Super源さんの音楽ブログ

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「ブーツをぬいで朝食を/西城秀樹」 - オリコン週間7位を記録したヒット曲! ライターアクション&闘病生活とその最期も紹介

今日は、西城 秀樹の「ブーツをぬいで朝食を」のご紹介です。

ブーツをぬいで朝食を 西城秀樹 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

西城 秀樹(さいじょう ひでき、本名:木本 龍雄(きもと たつお)1955年4月13日 - 2018年5月16日)は、広島県広島市出身の歌手、俳優です。

西城 秀樹は、1972年3月25日に、シングル「恋する季節」で「ワイルドな17歳」のキャッチフレーズと共に歌手デビューをします。
片仮名の「ヒデキ」の愛称で人気となった西城 秀樹は、「チャンスは一度」以降、当時マイクを持って直立不動の姿勢で歌う歌い方が主流であった歌謡界に、アクション旋風を巻き起こします。

そして、1973年に「情熱の嵐」がオリコン週間チャートで初のベストテン入り。
一躍トップアイドルの仲間入りを果たし、郷ひろみ、野口五郎と共に「新御三家」と呼ばれます。

1973年6月25日には、5枚目のシングル「情熱の嵐」がオリコン週間チャートで初のベストテン入り。
その後、「ちぎれた愛」、「愛の十字架」が続けてオリコン週間チャートの第1位に輝き、「第15回日本レコード大賞」では初の歌唱賞を受賞します。

1979年には、「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」で「Y.M.C.A.」の4文字を全身で表現するパフォーマンスを披露します。
 

「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)/西城秀樹」 - オリコン1位!売上げ80.8万枚を記録したヒット曲!|Super源さんの音楽ブログ


今日は、「西城 秀樹」の「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」(ヤングマン ワイ・エム・シー・エー)のご紹介です。 写真は、こちらからお借りしました。西城 秀樹(さいじょう ひでき、本


今日は、そんな西城秀樹の、1978年1月1日に発売された23枚目のシングルである「ブーツをぬいで朝食を」をどうぞ。
 
西城秀樹 / ブーツをぬいで朝食を

この曲の歌詞はこちら

この曲は作曲家大野克夫による初めての作品で、1978年1月にスタートした「ザ・ベストテン」で、ピンク・レディーの「UFO」に続き、初の第1位に輝きました。
オリコンチャートにおいては、週間7位と1978年度年間65位を記録しています。

ライターアクションが人気に

また、この曲のイントロにて、西城 秀樹がライターに火を点けるアクションがあり、これが人気となりました。


写真はこちらからお借りしました。

が、TV局に、

「子どもが真似をして危険だ!」「けしからん!」

という苦情が殺到。

実際、子供が真似をして火事が起きるということがあったため、西城 秀樹本人が、番組中に、

「良い子のみんなは、絶対真似しないでください」

と訴え、このアクションは取りやめになりました。

「ボク、ブーツを買ってもらっちゃったよ」ブーブー
ブーツを履いた ブタ
写真は、こちらからお借りしました。

追記:2018.5.17

西城秀樹の闘病生活とその最期

2003年6月21日に、公演先の韓国で脳梗塞を発症します。
軽度の言語障害という後遺症は残りましたが、闘病の末復帰し、2006年9月27日に、3年ぶりに「めぐり逢い/Same old story - 男の生き様 -」が両A面で発売されます。

2011年12月20日に、脳梗塞が再発し、2週間ほど入院します。
半身麻痺と微細な言語障害の後遺症が残りましたが、リハビリに励み、少しずつ歩行の状態などが改善していきます。

2018年4月25日に、自宅にて一家団欒中に倒れ、緊急入院。
懸命の治療が行なわれましたが、翌月の5月16日23時53分に、急性心不全で神奈川県横浜市内の病院で死去。享年63歳でした。