Super源さんの音楽ブログ

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「落葉のクレッシェンド/河合その子」 - オリコン週間2位を記録したヒット曲!

今日は、河合その子の「落葉のクレッシェンド」のご紹介です。

落葉のクレッシェンド 河合その子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

(かわい そのこ、1965年6月20日、本名: 後藤 その子(ごとう そのこ) 旧姓:河合)は、愛知県知多郡横須賀町(現 東海市)出身の元歌手です。

河合その子は女性アイドルグループである「おニャン子クラブ」の元メンバーで、会員番号は12番。
現役当時は、渡辺プロダクション→イザワオフィスに所属していました。

そして引退後は、専業主婦として、出身地の愛知県東海市にある実家の近くに居を構えていましたが、2010年に芸能活動を再開します。

今日は、そんな河合その子の、1985年11月21日に発売された、通算2枚目のシングルである「落葉のクレッシェンド」をどうぞ。
 
落葉のクレッシェンド/河合その子

この曲の歌詞はこちら

この曲は、オリコンチャートにおいて、週間2位、1985年度年間54位を記録しています。

「『落ち葉』ってどういう意味ニャン?」「それを聞くために、わざわざここまでよじ登って来たのかニャン?」

写真は、こちらからお借りしました。

この曲は、前作である「涙の茉莉花LOVE」から約2ヶ月ぶりに発売された曲で、カップリング曲の「午後のパドドゥ」はフジテレビ系「なるほど!ザ・ワールド」のエンディングテーマとして使用されました。

当初は「壊れたオルゴール」という歌詞でしたが、河合その子が「ル」の発音がうまくできなかったこともあって、変更されました。

なお、河合その子といえば、「青いスタスィオン」もおススメです。
お時間が許せば、是非お聴きになってみてください。
 
「青いスタスィオン/河合その子」 - 34.1万枚を売り上げた最大のヒット曲!|Super源さんの音楽ブログ

「青いスタスィオン/河合その子」 - 34.1万枚を売り上げた最大のヒット曲!|Super源さんの音楽ブログ


今日は、河合その子の「青いスタスィオン」のご紹介です。 写真は、こちらからお借りしました。河合その子(かわい そのこ、1965年6月20日、本名: 後藤 その子(ごとう そのこ) 旧姓:河合


こちらも素敵な楽曲ですよ。(^^)

「フィーリング/ハイ・ファイ・セット」 - オリコン週間2位を獲得したヒット曲&大川茂の「金庫破り事件」とその後を徹底解説!

今回は、ハイ・ファイ・セットの「フィーリング」のご紹介です。
ハイ・ファイ・セットは、山本潤子のソプラノと山本俊彦のテナー、そして大川茂のバス・ボイスによる抜群のコーラスワークと、都会的で洗練されたアレンジで、当時のニューミュージック全盛の時代に、高い人気を誇ったフォークグループです。

「フィーリングは、1977年にブラジルのシンガーソングライター、モーリス・アルバートの「愛のフィーリング」という曲にになかにし礼が歌詞をつけたカバー曲」です。

この記事では、「ハイ・ファイ・セット」というグループの紹介、「フィーリング」の楽曲紹介、そしてメンバーの1人である大川茂が起こして世間に衝撃を与えた「金庫破り事件」とその後について徹底解説します。

フィーリング ハイ・ファイ・セット ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

「ハイ・ファイ・セット」ってどんなグループ?

「ハイ・ファイ・セット」は、1974年に結成され、1994年に解散したコーラスグループです。

「ハイ・ファイ・セット」は、フォークグループ「赤い鳥」が1974年9月に解散後、同グループのメンバーだった山本潤子(旧姓、新居潤子。1973年4月メンバーの山本俊彦と結婚)、山本俊彦、大川茂の3人によって、同年の10月に結成されました。

