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2017年10月14日

「落葉のクレッシェンド/河合その子」 - 名曲のご紹介」 - 名曲のご紹介

今日は、河合その子の「落葉のクレッシェンド」のご紹介です。

落葉のクレッシェンド 河合その子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

(かわい そのこ、1965年6月20日、本名: 後藤 その子(ごとう そのこ) 旧姓:河合)は、愛知県知多郡横須賀町(現 東海市)出身の元歌手です。

河合その子は女性アイドルグループである「おニャン子クラブ」の元メンバーで、会員番号は12番。
現役当時は、渡辺プロダクション→イザワオフィスに所属していました。

そして引退後は、専業主婦として、出身地の愛知県東海市にある実家の近くに居を構えていましたが、2010年に芸能活動を再開します。

今日は、そんな河合その子の、1985年11月21日に発売された、通算2枚目のシングルである「落葉のクレッシェンド」をどうぞ。


落葉のクレッシェンド/河合その子

この曲の歌詞はこちら

「『落ち葉』ってどういう意味ニャン?」「それを聞くために、わざわざここまでよじ登って来たのかニャン?」

写真は、こちらからお借りしました。

この曲は、前作である「涙の茉莉花LOVE」から約2ヶ月ぶりに発売された曲で、カップリング曲の「午後のパドドゥ」はフジテレビ系「なるほど!ザ・ワールド」のエンディングテーマつぃて使用されました。

当初は「壊れたオルゴール」という歌詞でしたが、河合その子が「ル」の発音がうまくできなかったこともあって、変更されました。

2017年10月07日

「フィーリング/ハイ・ファイ・セット」 - 名曲のご紹介

今日は、ハイ・ファイ・セット(Hi-Fi Set))の「フィーリング」のご紹介です。

フィーリング ハイ・ファイ・セット ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

ハイ・ファイ・セットは、1974年に結成され、1994年に解散したコーラスグループです。

ハイ・ファイ・セットは、フォークグループ「赤い鳥」が1974年9月に解散後、同グループのメンバーだった山本潤子(旧姓、新居潤子。1973年4月メンバーの山本俊彦と結婚)、山本俊彦、大川茂の3人によって、同年の10月に結成されました。

そして、1975年に、「卒業写真」と、同名のアルバムの同時発売でレコード・デビューをします。

以降、「冷たい雨」「朝陽の中で微笑んで」など、荒井由美(現;松任谷由実)の曲を数多くヒットさせ、後に荒井由美自身がセルフ・カバーしたことでいっそう人気が高まります。

1977年に、ブラジルのシンガーソングライター、モーリス・アルバート(英語版)の「愛のフィーリング(原題はFeelings)」になかにし礼が歌詞をつけたカバー曲「フィーリング」が大ヒット。

以降、ハイ・ファイ・セットは、山本潤子のソプラノと山本俊彦のテナー、そして大川茂のバス・ボイスによる抜群のコーラスワークと、都会的で洗練されたアレンジで、ニューミュージック全盛の時代に高い人気を誇ります。

今日は、そんなハイ・ファイ・セットの、1976年12月1日に発売された、その「フィーリング」をどうぞ。

ハイ・ファイ・セットは、1980年にいったん活動を停止しますが、1年後に活動を再開。
4ビートジャズを日本語の歌詞で歌うなど、新境地を開拓します。

1984年には、「素直になりたい」がシチズンのCMソングに使われてヒット。
1992年10月に活動を休止するまで、シングル曲26枚、アルバム19枚を残し、1994年9月に解散します。

なお、山本潤子は解散後、ソロシンガーとして活動しています。

2017年09月30日

「君が美しすぎて/野口五郎」 - 名曲のご紹介

今日は、野口 五郎の「君が美しすぎて」のご紹介です。

君が美しすぎて 野口五郎 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

野口 五郎 (のぐち ごろう、本名:佐藤 靖 (さとう やすし 1956年2月23日-) は、岐阜県美濃市出身の歌手、俳優です。
妻は三井ゆり。

野口 五郎は、1970年代に「新御三家」の一人として、日本を代表し、活躍したアイドルです。
3歳から歌い始め、1966年10月にフジテレビの『ちびっこのどじまん』で荒木一郎の「今夜は踊ろう」を歌い、優勝します。

1971年5月1日、「博多みれん」で演歌歌手として「かわいらしい演歌ホープ」のキャッチフレーズと共にデビューしましたがまったく売れず、2曲目の「青いリンゴ」からポップス歌手に転向したところ、若い女性ファンの人気を獲得します。

1972年12月31日、第23回NHK紅白歌合戦において、当時としては最年少(16歳10か月)となる初出場歌手に抜擢され、「めぐり逢う青春」を歌います。

1973年4月9日、「オレンジの雨」がオリコン週間チャートで初のベストテン入り。
続いて発売された「君が美しすぎて」が、第3位にランクイン。
野口 五郎は、この曲で第24回NHK紅白歌合戦に出場。西城秀樹・郷ひろみと共に新御三家と呼ばれて、一躍トップアイドルの仲間入りを果たします。

今日は、1973年7月1日に発売された通算9枚目のシングルである、その「君が美しすぎて」をどうぞ。

キャンディーズが、自身のアルバム「あなたに夢中~内気なキャンディーズ~」で、この曲をカバーしています。

2000年4月に、サンタナのヒットシングル「Smooth」を、「愛がメラメラ」として日本語詞を付けてカバーした際には、カルロス・サンタナとの面会も果たしています。

