相撲部屋の女将になった伝説のアイドル──高田みづえ、デビュー曲『硝子坂』に隠された知られざる素顔
- 名曲紹介
- 2015年05月18日
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写真は、こちらからお借りしました。
高田みづえってどんな人?
高田 みづえ(たかだ みづえ、戸籍名:日高 みづえ(旧姓:高田) 1960年6月23日 -)は、鹿児島県揖宿郡頴娃町(かごしまけんいぶすきぐんえいちょう:現・南九州市)出身の元歌手・元タレントです。相撲部屋の「おかみ」で、夫は元大関の大相撲力士(現・二所ノ関親方の若嶋津六夫(本名:日高六男))。
長男は元俳優の勝信。長女はタレントのアイリです。
高田 みづえは、フジテレビのオーディション番組「君こそスターだ!」で第18回グランドチャンピオンとなり、1977年3月25日に「硝子坂(がらすざか)」でアイドル歌手としてデビューをします。
デビュー曲の「硝子坂(がらすざか)」から好調なすべり出しで、「だけど…」「ビードロ恋細工」「花しぐれ」と、4曲連続でヒット。
同年1977年に、第19回日本レコード大賞・新人賞、日本歌謡大賞・放送音楽新人賞、FNS歌謡祭・最優秀新人賞などの新人賞を受賞します。
その後、しばらくヒットに恵まれない時期がありましたが、1980年7月に発売された「サザンオールスターズ」のカバー曲「私はピアノ」を歌って、再びブレイク。
「第31回NHK紅白歌合戦」にも2年ぶりに出場します。
その後は、「愛のイマジネーション」のB面に収録されたカバー曲「真夜中のギター」がヒット。
1982年には、音つばめの曲をカバーした「愛の終りに」と、アリスの谷村新司作詞・作曲で谷村自身がバックコーラスも担当した「ガラスの花」を発売します。
「硝子坂(ガラスざか)」名曲紹介
さてそれでは、そんな高田 みづえのデビュー曲である「硝子坂(ガラスざか)」をどうぞ。この曲の歌詞はこちら
高田みづえは、デビューが同期で仲の良かった榊原郁恵・清水由貴子とあわせて「フレッシュ3人娘」と呼ばれていました。
高田みづえは、私はデビュー当時から知っていますが、ちゃらちゃらしたところのない、落ち着いた大人の雰囲気をもった女性だったと記憶しています。
ただ、歌はうまいのですが、私にはその歌唱が何となく演歌っぽく感じられ ン ?(?_?)ソウナノカ?、ちょっぴり引いていたところがあります。(^^;
そのくせ、「硝子坂」と「私はピアノ」が発売された時は、すぐにシングル版を買いにレコード屋に走っていきましたが…。(^ o ^;
「硝子坂」の歌詞の意味は?
タイトルの「硝子坂」は、**「ガラスのように脆くて、つるつる滑って登りにくい恋の坂」**という意味合いで使われています。直訳っぽく言えば。「ガラスの坂」というのは、実際は比喩で、
- 壊れやすい
- 足場が悪い
- たどり着きにくい
- 関係が不安定
歌詞は、好きな相手が「坂の上」にいて、自分はその手前で悩み続ける内容になっており、最後まで“近づきたいのに近づけない恋”が描かれています。
高田みづえの近況
1985年に芸能界を引退した高田みづえですが、その後も松ヶ根部屋(現・二所ノ関部屋)のおかみとして、特別番組などで時々テレビに出演しています。1988年2月には、高田と親交が深かった芳村真理が「夜のヒットスタジオ」の司会を勇退(ゆうたい)する際、花束贈呈のために、夫の松ヶ根親方とともに特別出演しました。
近年では、2014年1月5日放映の「行列のできる法律相談所・明石家さんま2時間スペシャル!」(日本テレビ)にゲスト出演し、司会のさんまと約30年ぶりのテレビ共演を果たしています。
また、2017年2月20日に、出生から中学卒業までを過ごした南九州市の観光大使に就任しました。