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2018年06月19日

「今はもうだれも/アリス」 - 名曲のご紹介

今日は、アリスの「今はもうだれも」のご紹介です。

今はもうだれも アリス ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

アリス(Alice、ALICE)は、1971年に結成された、フォークグループ、バンドです。

メンバーは、谷村新司(たにむらしんじ、チンペイ/リードボーカル、ギター)、堀内孝雄(ほりうちたかお、ベーヤン/ボーカル、ギター)、矢沢透(やざわとおる、キンちゃん/ドラム)

アリス結成のきっかけは、1970年のアメリカコンサートツアーで、大阪のフォークグループ、「ロック・キャンディーズ」のリーダーだった桃山学院大学出身の谷村と、東京のソウルバンド、「ブラウン・ライス」のゲストドラマーだった矢沢が知り合い、意気投合したのがきっかけです。

デビュー当初はあまり売れませんでしたが、地道なツアー活動等の懸命な努力の結果、「帰らざる日々」「冬の稲妻」「涙の誓い」「ジョニーの子守唄」「チャンピオン」「秋止符」「狂った果実」等のヒット曲を連発します。

今日は、そんなアリスの、1975年9月5日に発売された通算7枚目のシングルである「今はもうだれも」をどうぞ。


今はもうだれも/アリス

この曲の歌詞はこちら

アリスのエピソード

アリスは、前述したように、売れない下積み時代が長かったのですが、「冬の稲妻」がブレイクしてからは、当時黎明期だったニュー・ミュージック界の中心的存在のひとつと見なされるようになります。

アリスは、無名の活動開始時期は、自他ともにフォークソングのジャンルに分類されるというポジションで音楽活動を続けていましたが、ドラマーが加わっているという点で、同時期のミュージシャンとの差別化をはかっていました。

「冬の稲妻」でブレイク後は、フォークの枠にとらわれることなく独自の世界を展開。ファンを次第に獲得していきます。

その曲調は次第にロック寄りになっ行き、バックミュージシャンもエレキギター、シンセサイザーなどを従え、本格的なバンド編成となり、派手なステージ活動を展開していきます。

このように、結成時のフォーク・シンガーの路線の枠からは完全にはみ出ていたアリスでしたが、1981年に行なった休止宣言ライブでは原点に返り、コーラスもバックミュージシャンもない、3人だけでの演奏を行ないます。

アリスは、全盛期は『NHK紅白歌合戦』に出場しませんでしたが、これは、以前アリスとしてNHKの番組オーディションに応募し、落選した経緯があるためです。
彼らの弁によれば、意地で断っていたということです。

2018年06月04日

「C/中山美穂」 - 名曲のご紹介

今日は、「中山美穂」の「C」のご紹介です。

C 中山美穂 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

中山美穂(なかやま みほ、本名:辻 美穂(旧姓:中山)、1970年3月1日 -)は、長野県生まれで東京都小金井市出身のアイドル、女優、歌手です。
夫は、ミュージシャン・小説家の辻仁成、妹は女優の中山忍。愛称は「ミポリン」です。

中山美穂は、1985年1月に、テレビドラマ「毎度おさわがせします」(TBS系)ののどか役でドラマデビューをします。

このドラマでは、彼女は脇役でしたが、ドラマの人気と共に注目が集まり、同年6月シングル「C」で歌手デビューをします。

また、同時期にバラエティー番組「パーティー野郎ぜ!」(テレビ朝日系)にアシスタントとしてレギュラー出演。
同年末には、第27回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞します。

今日は、そんな中山美穂の、1985年6月21日に発売された、デビュー曲である「C」をどうぞ。


C/中山美穂

この曲の歌詞はこちら

中山美穂は、ちょっぴり気が強そうな顔と、それに相反する舌たらずで可愛い声が魅力の歌手ですね。(^^)
女優としては、演技力もあると思います。

この曲は、本人主演のTBS系ドラマ「夏・体験物語」の主題歌で、2ヶ月後には、同タイトルのファーストアルバムも発売されました。

このシングルのジャケットは、ドラマ「毎度おさわがせします」で当時ついていた不良のイメージを払拭(ふっしょく)するために、水色と白の服にピンクのバックで爽やかさと可愛らしさが醸(かも)し出されています。

