「Baby Blue/フィッシュマンズ」- 佐藤伸治の死因は飛び降り自殺? 特徴的な声と洗練されたアレンジが心に響く名曲&「フィッシュマンズ」のその後~2025年
- 名曲紹介
- 2020年07月12日
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1987年に結成されたロックバンドFishmans(フィッシュマンズ)。「Baby Blue(ベイビー・ブルー)」は、佐藤伸治がボーカルを取る彼らの名曲のひとつです。
この記事では、フィッシュマンズとはどんなバンドなのか、メンバーは誰なのか、バンド名の由来は何か、そして佐藤伸治の死因は、報道通り本当に心不全なのかを探ります。
写真はこちらからお借りしました。
フィッシュマンズってどんなバンド?
フィッシュマンズは、1987年に結成されたロックバンドです。ボーカル、ギターの小嶋謙介を中心として、明治学院大学の音楽サークル内で結成されました。フィッシュマンズのメンバーは、以下の通りです。
現在の正式メンバー
現在、フィッシュマンズの正式な存命メンバーは以下の通りです。
茂木欣一(もてぎ きんいち)
担当: ドラムス、ボーカル(再始動後)
結成時(1987年)から在籍する唯一のメンバー
フィッシュマンズのリーダー
東京スカパラダイスオーケストラにも正式加入
死去したメンバー
佐藤伸治(ボーカル・ギター・楽曲制作担当)
1999年3月15日に33歳で死去
フィッシュマンズの中心的存在でした
活動休止中のメンバー
柏原譲(ベース)
1988年から2005年の再始動後も参加していましたが、2025年現在は病気療養のため活動休止中です
サポート・バンドメンバー
再始動後のライブでは、以下のようなサポートメンバーが参加しています。
HAKASE-SUN(キーボード)- 元正式メンバー
木暮晋也(ギター)
関口"dARTs"道生(ギター)
原田郁子(ボーカル/クラムボン)
佐藤伸治の死去後、茂木欣一が中心となってバンドの音楽を鳴らし続けており、現在も断続的にライブ活動を行なっています。
「フィッシュマンズ」の音楽性
初期のフィッシュマンズは、レゲエを基調としたポップな楽曲を演奏していました。
が、オリジナルメンバー2人が脱退したことや、エンジニアであるZAKがレコーディングへ参加したこと、また、レーベルの移籍に伴うスタジオ環境の変化などをきっかけに、その音楽性は、ダブ、エレクトロニカ、ロックステディを基調とした、ロック、ファンク、ヒップホップなどの要素を取り入れたサウンドへと変化していきます。
フィッシュマンズ(Fishmans)は、レーベル移籍後の『空中キャンプ』、『LONG SEASON(ロング・シーズン)』、『宇宙 日本 世田谷』の、いわゆる「世田谷」3部作を発表した時期から、テクノ系の雑誌やサブカルチャー系の雑誌にもたびたび取り上げられるようになり、90年代後半の日本の音楽シーンにおいて、大きな存在感を示すようになります。
「Baby Blue」名曲紹介
さてそれでは、そんなのFishmans(フィッシュマンズ)の、1996年3月27日に発売されたシングルである『Baby Blue(ベイビー・ブルー)』をどうぞ。Baby Blue(ベイビー・ブルー)/Fishmans(フィッシュマンズ)
いいですねー。(^o^)
一度聴いたら忘れられない、特徴のあるボーカル。
ジャズ風のちょっぴりお洒落(しゃれ)なフルーツ、じゃなかったフルートに、シンプルながら洗練されたアレンジ。
心ときめきます。(^-')いいなぁ
What a wonderful singing voice!
I think he has very unique and distinctive good voice.
And this tune's simple arrange with jazz-like fuit phrase shakes my heart.(^-')
フルーツ
コノ フルート ジャ ナイヨ!(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)
こんなに素敵な曲を歌っているバンドなのに、知っている方は少ないようですね。
不思議です。
I wonder why almost nobody knows about this band.
