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2011年02月08日

「星空のピアニスト/リチャード・クレイダーマン」 - 名曲のご紹介


今日は、リチャード・クレイダーマンの「星空のピアニスト(Lyphard Melody)」のご紹介です。

星空のピアニスト Lyphard Melody リチャード・クレイダーマン ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

リチャード・クレイダーマン(リシャール・クレデルマン)(Richard Clayderman、1953年12月28日 -)はフランスのパリ郊外のロマンヴィルで生まれたピアニストです。
本名はフィリップ・ロベール・ルイ・パジェス(Philippe Pages、1953年12月28日 - )で、幼少時よりピアノに親しみ、5歳で作曲を始め、学校の教科書よりも楽譜の方がよく読めたと伝えられています。

リチャード・クレイダーマンは、1976年、「渚のアデリーヌ Ballade pour Adeline」でデビューします。

当初、フランスではあまり注目されませんでしたが、その後当時の西ドイツのテレビドラマの主題歌に使われたことにより、全西独シングル・ヒット・チャートの第1位に輝き、これを契機に、スペイン周辺の国々でもヒットし、いわば逆輸入の形でフランスでもヒットすることになります。

さて、それでは早速、リチャード・クレイダーマンの「星空のピアニスト」をどうぞ。


星空のピアニスト/リチャード・クレイダーマン

現在の日本で、クレイダーマンの楽曲の中で有名な曲といえば「渚のアデリーヌ」ですが、日本でその名を初めて広めたのは、1981年のシーボン化粧品のCMで流れた「愛のコンチェルト」です。

このCMは、当時頻繁に流れ、たとえタイトルを知らなくても、「あっ、あの化粧品の曲だ」と分かるほどでした。

1982年には、「星のセレナーデ」に、岸田智史(きしだ さとし)と下田逸郎(しもだ いつろう)が歌詞をつけて、「潮風のセレナード」のタイトルで、岸田智がカバーしました。


リチャード・クレイダーマンのオリジナル8曲には、ポール・ド・センヌヴィル(Paul Marie de Senneville)やプロデューサーのオリヴィエ・トゥッサン(Olivier Toussaint)作曲のものが多く、また、他のアーティストとの共演も行なっています。

この「星空のピアニスト」もまた、ポール・ド・センヌヴィルの作曲によるものです。

アルバムでは、ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団(「ピアノ・ラプソディ」 1985年)、ジェームス・ラスト・オーケストラ(「木漏れ日の詩」 1991年)、レイモン・ルフェーブル・グランド・オーケストラ(「郷愁の詩」 1995年4月21日)との共演盤があります。


日本での活躍としては、1998年に、NHK教育の「趣味悠々」という番組において、「リチャード・クレイダーマンのピアノレッスン」と題し、司会・案内役に頼近美津子を迎え、毎回ピアニストを目指す生徒と共に、クレイダーマンが講師となり、ピアノレッスンをするという内容の番組が放送されていました。

この番組では、プロのピアニストおよび、有名人にテレビでレッスンを受けられることや、またコンサートとは違う一幕も見られるとあって人気を博しました。



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