「スカイレストラン/Hi Fi・Set(ハイ・ファイ・セット)」- 歌詞はユーミンが「あの日にかえりたい」用に書いたものだった!? ハイ・ファイ・セットのグループ名の由来、その後も解説
- 名曲紹介
- 2018年10月24日
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ハイ・ファイ・セットは、1974年に結成され、1994年に解散したコーラスグループです。山本潤子のソプラノと山本俊彦のテナー、そして大川茂のバス・ボイスによる抜群のコーラスワークと、都会的で洗練されたアレンジで、当時のニューミュージック全盛の時代に、高い人気を誇ったフォークグループです。
「スカイレストラン」は、そんなハイ・ファイ・セットの1975年のヒット曲で、歌詞はユーミンが「あの日にかえりたい」用に書いたものです。
この記事では、「ハイ・ファイ・セット」というグループの紹介、「スカイレストラン」の楽曲紹介、グループ名の由来、「あの日にかえりたい」の歌詞が使われることになった経緯、そして山本潤子、山本俊彦、大川茂3人のメンバーのその後について詳しく解説します。
写真は、こちらからお借りしました。
ハイ・ファイ・セットってどんなグループ
ハイ・ファイ・セットは、1974年に結成され、1994年に解散したコーラスグループです。ハイ・ファイ・セットは、フォークグループ「赤い鳥」が1974年9月に解散後、同グループのメンバーだった山本潤子(旧姓、新居潤子。1973年4月メンバーの山本俊彦と結婚)、山本俊彦、大川茂の3人によって、同年の10月に結成されました。
そして、1975年に、「卒業写真」と、同名のアルバムの同時発売でレコード・デビューをします。
以降、「冷たい雨」「朝陽の中で微笑んで」など、荒井由美(現;松任谷由実)の曲を数多くヒットさせ、後に荒井由美自身がセルフ・カバーしたことでいっそう人気が高まります。
1977年に、ブラジルのシンガーソングライター、モーリス・アルバート(英語版)の「愛のフィーリング(原題はFeelings)」になかにし礼が歌詞をつけたカバー曲「フィーリング」が大ヒット。
「フィーリング/ハイ・ファイ・セット」 - オリコンで週間2位&1977年度年間10位を獲得したヒット曲|Super源さんの音楽ブログ
今日は、ハイ・ファイ・セット(Hi-Fi Set))の「フィーリング」のご紹介です。 写真は、こちらからお借りしました。ハイ・ファイ・セットは、1974年に結成され、1994年に解散したコー
「スカイレストラン」名曲紹介
さてそれでは、そんなハイ・ファイ・セットの、1975年11月5日に発売された通算4枚目のシングルである「スカイレストラン」をどうぞ。スカイレストラン/Hi Fi・Set(ハイ・ファイ・セット)
この曲の歌詞はこちら。
「ハイ・ファイ・セット」のグループ名の由来は?
「Hi-Fi(ハイファイ)」は「High Fidelity(高忠実度・高音質)」の略で、それに「一揃い、セット」を意味する「Set」を合わせた言葉です。オーディオ用語の「Hi-Fi(高音質・原音に忠実な再生)」のように、「高音質で洗練された、素晴らしいコーラス・ハーモニーを聴かせるメンバーの集まり(セット)」という意味で、1974年のハイファイセット結成時に、細野晴臣の案で名付けられました。YAHOO!知恵袋
ユーミンの「あの日にかえりたい」の歌詞が使われるようになった経緯
もともと、この曲の歌詞は、ユーミンの「あの日にかえりたい」の歌詞として書かれたもので、ユーミンはその後、「あの日にかえりたい」を書き直し、この「スカイレストラン」に使ったということです。その経緯は、ちょっと面白いです。
- 1975年、ユーミン(当時・荒井由実)は、TBSドラマ『家庭の秘密』の主題歌のために曲を用意。
- そのときのメロディーは、現在の「あの日にかえりたい」。
- ところが、最初に書いた歌詞がドラマの内容に合わないとして変更されることに。
- そこで、ボツになった元の歌詞を生かす形で、村井邦彦が新たにメロディーを付けでできた曲が「スカイレストラン」。
- その後、ドラマ用に書き直された歌詞が、現在知られている「あの日にかえりたい」になった
つまり、
「あの日にかえりたい」のメロディー
↓(最初はここに「スカイレストラン」の歌詞が乗っていた)
元の歌詞を別のメロディーに移植
↓
「スカイレストラン」
という関係なのです。
そのため、これら2曲の詞は、相互に入れ替えても違和感なく聴くことができます。
「スカイレストランまで、跳びたい気分だニャー!」
写真はこちらからお借りしました。
ハイ・ファイ・セットのその後は?
1980年にいったん活動停止し、1年後に活動再開:ハイ・ファイ・セットは、1980年にいったん活動停止しますが、1年後に活動を再開。4ビートジャズを日本語の歌詞で歌うなど新境地を開拓します。
1984年には、「素直になりたい」がシチズンのCMソングに使われてヒット。
そして、1992年10月の活動休止まで、シングル曲26枚、アルバム19枚を残し、1994年9月に解散します。
山本潤子は無期限休養に:山本潤子は、ハイファイセットを解散後、シンガー・ソングライターとして活動していましたが、喉の不調から、2014年2月23日に静岡県沼津市の沼津市民文化センターで行ったコンサートで、同年5月6日に名古屋で行われるコンサートを最後に無期限休養に入ることを報告。
2月25日には、同内容をブログでも公表しました。
山本俊彦は虚血性心不全で死去:山本俊彦は、ハイファイセットを解散後、音楽プロデューサーとして活動していましたが、2014年3月27日、虚血性心不全のため東京都世田谷区の自宅で死去しました。享年67歳でした。
3月28日の午前6時50分、自宅の2階で倒れているのを妻の潤子が発見して救急車を呼びましたが、救急隊員が駆けつけた時には既に死亡していたといいます。
大川茂は窃盗未遂事件で逮捕:大川茂は1995年、横浜市青葉区のスーパーマーケットにて金庫破り事件を起こし逮捕されました。この事件では不起訴処分となりましたが、音楽活動には戻っていません。
詳しくは、以下の記事をお読みください。
「フィーリング/ハイ・ファイ・セット」 - オリコン週間2位を獲得したヒット曲&大川茂の「金庫破り事件」とその後を徹底解説!|Super源さんの音楽ブログ
今回は、ハイ・ファイ・セットの「フィーリング」のご紹介です。ハイ・ファイ・セットは、山本潤子のソプラノと山本俊彦のテナー、そして大川茂のバス・ボイスによる抜群のコーラスワークと、都会的で洗練されたア