They're too good to be so unknown.(?_?)
佐藤伸治のバンド活動は高校時代から
佐藤伸治は、実は高校在学中から遊び感覚でロックバンドを結成し、活動していました。明治学院大学在学中に入会したサークル「ソング・ライツ」内においても、いくつかのバンドを結成しています(当初はドラムス担当)。
「フィッシュマンズ」のバンド名の由来は?
「フィッシュマンズ」というバンド名の由来については、プロレス愛好家である佐藤伸治が、メキシコに実在した覆面レスラーの名前をもとに命名したと、結成当時のインタビューで答えています。しかしながら、後のインタビューでは違う回答をしており、真相は不明となっています。
謎を残す佐藤伸治の死因!
1999年3月15日にボーカルの佐藤伸治が亡くなったため、「フィッシュマンズ」は活動を休止。佐藤の死因は”心不全”となっていますが、これは表向きの理由で、実際には飛び降り自殺だったようです。
真偽のほどは不明ですが、佐藤伸治はその日、実家の団地から飛び降りたということです。
高所から飛び降りたものの、地面に落ちる直前に後頭部を何かの遮蔽物(木?)に激しくぶつけて落ちたため、死に顔自体はとても飛び降り自殺した人間の顔とは思えないくらい穏やかだったということです。
また、自殺した理由については、どうもうつ病だったようです。Yahoo知恵袋
ちなみに、自殺と言う言葉は個人の名誉に関わるので、日本では「自殺した」ではなく「心不全で亡くなった」と言う婉曲(えんきょく)表現をします。
これはもう、一般常識といっていいくらいです。
ただし、「心不全」が100%「自殺」を意味するわけではありません。何故亡くなったのか、遺族(いぞく)が死因をはっきり言いたくない場合にも使われます。
なので、心不全というのは病名ではなく、”死因を特定したくないときに使われる便利な言葉”だと覚えておくと良いでしょう。
佐藤伸治の墓石に刻まれた最後のメッセージ
なお、佐藤伸治の墓は、千葉県の小高い丘の上にある笠森霊園(かさもりれいえん)にあります。写真はこちらからお借りしました。
この写真ではちょっと読みにくいですが、墓碑銘には、
2人の物語は いつでもあの日のまま
いくつかの時がたっても
消えない飛行機雲も あの日のままだよ
こんどもここでずっと会える
フィッシュマンズ 佐藤伸治
と刻まれています。
これは、フィッシュマンズのデビュー曲「ひこうき」(佐藤伸治作詞)の一節ですね。(T^T)
ひこうき/Fishmans(フィッシュマンズ)
「フィッシュマンズ」再始動~現在!
