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2016年07月31日

「MAY(メイ)/斉藤由貴」- 名曲のご紹介

今日は、斉藤由貴の「MAY(メイ)」のご紹介です。

MAY 斉藤由貴 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

斉藤由貴(さいとう ゆき、本名:小井由貴)いさらい ゆき)(旧姓:斉藤、1966年9月10日 -)は、神奈川県横浜市南区出身の女優、歌手です。
元俳優の斉藤隆治は実弟。声優で歌手の芹澤優は姪。趣味・特技は作詞・イラスト・読書・詩を書くことなど。左利き。

斉藤由貴は、1984年に第3回ミスマガジン(講談社)グランプリを受賞し、1985年に「卒業」で歌手デビューをします。
女優としては、『スケバン刑事』(フジテレビ)で連続テレビドラマ初主演し、また、相米慎二監督『雪の断章 -情熱-』(東宝)で映画デビューをします。

1986年、4月からNHK連続テレビ小説「はね駒(はねこんま)」のヒロインに抜擢され、その平均視聴率が40%を超えます。
このことにより、「斉藤由貴」の名は全国に知れ渡ります。

また、テレビアニメ『めぞん一刻』(フジテレビ)の主題歌に、「悲しみよこんにちは」が起用され、歌番組にも多く出演。
同年12月には、『第37回NHK紅白歌合戦』(NHK)に同曲で初出場します。

1990年代以降は、女優として映画・テレビ・舞台に出演し、詩作活動やナレーターなどとして幅広く活躍。
また、作詞家としてミュージカルの作詞や、同世代の女性歌手にも作品を提供しています。

今日は、そんな斉藤由貴の、1986年11月19日に発売された8枚目のシングルである「MAY」をどうぞ。


MAY(メイ)/斉藤由貴

この曲は、斉藤由貴主演・大森一樹監督の映画『恋する女たち』(1987年・東宝)の主題歌として使われました。
作詞は谷山浩子で、本人もセルフカバーしており、シングルでは大村雅朗が編曲しています。

また、この曲のジャケットは、前髪を上げて額を出した斉藤由貴の顔写真が初めて採用されました。

斉藤由貴の近況

1994年12月に結婚。
その後、1999年11月に長女、2000年10月に長男、2010年12月に次女を出産。
現在は、3児の母となっています。

2008年3月8日に、PARCO劇場にて、単独では結婚以来13年ぶりのコンサートを開催。
その翌日、追加公演を行ないました。

2011年2月には、デビュー25周年を機に制作されたニューアルバム「何もかも変わるとしても」を発売(先行販売は2010年)。
これに合わせて、5日連続のコンサートをPARCO劇場で開催しました。

また、同年5月10日には、福岡 Yahoo! JAPAN ドームで行なわれた、パ・リーグ公式戦福岡ソフトバンクホークス対オリックス・バファローズの試合前のセレモニーで、「国歌独唱」を行ないました。

2016年07月25日

「ルームライト/由紀さおり」 - 名曲のご紹介

今日は、由紀さおりの「ルームライト」のご紹介です。

ルームライト ジャケット画
写真は、こちらからお借りしました。

由紀 さおり(ゆき さおり、本名・旧芸名:安田 章子(やすだ あきこ)、1948年11月13日 -)は、群馬県桐生市出身の歌手、タレント、女優、ナレーターです。
姉は、歌手の安田祥子(やすだ しょうこ)。姉とシンガー・ソング・コメディアン(正しくはシンギング・コメディエンヌ)を自称。

由紀 さおりは、少女時代から姉と共に本名の「安田章子」の名前で童謡歌手として活躍していましたが、1965年にキングレコードから本名名義で「ヒッチハイク娘」で歌手デビューをします。

が、ヒットに恵まれず、童謡歌手時代からの仕事であるCM曲や、テレビ・ラジオ主題歌の吹き込み、また、「大人の世界を歌えるように」という修行の意味合いもあって、キャバレー・ナイトクラブへの出演を行ないながら、雌伏の時を過ごします。

