[1037] [1036] [1035] [1034] [1033] [1032] [1031] [1030] [1029] [1028]

2017年08月23日

「ブルー・バイユー(Blue bayou)/リンダ・ロンシュタット(Linda Ronstadt) 」- 名曲のご紹介


今日は、リンダ・ロンシュタットの「ブルー・バイユー(Blue bayou)」のご紹介です。

ブルー・バイユー リンダ・ロンシュタットジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

リンダ・ロンシュタット(Linda Ronstadt, 1946年7月15日 - )は、アメリカのアリゾナ州ツーソン出身の歌手、ミュージシャンです。

1965年、リンダ・ロンシュタットはアリゾナ州立大学を1年で退学しLAに向かいますが、そこでキンメルとケニー・エドワーズとリンダをボーカルとするスリーピ、ース・バンド「ストーン・ポニーズ(The Stone Poneys)」を結成します。

そして、1967年1月にアルバム「ストーン・ポニーズ」でデビュー。

このバンドは、当時、一世を風靡していたママス&パパスやラヴィン・スプーンフルの流れを汲む、カントリー&ウェスタンの要素が取り入れられたフォーク・ロックのグループです。

デビューアルバムの「ストーン・ポニーズ」は売れませんでしたが、同年6月発売のセカンド・アルバム「エバグリーン Vol.2(Evergreen Vol. 2)」からのリカット・シングル「悲しきロック・ビート」が、1968年になってベスト・テン入りを果たすビッグヒットとなり、一躍注目を浴びます。

愛くるしいミニスカートに裸足という姿でステージに立ち、精一杯歌うリンダ・ロンシュタットは、誰の目にもナチュラル・ボーンな魅力に溢れたシンガーに映り、音楽ビジネス側の興味がリンダ1人に集中していたことは否めません。

その後、「ストーン・ポニーズ」は徐々にリンダのソロ・プロジェクトの色を濃くし、「悲しきロック・ビート」(デイファラント・ドラム)には、他の2人は参加しておらず、1968年の3枚目のアルバム「Linda Ronstadt, Stone Poneys And Friends,Vol.III」は、実質的にリンダのソロ作となり、このアルバムの発売を最後にバンドは消滅します。

シングル・ヒットとしては、ロイ・オービソンの「ブルー・バイユー」、バディ・ホリーの「It's So Easy」などが有名で、リンダ・ロンシュタットは、アリーナやスタジアムでコンサートを行なうようになった最初の女性歌手でもあり、1970年代後半まではロック/ポップ界で最も成功した女性歌手でした。

来日の噂は何度かありましたが実現せず、1979年に初来日し、3月1日から6日の間に日本武道館2回を含む横浜、大阪で計5回の公演を行ないました。

今日は、そんなリンダ・ロンシュタットの「ブルー・バイユー」をどうぞ。

この曲の歌詞はこちら

リンダ・ロンシュタットは、自身のソロ活動だけでなく、イーグルスやニール・ヤング、ジェームス・テイラー、ジャクソン・ブラウン、J.D.サウザーなどのアーティストとも深い交流がありました。

また、「恋多き女性」としても知られ、背後にいる男性の存在を抜きにして彼女の音楽経歴は語れない、とまでいわれました。
つき合う男性の服装の好みによってファッションを変えるため、ミック・ジャガーと噂があったときにはホットパンツでステージに登場し、スタイルの良さを披露。
そして、ミック・ジャガーが「君にはロックが足りない」と言うと、「あなたにはバラードが足りない」と言い返したといいます。

イーグルスの代表曲の一つ「Witchy Woman」やローリング・ストーンズの「ダイスをころがせ(Tumbling Dice)」は、リンダ・ロンシュタットのことを歌ったもので、リンダ・ロンシュタット自身もカバーしたことがあります。

売れない時代の友人であったジム・モリソンとはただならぬ仲ともいわれ、またカリフォルニア州知事のジェリー・ブラウン(民主党)との交際も騒がれました。
ジョージ・ルーカスとは婚約しましたが、結婚には至りませんでした。


合わせて読みたいおすすめ記事

コメント

コメントする

Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字