の帰り道/ザ・ランチャーズ

ランチャーズは、全員慶大生という育ちの良さを売り物にするも、メンバーの個性が乏しく、それに加えて、明確なサウンドを打ち出すことができなかったこともあり、デビュー曲以後、これといったヒット曲に恵まれませんでした。

そしてその後、1969年10月にドラムスを喜多嶋瑛から河手政次に交代しながら活動を続けていましたが、1971年春に解散となりました。

なお、1994年7月に、島英二を始めとするザ・ワイルドワンズのメンバーらにより、ランチャーズの名を冠する「加山雄三&ハイパーランチャーズ」が結成さました。

ランチャーズの発売したシングル曲

1.真冬の帰り道/北国のチャペル(1967年11月)
2.教えておくれ/愛のささやき(1968年3月)
3.シリウスの涙/想い出のジュリエット(1968年6月)
4.不機嫌な水溜り/HELLO! BABY MY LOVE(1968年12月)
5.砂のお城/雲を追いかけて(1969年6月)
6.マドレーヌ/昔も現代も真実はこれにつきる(1970年3月)

2017年11月19日

「卒業 -Graduation-(そつぎょう グラデュエーション)/菊池桃子」- 名曲のご紹介

今日は、菊池 桃子の「卒業 -Graduation-」(そつぎょう グラデュエーション)のご紹介です。

卒業 Graduation 菊池桃子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

菊池 桃子(きくち ももこ、1968年5月4日 - )は、東京都品川区出身の女優・タレント・元アイドル歌手です。
元夫はプロゴルファーの西川哲。

菊池 桃子は、叔母が青山で経営していた飲食店の店内に飾っていた菊池の写真が、たまたま来店した音楽プロデューサーの妻の目に止まり、スカウトされます。

菊池 桃子自身は、当時芸能界に対して特に強い憧れや目標とする芸能人が存在していたわけではなく、(考古学者になる事が長年の夢であった)「見てみたいと思った」程度の軽い気持ちであり、デビュー以前度重なるオーディションに、「自分には向いていない、辞めたい」と思ったと後年述懐しています。

が、「青春のいじわる」でデビュー後は、その愛らしいルックスと優しい人柄、そして裏表のない控えめな性格が幅広い世代に愛されて、一躍トップに躍り出ます。
1980年代を代表する、アイドル歌手の一人であることは疑いありません。

また、ささやく様な独特の歌唱、まるで普段着のような衣装と大きな振りつけのないスタイルは当時としては異色で、後にこのスタイルで活躍していく多くのアイドル歌手たちの嚆矢(こうし、=はじまり。最初)となりました。

今日は、そんな菊池 桃子の1985年2月27日に発売された通算4枚目のシングルである「卒業 -Graduation-」をどうぞ。


卒業 -Graduation-(そつぎょう グラデュエーション)/菊池桃子

この曲の歌詞はこちら

この曲は、菊池桃子自身、シングルでは初めてのスロー・バラード曲です。
また、自身主演で同名のドラマも制作されました。

菊池桃子はこの曲で、オリコンチャート初の首位を獲得するとともに40万枚近いセールスを記録。
菊池桃子自身最大のヒット曲となりました。

菊池桃子のエピソード

菊池桃子は、愛犬家で動物好きです。
富士山に造詣が深く、読書家でもあり(英字書を含む)手工芸や料理が趣味です。
独身時代は、自宅で懐石料理やシチューを数日煮込んで作るほど熱中していたといいます。

2012年8月からは、母校である戸板女子短期大学の客員教授に就任。
同大学で、雇用政策(キャリア教育)について講義を受け持っています。

2013年3月31日放送の「爆笑 大日本アカン警察」において、菊池桃子はフジテレビの食堂で早食いをしている模様を隠し撮りされました。
その映像で菊池桃子は、なんと、牛丼、サラダ、味噌汁を2分18秒で完食しています。


なお、菊池桃子は、1991年を最後に、ソロとしての歌手活動は行なっていませんでしたが、2014年にデビューから30周年を迎えるにあたり、4月30日にセルフカバー・ベストアルバム「青春ラブレター -30th Celebration Best-」を発売。
5月24日・25日両日には、記念ライブ「菊池桃子30thAnniversary Concert「青春ラブレター」」も行ないました。