「ハイ・ファイ・セット」というグループ名は、この頃頻繁(ひんぱん)にバックも勤めていたティン・パン・アレイの細野晴臣(ほその はるおみ)の案によるといいます。

そして、1975年に、「卒業写真」と、同名のアルバムの同時発売でレコード・デビューをします。

以降、「冷たい雨」「朝陽の中で微笑んで」など、荒井由美(現;松任谷由実)の曲を数多くヒットさせ、後に荒井由美自身がセルフ・カバーしたことでいっそう人気が高まります。
 

「冷たい雨/ハイ・ファイ・セット」 - 「卒業写真」でデビューしたハイ・ファイ・セットの、1976年のヒット曲|Super源さんの音楽ブログ


今日は、ハイ・ファイ・セット(Hi-Fi Set))の「冷たい雨」のご紹介です。 写真は、こちらからお借りしました。ハイ・ファイ・セットは、1974年に結成され、1994年に解散したコーラス


1977年に、ブラジルのシンガーソングライター、モーリス・アルバート(英語版)の「愛のフィーリング(原題はFeelings)」になかにし礼が歌詞をつけたカバー曲「フィーリング」が大ヒット。

以降、ハイ・ファイ・セットは、山本潤子のソプラノと山本俊彦のテナー、そして大川茂のバス・ボイスによる抜群のコーラスワークと、都会的で洗練されたアレンジで、ニューミュージック全盛の時代に高い人気を誇ります。

「フィーリング」名曲紹介

さてそれでは、そんなハイ・ファイ・セットの、1976年12月1日に発売された、その「フィーリング」をどうぞ。
 
フィーリング/ハイ・ファイ・セット

この曲の歌詞はこちら

この曲は、オリコンで週間2位、同じくオリコンで1977年度年間10位を獲得しています。

ハイ・ファイ・セットのその後

ハイ・ファイ・セットは、1980年にいったん活動を停止しますが、1年後に活動を再開。
4ビートジャズを日本語の歌詞で歌うなど、新境地を開拓します。

1984年には、「素直になりたい」がシチズンのCMソングに使われてヒット。
1992年10月に活動を休止するまで、シングル曲26枚、アルバム19枚を残し、1994年9月に解散します。


ゆうちゃん



そう言えば、ハイファイセットは解散後にトラブルがあったね


しんちゃん



どんなトラブル?


ゆうちゃん



ヒゲの大川さんが、金庫破りをして逮捕されたんだ

しんちゃん



えええっ?
なお、

衝撃的な「ハイ・ファイ・セット」元メンバー 大川茂逮捕事件!

1995年に起きた「ハイ・ファイ・セット」元メンバー 大川茂(おおかわ しげる) の逮捕事件は、当時大きな衝撃を与えました。
この事件を一言で言えば、大川茂が横浜市青葉区のスーパーマーケットの事務所に侵入し、金庫をこじ開けようとして窃盗未遂容疑で現行犯逮捕された、というものです。

事件の概要(1995年6月9日)

  • 日時:1995年6月9日
  • 場所:横浜市青葉区のスーパー「ビッグライス荏田店」
  • 内容:店内に侵入し、事務所にある金庫をこじ開けようとしたところを現行犯逮捕された
この事件は、人気コーラスグループ「ハイ・ファイ・セット」の低音パートを担当し、髭がトレードマークだった大川氏が起こしたことで、当時のファンに大きな衝撃を与えました。

その後の処分

この事件は不起訴処分となり、刑事裁判には至りませんでした。
しかしながら、大川茂はその後音楽活動には復帰せず、表舞台から姿を消すことになります。

大川茂の事件後の生活(報道・証言ベース)

事件を起こした後の大川氏については、公式な情報は多くありませんが、以下のような証言が残っています:
  • タクシー運転手などの仕事をしていたが、長続きせず転々としていた
  • 自分の歌がカーラジオで流れると、当初はつらかったが、最近は何とも思わなくなった
  • 静かに暮らしているので、そっとしておいてほしいという内容の週刊誌記事があった
これらは、週刊誌や個人投稿の情報であり、一次情報としての確度は限定的ですが、事件後の様子として広く語られている内容です。

なお、グループは1994年に解散しており、事件は解散の翌年に発生しています。

大川茂は「金庫破りの見張り番」だった!?

