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2016年02月29日

「私はピアノ/高田みづえ」 - 名曲のご紹介


今日は、高田 みづえの「私はピアノ」のご紹介です。

私はピアノ 高田みづえ ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

高田 みづえ(たかだ みづえ、戸籍名:日高 みづえ(旧姓:高田) 1960年6月23日 -)は、鹿児島県揖宿郡頴娃町(かごしまけんいぶすきぐんえいちょう:現・南九州市)出身の元歌手・元タレントです。
相撲部屋の「おかみ」で、夫は元大関の大相撲力士(現・二所ノ関親方の若嶋津六夫(本名:日高六男))。
長男は元俳優の勝信。長女はタレントのアイリ。

高田 みづえは、フジテレビのオーディション番組「君こそスターだ!」で第18回グランドチャンピオンとなり、1977年3月25日に「硝子坂(ガラスざか)」でアイドル歌手としてデビューをします。

デビュー曲の「硝子坂(がらすざか)」から好調なすべり出しで、「だけど…」「ビードロ恋細工」「花しぐれ」と、4曲連続でヒット。
同年1977年に、第19回日本レコード大賞・新人賞、日本歌謡大賞・放送音楽新人賞、FNS歌謡祭・最優秀新人賞などの新人賞を受賞します。

その後、しばらくヒットに恵まれない時期がありましたが、1980年7月に発売された「サザンオールスターズ」のカバー曲「私はピアノ」を歌って、再びブレイク。
「第31回NHK紅白歌合戦」にも2年ぶりに出場します。

その後は、「愛のイマジネーション」のB面に収録されたカバー曲「真夜中のギター」がヒット。
1982年には、音つばめの曲をカバーした「愛の終りに」と、アリスの谷村新司作詞・作曲で谷村自身がバックコーラスも担当した「ガラスの花」を発売します。

今日は、そんな高田 みづえの、1980年7月25日に発売された通算12枚目のシングルである「私はピアノ」をどうぞ。


私はピアノ/高田みづえ

高田みずえはこの曲で、「花しぐれ」以来、8作ぶりにオリコンTOP10入りを果たし、最高位は3位まで上昇しました。
また、シングルの売上も50万枚近い記録となり、高田みづえ自身最大のヒット曲となりました。

ちなみに、この曲は当初、弘田三枝子の新曲として発売される予定で、アレンジ、歌の仮録音まで済んでいました。
が、高田みづえ側から、この曲をどうしても歌いたいと申し出があり、弘田三枝子側が譲ったいきさつがあるといいます。


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