2017年11月13日

「Time goes by(タイム・ゴーズ・バイ)/Every Little Thing(エヴリ・リトル・シング)」 - 名曲のご紹介

今日は、Every Little Thing(エヴリ・リトル・シング)の「Time goes by(タイム・ゴーズ・バイ)」のご紹介です。

タイム・ゴーズ・バイ エヴリ・リトル・シング ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

Every Little Thing(エヴリ・リトル・シング、略称:ELT)は、1996年8月7日にデビューした日本の音楽グループ(バンド)です。

メンバーは、ヴォーカル・作詞担当の持田香織(もちだ かおり)、ギター・作曲・編曲担当の伊藤一朗(いとう いちろう)、リーダー・サウンドプロデュース・キーボード・作詞・作曲・編曲担当の五十嵐充(いがらし みつる)の3人です。

Every Little Thingは、ファーストシングル「Feel My Heart」(フィール・マイ・ハート)でデビューをします。
この曲は、オリコンで最高位24位を記録、約10万枚を売り上げます。

そして、1997年に、3枚目のシングルである「Dear My Friend」(ディア・マイ・フレンド)」でブレイク。

1998年には、8枚目のシングル「Time goes by」(タイム・ゴーズ・バイ)がシングルで初めてミリオンヒット。

また、2枚目のアルバムである「Time to Destination」(タイム・トゥ・デスティネーション)が、350万枚を超える大ヒットを記録します。

Every Little Thingはその後、五十嵐充の楽曲の世界観とそのシンセサイザーを駆使したサウンド、そして持田織の歌声とファッションが、10代・20代の若者を中心に支持されるようになり、1990年代後半を代表するグループへのひとつへと成長していきます。

今日は、そんなEvery Little Thingの、1998年2月11日に発売された8枚目のシングルである「Time goes by」をどうぞ。


Time goes by(タイム・ゴーズ・バイ)/Every Little Thing(エヴリ・リトル・シング)

この曲の歌詞はこちら

この曲は、前作「Face the change」(フェイス・ザ・チェンジ)からわずか約1ヶ月後の発売となった曲で、彼らが発売したシングル中最大の売り上げを記録し、ミリオンセラーを達成しています。
また、シングルでは初となったバラード曲でもあり、彼らの代表曲のひとつとなっています。

このCDジャケットは、吉祥寺の劇場を借り切って撮影されたもので、持田の顔は、のちに本人によって明かされたところによれば、顎が細くなるようにレタッチされているとのことです。

Every Little Thingはこの曲で、年末の「NHK紅白歌合戦」にも出演。
第1部での出場でしたが、このとき56.5%という高視聴率を記録。
この数字は、同番組の第1部では史上最高となっています。

2017年11月11日

「チェリー/スピッツ」 - 名曲のご紹介

今日は、スピッツの「チェリー」のご紹介です。


写真は、こちらからお借りしました。

スピッツ(SPITZ)は、進学のために上京した4人が集まって、1987年に結成した日本のロックバンドです。
スピッツは、新宿ロフト、新宿JAM、渋谷ラ・ママなどの都内のライブハウスを中心に活動し、1991年にポリドールからメジャーデビューを果たします。

そして、1995年に発売したシングル「ロビンソン」が初のオリコンチャートTOP10入りし、しかも通算30週以上ランクインするという快挙を成し遂げ、これが彼らの名前を世間に知らしめることとなりました。

今日は、そんなスピッツの、1996年4月10日に発売された通算13枚目のシングルである「チェリー」をどうぞ。


チェリー/スピッツ

この曲は、前年から行なわれたツアーの最中に作られた曲です。
当初は、「びわ」というタイトルでした。
発売から4週目に1位を獲得し、ミリオンセラーを記録。
「ロビンソン」とほぼ同枚数を売り上げました。

歌詞の内容は、地に足をついてテクテク歩いていくというイメージで、新たな旅立ちを表わしています。
これについて草野は、このツアーでたくさんの地方を行き来した経験が大きく影響していると語っています。

一時期、ライブでは、3番の「ぼくを待ってる」を「君を待ってる」や「ぼくらを待ってる」と換えて披露することがありました。

タイトルの由来については、草野は、

「僕たちチェリーボーイズと言うことで……」

と回答しており、後に、

「(ヴァージンという意味もあるが)桜は春に咲く花、そういう意味でも何かから抜け出す、出発するようなイメージ」

と答えています。

なおこの曲は、「JOYSOUND」の発表しているカラオケ年間ランキングでは、21位(2012年)、12位(2013年)、19位(2014年)にランクインしており、今なお幅広い世代から人気があります。