一方で、ネット検索をすると、大川茂は「金庫破りの見張り番」をしていた、という内容の記事が見つかります。
この内容の記事の信ぴょう性はどうなのでしょうか?


この言い回しの記事は、二次的な記述では見つかります。
たとえば、検索結果上では、「横浜市青葉区の食料品店『スーパー・ビックライス』の金庫事件で見張り役の共犯として現行犯逮捕」とするブログ系記述があります。


しかし、これは一次報道そのものではなく、しかも時期を『95年9月』とするなど、他の公式な公開情報(朝日新聞1995年6月10日付を出典にする要約)とはズレがあります。なので、これらの記述は未確認の補足情報として扱うのが妥当です。

まとめると…

  • 1995年6月9日、大川茂は横浜市青葉区のスーパーで金庫破り未遂により現行犯逮捕
  • 不起訴処分となる
  • その後は音楽活動に復帰せず、一般の仕事を転々としながら静かに暮らしているとされる
なお、山本潤子は解散後、ソロシンガーとして活動しています。

「君が美しすぎて/野口五郎」 - オリコン3位を獲得したヒット曲!

今日は、野口 五郎の「君が美しすぎて」のご紹介です。

君が美しすぎて 野口五郎 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

野口 五郎 (のぐち ごろう、本名:佐藤 靖 (さとう やすし 1956年2月23日-) は、岐阜県美濃市出身の歌手、俳優です。
妻は三井ゆり。

野口 五郎は、1970年代に「新御三家」の一人として、日本を代表し、活躍したアイドルです。
3歳から歌い始め、1966年10月にフジテレビの『ちびっこのどじまん』で荒木一郎の「今夜は踊ろう」を歌い、優勝します。

1971年5月1日、「博多みれん」で演歌歌手として「かわいらしい演歌ホープ」のキャッチフレーズと共にデビューしましたがまったく売れず、2曲目の「青いリンゴ」からポップス歌手に転向したところ、若い女性ファンの人気を獲得します。

1972年12月31日、第23回NHK紅白歌合戦において、当時としては最年少(16歳10か月)となる初出場歌手に抜擢され、「めぐり逢う青春」を歌います。

1973年4月9日、「オレンジの雨」がオリコン週間チャートで初のベストテン入り。
 

「オレンジの雨/野口五郎」- オリコン週間6位を記録したヒット曲!|Super源さんの音楽ブログ


今日は、野口 五郎の「オレンジの雨」のご紹介です。 写真は、こちらからお借りしました。野口 五郎 (のぐち ごろう、本名:佐藤 靖 (さとう やすし 1956年2月23日-) は、岐阜県美濃


続いて発売された「君が美しすぎて」が、第3位にランクイン。
野口 五郎は、この曲で第24回NHK紅白歌合戦に出場。西城秀樹・郷ひろみと共に新御三家と呼ばれて、一躍トップアイドルの仲間入りを果たします。

今日は、1973年7月1日に発売された通算9枚目のシングルである、その「君が美しすぎて」をどうぞ。
 この曲の歌詞はこちら

この曲は、オリコン週間チャートにおいて最高3位、年間チャートにおいて33位、そして29.9万枚の売り上げを達成しました(いずれもオリコン)。

また、キャンディーズが、自身のアルバム「あなたに夢中~内気なキャンディーズ~」で、この曲をカバーしています。

2000年4月に、サンタナのヒットシングル「Smooth」を、「愛がメラメラ」として日本語詞を付けてカバーした際には、カルロス・サンタナとの面会も果たしています。

2005年には、ヘヴィメタル専門番組「ヘビメタさん」に出演し、元メガデスのマーティ・フリードマンと競演します。

東京都に本社と工房を置くギターメーカー「Combat Guitars」から、野口五郎モデルのギターが発売されていました (現在は製造販売終了) 。

また、野口五郎は、ベーシストとしても活動しており、主に演歌のレコーディングに、スタジオ・ミュージシャンの立場で数多く参加しています。