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2014年07月04日

「ドラマティック・レイン/稲垣 潤一」 - 名曲のご紹介


今日は、稲垣 潤一の「ドラマティック・レイン」のご紹介です。


写真は、こちらからお借りしました。

稲垣 潤一(いながき じゅんいち、本名同じ、1953年7月9日 -)は、宮城県仙台市宮城野区出身の歌手、ミュージシャンです。

稲垣 潤一は、中学生の時に本格的なバンド活動を始め、仙台にて「フェイセス」を結成します。
その後、仙台のライブハウスや横須賀や立川の米軍キャンプ等で演奏を続けていましたが、1982年(昭和57年)に「スーパーポップボーカル」というキャッチコピーで、「雨のリグレット」でデビューし、その後は、「246:3AM」「ドラマティック・レイン」「エスケイプ」「夏のクラクション」「ロング・バージョン (single version)」と、次々とヒットを飛ばしていきます。

「思い出のビーチクラブ」(1987年のカナダドライ・ジンジャーエールCMソング)、「セブンティ・カラーズ・ガール」(1989年初春のカネボウ化粧品CMソング)、「APRIL」(1986年三洋電機)などのCMソングもたくさんあります。

また、映画「アイ・ラヴ・ユー」の音楽監修も務め、主題歌・挿入歌を担当しています。

今日は、1982年10月21日に発売された通算3枚目のシングルである、「ドラマティック・レイン」をどうぞ。

稲垣潤一は、「雨のリグレット」(チャート65位)でデビューしましたが、2作目の「246:3AM(にーよんろく:スリーエイエム)」がチャートインしなかったため、レコード会社はヒットメーカーの筒美京平に作曲のオファーをします。

そして作られたこの曲は、チャート最高位8位、半年にわたりチャートインするヒットとなり、稲垣にとって、またこの曲を作詞した秋元康にとっても、初のヒット曲となります。

なお、秋元康は、この作品のヒットで得た作詞印税でBMWを購入し、そのクルマを「ドラマティック・レイン号」と名づけて乗っていた、というエピソードも残っています。


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