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東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


 
きょうは、瀬能 あづさの「見つめていても」のご紹介です。

瀬能 あづさ(せのう あづさ、1973年4月3日 -)は、神奈川県厚木市出身の歌手、女優です。愛称はあっちゃん。

瀬能 あづさは、1989年に、「パラダイスGoGo!!」(フジテレビ)の乙女塾2期生としてデビューをします。

昔から歌が好きで、カラオケでもコブシをまわしながら演歌を熱唱するなど、単なる「唄う事が好きな女の子」ではない才能を露にしていました。

「パラダイスGoGo!!時代から「次期・工藤静香」とも言われるほど歌唱力を買われており、「CoCo」※の一員として、工藤静香と同じプロダクションに在籍することになります。

歌唱力を買われた瀬能 あづさは、いち早くCoCoから脱退し、高見沢俊彦(THE ALFEE)にその才能を認められて、セカンドアルバム「HORIZON」のほとんどの曲を高見沢が作曲するなど、アイドルとしてよりも、実力派歌手としての評価が高まっていきます。

そして、1991年9月4日に、シングル「もう泣かないで」でソロデビューをします。

1992年、5月17日の日本武道館でのコンサートを最後に「CoCo」を脱退。以後ソロ活動に専念します。

今日は、そんな瀬能 あづさの1992年1月15日に発売された、通算2枚目のシングルである「見つめていても」をどうぞ。


見つめていても/瀬能あずさ

※CoCo(ココ)は、1989年、フジテレビのテレビ番組「パラダイスGoGo!!」内の乙女塾から誕生した女性アイドルグループ。当初メンバーは5人だったが、1992年に瀬能あづさが脱退し、その後は4人で活動を続け、1994年に解散。

【見つめていても】
見つめていても

【見つめていても2】
見つめていても2

今日は、加藤 久仁彦の「夢まで500マイル」のご紹介です。

加藤 久仁彦(かとう くにひこ、本名:邦彦 1956年9月19日 -)は、愛知県岡崎市出身の歌手、俳優、作詞家、作曲家です。
2014年に、ローザンヌ国際バレエコンクールにおいて、6位に入賞した加藤三希央(かとう みきお)は次男。

加藤 久仁彦は、弟の加藤高道とともに兄弟デュオ・「狩人」として活動していますが、平成10年には俳優としてもデビューしています。
また、作詞家・作曲家として活動するときには、加藤久仁彦名義の他に、本名及び「かとう邦彦」の名義も用いています。

2007年12月31日に、狩人を一旦解散。2008年以降は、本来の歌手業に加えて、幼少時代から歌手と並んでもうひとつの夢だったアマチュアボクサーとしても活動を開始します。

また、2010年からは、森田公一の抜けたトップギャランに、リードボーカルとして加入。「加藤久仁彦&トップギャラン」としての活動も開始します。

2012年7月には、5年ぶりに狩人の再結成を発表。同年のの8月18日に、NHKテレビ「思い出のメロディー」で「あずさ2号」を歌唱し、その後は、狩人と同時にソロ活動も平行して行なっています。

今日は、そんな加藤久仁彦の曲の中から、「夢まで500マイル」をどうぞ。


夢まで500マイル/加藤久仁彦


狩人解散、兄はボクサー弟は人材派遣業へ
 「あずさ2号」のヒットで知られる兄弟デュオ、狩人が今年限りで解散することが26日、発表された。都内で会見した兄の加藤久仁彦(50)と弟の高道(47)は「狩人という名前があると甘えちゃうので、ソロという厳しい環境でもまれてみようと思う」とソロ転身を決めた。
 2人は長年の夢に挑戦する。久仁彦はボクシング。「実は子どものころから、ボクサーか歌手になりたかった。ジムに通っていたこともあるんです」と、ジムワークを再開。37歳の年齢制限があるためプロにはなれないが、リングに上がる日を目指す。ビジネス界への意欲を持っていた高道は、歌手の人材派遣業に進出する。「人材登録をして、歌う場のない人にその場を提供したい」。
 ラストイヤーを飾るため、夏にはファイナルコンサートを行い、冬にはディナーショーで全国を回る予定だ。当初は昨年のデビュー30周年の節目で解散するつもりだった。しかし、新曲「磐越西線」を作曲した市川昭介氏(享年73)が9月に亡くなったことから、1年延期していた。
 「あずさ2号」から兄弟で走り続けたが、それぞれの夢に向かって旅立つ。
 (日刊スポーツ 2007年4月27日9時42分配信)

トラ羽のTV日記
http://www.geocities.jp/torabane/tv35.htm


ローザンヌ国際バレエコンクール6位!加藤三希央(みきお)さんまとめ
福島県出身の加藤三希央(みきお)さん(18)が、スイスで開かれた第42回ローザンヌ国際バレエコンクールで6位入賞を果たしました。父親は「あずさ2号」で知られる兄弟デュオ「狩人」の兄、加藤久仁彦(57)さんです!

「第42回ローザンヌ国際バレエコンクール」で1、2位に輝いたダンサーとともに、6位に入賞した福島県出身の加藤三希央(みきお)さん(18)に注目が集まっています。

クラシック、コンテとも成熟した踊りを見せてくれた加藤さん。モナコのバレエススクールで学んでおり、「学校の代表として参加しているというプレッシャーがあった。でも、ローザンヌではとにかく楽しく踊りたいと思っていて、今日は特にコンテが楽しく踊れたので満足しています」と話す。


加藤三希央

2014.8.26 NAVERまとめ 更新日: 2014年02月10日
http://matome.naver.jp/odai/2139147059591329501

今日は、Winkの「淋しい熱帯魚」のご紹介です。

Wink(ウィンク)は、1980年代後半から1990年代中期にかけて活躍した、鈴木早智子(すずきさちこ)と相田翔子(あいだしょうこ)の2人による、女性アイドル・ポップス・ユニットです。

Winkは、1988年に結成され、同年4月「Sugar Baby Love(シュガー・ベイビー・ラブ)」でレコードデビューをします。
そして、翌年の1989年、「愛が止まらない~Turn It Into Love~」で第22回全日本有線放送大賞グランプリ(上期)を受賞。同年「淋しい熱帯魚」で第22回全日本有線放送大賞グランプリ(年間)、第31回日本レコード大賞を受賞。さらにまた、同曲で「第40回NHK紅白歌合戦」に出場します。

今日ご紹介するのは、この「淋しい熱帯魚(さみしいねったいぎょ)」です。
この曲は、「アマリリス」以来10ヶ月ぶりとなるWinkのオリジナル(非カバー曲)です。
それまで洋楽のカバーを歌ってきたWinkにとって、この曲は初のオリジナルでのヒットとなり、またこの曲には、通称「大魔神ポーズ」と呼ばれる振りつけがあります。

「淋しい熱帯魚」は、オリコン初登場1位を獲得し、100位以内にに25週連続ランクインします。
また、1989年のオリコン年間ランキングは7位、「愛が止まらない ~Turn It Into Love~」に次ぐ売り上げとなります。

Winkは、この曲で同年12月に行なわれた「第31回日本レコード大賞」、および「第22回全日本有線放送大賞」を受賞。
くわえて、この曲で「第40回NHK紅白歌合戦」に初出場を果たします。

それでは早速、1989年7月5日に発売された通算5枚目のシングルである、その「淋しい熱帯魚」をどうぞ。


淋しい熱帯魚(さみしいねったいぎょ)/Wink(ウィンク)

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