2005年に、フィッシュマンが再始動!同年8月19日、ライジング・サン・ロックフェスティバルにて4年ぶりのライブを行なう。ゲストボーカルには、原田郁子、永積タカシ、UA、忌野清志郎、BIKKEらを迎える。
同年11月、再びゲストボーカルを迎え、東京、愛知、大阪にて「LONG SEASON REVUE」と銘打ったライブツアーを行なう。東京公演のアンコール曲「チャンス」では『Chappy Don't Cry』のプロデューサー・こだま和文がトランペットで参加。
2006年3月25日、前述の「LONG SEASON REVUE」の模様を収めた映画『THE LONG SEASON REVUE』が公開される。
同年3月30日、詩集『ロングシーズン-佐藤伸治詩集』の新装版が発売される。
7月30日、フジロックフェスティバル「FIELD OF HEAVEN」にてライブを行なう。ゲストボーカルに原田郁子、永積タカシ、UA、蔡忠浩(bonobos)、pocopen(SAKANA)、キセルらを迎える。
2007年9月27日、HONZIが死去。
2009年3月25日、ポリドール移籍後の6作品が紙ジャケットにてSHM-CDで再発。
同年7月15日、初期8作品が紙ジャケットにてHQCDで再発。
同年8月28日、SWEET LOVE SHOWERの初日にUAをボーカルに迎え「FISHMANS:UA」名義でライブを行なう。ハカセ(HAKASE-SUN)がキーボードとして参加。
2011年5月3日、日比谷野外音楽堂にてA Piece Of Futureを開催。ゲストボーカルに七尾旅人、ハナレグミ、原田郁子(クラムボン)、やくしまるえつこ(相対性理論)、MCとしてBose(スチャダラパー)、ギタリストとして小山田圭吾、永井聖一(相対性理論)、バイオリンで勝井祐二(ROVO)らを迎える。オリジナルメンバーである小嶋も出演。
2012年4月15日、TOKYO FM & JFN present EARTH×HEART LIVE 2012において、サカナクションと対バン。ゲストボーカルにの子(神聖かまってちゃん)、原田郁子(クラムボン)らを迎える。
同年8月11日、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2012 in EZOに出演。
同年9月30日、東京スカパラダイスオーケストラ主催のイベント『トーキョーナイトクルージング』に出演。
2014年5月5日、VIVA LA ROCK2014出演。
同年8月16日、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2014 in EZOに出演。
2015年4月25日、ARABAKI ROCK FEST.2015に出演。
同年9月5日、OTODAMA'15~音泉魂~"闘魂編"に出演。
2016年6月29日、ライヴアルバム『LONG SEASON '96~7 96.12.26 赤坂BLITZ』発売。監修は茂木欣一。
同年7月、東京・愛知・大阪をまわる約11年ぶりのツアー『FISHMANS TOUR “LONG SEASON 2016”』を開催。ツアーメンバーは茂木、柏原、HAKASE-SUN、木暮、関口、勝井、原田、zAkの8人[25]。
2018年8月1日、アナログベスト『Blue Summer~Selected Tracks 1991-1995~』発売。
同年8月8日、ZAKによるリミックス「ナイトクルージング 2018」を含むアナログベスト『Night Cruising 2018』発売。
同年8月10日、『RISING SUN ROCK FESTIVAL 2018 in EZO』出演。メンバーは茂木、柏原、木暮、関口、沖祐市、原田、ハナレグミ。
同年11月、10インチアナログ盤『ナイトクルージング 2018』発売。
2019年2月19日、ライヴイベント『闘魂2019』開催。
同年9月7日、OTODAMA'18-19~音泉魂~に出演。
2020年6月14日、完全無観客ライヴ『FISHMANS AR LIVE「INVISIBILITY」』をdommuneにて配信。
2021年4月21日、デビュー30周年記念イベント『Time passes and the future is now』を配信。茂木、小嶋、HAKASE-SUN、小暮、原田らが出演。生演奏も披露した。
同年5月29日、ライヴアルバム『若いながらも歴史あり 96.3.2@新宿LIQUID ROOm』発売。
同年6月30日、詩集『ロングシーズン-佐藤伸治詩集』にファンクラブ会報誌「POOL」内連載コラム「DE LA POET」に掲載されていた佐藤の詩を新たに収録した増補版が発売される。
同年7月9日、『映画:フィッシュマンズ』公開。同月22日には観客動員数が1万人を突破したことが、また同月30日には観客動員数が15,000人を突破したことが発表された。
2022年9月11日、"WIND PARADE ’22"に出演。
2025年8月28日、「フィッシュマンズ」のベーシスト・柏原譲が、体調不良のため医療機関を受診し、長期的な治療・療養が必要との診断を受けたことを受け、バンドの公式サイトおよびSNSにて声明が掲載された。「フィッシュマンズ」は、「柏原譲は、元気な姿で皆さまの前に戻れるよう治療に専念してまいります。しばしお待ちいただけましたら幸いです」として、理解と変わらぬ声援を求めている。