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東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、音楽、パソコン。ネコが好き。
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開設日: 2008/04/26 (土)

作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。


 
今日は、「リチャード・クレイダーマン」の「愛しのクリスティーヌ(Souvenir d'enfance)」のご紹介です。

リチャード・クレイダーマン(リシャール・クレデルマン)(Richard Clayderman、1953年12月28日 -)はフランスのパリ郊外のロマンヴィルで生まれたピアニストです。
本名はフィリップ・ロベール・ルイ・パジェス(Philippe Pages)で、幼少時よりピアノに親しみ、5歳で作曲を始め、学校の教科書よりも楽譜の方がよく読めたと伝えられています。

リチャード・クレイダーマンは、1976年、「渚のアデリーヌ Ballade pour Adeline」でデビューします。

当初、フランスではあまり注目されませんでしたが、その後当時の西ドイツのテレビドラマの主題歌に使われたことにより、全西独シングル・ヒット・チャートの第1位に輝き、これを契機に、スペイン周辺の国々でもヒットし、いわば逆輸入の形でフランスでもヒットすることになります。

この話を聞いた、当時のビクター音楽産業(現・ビクターエンタテインメント)が、デルファン社とクレイダーマンに関する日本での独占販売契約を結び、1978年、日本で初めて彼のレコードが発売されると直ぐに評判になったといいます。

1980年には、日本で初のコンサートを開き、「ニュー・イージーリスニング・ミュージック」として注目されるようになります。

リチャード・クレイダーマンは、初来日以来、毎年日本でコンサートを行なうほか、全世界通して年300日はコンサートをしています。

今日は、1980年に発売された(日本での発売は1981年)、リチャード・クレイダーマンの「愛しのクリスティーヌ(Souvenir d'enfance)」をどうぞ。


愛しのクリスティーヌ(Souvenir d'enfance)/リチャード・クレイダーマン(Richard Clayderman)

現在の日本で、リチャード・クレイダーマンの楽曲で良く知られている曲と言えば、「渚のアデリーヌ」ですが、日本でその名を最初に知らしめたのは1981年のシーボン化粧品のCMで流れた「愛のコンチェルト」です。
このCMは、当時頻繁に流れ、たとえ曲のタイトルを知らなくても、曲を聴けば「あの化粧品の曲だ」と分かるほどでした。

1982年には、「星のセレナーデ」に岸田智史(きしださとし)と下田逸郎(しもだ いつろう)が歌詞をのせて、「潮風のセレナード」のタイトルで岸田智史がカバーしました。

ちなみに、リチャード・クレイダーマンの曲の中で、私が一番好きなのは、何といっても「星のセレナーデ」ですね。
もう、リチャード・クレイダーマンといったらこの曲です。
そして次が、この「愛しのクリスティーヌ」、そして、「渚のアデリーヌ」と続きます。

今日は、斉藤由貴の「初戀(はつこい)」のご紹介です。

斉藤由貴(さいとう ゆき、本名:小井由貴(いさらい ゆき)(旧姓:斉藤)、1966年9月10日 -)は、神奈川県横浜市南区出身の女優、歌手です。

斉藤由貴は、1984年に第3回ミスマガジン(講談社)グランプリを受賞し、1985年に「卒業」で歌手デビューをします。
女優としては、「スケバン刑事」(フジテレビ)で連続テレビドラマ初主演し、また相米慎二監督「雪の断章 -情熱-」(東宝)で映画デビューをします。

1986年、4月からNHK連続テレビ小説「はね駒(はねこんま)」のヒロインに抜擢されて、その平均視聴率が40%を超えます。このことにより、「斉藤由貴」の名は全国に知れ渡ります。
また、テレビアニメ「めぞん一刻」(フジテレビ)の主題歌に、「悲しみよこんにちは」が起用され、歌番組にも多く出演。同年12月には、毎年恒例の「第37回NHK紅白歌合戦」(NHK)に同曲で初出場します。

今日は、1985年8月に発売された、斉藤由貴の通算3枚目のシングルである「初戀」をどうぞ。


初戀(はつこい)/斉藤由貴

この曲の作詞は松本隆、作曲は筒美京平で、ジャケットには、着物姿の上半身ピンナップがつけられていました。

斉藤由貴の近況
1990年代以降は、女優として、映画・テレビ・舞台に出演し、詩作活動やナレーターなど幅広く活躍しています。
また作詞家として、ミュージカルの作詞や、同世代の女性歌手にも作品提供を行なっています。

1994年12月に結婚。現在は3児の母。

2008年3月8日には、PARCO劇場にて結婚以来13年ぶりのコンサートを開催。
その翌日に、追加公演を行ないます。

2011年2月には、デビュー25周年を機に制作されたニューアルバム「何もかも変わるとしても」を発売。
これに合わせて、5日連続のコンサートをPARCO劇場で開催。
同年5月10日には、福岡 Yahoo! JAPAN ドームで行なわれた、パ・リーグ公式戦福岡ソフトバンクホークス対オリックス・バファローズの試合前セレモニーで、「国歌独唱」をしています。

今日は、「佐野量子」の「星空回線(あおぞらかいせん)」のご紹介です。

佐野 量子(さの りょうこ、本名:武 量子(たけ かずこ、旧姓:佐野) 1968年8月22日 -)は、静岡県富士宮市出身の元タレント・歌手・女優です。

佐野量子は、1984年10月、日本テレビ系ドラマ「気分は名探偵」で女優デビューします。
そして、1985年4月21日に「ファースト・レター」でRCAから歌手デビュー。
その後、所属事務所の方針転換に伴い浅井企画に移籍。バラエティ番組への出演が増えていきます。

彼女の出演したバラエティー番組には、「笑っていいとも」、「おれたちひょうきん族」、「ライオンのごきげんよう」などがあります。
佐野量子はその他、映画、ドラマ、CMなどでも活躍しています。

さて、今日ご紹介する「星空回線」は、1988年3月9日に発売された、作詞・来生えつこ、作曲・来生たかおによる佐野量子の10枚目のシングルです。

それでは早速、その「星空回線」をどうぞ。( ^-^)/


星空回線(あおぞらかいせん)/佐野量子

この曲は、オリコン自己最高初登場順位33位を獲得しています。

佐野量子の近況
佐野量子は、1994年12月に芸能界からの引退を宣言。
1995年にJRA騎手である武豊と結婚し、事実上芸能界を引退。
それ以後は、メディアへの出演はしていませんが、クリス松村のブログでは武夫妻の写真が掲載されています。


武豊さん、佐野量子さん夫妻と
先日、衝撃的な嬉しい出逢いがありました。
控え室の前にいると競馬の騎手、武豊さんがいらっしゃいました。
ご挨拶をして、ふと横を見ると、
見覚えのあるお顔。



1秒ほどで、それが佐野量子さんだと気づきました。
元アイドルでいらした佐野量子さんは、武豊さんの奥様です。
結婚して引退なさったので、今ではマスコミに登場されることは
あまりないと思います。
なので、凄く驚きました。

写真をご覧ください。
今でも当時と全く変わることのない、やさしい笑顔です。
ほんわか系アイドルだった頃の面影もそのままでいらっしゃいました。
武豊さんも、さすが騎手!タキシードの上からでもわかる
引き締まった体が、スポーツマンの鏡のようでした。
お二人にお会いできて本当に嬉しかったです。
(2009年10月05日)

武豊さん、佐野量子さん夫妻と-クリス松村オフィシャルブログ
http://ameblo.jp/chris-matsumura/entry-10357893178.html

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