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2014年10月01日

「精霊流し(しょうろうながし)/さだまさし」 - 名曲のご紹介


今日は、グレープの「精霊流し(しょうろうながし)」のご紹介です。

精霊流し さだまさし ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

グレープは、高校時代からの音楽仲間であり、友人であったさだまさし(ボーカル・ギター・ヴァイオリン)と吉田正美(現・吉田政美、ギター)が1972年に結成したフォークデュオです。

グレープは、1973年に「雪の朝」でデビューします。
が、この曲は8000枚しか売れず、友人たちがレコードを買い込んで。知り合いに無理に買わせるといった状況だったといいます。

翌年の1974年4月25日に2枚目のシングル「精霊流し」※を発表しますが、まだ無名のフォークデュオであったためか、当初の売り上げはこちらも今一でした。

が、東海ラジオの深夜番組「ミッドナイト東海」の中で、この曲をいたく気に入ったアナウンサーの蟹江篤子が、自分の担当曜日で毎週のように流し続けたことが功を奏し、この番組の放送エリアである名古屋地区のみならず全国的なヒットとなり、ついには、この年の第16回日本レコード大賞作詩賞を受賞するに至ります。
こうした経緯から、さだまさしは、蟹江篤子を恩人として慕っています。

また、当時グレープが一世を風靡した要因のひとつとしては、ヴァイオリンを弾く、というさだまさしの演奏スタイルが珍しかったということもあります。

今日は、その「精霊流し」をどうぞ。


精霊流し(しょうろうながし)/さだまさし

この曲の歌詞はこちら。

曲の内容は、タイトル通り、毎年8月15日に長崎県で行われる精霊流しを題材としたものです。
直接的には、さだまさしの母方の従兄が水難事故で亡くなってしまったときの精霊流しの思い出がモチーフとなっています。

この曲の初回プレスは4500枚でしたが、累計では30万枚を売り上げ、グレープの代表曲となりました。
後に、さだまさしが自伝的小説として書き下ろし、テレビドラマおよび映画化されました。

2010年には、故郷の長崎県にて、さだまさし自身が喪主となり、実父の精霊流しを執り行ないました。
精霊流しを知らない人が、精霊流しを「灯籠流し」のことだと誤解していることもあります。

また、1976年にグレープは解散しますが、その理由は、グレープの音楽は暗いというイメージがついてしまい、自分たちのやりたい音楽と受け手との齟齬(そご)が生じたためとのことです。
さだまさしは、解散コンサートにて、解散の理由を、「精霊流し、無縁坂、縁切寺ときたらあとは墓場しかない」と述べています。


※精霊流し(しょうろうながし)は、盆前に死去した人の遺族が、故人の霊を弔うために手作りの船を造り、船を曳きながら街中を練り歩いて極楽浄土へ送り出す、という長崎の伝統行事です。

初盆を迎えた故人の家族らが、盆提灯や造花などで飾られた精霊船(しょうろうぶね)と呼ばれる船に故人の霊を乗せて、「流し場」と呼ばれる終着点まで運びます。

当日は、夕暮れ時になると町のあちらこちらから「チャンコンチャンコン」という鐘の音と、「ドーイドーイ」の掛け声や、耳をつんざくほどの爆竹の音が鳴り響き、行列は夜遅くまで続きます。

精霊流し1

精霊流し2  精霊流し3
写真は、こちらからお借りしました。

精霊船は山車(だし)を連想させる華美なもので、見物客が集まります。
精霊流しは、爆竹で死者を送るというその一種の派手さから「お祭り」と誤解されることもありますが、あくまで故人を追悼する仏教の行事です。


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