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2018年12月11日

「青い麦/伊藤 咲子」 - 名曲のご紹介


今日は、伊藤 咲子の「青い麦」のご紹介です。

「青い麦 伊藤咲子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

伊藤 咲子(いとう さきこ、本名:千葉咲子、1958年4月2日 -)は、東京都出身の女性歌手です。
愛称は、サッコ。

伊藤 咲子は、1973年 15歳の時にオーディション番組「スター誕生!」で優勝し、芸能界入りをします。
そして、翌年の1974年に、 「ひまわり娘」でアイドル歌手としてデビュー。

同年末に、「木枯しの二人」を発売。この曲は、翌年の1975年、オリコン年間ヒットチャートで36位にランクインし、自身最大のヒット曲となります。

また、翌年の1976年には、 「きみ可愛いね」で第27回NHK紅白歌合戦初出場を果たします。

そして、「想い出のセンチメンタル・シティ」の発売と同時に、デビュー以来のシングル盤の総数が200万枚を突破したと東芝EMIから発表されます。

1984年には、デビュー10周年を記念して、写真集が出版されます。

今日は、そんな伊藤咲子の、前曲「木枯らしの二人」に続いて1975年03月20日に発売された、通算4枚目のシングルである「青い麦」をどうぞ。


青い麦/伊藤 咲子

この曲の歌詞はこちら

デビューにあたり、「スター誕生!」で芸名を公募しましたが、その際、下ネタ嫌いと言われる司会の萩本欽一から、男性器をもじった案が紹介されました。

その前には、スター誕生出身で、当時「花の中三トリオ」と呼ばれた森昌子・山口百恵・桜田淳子からそれぞれの頭文字をとった「森山 桜」という案も紹介されていました。

しかしながら、最終的には本名でデビューすることになったと萩本欣一が発表しました。

また、歌手活動休止期間はカラオケパブの経営者をしていましたが、その間伊藤咲子がアイドル歌手だった頃のファンがたびたび訪れたといいます。

ちなみに、伊藤咲子は祖父母が山形県出身で、両親は山形疎開時に結婚したため、山形に深い思い入れがあります。
そのため、出生も育った所も東京ですが、山形は自分の故郷だと語っています。


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