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2017年03月27日

「みかん/大竹しのぶ」 - 名曲のご紹介

今日は、大竹しのぶの「みかん」のご紹介です。


写真は、こちらからお借りしました。

大竹しのぶ(おおたけ しのぶ 本名同じ)は、1957年7月17日、東京都品川区生まれの女優、タレントです。IMALUは明石家さんまとの娘。

1973年、フォーリーブスの北公次主演のテレビドラマ『ボクは女学生』にて、北公次の相手役が一般公募されたのですが、彼女はこの応募に合格し、芸能界デビューを果たします。

1974年、浦山桐郎・監督の「青の門」の織江役の一般公募に応じ、1500人の中から選ばれます。
同年、NHK連続テレビ小説「水色の時」の主役オーディションにも合格します。

この「水色の時」の主題歌「白い風よ」は、桜田淳子が歌っています。



大竹しのぶはその後、多くのテレビドラマ、映画、芝居、バラエティー、舞台出演等をこなし、大物女優へと成長していきます。

今日ご紹介する「みかん」は、1976年に発表された彼女のデビュー作で、この曲は5年後の1981年、杉田かおるがシングル「鳥の詩」のB面でカバーすることになります。

さて、それでは早速「みかん」をどうぞ。


みかん/大竹しのぶ

この曲の歌詞はこちら


♪あなたの部屋が寂しすぎたから みかんをひとつ 置いて来ました 食べないで下さい 食べないで下さい♪

で始まる、切なくも、どこかほっこりする曲ですね。(^^)
ちまたでは、大竹しのぶは歌はヘタだといわれているようですが、音程が正確で、間の取りかたもよく、なかなかうまいのではないかと私は思います。
歌っているときの表情もよいです。
何より、歌詞のメッセージが、彼女の歌唱を通して、ひしひしと伝わってきます。

ちなみに、大竹しのぶの従曽祖伯父(曽祖父のいとこ)に、政治家の大竹貫一がいます。
また、母方の祖父に自由宗教家でクリスチャンである吉川一水が、甥にJリーグ・藤枝MYFC所属(元FC町田ゼルビア)の大竹隆人がいます。

大竹しのぶの近況

・2003年公開の映画『阿修羅のごとく』で、桃井かおりと初共演を果たしています。
・2011年秋の褒章において、紫綬褒章を受章しました。
・2016年11月24日、第67回NHK紅白歌合戦に初出場することが発表されました。

【みかんって?】
みかんって?

そうそう、みかんといえば、食べる前、つまり皮をむく前に、甘いかどうかを一瞬で見分ける方法があるのをご存知ですか?
詳しくは、以下のサイトへGo!( ^-^)/

甘いみかんを見分けるワザとは? | Super源さんの雑学事典
http://www.zatsugaku-jiten.net/blog-entry-1552.html

これはもう、知らないとソンしますよ。
いや、ホント。(゚ー゚)(。_。)ウン。

2017年03月26日

「涙の分かれ道(I'll Never Love This Way Again)/ディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick)」 - 名曲のご紹介

今日は、ディオンヌ・ワーウィックの「涙の分かれ道(I'll Never Love This Way Again)」のご紹介です。

涙の分かれ道 ディオンヌ・ワーウィック ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

ディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick、1940年12月12日 - 本名 Marie Dionne Warrick マリー・ディオンヌ・ワーリック)は、アメリカのニュージャージー州(New Jersey East Orange)出身の黒人女性歌手です。
バート・バカラック作品の歌い手として、またホイットニー・ヒューストンの従姉妹としても知られています。

ディオンヌ・ワーウィックは、ハートフォード音楽大学に在学中、作曲家のバート・バカラックと出会い、大学卒業後、歌手として本格的に活動を始め、1963年にデビューします。

翌年の1964年、「ウォーク・オン・バイ」のヒットで脚光を浴び、3年後の1967年に「小さな願い(I Say a Little Prayer)」のヒットを放ってからは、「サンホセへの道(Do You Know The Way To San Jos)」、「恋よさようなら(I'll Never Fall in Love Again)」など、現在もスタンダードとして親しまれているバカラック=ハル・デビッド作品で続けざまにヒットを放ちます。