2005年には、ヘヴィメタル専門番組「ヘビメタさん」に出演し、元メガデスのマーティ・フリードマンと競演します。

東京都に本社と工房を置くギターメーカー「Combat Guitars」から、野口五郎モデルのギターが発売されていました (現在は製造販売終了) 。

また、野口五郎は、ベーシストとしても活動しており、主に演歌のレコーディングに、スタジオ・ミュージシャンの立場で数多く参加しています。

2017年09月23日

「RAINY DAY(レイニー・デイ)/山下達郎」 - 名曲のご紹介

今日は、山下 達郎の「RAINY DAY(レイニー・デイ)」のご紹介です。

RAINY DAY 山下達郎 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

山下 達郎(やました たつろう、1953年2月4日 -)は、 東京都豊島区池袋出身のシンガーソングライター、ミュージシャンです。妻は、シンガーソングライターの竹内まりや

山下 達郎は、1950年代から1980年代にかけてのアメリカンポップス・ロックに影響を受けた、スタンダード、MOR (Middle Of the Road)としてのクオリティを追求した楽曲を制作し続けるミュージシャンです。

日本におけるア・カペラ、ドゥーワップのオーソリティの一人であり、自分自身のボーカルを多重録音する「1人ア・カペラ」という手法を用いた楽曲制作をすることでも知られています。

また、音楽作りに対する独自の制作姿勢から「音の職人」とも称されています。

今日は、そんな山下達郎の、1980年9月19日に発売された通算5作目のスタジオ・アルバム「RIDE ON TIME」(ライド・オン・タイム)の中から「RAINY DAY(レイニー・デイ)」をどうぞ。

この曲は、吉田美奈子:作詞、山下達郎:作曲・編曲によるもので、もともと吉田美奈子のアルバム「MONOCHROME(モノクローム)」のために書き下ろされた曲ですが、山下達郎バージョンの方が先に発売されました。

また後に、ライブ・アルバム「JOY」にはライブ・バージョンが収録されています。


そうそう、山下達郎といえば、なんと、俳句の季語になっているのですが、ご存知でしたか?(^^)

「山下達郎」「ユーミン」「サザン」は、俳句の季語になっている? | Super源さんの雑学事典
http://www.zatsugaku-jiten.net/blog-entry-1073.html

「え? そうワンか?」

写真は、こちらからお借りしました。

ちなみに、竹内まりやとのなれそめについては、かつて竹内まりやが、

「芸能人運動会みたいな番組に出て悩んで行き詰まったときに、いろいろと相談に乗ってくれたのが、結婚に至ったきっかけ」

と話しています。
また、同じく彼女によれば、結婚の際に、山下達郎からのプロポーズの言葉はなく、

「結婚しようか」

くらいだったということです。

2017年09月20日

「ときめき/麻丘めぐみ」 - 名曲のご紹介

今日は、麻丘 めぐみの「ときめき」のご紹介です。

ときめき 麻丘めぐみ ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

麻丘 めぐみ(あさおか めぐみ、本名:藤井 佳代子(ふじい かよこ)、1955年10月11日 -)は、大分県生まれ、大阪育ちの女優、歌手、演出家です。
一時、田島 佳代子が本名だった時代もあります。

1970年代を代表するアイドルの一人で、当時、そのチャーミングな容貌と、「牛若丸カット」と呼ばれた独特のカットの黒髪、そして優しい歌声で一時代を築きます。
南沙織や天地真理・小柳ルミ子ら新三人娘とともに、「元祖女性アイドル」 と語られる機会もあります。

麻丘 めぐみのデビュー曲は、1972年に発売された「芽ばえ」です。
この曲は、40万枚を超えるヒットとなり、第14回日本レコード大賞で最優秀新人賞を受賞します。

翌年の1973年には、「わたしの彼は左きき」が大ヒット。
この曲は、第15回日本レコード大賞で大衆賞を受賞し、同年の「第24回NHK紅白歌合戦」にもこの曲で出場することとなり、麻丘めぐみの代表曲となります。

今日はそんな麻丘めぐみの、1974年1月15日に発売されたの通算7枚目のシングルである「ときめき」をどうぞ。( ^-^)/


麻丘めぐみ / ときめき 投稿者 jrapaka3

南沙織と浅田美代子はアイドル時代からの親友で、デビュー曲のヒットで一躍トップアイドルとして祭り上げられたことへの戸惑いや、1970年代当時の歌謡界の空気に馴染めないストレス等といった悩みをともに抱えており、それ故互いに励まし合いながらも本音で語り合える貴重な存在だったと、再三インタビューで語っています。

坂口良子とは「週刊セブンティーン」のモデル仲間であり、歌手デビュー以前からの友人でもあります。
また、堀越高校時代の同級生でもありました。

今陽子とは小学生の頃からの知り合いで、実姉の同級生で友人だったこともあり、家によく遊びに来ていたといいます。

麻丘めぐみの近況

麻丘めぐみは、現在は女優活動を中心に置いて、歌手活動も続けています。
彼女は、キリスト教(カトリック教会)の信徒でもあります。