1969年、東芝音楽工業(現・ユニバーサル ミュージック EMI Records Japanレーベル)から再デビュー作となった「夜明けのスキャット」を発売。

この曲は、もともとTBSラジオの深夜ラジオ番組「夜のバラード」のオープニングとして制作されたもので、当初はレコード化の予定はありませんでした
が、リスナーからの問い合わせが相次ぎ、シングルの発売が企画されます。

発売後、この曲は大ヒットとなり、最終的には、150万枚のミリオンセラーを達成。
同年の暮れには、「第20回NHK紅白歌合戦」で、念願だったNHK紅白歌合戦初出場を果たします(以降1978年・第29回まで10年連続出場)。

そして、翌年の1970年7月5日には、続けてシングル「手紙」を発売。
この曲も、6週連続1位、1970年度年間6位となる大ヒットとなり、「第12回日本レコード大賞」の「歌唱賞」を受賞します。

今日は、1973年03月01日に発馬された、通算15枚目のシングルである「ルームライト」をどうぞ。


ルームライト/由紀さおり

この曲の歌詞はこちら

ところで、この曲の最初の方の、

「♪道を・教え・はじめ・たから」

の歌詞の部分ですが、この部分、どこかで聞いたことがあるようなメロディーになっているのですが、どなたかお気づきの方はいらっしゃいますか?(・o・)え?

正解は、森進一の「襟裳岬」です。

やはり、最初の方の、

「♪燃やし・はじめてる・らしい」

の部分と、ほぼ同じですね。(^^)

「襟裳岬(えりもみさき)」 - 名曲のご紹介|Super源さんの音楽ブログ
http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/290/

実はこの2曲、作曲者がどちらも吉田拓郎なのです。

w(゚゜)w エエーッ←(^^;オドロキ 杉。

ちなみに、このシングルの発売から4年後の1977年に発売された吉田拓郎のアルバム『ぷらいべえと』に、この曲のセルフカバー版が収録されています。

2016年07月17日

「紅い花白い花/やまがたすみこ」 - 名曲のご紹介

今日は、やまがた すみこの「紅い花 白い花」のご紹介です。

やまがた すみこ「紅い花 白い花」 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

やまがた すみこ(旧本名 : 山県寿美子、1956年10月11日 -) は、東京都北区出身のフォーク、歌謡曲等のシンガーソングライター、スタジオミュージシャンです。
作詞作曲者としての名義は「山県すみ子」で、他に「モモ」名義の録音もあります。夫は井上鑑(いのうえ あきら)。

やまがた すみこは、小学校6年生の頃から作詞作曲を始め、上野学園高校1年生在学中(1972年)にTBS系の視聴者参加番組「家族そろって歌合戦」に出場し、中学生の時の自作曲「夏になったら」を歌って優勝します。
これをきっかけに、日本コロムビアからスカウトされ、翌年の1973年2月に「風に吹かれていこう」で歌手デビューをします。

最初に発売されたアルバムは本田路津子風のカレッジフォークのスタイルを取っており、自作曲の他に森山良子などの曲をカバーしていました。
が、その後は次第に「ニューミュージック」色が強まっていきます。

1973年12月に発売されたシングル「日立ミュージック・イン・ハイフォニックのテーマ/白い船白い鳥」(高田敏子詞、山本直純曲)では、誕生年が1960年生まれとあります。
ニッポン放送の番組のテーマ曲で、毎週やまがたすみこの歌声が流れていました。

1977年初内の「FLYING(フライング)」では、自作曲が減り、代わって松本隆、鈴木茂、細野晴臣、佐藤健、伊藤銀次らが曲づくりに加わっています。

1985年には、つくば科学万博「住友館」のテーマ曲「空に会おうよ」(作曲・編曲:坂本龍一、作詞:矢野顕子)を「モモ」と言う名前で歌っていました。

今日は、そんなやまがた すみこの、1973年03月25日に発売された、やまがたすみこフォーク・アルバム第1集・風・空・そして愛から、「赤い花白い花」をどうぞ。


紅い花白い花/やまがたすみこ

やまがた すみこは、テレビでは、TBS系TVドラマ「おさななじみ」のテーマ曲「あの日のことは」(1973年)、アニメーション「南の虹のルーシー」のテーマ曲「虹になりたい」「森へおいで」(1982年)で知られています。

