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2018年02月28日

「青い真珠貝/堀ちえみ」 - 名曲のご紹介

今日は、堀ちえみの「青い真珠貝」のご紹介です。

青い真珠貝 堀ちえみ ジャケットイメージ

堀ちえみ(ほりちえみ、本名:尼子 智栄美(あまこ ちえみ) 旧姓、堀 1967年2月15日 -)は、大阪府堺市東区出身の歌手、女優、タレントです。

堀ちえみは、1981年に開かれた第6回ホリプロタレントスカウトキャラバンの優勝がきっかけで芸能界入りし、1982年に「潮風の少女」で歌手デビューをします。

その翌年の1983年、TBSで放送されたドラマ「スチュワーデス物語」の主演で脚光を浴び、「教官!」「ドジでノロマな亀」のセリフは当時の流行語となり、 翌1984年に新語・流行語大賞にノミネートされ、大衆賞を受賞しました。

2001年には、14年ぶりにシングル「ピンクのアオザイの裾を夜風にあそばせ -サウスウインド-」を発売。2005年から歌手活動を本格的に再開し、大阪(9月17日)・東京(9月24日)で、18年ぶりのソロコンサート「青春の忘れ物」を行ないます。
そこでは、タップダンスなどのダンスパフォーマンスを披露しました。

今日は、そんな堀ちえみの、1984年4月21日に発売された通算10枚目のシングルである「稲妻パラダイス」のB面に収録されていた、「青い真珠貝」をどうぞ。


青い真珠貝/堀ちえみ

この曲の歌詞はこちら

そうそう、「稲妻パラダイス」といえば、この曲を歌番組の「ザ・トップテン」で歌った際、右足を振り上げる振りつけのところで、力が入りすぎたのか靴が脱げてしまい、客席の方へ飛ばしてしまうというハプニングがありました。
この場面は、ハプニング映像として、たびたび取り上げられています。

詳しくは、タコ、じゃなかった、イカ、じゃなかった、以下のページをご参照ください。(^^)
わたくしSuper源さんが、靴を飛ばすその決定的瞬間を、なんと、暇にまかせて「GIFアニメ化」しています。

ドウデモ イイケド クドイヨ!(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)

「稲妻パラダイス/堀ちえみ」 - 名曲のご紹介
http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/986/

もしもあなたが、堀ちえみファンを自称するのならば、これは見逃せませんよ。(^^)v ← (^^;ホントカ?

なお、堀ちえみの芸名は、本名の「智栄美」を平仮名表記にしたもので、実子5人、現夫の連れ子2人の計7人の子がいる「芸能界一の子だくさん」としても知られています。

2018年02月13日

「アメリカンフィーリング/サーカス」- 名曲のご紹介

今日は、サーカスの「アメリカンフィーリング」のご紹介です。
アメリカンフィーリング サーカス ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

サーカスは、1978年にデビューした男女2人ずつからなる4人組のコーラスグループです。

メンバーは、叶正子、叶高、叶ありさ、吉村勇一。

サーカスは、1977年に「月夜の晩には」で仮デビューをします。
この時のメンバーは、すが健、茂村泰彦、叶正子、卯月節子です。

そして、1978年に、バンド活動を志向していた男性2名がメジャーデビュー直前に脱退。
急きょ叶正子の弟の高(たかし)と央介(おうすけ)を加えて再結成されました。

1978年に、シングル「Mr.サマータイム」(ミシェル・フュガンのカヴァー曲) で本格的にデビュー。
この曲は、同年8月中に100万枚を突破する大ヒットとなります。
他のヒット曲としては、1979年に発売された「アメリカン・フィーリング」、1988年発売の「Woman in Love」などもあります。


