Super源さんの音楽ブログ

名曲紹介、作詞・作曲、音楽用語の楽しい覚え方、その他音楽にまつわることを書いていくブログです。可愛い音楽ブログパーツも配布しています。

Rss  Admin

「化粧/桜田淳子」 - アルバム「20才になれば」に収録されている名曲&その後~現在を徹底調査

今日は、桜田淳子の「化粧」のご紹介です。

化粧 桜田淳子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

桜田淳子(さくらだじゅんこ、1958年(昭和33年)4月14日 -)は、秋田県秋田市出身の元女優、歌手です。

桜田淳子は、1972年7月19日、中学2年生の時に、日本テレビの人気オーディション番組『スター誕生!』の秋田県民会館で行なわれたテレビ予選で、牧葉ユミの「見知らぬ世界」を歌い、番組史上最高得点となる573点で合格したのがデビューのきっかけです。

そして、その翌年の1973年2月25日には、ビクター音楽産業よりデビュー。デビュー曲「天使も夢みる」は12.1万枚を売上げ、オリコンチャートでも12位になるなど、幸先の良いスタートを切ります。

また、2枚目のシングル「天使の初恋」まで歌う時に被っていたキャスケットも、桜田淳子ののトレードマークとなり、「エンジェルハット」と呼ばれて話題になります。

この時点で、既に人気アイドルの仲間入りを果たしていた桜田淳子ですが、その後、同じ『スター誕生!』出身で、同世代の森昌子・山口百恵と共に「花の中三トリオ」と呼ばれるようになり、この名称は、3年後の「高三トリオ」まで続きます。

そして、3枚目のシングル「わたしの青い鳥」のヒットで、「第15回日本レコード大賞新人賞」、「第4回日本歌謡大賞放送音楽新人賞」を受賞。
さらに、その年の大晦日には「第15回日本レコード大賞」の最優秀新人賞にも輝きます。

今日は、そんな桜田淳子の、1981年1月に発売された、通算33枚目のシングルである「化粧」をどうぞ。
 
化粧/桜田淳子

この曲の歌詞はこちら

この曲は、中島みゆきの同名曲のカバーです。
オリジナルは、1978年4月に発売された中島みゆきのアルバム「愛していると云ってくれ」に収録されています。

というより、一聴して中島みゆきの作品だと分かる曲ですね。(^^;
このメロディー、この節回しが、もうどう聴いても、中島みゆきです。(爆)

この曲は、中島みゆきのオリジナルから半年後の1978年10月に発売された桜田淳子のアルバム「20才になれば」に収録された曲です。
このアルバムは、全曲が中島の作詞・作曲によるもので、中島みゆきのオリジナルのカバーが「化粧」を含めて7曲、シングル発売された桜田淳子への提供曲が、表題曲を含めて3曲収録されています。

桜田淳子のその後~現在

芸能活動について

1992年の旧統一教会への入信表明後、芸能活動は大きく縮小します。

1993年の映画『お引越し』を最後に女優としての活動は途絶え、1996年12月の統一教会クリスマスフェスティバル出演以降は事実上の芸能活動休止状態が続いています。

2013年にデビュー40周年を記念してファンベストアルバムを発売し、ファン イベントを開催。

2017年4月には東京・銀座博品館劇場で一夜限りの復帰ステージ(13年の40周年公演以来3年4カ月ぶり)を実施。

2018年3月にはデビュー45周年記念イベントを開催し、デビュー曲「天使のくちびる」などで往年の美声を披露 。
2018年の『婦人公論』インタビューでは「この先10年間で今までの芸能活動の総括をしようと思っています」と宣言し、「桜田淳子プロジェクト」と銘打ったホームページも立ち上げましたが、旧統一教会への信仰を続けていることから芸能関係者の協力は限定的でした。

信仰と家族

1992年11月、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の合同結婚式に参加したことを表明。当時、サンミュージックは脱会しなければ芸能活動を続けるべきではないと説得を試みましたが、彼女の意思は固かったとされています。

夫は東伸行氏(69歳、2025年時点)で、1992年の合同結婚式で夫婦となりました。
3児の母となり、2006年にはエッセイ集『アイスルジュンバン』(集英社)を出版し、子育てや日常生活について綴りました。

旧統一教会への解散命令が出た2025年4月時点で、夫の東氏は取材に対し「私たち夫婦には影響はないというか、いつもどおりに過ごしています」と答え、脱会についても否定しています。

生計

夫は2006年の『女性自身』インタビューで、教団幹部になったという噂を完全否定し、現在はかつての会社を整理した際に残った資産の運用で生計を立てていると答えています。

まとめ

桜田淳子は、統一教会への信仰を継続しつつ、夫・子どもと静かに暮らしています。本格的な芸能復帰には至らず、断続的にファン向けのイベントやコンサートを開催する形にとどまっています。脱会や統一教会との関係についての公的な釈明はこれまで一度も行なわれていません。最新報道(2025年4月時点)でも、統一教会への解散命令後も生活に大きな変化はないとされています。