「酒と泪と男と女」 - 「黄桜酒造」のCMソング&面白い制作裏話を6つ厳選して紹介!
- 名曲紹介
- 2011年09月26日
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河島英五は、一本気で豪快でありながら、繊細で優しい人柄と生き方をあわせもった歌手です。
「酒と泪と男と女」は、1976年に発表された曲で。「黄桜酒造(現:黄桜)」のCMソングとして使われてヒットしました。
この曲は河島英五自身の作詞作曲によるもので、なんと、18歳の時に法事の席で作った曲だといいます。
この記事では、河島英五の人物紹介、「酒と泪と男と女」の楽曲紹介、そして、この曲にまつわる面白い制作裏話を6つ厳選してご紹介します!
写真はこちらからお借りしました。
河島英五ってどんな人?
河島 英五(かわしま えいご、1952年4月23日 - 2001年4月16日)は大阪府東大阪市出身のシンガーソングライター、俳優です。長女・河島あみるは歌手・タレントで、次女・河島亜奈睦(アナム&マキ)、長男・翔馬は歌手です。アコースティックギター一本で、驚くほどパワフルな音量と大声で、大男が汗まみれになって虚飾の無い歌詞を、男くさく唱いあげる彼の姿は、聴衆の心にストレートに響き、深い感動を与えます。
一本気で豪快でありながら、それでいて繊細で優しい人柄と生き方をあわせもった河島英五の作品は誰からも愛され、年代を超えて「男が憧れる男」として同時代を生きた人々の記憶に刻み込まれています。
そんな河島英五の代表曲は、1976年に発表された「酒と泪と男と女」で、この曲は河島英五自身の作詞・作曲によるものです。
「酒と泪と男と女」名曲紹介
それでは今日はその「酒と泪と男と女」をどうぞ。酒と泪と男と女/川島英五この曲の歌詞はこちら。
「♪のーんで のんでー のまれて のんでー♪」の歌詞の部分が、いつまでも心に残る名曲ですね。(^-')
「酒と泪と男と女」の面白い制作裏話
1. 法事の時に作った曲だった:長男・翔馬によれば、この曲は河島英五が18歳の時、親戚が100人以上集まる法事の席で、親戚が飲み食いする様子を見て作った曲なのだと言います。2. もともとB麺曲だった:この曲は最初から「大本命」として作られたわけではありません。もともとは、河島英五が率いていたグループ「ホモ・サピエンス」時代に発表されたシングル「てんびんばかり」のB面曲でした。その後、ソロデビューに際し、改めてシングル化され、大ヒットにつながりました。
3. 「男の弱さ」を正面から歌ったのが新しかった:1970年代当時のフォークソングや歌謡曲では、「男は強くあるべき」という価値観がまだ色濃く残っていました。
ところがこの曲では、
- 男は酒を飲んでごまかす
- 女は泣いて気持ちを吐き出す
4. 本人は「酒豪」だったわけではない:曲のイメージからは、「河島英五=大酒飲み」という印象を持つ人も多いですが、関係者の証言などでは、この歌は単なる酒好き自慢ではなく、人生のやるせなさを象徴として“酒”に託した作品だと語られています。番組で娘の河島あみるが「意外な誕生秘話」を明かしたこともあり、本人の実生活をそのまま歌ったというよりも、人間観察から生まれた作品だったようです。
5. 黄桜酒造のCM曲でブレイク:「酒と泪と男と女」は、京都・伏見の清酒メーカー・「黄桜酒造(現:黄桜)」のCMソングとして使われると全国的にヒットしました。同時に、河島自身も全国的に名が知れわたることになりました。
6. 河島英五自身も“なぜ売れたのか不思議”だった:河島英五は、派手なアイドルでもなく、当時の流行のサウンドでもありませんでした。にもかかわらず、「飲んで 飲んで 飲まれて 飲んで」という誰でも覚えられるフレーズと、人間の弱さを包み隠さず描いた歌詞が口コミ的に広がり、1976年を代表するヒットになりました。オリコンでは50万枚を超える売上げを記録しています。
面白いのは、この曲が単なる“酒の歌”として残ったのではなく、「男はなぜ泣けないのか」というテーマを歌った作品として今でも歌い継がれている点です。50年近くも前の曲なのに、現代でも共感する人が多いのはそこが理由なのかもしれません。