サーカスは、それまでどのグループにもなかった男女2人ずつ、しかも三人姉弟と従姉というユニークな編成のヴォーカルグループとして誕生したのが特徴です。

1984年に、卯月節子が結婚、叶央介はソロ活動のため二人はグループから離れ、原順子と嶋田徹の二人が新メンバーとして加入。

1988年には、嶋田徹がグループを離れ、叶央介が復帰。

1991年に、叶央介と原順子が結婚し、メンバー4人が「親族」となります。

今日は、そんなサーカスの、1979年に発売された「アメリカンフィーリング」をどうぞ。


アメリカンフィーリング/サーカス

この曲の歌詞はこちら

サーカスの近況

2013年に、叶央介と原順子が2人のライブユニット"J&O"の活動に専念するためグループを離れ、叶ありさと吉村勇一が新メンバーとして加入。

2013年4月24日に、メンバーチェンジ後初めてとなるアルバム「We Love Harmony!」を発表。

2013年5月29日に、アルバム「THE REBORN SONGS~80'sハーモニー~」を発表。

2018年02月02日

「お祭りの夜/小柳 ルミ子」 - 名曲のご紹介

今日は、小柳 ルミ子の「お祭りの夜」のご紹介です。

お祭りの夜 小柳 ルミ子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

小柳 ルミ子(こやなぎ ルミこ、本名:小柳 留美子、1952年7月2日 -)は、福岡県福岡市早良区出身の歌手、女優です。別名:rumico。愛称:ルミちゃん。

小柳 ルミ子は、1971年(昭和46年)4月25日に、ワーナーブラザーズパイオニアの邦楽部門初の歌手として契約し、作曲家平尾昌晃のプロデュースにより「わたしの城下町」で歌手デビューをします。この曲は、160万枚を売り上げ大ヒットとなり、同年のオリコン年間シングル売上チャートで第1位を記録。また、第13回日本レコード大賞最優秀新人賞も受賞します。

そしてその後は、「お祭りの夜」「雪あかりの町」「瀬戸の花嫁」「京のにわか雨」「漁火恋唄」と、ヒットを飛ばしていき、天地真理・南沙織らとともに、当時「三人娘」と呼ばれ、1970年代前半を代表するアイドルとなります。

さて、今日はそんな小柳ルミ子の、1971年9月10日に発売された2枚目のシングルである「お祭りの夜」をどうぞ。


お祭りの夜/小柳ルミ子

この曲の歌詞はこちら

この曲は、作詞:安井かずみ、作曲:平尾昌晃によるもので、同年の1971年に、オリコンでそれぞれ週間2位と年間42位を獲得しています。

小柳ルミ子は、その後1970年代後半~1980年代前半に入ってからは、アイドルというジャンルを卒業し、持ち前の歌唱力を活かした正統派歌手として、「冬の駅」「逢いたくて北国へ」「星の砂」「来夢来人(ライムライト)」「お久しぶりね」など、数々のヒット曲を飛ばします。

その軌跡として、デビュー年の1971年(昭和46年)から1988年(昭和63年)まで、「NHK紅白歌合戦」に18年連続出場という快挙(実績)を残しています。

さらに、小柳ルミ子は女優としても活躍。
1983年に「日本アカデミー賞最優秀主演女優賞」を受賞するなど、高い評価を受けています。

2018年01月25日

「めぐり逢い(Comme au premier jour)/アンドレ・ギャニオン(André Gagnon)」 - 名曲のご紹介

今日は、アンドレ・ギャニオンの「めぐり逢い」のご紹介です。

めぐり逢い アンドレ・ギャニオン ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

アンドレ・ギャニオン(Andre Gagnon、1942年8月1日 -)は、カナダの作曲家、ピアノ奏者です。
アンドレ・ギャニオンは、近年世界的にブームとなったヒーリング音楽の分野において有名なミュージシャンで、代表作に「めぐり逢い」などがあります。

今日は、1996年5月25日に発売された、その「めぐり逢い」をどうぞ。


めぐり逢い(Comme au premier jour)/アンドレ・ギャニオン(André Gagnon)