1970年代においては、1974年にスピナーズとの共演で「ゼン・ケイム・ユー(Then Came You)」がNo.1になりますが、その後はしばらく不振が続きます。
が、1979年にバリー・マニロウのプロデュースによる楽曲「涙の分かれ道(I'll Never Love This Way Again)」が久々のヒットとなり、この曲はグラミー賞(女性ベスト・ポップ・ヴォーカル賞)を受賞します。

それでは、今日はその「涙の分かれ道(I'll Never Love This Way Again)」をどうぞ。

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涙の分かれ道(I'll Never Love This Way Again)/ディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick)

いやー、いい曲ですねー。(^o^)
タイトルの「I'll Never Love This Way Again」というのは、翻訳すると「こんな風に愛することは、もう二度とない」となります。

素晴らしい歌詞に、素晴らしい曲。
そして、素晴らしい歌唱!
まさに、名曲だと思います。

その後1980年代においては、1982年にバリー・ギブ制作による「ハートブレイカー(Heartbreaker)」がヒット。

そして、1986年には、バカラック&キャロル・ベイヤー・セイガーのライティングコンビによるグラディス・ナイト、エルトン・ジョン、スティーヴィー・ワンダーとの共演作「愛のハーモニー」が大ヒットします。

2007年には、自身のヒット曲をカバーしたCD「マイ・フレンズ・アンド・ミー~バート・バカラックへの想い」を発売。
グロリア・エステファン、グラディス・ナイト、オリビア・ニュートン・ジョン、シンディ・ローパーらと共演しました。

2008年には、ゴスペル集「Why We Sing」を発売。
ゲストは、妹のDee Dee、他 BeBe Winance 等で、ゴスペル集の発売は、1969年の「Soulful」についで2度目となります。

そうそう、涙といえば、感情の種類によって味が変わるということをご存知ですか?

イワシ区、じゃなかった、詳しくは以下のサイトへGo!( ^-^)/

涙は、感情の種類によって、味が変化する? | Super源さんの雑学事典
http://www.zatsugaku-jiten.net/blog-entry-1123.html

ドコニ アルン ダヨ、ソノ「イワシ区」ッテ。(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)

2017年03月24日

「Maybe(メイビー)/The Chantels(ザ・シャンテルズ)」 - 名曲のご紹介

今日は、The Chantels(ザ・シャンテルズ)の「Maybe(メイビー)」のご紹介です。


写真は、こちらからお借りしました。

The Chantels(ザ・シャンテルズ)は、1950年代の初めに、アメリカ、ニューヨーク州・ニューヨーク市ブロンクスで結成された、アフリカ系アメリカ人のガールDoowop(ドゥーワップ *)グループです。

The Chantels(ザ・シャンテルズ)は、1957年に 「He’s Gone(ヒーズ・ゴーン)」 でデビューをします。
全米ポップ・チャートは71位でしたが、翌年の1958年発売のセカンド・シングル 「Maybe(メイビー)」 は、ポップ・チャート15位、R&Bチャートでは2位を記録します。

彼らの音楽性は、当時の幾つかのグループとは異なり、クラシック音楽やラテン讃美歌の影響下にありました。
リード・シンガーのアーリーン・スミスは、古典的な訓練を受けたといわれています。

今日は、そんな彼らの、1958年のヒット曲であるその「Maybe(メイビー)」をどうぞ。


Maybe(メイビー)/The Chantels(ザ・シャンテルズ)

この曲の歌詞はこちら

* Doowop(ドゥーワップは、ポピュラー音楽における合唱のスタイルの一種。
1950年代半ばから1960年代初頭のアメリカで隆盛し、数多くのコーラス・グループが生まれた。
フランク・ザッパやルー・リード、ジョージ・クリントン、鈴木雅之、山下達郎らは、熱心なドゥーワップ・ファンとして知られている。

そうそう、山下達郎といえば、俳句の季語になっているのですが、ご存知でしたか?

ええ?!(゚o゚)そんなバナナ!

