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2016年01月18日

「レイニーブルー/徳永英明」 - 名曲のご紹介


今日は、徳永英明の「レイニーブルー」のご紹介です。

レイニーブルー 徳永英明 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

徳永英明(とくなが ひであき、本名同じ、1961年2月27日 -)は、兵庫県伊丹市出身のシンガーソングライター、作曲家、俳優です。

徳永 英明は、19歳の時に上京し、アルバイトをしながらミュージシャンを目指します。
そして、6年後の1986年1月21日、アルバム『Girl』、シングル「Rainy Blue」でRadio Cityレコードよりデビューを果たします。

翌年の8月、富士フイルム「フジカラー」のCMソングとなったシングル「輝きながら…」がヒット曲となり、ブレイクします。この曲が収録されたアルバム『BIRDS』は、マイケルジャクソンの2週連続1位の記録を抜き、オリコンチャート1位を獲得します。

今日は、そんな徳永英明の、1986年1月21日に発売されたデビュー曲である「レイニーブルー」をどうぞ。


レイニーブルー/徳永英明

この曲は、徳永英明がバイト先の軽井沢で知り合った大木誠と共に作り上げた楽曲で、レコード化の際、歌詞が一部変更されています。

元のバージョンは、ライブで歌われることがあり、1990年発売のライブアルバム「徳永英明Live」に収録されています。

この曲は1997年に再アレンジされ、「Rainy Blue~1997 Track~」として再発売されています。

タイトルは、もともと「Rainy Blue」と英字表記でしたが、1997年11月1日に再発売されたときのGracenoteへの登録が「レイニー ブルー」だったことから、近年は「レイニーブルー」とカナカタ表記になっています。

徳永英明のエピソードいろいろ

徳永英明は、日常会話では関西弁を話しますが、テレビ番組のインタビューでは九州なまりが時々出ています。

ダウンタウンの松本人志の兄の松本隆博は、中学時代の同級生の友人です。
また、ダウンタウンの浜田雅功の実家の隣が、徳永の親友の実家だったため、徳永が「HEY!HEY!HEY!」へ親友とその妹を連れて浜田と対面させたことがあります。
その親友は相当なヤンキーだったらしく、浜田はそれ以降徳永を「兄やん」と呼ぶようになりました。

2006年に「NHK紅白歌合戦」に初出場した際、リハーサルで出場曲「壊れかけのRadio」の歌う部分を下げるなど、本来の歌い方より崩して歌ったといいます。
そのリハーサルを見ていたSMAPの中居正広(白組司会)に、「徳永さん、なんでそんなことするんですか。ちゃんとCD通りに歌って下さいよ」と言われ、それを聞いた瞬間、「テレビの前の人たちは、この曲をCD通りに歌うことを望んでいるに違いない」とは思いましたが、結局、本番では下げた歌い方で披露されました。

徳永英明は、以前は喫煙していましたが、もやもや病から復帰してからは禁煙しており、できるだけ副流煙も吸わないように努めています。

この、もやもや病というのは、脳血管障害の一種です。
詳しくは、以下の記事をご覧下さい。

もやもや病とは? | 雑学とトリビアの杜
http://www.zatsugaku-trivia.com/zatsugaku/%E3%82%82%E3%82%84%E3%82%82%E3%82%84%E7%97%85%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F.html


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