また、中山美穂はこの曲で、「第27回日本レコード大賞最優秀新人賞」と「第23回ゴールデン・アロー賞最優秀新人賞」を受賞しました。

1990年代に入ると、1980年代にデビューした多くのアイドルが、女優やバラドルへと転向を図っていきますが、そんな中、中山美穂は年1本の連続ドラマ、映画、CM、アルバム発売、コンサートツアーと、歌手業と女優業の両立を維持。

1992年10月には、中山美穂&WANDS名義で発売した「世界中の誰よりきっと」が180万枚を超える大ヒットを記録します。

1994年2月には、「ただ泣きたくなるの」が100万枚を超える売り上げを記録。自身単独名義での初ミリオンヒットとなります。

前出の、「世界中の誰よりきっと」と合わせると、この曲は2曲目のミリオンヒットとなり、80年代にデビューした女性歌手の中で、ミリオンヒット2曲というのは初の快挙で、この快挙を達成しているのは、現在のところ中山美穂と今井美樹の2人だけです。

2018年05月26日

「ふたりの世界(I Think We're Alone Now)/ティファニー(Tiffany)」 - 名曲のご紹介

今日は、ティファニーの「ふたりの世界」のご紹介です。

ふたりの世界 ティファニー ジャケトイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

ティファニー(Tiffany、本名:Tiffany Renee Darwish 1971年10月2日- )は、アメリカのカリフォルニア州ノーウォーク出身の女性歌手です。

ティファニーは、幼少時からのど自慢荒らしで有名で、素人ながら相当の稼ぎがあったといいます。
1986年にMCAレコードと契約し、1987年に15歳でデビューします。

1987年から1989年にかけて、アメリカで6曲(トップ40内5曲)、イギリスで6曲がチャートイン。
アメリカで4曲(1位2曲)、イギリスで3曲(1位1曲)がトップ10ヒットを記録しています。

今日は、そのティファニーの、通算2枚目のシングルである「ふたりの世界(I Think We're Alone Now)」をどうぞ。


ふたりの世界(I Think We're Alone Now)/ティファニー(Tiffany)

この曲の歌詞はこちら

この曲は、1987年9月15日に発売されたファースト・アルバム「Tiffany(ティファニー)」からシングルカットされた曲で、発売後、いきなりビルボード1位の大ヒットを記録。

続いて発売された「Could've Been」(邦題「思い出に抱かれて」)も1位となり、ティファニーは一躍トップアイドルとしてスターダムにのし上がりました。

その後発売された「I Saw Him Standing There」は7位、「Feelings of Forever」は50位を記録。

当時、同じく成功をおさめた十代の女性歌手として、デビー・ギブソンがティファニーより先にデビューしており、ライバル関係と目されるようになりました。

ティファニーのファースト・アルバム「Tiffany」は、日本でもオリコン洋楽アルバムチャートで1988年2月15日付から3週連続1位を獲得しています。

2018年05月16日

「別れの朝/ペドロ&カプリシャス」 - 名曲のご紹介

今日は、ペドロ&カプリシャスの「別れの朝」のご紹介です。

別れの朝 ペドロ&カプリシャス ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

ペドロ&カプリシャスは、1971年に結成された音楽バンドです。
ジャズ、フォークからラテンロックなど、洋楽のテイストを取り入れたアダルト・コンテンポラリーのサウンドが特徴です。


ペドロ&カプリシャスは、ペドロ梅村をリーダーに、1971年に初代ボーカル・前野曜子をむかえてメジャーデビューをします。
そして、デビュー・シングル「別れの朝」が大ヒット。

2年後の1973年には、二代目ボーカル・高橋まり(現:髙橋真梨子)を迎えて発売した「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」などもヒットし、人気バンドとなります。

