Super源さんの音楽ブログ

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「LOVE PHANTOM/Bz(ビーズ)」 - オリコン1位を記録した1995年のヒット曲! バンド名の由来も紹介

今日は、Bz(ビーズ)の「LOVE PHANTOM(ラブ・ファントム)」のご紹介です。

LOVE PHANTOM Bz ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

ええと…。(^・^)
Bzは、超メジャーなバンドで、活動期間も長く、おそらくご存知のない方はいらっしゃらないのではないかと思われますので、今日は曲のご紹介のみにとどめたいと思います。

それでは早速「LOVE PHANTOM」をどうぞ。( ^-^)/

ドウ、イイ 趣味 デショ?(^-~)ヾ(^^;)ネエネエ、ソレヨリ、コレッテ、タダノ テヌキジャ…。
 
LOVE PHANTOM/Bz(ビーズ)

この曲の歌詞はこちら

といいながら、ちょこっと解説。(^^;

この曲は、1995年10月11日に18作目のシングルとして発売されたもので、チャート最高順位は以下の通りです。

1.週間1位 (オリコン)
2.1995年10月度月間1位 (オリコン)
3.1995年11月度月間5位 (オリコン)
4.1995年12月度月間17位 (オリコン)
5.1995年度年間10位 (オリコン)
6.1996年度年間109位 (オリコン)
7.オリコン歴代シングルランキング32位

「LOVE PHANTOM」のジャケットは、「ドラキュラ」などの映画からインスピレーションを得たもの

この曲のジャケット写真は、アップで撮影された目の中にメンバーが映っているというデザインで、これは、「インタビュー・ウィズ・バンパイア」や「ドラキュラ」などの映画からインスピレーションを得たメンバーからの、「ビジュアルの世界観からロゴも含めてイメージを膨らませてほしい」という意向を反映させたものとなっています。

また、CDジャケット及びCDラベルの「LOVE PHANTOM」の"T"の表記は、十字架(♰)となっています。

「B'z」というバンド名の由来は?

「B'z」というバンド名について、メンバーはインタビューなどで「深い意味はない」としています。
これまで、B'zの2人が説明している名前の由来は、一貫していません。
例えば、以下のように説明されています。

1.「英語のアルファベットの最初の文字Aと最後の文字Zを使って、「AからZのすべてをカバーする」という意味を込めて「A'z」(アズ)とする予定だったが、「A'z≒エイズ(AIDS)」と読まれる可能性があったため、別の案を検討した結果、「Aの次はBだろう」という理由で「B'z」となった

2.「B」から始まる名前は力強いバンドが多く、「B'zだと憶えやすそう」という意見もあり、「B'z」となった

3.「ビートルズ(The Beatles)の"B"と、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)の"Z"」を合わせてB'z」となった。

この件に関して、ビーイング創業者である長戸大幸は、当時は「JT」や「JR」などのネーミングが世の中に出てきた頃だったため、当初は「A'z」(アズ)にしようとしましたが、同時期にロート製薬の「AtoZ」がテレビCMで頻繁に流れていたため、周囲から「ロート製薬からとったでしょ」と言われるようになり、「A'z」でのテスト盤をすべて止めて「B'z」にしたと述べています

ちなみにこの曲は、1995年に発売された、彼らの18枚目のシングルです。

「酒と泪と男と女」 - 「黄桜酒造」のCMソング&面白い制作裏話を6つ厳選して紹介!

今回は、河島英五の「酒と泪と男と女(さけとなみだとおとことおんな)」のご紹介です。
河島英五は、一本気で豪快でありながら、繊細で優しい人柄と生き方をあわせもった歌手です。
「酒と泪と男と女」は、1976年に発表された曲で。「黄桜酒造(現:黄桜)」のCMソングとして使われてヒットしました。
この曲は河島英五自身の作詞作曲によるもので、なんと、18歳の時に法事の席で作った曲だといいます。
この記事では、河島英五の人物紹介、「酒と泪と男と女」の楽曲紹介、そして、この曲にまつわる面白い制作裏話を6つ厳選してご紹介します!

酒と泪と男と女 川島英五 ジャケットイメージ
写真はこちらからお借りしました。

河島英五ってどんな人?

河島 英五(かわしま えいご、1952年4月23日 - 2001年4月16日)は大阪府東大阪市出身のシンガーソングライター、俳優です。長女・河島あみるは歌手・タレントで、次女・河島亜奈睦(アナム&マキ)、長男・翔馬は歌手です。

アコースティックギター一本で、驚くほどパワフルな音量と大声で、大男が汗まみれになって虚飾の無い歌詞を、男くさく唱いあげる彼の姿は、聴衆の心にストレートに響き、深い感動を与えます。

一本気で豪快でありながら、それでいて繊細で優しい人柄と生き方をあわせもった河島英五の作品は誰からも愛され、年代を超えて「男が憧れる男」として同時代を生きた人々の記憶に刻み込まれています。

そんな河島英五の代表曲は、1976年に発表された「酒と泪と男と女」で、この曲は河島英五自身の作詞・作曲によるものです。

「酒と泪と男と女」名曲紹介

それでは今日はその「酒と泪と男と女」をどうぞ。
酒と泪と男と女/川島英五

この曲の歌詞はこちら

「♪のーんで のんでー のまれて のんでー♪」の歌詞の部分が、いつまでも心に残る名曲ですね。(^-')

