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2013年03月30日

「ルビーの指環」 - 名曲のご紹介


今日は、寺尾 聰の「ルビーの指環(ルビーのゆびわ)」のご紹介です。

寺尾 聰(てらお あきら、1947年5月18日 -)は、神奈川県横浜市保土ケ谷区出身の俳優、歌手、ベーシスト、シンガーソングライターです。俳優・宇野重吉は実父。

寺尾 聰は、1964年、奥島吉雄らとカレッジ・フォーク・グループ※「ザ・サベージ」を結成し、ベースギターを担当。1966年に「いつまでもいつまでも」でレコードデビューし、大ヒットしますが、すぐにグループを脱退。

1968年、三保敬太郎を中心とした「ザ・ホワイト・キックス」というグループ・サウンズに、同じくベーシストとして参加しますが、このバンドはシングル「アリゲーター・ブーガルー」の1枚を出して解散。

同年にはまた、石原裕次郎製作・主演の映画「黒部の太陽」で俳優としてデビュー。
これを機に、寺尾 聰は石原裕次郎の門下となり、石原軍団の若手有望株として、主にテレビドラマに出演することになります。
役どころとしては、青春ものドラマなどで二枚目半的な役柄を演じることが多く、また、「大都会」では新聞記者、「大都会 PARTIII」、「西部警察」など、石原プロモーション制作のアクションドラマでは刑事役で活躍します。

1981年には、ヨコハマタイヤのCM曲だった「シャドー・シティ」に続き、「ルビーの指環」が大ヒット。この曲は、第23回日本レコード大賞・FNS歌謡祭'81グランプリを受賞します。

今日はその、「ルビーの指環」をどうぞ。


ルビーの指環/寺尾聰

ちなみに、こ曲の誕生した経緯について、寺尾聰によれば、「飲食店のカウンターに残されていたマッチ箱をシャカシャカと振っているうちに、リズムパターンとメロディを思い浮かんだ」とのことです。

※グループサウンズ(GS)が流行っている頃に、大学生の間で流行っていたフォークソングを総称して、カレッジフォークと呼んでいます。


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