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2016年07月05日

「オレンジの雨/野口五郎」- 名曲のご紹介

今日は、野口 五郎の「オレンジの雨」のご紹介です。

野口 五郎 (のぐち ごろう、本名:佐藤 靖 (さとう やすし 1956年2月23日-) は、岐阜県美濃市出身の歌手、俳優です。
妻は三井ゆり。

野口 五郎は、1970年代に「新御三家」の一人として、日本を代表し、活躍したアイドルです。
3歳から歌い始め、1966年10月にフジテレビの『ちびっこのどじまん』で荒木一郎の「今夜は踊ろう」を歌い、優勝します。

1971年5月1日、「博多みれん」で演歌歌手として「かわいらしい演歌ホープ」のキャッチフレーズと共にデビューしましたがまったく売れず、2曲目の「青いリンゴ」からポップス歌手に転向したところ、若い女性ファンの人気を獲得します。

その後、「オレンジの雨(1973年)」、「甘い生活(1974年)」、「私鉄沿線(1975年)」、「夕立ちのあとで」 (1975年)、「針葉樹」 (1976年)とヒットを飛ばしていきます。

今日は、そんな野口五郎の曲の中から、1973年3月21日に発売された通算8枚目のシングル、「オレンジの雨」をどうぞ。


オレンジの雨/野口五郎

この曲は、芸能雑誌「明星」の創刊20周年記念の募集歌でした。
野口五郎は、この作品から1978年の「グッド・ラック」まで、21作連続でオリコントップ10入りをすることになります。

ギタリストとしての野口五郎

また、野口五郎自身のアルバムに、ラリー・カールトン等の著名ギタリストが参加したことがあります。
ンタナのヒットシングル「Smooth」を、「愛がメラメラ」として日本語詞を付けてカバーした際には、カルロス・サンタナとの面会も果たしています。
2005年には、ヘヴィメタル専門番組「ヘビメタさん」に出演し、元メガデスのマーティ・フリードマンと競演します。
東京都に本社と工房を置くギターメーカー「Combat Guitars」から、野口五郎モデルのギターが発売されていました (現在は製造販売終了) 。
野口五郎は、ベーシストとしても活動しており、主に演歌のレコーディングに、スタジオ・ミュージシャンの立場で数多く参加しています。

2016年07月02日

「星空のミステイク/AKB48 Team K」 - 名曲のご紹介

以前、AKB48の、「OnlyToday(オンリートゥデイ)」をご紹介しましたが、今日はもう一曲ご紹介したいと思います。

曲名は「星空のミステイク」です。

この曲は、2010年3月12日に発売されたアルバム、Team K 6th stage「RESET」(リセット)に収録されている曲です。
明るい曲調ですが、歌詞は切ないです。(・_・、) クスン

それでは早速、その「星空のミステイク」をどうぞ。( ^-^)/


星空のミステイク/AKB48 Team K

この曲の歌詞はこちら。
http://j-lyric.net/artist/a054ab6/l024148.html
コードはこちら。

なお、収録メンバー(20名)は、以下の通りです。

Team K:
秋元才加・板野友美・内田眞由美・梅田彩佳・大島優子・小野恵令奈・菊地あやか・田名部生来・中塚智実・仁藤萌乃・野中美郷・藤江れいな・松井咲子・峯岸みなみ・宮澤佐江・米沢瑠美

参考にしたサイト
Team K 6th stage「RESET」|AKB48 ?studio recordingsコレクション?
http://www.akb48.co.jp/studio_recordings_collection/k6/index.php

2016年07月01日

「恋はダン・ダン/浅野ゆう子」- 名曲のご紹介

今日は、浅野 ゆう子の「恋はダン・ダン」のご紹介です。

浅野 ゆう子(あさの ゆうこ、本名: 赤沢 裕子(あかざわ ゆうこ)、1960年7月9日 -)は、兵庫県神戸市の女優、歌手です。


写真は、こちらからお借りしました。

浅野 ゆう子は、当初アイドル歌手としてデビューし、「ジャンプするカモシカ」をキャッチフレーズに活動します。

デビュー曲は、1974年05月25に発売された「とびだせ初恋」です。
その後、「恋はダン・ダン」「ひとりぼっちの季節」とシングルを発売していきます。

が、当時の女性アイドルは小柄であることが好ましいとされており、浅野ゆう子のように長身で日本人離れしたプロポーションのアイドルは珍しい存在でした。
くわえて、ミニスカートやホットパンツなどでスタイルを強調していた浅野ゆう子は女性からの反発を受けたこともあり、アイドル歌手としてはうまくいきませんでした。

