「バラ色の雲/ヴィレッジ・シンガーズ」 - 1967年に発売されたブレイク曲!グループ名の由来も紹介
- 名曲紹介
- 2013年12月11日
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「バラ色の雲」は、ヴィレッジ・シンガーズのブレイク曲となった曲です。
当時は、フォークギターを主体とした「カレッジフォーク」スタイルが主流でしたが、ヴィレッジ・シンガーズはこれらとは異なり、なんと、エレキギターとドラムス、そして12弦アコースティックギターを取り入れた、斬新で目新しいバンド構成でした!
この記事では、ヴィレッジ・シンガーズのバンド紹介、「バラ色の雲」の楽曲紹介、グループ名の由来、そして実は、この曲は当時新人だった筒美京平の始めてのヒット曲でもあったという興味深いトリビアも分かりやすく解説します。
写真はこちらからお借りしました。
ヴィレッジ・シンガーズってどんなバンド?
ヴィレッジ・シンガーズ(Village Singers)は、1960年代後半に活躍したグループ・サウンズ(通称GS)のひとつです。結成は1966年6月で、メンバーは、小松久(リーダー、ギター)、清水道夫(ヴォーカル、ギター)、小池哲夫(キーボード、ヴォーカル)、林ゆたか(ドラムス)、笹井一臣(ベース)の5人です。
当時人気だったカレッジフォークとは異なり、エレキギターとドラムス、そして12弦アコースティックギターを取り入れたバンド編成で、これは当時、斬新で目新しいものでした。
当初はヒットに恵まれず、メンバーの交代など紆余曲折もありましたが、翌年の1967年8月に新生ヴィレッジ・シンガーズとして「バラ色の雲」を発売。
その躍動感あるサウンドが功を奏し、フジテレビの音楽番組「ヒット速報」へ10週連続出演するなど、この曲は公称60万枚突破の大ヒットとなります。
そしてその語は、「好きだから」、「亜麻色の髪の乙女」と、ヒットを飛ばしていきます。
「バラ色の雲」名曲紹介
それでは早速、1967年8月1日に発売された、ヴィレッジ・シンガーズのブレイク曲となった、作詞:橋本淳、作曲:筒美京平による「バラ色の雲」をどうぞ。バラ色の雲/ヴィレッジ・シンガーズ
ヴィレッジ・シンガーズのグループ名の由来は?
ヴィレッジ・シンガーズのグループ名の由来は、フォークの聖地であるニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジに憧れていたことから名づけられました。グリニッジ・ヴィレッジは、1960年代にボブ・ディランをはじめ、多くのフォークミュージシャンが集まった場所として知られており、当時の若い音楽ファンにとって憧れの地でした。
ヴィレッジ・シンガーズの前身は、4人組フォークグループ「フォーク・トレッカーズ」で、1966年6月に結成されました。
結成当初は芝田村町(現・西新橋)のフォーク喫茶「ヴィレッジ」で毎週土曜日に演奏することから活動をスタートさせました。フォーク喫茶の名前とグループ名が同じなのも興味深いところです。
「バラ色の雲」は新人筒美京平の始めてのヒット曲!
また、この「バラ色の雲」は、この曲の作曲をした筒美京平(当時は新米)にとって、初めてのヒット曲となった作品でもあります。| 発売年 | 曲名 | 歌手 | 備考 |
| 1967年 | バラ色の雲 | ヴィレッジ・シンガーズ | 初ヒット曲 |
| 1967年 | 渚のうわさ | 弘田三枝子 | |
| 1968年 | スワンの涙 | オックス | |
| 1968年 | ブルー・ライト・ヨコハマ | いしだあゆみ | 初のオリコン1位・9週連続首位 |
筒美京平(本名:渡辺栄吉)は、大学卒業後に日本グラモフォン(現・ユニバーサルミュージック)に就職し、洋楽部のディレクターとして勤務していました。大学時代の先輩だった 橋本淳 の強い勧めで歌謡曲の作曲を始め、その最初のヒット作がこの「バラ色の雲」です。
なお、チャート1位を獲得した最初の曲(初のナンバーワン・ヒット)は、翌1968年12月25日に発売された いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」 で、1969年2月10日付でチャート首位を獲得、そのまま9週連続1位という大ヒットとなりました。