本田路津子「風がはこぶもの」とは?ヒット曲の魅力と現在の活動をわかりやすく紹介
- 名曲紹介
- 2011年04月12日
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本田路津子ってどんな人?
本田 路津子(ほんだ るつこ、1949年1月6日 -)は、福岡県大牟田市出身の元フォークシンガー、現ゴスペルシンガーです。本田路津子は、1970年にジョーン・バエズの「シルキー」を歌ってハルミラフォークコンテストに優勝し、CBSソニーから「秋でもないのに」で歌手デビューします。
「秋でもないのに」と「風に吹かれて行こう」 - 懐かしのフォークソングの名曲を2曲ご紹介|Super源さんの音楽ブログ
写真はこちらからお借りしました。 写真はこちらからお借りしました。9月に入っても、晴れた日にはなお残暑の厳しい今日この頃ですが、少し前から朝方と夕方の気温はかなり低くなり、秋の気配を感じ
その後、「風がはこぶもの」「ひとりの手」(オリジナルはピート・シーガー。原詩は讃美歌)、「今日の日はさようなら」等のヒットを飛ばし、また、NHK朝の連続テレビ小説「藍より青く」の主題歌「耳をすましてごらん」(1990年に南野陽子がカバーし、こちらもヒット)もヒットとなります。
一方、テレビCMでは、『三ツ矢サイダーシルバー(♪遠くへ行きたいな)』、『HOYA眼鏡(♪あなたのことは)』、『トワイニング紅茶(♪アイスティーを作るなら)』を手がけています。
「風がはこぶもの」名曲紹介
さて、それでは早速、1971年2月1日に発売された、本田路津子の「風がはこぶもの」をどうぞ。( ^-^)/
風がはこぶもの/本田路津子この曲の歌詞はこちら。
「風がはこぶもの」の特徴と聞きどころは?
本田路津子の「風がはこぶもの」は、1971年2月に発売された2枚目のシングルで、作詞・山上路夫、作曲・菅原進、編曲・青木望による楽曲です。「風がはこぶもの」の特徴
- 「風」を恋心の媒介にした、非常に抒情的な歌:この曲のいちばん大きな特徴は、直接「好き」と伝えるのではなく、**「風に自分の声や愛を託して、相手に届けてもらう」**という発想です。 街を歩いているとき、夜眠るとき――どこにいても「風の中に私の声がする」――つまり、目に見えない「風」が、主人公の秘めた恋心を運ぶ存在になっているのです。 そのため、恋愛の歌でありながらも、どこか孤独感と祈りのような雰囲気が漂う曲になっています。
- 本田路津子の声質と非常によく合っている:本田路津子の歌唱は、力強く押し出すというよりも、澄んだ声で言葉を丁寧に届けるタイプです。換言すれば、「すきとおるような声で優しく歌う」歌い方です。 「風がはこぶもの」では、この声質が特に生きています。 大げさに悲しんだり、恋を激しく訴えたりせず、**「届かないなら、せめて風よ伝えて」**と静かに歌う。その歌い方が、かえってこの曲の切なさを増しています。
- 覚えやすく、歌いやすいメロディ:本田路津子本人も、この曲について「とっても歌いやすい曲」「ギターも弾きやすく、覚えやすい曲」と語っています。実際、この曲は後に学校やママさんコーラスなどでも歌われていたそうです。 つまり、複雑な技巧を楽しむタイプの曲というよりお、メロディと歌詞が素直に心へ入ってくる曲と言えます。
「風がはこぶもの」の聴きどころ
- 注目ポイント:特に注目して聴いてほしい部分は、「風よ 愛を伝えて」というところです。 ここでは、それまでの「自分の中にある恋心」が、初めて風に向かって託されます。
- 興味深い点:この曲の興味深いところは、主人公自身が相手のところへ行くのではなく、風に「代わりに伝えて」と頼んでいることです。
なので、この曲の「風」は単なる自然描写ではなく、 「言えない気持ちを代わりに届けてくれるもの」 として機能しています。そして最後の「愛を伝えて」へ向かうところでは、同じ言葉の繰り返しによって、届いてほしいという願いが余韻として残る。ここがこの曲の美しいところです。
「路津子」の由来は、旧約聖書の「ルツ記」から?
本田路津子の「路津子」の名前の由来ですが、これはキリスト教徒だった両親が、旧約聖書の「ルツ記」に出てくるボアズの誠実な嫁ルツからとったものと言われています。
ルツは本来のキリスト教での表記は「路律」ですが、「路律子」とすると読み方があまりに難しいため、路津子にしたということです。
本田路津子のその後・現在
結婚・引退、キリスト曲に帰依-そして音楽活動継続
本田路津子は、1975年に結婚を理由に引退して渡米します。
その時に行なわれた「さよならコンサート」で、最後の曲として『至上の愛』(ジュディー・コリンズのアメイジング・グレイス)を熱唱。自らキリスト教に帰依(きえ)する覚悟を明かします。
そして1988年に帰国。それ以降、国内外の教会のコンサートなどで神の愛を歌い、賛美歌の歌い手として活躍しています。
2001年には、第4回ゴスペルCCM賞大賞のアーティスト部門・アルバム部門と国際ソロプチミスト賞を受賞。 そして現在も、音楽活動を続けています。
最近は、ゴスペルシンガーとしての活躍が中心
最近は、かつての“カレッジフォークの女王”というイメージよりも、ゴスペルシンガーとしての活動が中心です。
キリスト教音楽のコンサートやチャペルライブなどに出演しており、近年もアルバム発売が確認されています。
また、テレビの懐メロ系・昭和音楽番組に出演することもあります。
2025年には、BSテレ東系「武田鉄矢の昭和は輝いていた」に出演していました。