ドラマ「おさななじみ」においては、ギターを持ったやまがたすみこが登場して、居間や窓辺で「夏になったら」「風に吹かれていこう」「あの日のことは」などの曲を歌う場面もあり、フォーク歌手というよりも、美少女アイドルといった時期もありました。

2016年07月12日

「Single Girl(シングルガール)/水越けいこ」 - 名曲のご紹介

今日は、水越けい」の「Single Girl(シングルガール)」のご紹介です。

水越けいこ(みずこし けいこ、1954年2月4日 -)は、山梨県出身のシンガーソングライター、作曲家です。

水越けいこは、女性デュオユニット、姫だるまを経て、1978年に「しあわせをありがとう」でデビューをします。

主な活動期は、1970年代中期 - 1992年、そして1997年 - 現在で、その間発売されたシングル盤は31枚、そして、アルバムが21枚です。
また、当時歌手以外の活動として、夜のヒットスタジオ(フジテレビ)、紅白歌のベストテン(日本テレビ)、ドリフ大爆笑(フジテレビ)、レッツゴーヤング(NHK)、ヤングおー!おー!(MBS)などに出演しています。


Single Girl(シングルガール)/水越けいこ

水越恵子は、1974年4月14日放送の「スター誕生!(日本テレビ)」の第133回テレビ予選(山梨県民会館)で合格し、同年8月11日、放送第11回の決戦大会に出場しますが、スカウトされずに失格となったことがあります(この番組では、合格しても、スカウトされなければデビューできません)。

そして、この回で合格し、デビューしたのが、岩崎宏美と黒木真由美でした。

なお、水越けいこは、出産を機に一時活動を休止していましたが、1997年に「You are my life」を発売するなど、現在コンサートや講演などで活躍しています。

水越恵子のオフィシャルブログはこちら。

水越けいこオフィシャルブログ
http://ameblo.jp/keiko-mizukoshi/

2016年07月05日

「オレンジの雨/野口五郎」- 名曲のご紹介

今日は、野口 五郎の「オレンジの雨」のご紹介です。

野口 五郎 (のぐち ごろう、本名:佐藤 靖 (さとう やすし 1956年2月23日-) は、岐阜県美濃市出身の歌手、俳優です。
妻は三井ゆり。

野口 五郎は、1970年代に「新御三家」の一人として、日本を代表し、活躍したアイドルです。
3歳から歌い始め、1966年10月にフジテレビの『ちびっこのどじまん』で荒木一郎の「今夜は踊ろう」を歌い、優勝します。

1971年5月1日、「博多みれん」で演歌歌手として「かわいらしい演歌ホープ」のキャッチフレーズと共にデビューしましたがまったく売れず、2曲目の「青いリンゴ」からポップス歌手に転向したところ、若い女性ファンの人気を獲得します。

その後、「オレンジの雨(1973年)」、「甘い生活(1974年)」、「私鉄沿線(1975年)」、「夕立ちのあとで」 (1975年)、「針葉樹」 (1976年)とヒットを飛ばしていきます。

今日は、そんな野口五郎の曲の中から、1973年3月21日に発売された通算8枚目のシングル、「オレンジの雨」をどうぞ。


オレンジの雨/野口五郎

この曲は、芸能雑誌「明星」の創刊20周年記念の募集歌でした。
野口五郎は、この作品から1978年の「グッド・ラック」まで、21作連続でオリコントップ10入りをすることになります。

ギタリストとしての野口五郎

また、野口五郎自身のアルバムに、ラリー・カールトン等の著名ギタリストが参加したことがあります。
ンタナのヒットシングル「Smooth」を、「愛がメラメラ」として日本語詞を付けてカバーした際には、カルロス・サンタナとの面会も果たしています。
2005年には、ヘヴィメタル専門番組「ヘビメタさん」に出演し、元メガデスのマーティ・フリードマンと競演します。
東京都に本社と工房を置くギターメーカー「Combat Guitars」から、野口五郎モデルのギターが発売されていました (現在は製造販売終了) 。
野口五郎は、ベーシストとしても活動しており、主に演歌のレコーディングに、スタジオ・ミュージシャンの立場で数多く参加しています。