どこか哀愁のただよう、素敵なメロディーです。(^-')
有名な曲なので、きっと、どこかでお聴きになったことがある方も多いのではないでしょうか。

このような曲を聴くと、やはり音楽はメロディーが命だということが分かりますね。(@_@)ウーン
ストリングスアレンジも秀逸(しゅういつ)です。

アンドレ・ギャニオンは、ケベック州北部のサンパコムで19人兄弟の末っ子として生まれます。
そして、4歳のときに教会で聴いた音楽を自宅のピアノで弾き、これをきっかけにピアノを始めます。
6歳のときには作曲を始め、10歳のときにコンサートを開いてデビュー。

そして、モントリオールにある音楽学校でピアノ、和声、作曲、音楽理論を学んだ後、クラシックを学ぶためにパリへ留学します。
その留学中に、ポピュラー音楽に出会い、強い衝撃を受けた彼は、クラシックとポピュラーの架け橋となる音楽活動を志します。

なんというか…、やはり、普通の人(凡人)ではありませんね。(@_@)ウーン

A person who was born to make music.(音楽を作るために生まれてきた人)

という感じが、私にはします。(^^)

1967年には、モントリオール交響楽団で、自ら企画したコンサートにピアニストとして参加し、その地位を確立。
1970年には、大阪万博のカナダ館でコンサートを開くために初来日しています。

2018年01月23日

「恋人がサンタクロース/松任谷由実」 - 名曲のご紹介

今日は、松任谷 由実の「恋人がサンタクロース」のご紹介です。

恋人がサンタクロース 松任谷由実 ジャケットイメージ
写真は、
こちらからお借りしました。

松任谷 由実(まつとうや ゆみ、本名:同じ。旧姓:荒井 由実(あらい ゆみ1954年1月19日 -)は、東京都八王子市出身のミュージシャンです。愛称はユーミン(Yuming)。夫はアレンジャーの松任谷正隆。

松任谷 由実は、14歳の時に、プロとしての初めての仕事でスタジオでのピアノ演奏をします。
以後、スタジオで演奏をしながらオリジナルの曲を書き、15歳で作詞家としてデビュー。
1971年には、17歳で作曲家としてデビューをします。
その作品は、彼女を本格的なデビューへと誘った加橋かつみ(元ザ・タイガース)へ提供した「愛は突然に…」です。

1972年7月5日には、「返事はいらない」で荒井由実として歌手デビュー。
翌年の1973年11月に、ファーストアルバム「ひこうき雲」を発売。
当時、TBSラジオの深夜放送番組である「パックインミュージック」金曜日の第2部を担当していたパーソナリティ、林美雄の絶大な支持を受けて知名度が上がり、翌1974年から本格的にステージ活動を開始します。

1975年10月に発売されたシングル「あの日にかえりたい」(TBSドラマ「家庭の秘密」主題歌)は、初のオリコンチャート1位を獲得。1976年のシングル年間ランキング第10位のヒットとなり、第一次ブームを迎えます。

6年後の1981年6月に発売されたシングル「守ってあげたい」は、同年のシングル年間ランキング第10位のヒットとなり、第二次ブームが到来。

そして、同年に発売されたアルバム「昨晩お会いしましょう」以降のオリジナルアルバムは、17枚連続でオリコン1位を獲得し、1987年のアルバム「ダイアモンドダストが消えぬまに」以降は、9作連続のミリオンセラーとなります。

今日は、そんな松任谷 由実の、1980年12月1日に発売された、通算10枚目のシングルである「恋人がサンタクロース」をどうぞ。


恋人がサンタクロース/松任谷由実

この曲の歌詞はこちら

この曲は、山下達郎の「クリスマス・イブ」と並び、J-POP クリスマス・ソングの定番曲となっています。

この曲の作詞・作曲は松任谷由実で、歌詞にはユーミンらしい乙女チックな趣があり、メロディーはシンコペーションを多用した、快適なリズム感をもち、凝ったコード進行で流れていきます。

スキーをする 動物
写真は、こちらからお借りしました。

松任谷自身は、この曲をシングルカットしませんでしたが、後に多くのアーティストがカバーを発表。
また、松任谷のベストアルバム「Neue Musik」の収録曲を決めるファン投票で4位に入るなど、松任谷の代表曲の一つとなっています。