と思われた方は、以下のサイトへGo! (^_^)/~

「山下達郎」「ユーミン」「サザン」は、俳句の季語になっている? | Super源さんの雑学事典
http://www.zatsugaku-jiten.net/blog-entry-1073.html


「じゃかあしい! 四の五の言ってないで、このバナナ光線を受けてみよ!」

ゲッ!(゚O゚; 何か突然、変なおじさんが出てきましたね。(^^;

ニゲチャオーット...((((( ((;^^)


2017年03月16日

「真夜中のドア~Stay with me(まよなかのドア ステイ・ウィズ・ミー)/松原みき」 - 名曲のご紹介

今日は、松原 みきの「(まよなかのドア ステイ・ウィズ・ミー)」のご紹介です。

真夜中のドア~Stay with me 松原みき ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

松原 みき(まつばら みき、1959年11月28日 - 2004年10月7日)は、大阪府岸和田市の女性歌手、作詞家、作曲家です。
「スージー・松原(スージーまつばら)」という芸名を用いたこともあります。

松原 みきは、母親が「クレージーキャッツ」と一緒に歌った事もあるというジャズシンガーで、3歳からピアノを習い始め、ジャズに親しみました。

1972年に、堺市立平岡小学校からプール学院中学校に入学。
この頃からロックに興味を持ち、ロックバンド「愚麗」に加入し、演奏活動を始めます。

1975年に、プール学院高校に進学。
「吉野家バンド」のキーボーディストとして京都のライヴハウス磔磔で活動します。

1977年高3の時に、歌手デビューのため単身東京へ行き、文化女子大学附属杉並高等学校に転校。
米軍キャンプなど各地で演奏し、六本木のジャズスポット「バードランド」に飛び入りしたところを世良譲に絶賛されます。

そして、1979年11月5日にファーストシングル「真夜中のドア~Stay With Me」(まよなかのドア ステイ・ウィズ・ミー)でデビュー。複数の新人賞を受賞します。
以後、1991年1月21日までにカップリング曲を含むシングル17枚、ベスト盤を含むアルバム15枚を発表。
全国各地で演奏活動を展開します。

今日は、そんな松原 みきの、1979年11月5日に発売されたデビュー曲である「真夜中のドア~Stay With Me」をどうぞ。


真夜中のドア~Stay with me/松原みき

この曲は、オリコン最高28位に入り、オリコン調べ10万4千枚、キャニオンレコード発表30万枚の売上げを記録しました。

エッ?(゚.゚)ヾ(^^)ネエネエ、「オリコン」って何? 「リモコン」の親戚?
(@_@)ウーン。
(@_@)ウーン。
(@_@)ウーン。
\(^o^)/ だっふんだ
ナンダイ ソレ ハ!(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)

またこの曲は、シングルとアルバムとで、一部アレンジに違いがあります。
シングルバージョンでは、イントロに松原の歌声が入っており、アルバムバージョンではコーラスのみとなっています。
また、最終サビのリフレインが、アルバムバージョンはひとつ多く歌われています。
そのため、シングルバージョンに比べて、アルバムバージョンの方が15秒ほど演奏時間が長くなっています。

2017年03月08日

「まいったネ今夜/少年隊」 - 名曲のご紹介

今日は、少年隊の「まいったネ今夜」のご紹介です。

まいったネ今夜 少年隊 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

少年隊(しょうねんたい)は、ジャニーズ事務所に所属する日本の3人組男性グループです。
愛称は「ショーネン」。

メンバーは、錦織一清(ニッキ:リーダー)、植草克秀(カッちゃん)、東山紀之(ヒガシ)。

現在、少年隊はジャニーズ事務所所属のアイドルグループの中で、最も古株でもあります。

「少年隊」は、もともと彼ら3人を含めても当時まだ20~30人しか居なかったジャニーズJr.に対する総称でした。
が、1981年10月6日からテレビ東京で始まった「ザ・ヤングベストテン」に合わせて、錦織・植草・松原の3名で結成されたグループ「Bチーム」が、後に「ジャニーズ少年隊」となり、翌年の1982年に、松原から東山にメンバーが入れかわって、現在の顔ぶれとなりました。

デビュー曲は、1985年12月12日に発売された、「仮面舞踏会」で、この時のキャッチフレーズは、「日本発、世界行」でした。

グループ結成当初は、田原俊彦、近藤真彦のバックダンサーとして歌番組やコンサートに出演するなど、レコードデビュー前から歌謡番組にも単独ユニットとして出演するなどしていました。

今日は、そんな少年隊の、1989年6月19日に発売された通算14枚目のシングルである「まいったネ今夜」をどうぞ。

イントロがいいですね。(--)
ウッド・ベースとピアノのからむ「激シブJAZZ歌謡」、おしゃれです。

ホント、まいったね、こりゃ。o(>-<)o