「酒と泪と男と女」の面白い制作裏話

1. 法事の時に作った曲だった:長男・翔馬によれば、この曲は河島英五が18歳の時、親戚が100人以上集まる法事の席で、親戚が飲み食いする様子を見て作った曲なのだと言います。

2. もともとB麺曲だった:この曲は最初から「大本命」として作られたわけではありません。もともとは、河島英五が率いていたグループ「ホモ・サピエンス」時代に発表されたシングル「てんびんばかり」のB面曲でした。その後、ソロデビューに際し、改めてシングル化され、大ヒットにつながりました。

3. 「男の弱さ」を正面から歌ったのが新しかった:1970年代当時のフォークソングや歌謡曲では、「男は強くあるべき」という価値観がまだ色濃く残っていました。
ところがこの曲では、
  • 男は酒を飲んでごまかす
  • 女は泣いて気持ちを吐き出す
という構図を描きながら、最後には「女の方が偉く思えてきた」「男のずるさが見えてきた」と歌っています。河島英五自身が男の弱さや情けなさをさらけ出したことが、多くの人の共感を呼びました。

4. 本人は「酒豪」だったわけではない:曲のイメージからは、「河島英五=大酒飲み」という印象を持つ人も多いですが、関係者の証言などでは、この歌は単なる酒好き自慢ではなく、人生のやるせなさを象徴として“酒”に託した作品だと語られています。番組で娘の河島あみるが「意外な誕生秘話」を明かしたこともあり、本人の実生活をそのまま歌ったというよりも、人間観察から生まれた作品だったようです。

5. 黄桜酒造のCM曲でブレイク:「酒と泪と男と女」は、京都・伏見の清酒メーカー・「黄桜酒造(現:黄桜)」のCMソングとして使われると全国的にヒットしました。同時に、河島自身も全国的に名が知れわたることになりました。

6. 河島英五自身も“なぜ売れたのか不思議”だった:河島英五は、派手なアイドルでもなく、当時の流行のサウンドでもありませんでした。にもかかわらず、「飲んで 飲んで 飲まれて 飲んで」という誰でも覚えられるフレーズと、人間の弱さを包み隠さず描いた歌詞が口コミ的に広がり、1976年を代表するヒットになりました。オリコンでは50万枚を超える売上げを記録しています。

面白いのは、この曲が単なる“酒の歌”として残ったのではなく、「男はなぜ泣けないのか」というテーマを歌った作品として今でも歌い継がれている点です。50年近くも前の曲なのに、現代でも共感する人が多いのはそこが理由なのかもしれません。

「ブルースカイ ブルー/西城秀樹」 - オリコン3位を記録したヒット曲!曲最後の「展開部」の歌唱が感動もの!

以前、西城秀樹の「眠れぬ夜」をご紹介しました。
 

「眠れぬ夜/オフコース」 - オリコン48位を記録したヒット曲 西城秀樹のカバー版も紹介!|Super源さんの音楽ブログ


以前、オフコースの「でももう花はいらない」をご紹介しました。 「でももう花はいらない/オフコース」 - 管理人一押し! 素朴な伴奏と美しいメロディが心に残る名曲!|Super源さんの


今日は、もう一曲ご紹介したいと思います。

曲名は、「ブルースカイ ブルー」です。


写真は、こちらからお借りしました。

この曲は、1978年978年8月25日に発売された西城秀樹の26枚目のシングルで、作詞は阿久悠、作曲は馬飼野康二です。

それでは早速、「ブルースカイ ブルー」をどうぞ。( ^-^)/
 
ブルースカイ ブルー/西城秀樹

この曲の歌詞はこちら

この曲は、オリコンチャートにおいて、最高順位3位、1978年度年間51位を記録。
『ザ・ベストテン』では14週登場し、1978年の年間総合9位。
『NHK紅白歌合戦』では、1978年の第29回と、2000年の第51回で歌唱されました。

この曲の聴きどころ:最後の劇的な「展開部」が感動もの!

スケールの大きな佳曲ですね。(^^)

曲は、旅の途中に、見渡す限り広がった真っ青な秋の空を眺めながら、過去の日々に想いを巡らせる、という壮大なバラード曲です。
が、この曲には、もう本当に、あとわずかで終わるというところに、劇的な「展開部」が入っています。

♪青空よ 心を伝えてよ 悲しみは余りにも大きい
♪青空よ 遠い人に伝えて さよならと

の部分です。

ここで西城秀樹は、青空に呼び掛けるのですが、この旋律に乗せて、ものすごい情熱をぶつけてきます。
ここは、もう感動ものです!(;_;) ウルウル。

西城秀樹と言えば、当時はもう、知らない人はいないくらいの「神様」のような存在として君臨し続けた歌手です。
今こうして聴いても、声、歌唱力、そして表現力と、凄まじいものがあり、やはり「神様」なんだなあと改めて思います。

なお、西城秀樹は、この曲で第20回日本レコード大賞・金賞、第9回日本歌謡大賞・放送音楽賞、そして第7回FNS歌謡祭・最優秀歌唱賞を受賞しています。