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2016年04月04日

「もうひとつの土曜日(WE ARE STILL ON THE ROAD)/浜田省吾」 - 名曲のご紹介


今日は、浜田 省吾の「もうひとつの土曜日(WE ARE STILL ON THE ROAD)」のご紹介です。

もうひとつの土曜日 浜田省吾 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

浜田 省吾(はまだ しょうご)は、1952年12月29日生まれ、 広島県竹原市出身のシンガーソングライター、ロックミュージシャンです。

浜田 省吾は、1975年、愛奴(あいど)というバンドを結成し、「二人の夏」でドラムス※としてプロ・デビューしたのですがうまく行かず、1976年に「路地裏の少年」でソロ・デビューをします。

ソロ初ライブは同年4月5日、「渋谷屋根裏」で、ロック志向の本人にとっては不本意ながら、予算の都合上、生ギター1本のスタイルで全国ライブ巡業を開始。
直後に、矢沢永吉のフィルムコンサートの前座を務めます。

また、アイドル歌手時代の竹内まりやとジョイント・コンサートも行なったり、地方のバンドと合体してステージをこなしたりと、歌わせてもらえる所ならどこでも、レコード店の店頭はもちろん、スーパーマーケットの催し、果てはバーのカウンターの中でも歌います。

ソロ活動を行う浜田に、前バンド仲間の町支寛二が合流し、同年12月に愛奴は解散しています。

ちなみに、デビュー時から、サングラスが彼のトレードマークです。

今日は、そんな浜田省吾の、2002年に発売されたアルバム「WE ARE STILL ON THE ROAD」の中から「もうひとつの土曜日」をどうぞ。


もうひとつの土曜日(WE ARE STILL ON THE ROAD)/浜田省吾

この曲の歌詞はこちら



いやー、いい曲ですねー。(^o^)
実は私は、この曲を先日初めて聴いたのですが、一聴して気に入ってしまいました。(^.^)

浜田省吾にまつわるエピソードあれこれ

・同じ事務所の後輩であるスピッツとも交流があり、1995年のシングル「我が心のマリア/恋は魔法さ」で共演しています。
まだほとんど売れていなかったデビュー時から、スピッツの音楽性を高く評価しており、「ロビンソン」で彼らがブレイクしたときには「自分のことのように嬉しい」と述べています。

・俳優の時任三郎とは、1980年代からの交友があり、1985年に「WALKING IN THE RAIN」という楽曲を提供しています。
2005年には、「I am a father」のプロモーション・ビデオに時任三郎が出演しています。

・田原俊彦は、デビュー前に「MIND SCREEN」を聴いて浜田省吾のファンになり、デビュー後にこのアルバムに収録された「ダンシング・レディ」をテレビで歌ったことがあります。
また、「明星」1987年1月号で対談もしています。

・元航空幕僚長の田母神俊雄は、「もうひとつの土曜日」がカラオケの十八番だということです。

・明石家さんまを、自身のラジオ番組のゲストに呼んだ際には、「瀬田のスポーツジムで見たさんまのマナーが悪い」と、面と向かって説教を始め、「ボクがゲストやから」と笑いで済まそうとするさんまを無視して説教を続け、さんまを黙らせてしまったことがあります。


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