1974年には、前述の「ジョニィへの伝言」で、同年末に行なわれた「第25回NHK紅白歌合戦」に初出場。

1978年には、三代目のボーカル松平直子を迎え、2011年には、40周年を機にメンバーを大幅変更。
4月に松平の独立に続いて、8月に五代目のボーカル桜井美香と、彼女をサポートボーカルで多く起用していたサックス奏者のUkoが加入。
さらに、ベース、ドラムのメンバーも交代となります。

今日は、そんな彼らの、 1971年10月25日に発売されたデビューシングルである「別れの朝」をどうぞ。


別れの朝/ペドロ&カプリシャス

この曲の歌詞はこちら

ペドロ&カプリシャスのボーカルの変遷

・前野曜子…初代ボーカル。1971年から1973年まで務めた。『別れの朝』が大ヒット。1988年7月31日に、アルコール依存症等が深刻化し、40歳で没(心不全)。

・高橋まり(現:髙橋真梨子)…二代目ボーカル。1973年から1978年まで務めた。『ジョニィへの伝言』や『五番街のマリーへ』がロングヒットした。1978年からはソロ歌手として活動。ソロ転向後も『別れの朝』を含めペドロ&カプリシャス時代の作品を歌うことがある。

・松平直子…三代目メインボーカル。1978年から三代目のメインボーカルを担当。代表作『ヨコハマ・レイニー・ブルー』など。

・桂木佐和…四代目メインボーカル。1982年のシングル「夜明けの星たち」、83年のアルバム「SUN PATIO」でメインボーカル担当。

・桜井美香…メインボーカル。2011年秋から五代目のメインボーカルを担当、この体制では2011年に「酔いどれマリアが歌う店」を発売している。出産のため2017年11月にバンドを卒業。

2018年05月03日

「大きな森の小さなお家/河合奈保子」 - 名曲のご紹介

今日は、河合奈保子の「大きな森の小さなお家」のご紹介です。


写真は、こちらからお借りしました。

河合奈保子(かわい なおこ、1963年7月24日 -)は、大阪市住之江区出身の歌手、シンガーソングライター、女優です。
娘は、歌手のkaho

河合 奈保子は、1980年6月1日に「大きな森の小さなお家」で「西城秀樹の妹」という触れ込みと共に、アイドル歌手としてデビューをします。
デビュー当時のキャッチフレーズは、「ほほえみさわやか カナリー・ガール」。

同年の8月25日に発売した2枚目のシングル「ヤング・ボーイ」がヒットし、複数の音楽祭で新人賞を受賞します。

河合 奈保子の代表曲には、「エスカレーション」「スマイル・フォー・ミー」「夏のヒロイン」「けんかをやめて」(オリコンチャートシングル売上記録順)などがあります。

彼女の明るい笑顔と、天真爛漫で素直な性格は、幅広い世代に愛され、そしてスタイル抜群な彼女は、雑誌のグラビアやアイドル水泳大会を度々飾り、写真集は2012年の現在もなお古書市場で根強い人気を保っています。

今日は、そんな彼女の曲の中から、1980年6月1日に発売された、デビュー曲である「大きな森の小さなお家」をどうぞ。


大きな森の小さなお家/河合奈保子

この曲の歌詞はこちら

河合奈保子は、私は2曲目の「ヤングボーイ」から聴き始めましたが、もう本当に、

「可愛いー、奈保子」(#^.^#)

という感じでしたね。(--)トオイ メ

なお、河合奈保子のシングルは、1980年から1994年までの1年間に36枚が発売されました。

非売品ではありますが、1986年3月に「《農協共済の歌》幸せの輪を拡げよう」というシングルも発売されています。

アルバムは、1980年から1993年までに、オリジナル盤はミニアルバム1枚を含む計19作品、ライブ盤は4作品発売されました。

ベスト盤に関しては、2007年までに16作品とCD-BOX3作品がそれぞれ発売されており、その他、高橋伸明とのデュエット盤が1作品発売されています。