そんな中、1976年04月25日に発売された8枚目のシングル「セクシー・バス・ストップ」が大ヒット。
この曲は浅野ゆう子自身最大のヒット曲となります。

歌を実質休業状態になった1980年代からは、様々な会社の水着キャンペーンモデルなど企業広告で活躍。
ただし、水着での初出は1979年(昭和54年)のカネボウ化粧品CF「一気にこの夏チャンピオン」からで、1981年の洋酒の悩殺ポスターは、世の男性の目を楽しませます。

今日は、そんな浅野ゆう子の、1974年8月25日に発売された通算2枚目のシングルである「恋はダン・ダン」をどうぞ。


恋はダン・ダン/浅野ゆう子

浅野ゆう子は、この曲で「第16回日本レコード大賞新人賞」を受賞しました。

2016年06月28日

「私の歌/松崎しげる」 - 名曲のご紹介

今日は、「松崎しげる」の「私の歌」のご紹介です。

松崎しげる(まつざき しげる、本名:松崎 茂幸(まつざき しげゆき)、1949年11月19日 - )は、東京都江戸川区出身の歌手、俳優、タレントです。通称は、「マツ」。

松崎しげるは、1976年にスペインのマジョルカで開催されたマジョルカ音楽祭に「愛の微笑」で出場し、見事最優秀歌唱賞と第2位に輝きます。
そしてその翌年、改題されCMソングとして発表された「愛のメモリー」が大ヒット。
同曲は数々の賞に輝き、第28回NHK紅白歌合戦にも初出場を果たします。

今日は、そんな松崎しげるの、1976年6月25日に発売された通算11枚目のシングルである「私の歌」をどうぞ。


私の歌/松崎しげる

この曲を制作するに当たり、松崎しげるはフランク・シナトラの代表曲「マイ・ウェイ」を意識し、「その当時(1976年頃)の俺なりに青春の「マイ・ウェイ」、俺なりの「マイ・ウェイ」を作りたい」と、都倉俊一に持ちかけて作ってもらった作品であることを語っています。

またこの曲は当時、三浦友和出演のグリコアーモンドチョコレートのCMソングとして使われました。

なお、2015年に松崎が歌手生活45周年記念として発表したカバーアルバム「私の歌~リスペクト~」において、唯一自らの曲をセルフカバーーする形で、この曲をニューバージョンで収録しています。

2016年06月24日

「予感/麻丘めぐみ」 - 名曲のご紹介

今日は、麻丘 めぐみの「予感」のご紹介です。

麻丘 めぐみ(あさおか めぐみ、本名:藤井 佳代子 1955年10月11日 -)は、大分県生まれ、大阪育ちの女優、歌手、演出家です。


写真は、こちらからお借りしました。

麻丘 めぐみは、1970年代を代表するアイドルの一人で、当時、そのチャーミングな容貌と、「牛若丸カット」と呼ばれた独特のカットの黒髪と、そして優しい歌声で一時代を築きます。
南沙織や天地真理・小柳ルミ子ら新三人娘とともに、「元祖女性アイドル」 と語られる機会もあります。

麻丘 めぐみのデビュー曲は、1972年に発売された「芽ばえ」です。
この曲は、40万枚を超えるヒットとなり、第14回日本レコード大賞で最優秀新人賞を受賞します。

翌年の1973年には、「わたしの彼は左きき」が大ヒット。
この曲は、第15回日本レコード大賞で大衆賞を受賞し、同年の「第24回NHK紅白歌合戦」にもこの曲で出場することとなり、麻丘めぐみの代表曲となります。

今日はそんな麻丘めぐみの、1975年7月5日に発売された通算7枚目のオリジナルアルバム「青春」の中から、「予感」をどうぞ。


予感/麻丘めぐみ

このアルバムは、先行シングル「恋のあやとり」とB面曲「すみれの便箋」を含む7枚目のオリジナル・アルバムで、前作『ロマンへの旅立ち』から3ヶ月という、短いインターバルで発売されました。

レコード(LP)のA面側が“作詞: 岡田冨美子、作曲: 浜圭介”で、B面側が“作詞: なかにし礼、作曲: 都倉俊一”という異なるコンビを起用しており、A面とB面で違ったイメージを演出しています。

芸能生活50周年を迎えた2009年に、リマスタリングによって高音質化された紙ジャケット仕様で初めてCD復刻されました。

アルバムタイトルは「青春 +10」で、未収録のシングルA面/B面曲やカラオケ音源がボーナス・トラックとして10曲追加収録されています。