[1032] [1031] [1030] [1029] [1028] [1027] [1026]

2017年08月04日

「さよならのめまい/南野 陽子」 - 名曲のご紹介


今日は、南野 陽子の「さよならのめまい」のご紹介です。

さよならのめまい 南野 陽子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

南野 陽子(みなみの ようこ、1967年6月23日 - )は、兵庫県伊丹市出身の女優、タレント、歌手です。愛称は、ナンノ。

南野 陽子は、1985年6月23日に「恥ずかしすぎて」で歌手デビューをします。
そして、同年の11月からフジテレビ系ドラマ「スケバン刑事」シリーズ第2作「スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説」で主役を演じ、一躍ブレイク。トップアイドルの座を獲得します。

同時に、1986年3月に発売された、同ドラマの主題歌「悲しみモニュメント」が、初のオリコンチャートトップ10入りとなります。

また、1987年2月公開の映画「スケバン刑事」では、主演に抜擢され、主題歌の「楽園のDoor」は初のオリコンチャート第1位を獲得します。

その後も、「話しかけたかった」「はいからさんが通る」「吐息でネット」「あなたを愛したい」「秋からも、そばにいて」「涙はどこへいったの」「トラブル・メーカー」など、ヒット曲を連発。
くわえて、フジカラー、グリコ、JR西日本など多数の企業のイメージキャラクターに起用されてCMに出演。かくして、南野 陽子は中山美穂、工藤静香、浅香唯と共に、女性アイドル四天王の一人として活躍することになります。

1988年、NHK大河ドラマ『武田信玄』に出演し、1人2役を演じます。
ブロマイドの年間売上が第1位を獲得。
同年、グレナダで発行された切手の題材になります。

1989年、日本テレビ系列の「24時間テレビ」のチャリティー・パーソナリティとしてカンボジアに赴き、リポートを行ないます。
また、自身のシングルのカップリング曲「思いのままに (ニュー・バージョン)」がこの番組のメインテーマ曲として使われ、同年の8月には、「恥ずかしすぎて」から「はいからさんが通る」まで、CD化されていなかったシングル10タイトルがCDシングルとして再発売されます。

そして、そのうちの9タイトルが、オリコンシングルチャートにランクインします。

今日は、そんな南野 陽子の、1985年11月21日に発売されたセカンドシングルである「さよならのめまい」をどうぞ。


この曲の歌詞はこちら

この曲は、フジテレビ系の自身主演ドラマ『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』の挿入歌として使われました(主題歌は吉沢秋絵の「なぜ?の嵐」)。

TBS系の『ザ・ベストテン』においては「今週のスポットライト」(1986年2月6日放送)で、そして日本テレビ系の『ザ・トップテン』においてはは「話題曲コーナー」(1986年1月20日放送)で、それぞれ南野陽子自身初の出演となりました。

南野陽子のエピソードあれこれ

・1988年11月3日、「秋からも、そばにいて」がTBS系の歌番組『ザ・ベストテン』で第3位にランクインした際、歌唱中に突然、歌詞の一部を忘れてしまうというハプニングがありました。
その数年後、『ザ・ベストテン』のスペシャル番組で、当時を振り返り、「あの瞬間に私の歌手生命は終わったと感じました」と語っています。

・『三枝の爆笑美女対談』のゲスト出演で、番組ラストのおもちゃのゲームで司会者の桂三枝(現・六代目桂文枝)が勝てばゲスト女性は彼にキスをするという罰ゲームでキスをすることになりました。
そこで、三枝は目を閉じてキスを待っていましたが、南野陽子本人はキスを手にし、その手を頬にくっつけました。
これに気づいた三枝は「しょうもない」と呆れ、観客の笑いを誘いました(なお、当時の出演した女性ゲストは、概ね実際にキスをしていました)。

・2002年『新・仁義なき戦い2』の製作発表では、「芸能界もやくざの世界なので、今と同じようにひょうひょうと漂っているだけ」と発言し、共演者を苦笑させました。

・2007年に『笑っていいとも!』レギュラー出演が決まった際の会見では、「活躍は出来ないと思います」と語りました。
が、2008年5月 - 9月まで放送されたクイズコーナー「ザ・共通10」での正答率は高く、正解回数は1位でした。
また、最速正解記録ももっており、わずか6秒で正解していたことが「ザ・共通10ファイナル(最終回)」にて発表されました。

・TBSで放送されていた『テレビ探偵団』において、子供の頃好きだった番組は「北斗と南が2人で変身するまでの『ウルトラマンA』」と答え、「2人で変身してこそエース」と発言しています。


「なあ、南野陽子って、ホンット美人だよな~!」「そうねえ!」バシツ!

・日本テレビ系『歌のトップテン』に出演した際、南野陽子本人をモデルにした作品を文化祭に出展したことがきっかけで、番組にゲストとして呼ばれた男子高校生と握手したことがあります。
そのとき、衣装の長い右手袋をわざわざ取って、直に握手したというエピソードが残っています。

・岡田有希子とは高校の同級生であり仲が良く、アイドル歌手として一歩先を歩んでいた岡田と歌番組で共演することが目標のひとつでした。
が、1986年4月8日に岡田は自殺。
そしてその2日後の4月10日に、TBS系『ザ・ベストテン』に於いて南野陽子の3枚目のシングル「悲しみモニュメント」が初のランクイン。
共演の夢は、叶うことはありませんでした。

・2005年11月6日には、堀越高校編入以来の親友であった本田美奈子が、急性骨髄性白血病のため38歳の若さで死去。
その訃報を聞いたのは、舞台本番の合間のことでしたが、あまりにショックで、そのまま泣き崩れてしまったといいます。

・関西出身にも関わらず、テレビではほとんど関西弁を話さない南野陽子ですが、関西が舞台のドラマでは、流暢な関西弁を使っています。

・仕事などから帰宅したら、すぐに必ず5分間は、自宅の清掃を行なうといいます。
これは、オンとオフを切り替えるための儀式のようなものであるということです。

・根が出不精であり、仕事以外ではあまり外出しない性質なので、自然と家についての思い入れが深くなり、自分なりに使い勝手のいいように自宅を整理整頓しているといいます。
その際には、ただ、部屋が片付いている状態にするのではなく、「旅行関係のものはココに、明日着ていく服はこの位置に置くようにすれば、3歩分は得するかも!」というように動線を考え、収納場所や家具などのものを、システム化して配置するのだといいます。
そしてこの行動は、「(家は)心地よく・使いやすくでなければ損」というポリシーに基づいているということです。


合わせて読みたいおすすめ記事

コメント

コメントする

Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字