Super源さんの音楽ブログ

名曲紹介、作詞・作曲、音楽用語の楽しい覚え方、その他音楽にまつわることを書いていくブログです。可愛い音楽ブログパーツも配布しています。

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「モンテカルロで乾杯/庄野真代」 - 「飛んでイスタンブール」に続く、オリコン5位を記録したヒット曲!

今日は、庄野真代の「モンテカルロで乾杯」のご紹介です。

モンテカルロで乾杯 庄野真代 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

庄野 真代(しょうの まよ、本名:庄野 眞代(読み方は同じ) 1954年12月23日 - )は、大阪府大阪市出身の歌手・シンガーソングライターです。
ルフラン所属。NPO法人国境なき楽団理事。

庄野 真代は、20歳のときに参加した「フォーク音楽祭」で、予選を次々と突破。
関西四国決勝大会でグランプリを獲得し、全国大会にてスカウトされます。

そして、1976年に、アルバム「あとりえ」でデビュー。
都会派ニューミュージックの歌手として、注目されるようになります。

そして、2年後の1978年に、代表曲「飛んでイスタンブール」が大ヒット。
同年大晦日の『第20回日本レコード大賞』中山晋平賞(のち作曲賞)を受賞し、また『第29回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たします。

庄野真代のヒット曲には、その他1978年の「モンテカルロで乾杯」「マスカレード」、1980年の「Hey Lady 優しくなれるかい」などがあります。

今日は、1978年7月10日に発売された「モンテカルロで乾杯」をどうぞ。
 この曲の歌詞はこちら

「モンテカルロで乾杯」の作詞はちあき哲也、作曲は筒美京平です。
この曲は、前作の大ヒット曲「飛んでイスタンブール」に続くシングルで、オリコチャートにおいて、最高順位5位、1978年度年間43位を記録。
庄野真代自身2番目のヒット曲となりました。

「モンテカルロ」というのは、西ヨーロッパ・モナコ公国の4つの地区(カルティエ)の1つで、同国の北東部・モナコ湾の北岸に位置する場所です。
モンテカルロはイタリア語で「シャルル3世の山」という意味で、彼の治世下で名づけられました。

モンテカルロでは、かつて歴史に残る大珍事が!

そうそう、モンテカルロといえば、1913年(日本の暦でいえば大正2年)に、ここにあるカジノのルーレットゲームで、なんと、黒の目が連続して27回も出るという大珍事がありました。

連続27回ですよ、27回!おお!(゚o゚)

数学的な確率を無視した、もはや神様のいたずらとしか思えない、文字通り人々が啞然とした出来事でした。

ご興味をもたれた方は、以下の記事をお読みになってみて下さい。(^^)
 
連続27回も黒の目を出し続け、誰もが啞然としたルーレットの目! - モンテカルロのカジノで起こった歴史に残る大珍事

連続27回も黒の目を出し続け、誰もが啞然としたルーレットの目! - モンテカルロのカジノで起こった歴史に残る大珍事


ルーレットで、赤が出るか黒が出るかは、それぞれ50%の確率です。しかしながら、1913年(大正2年)、モナコはモンテカルロのカジノで起こった大珍事は、その場に居合わせた人すべてを啞然(あぜん)とさせ、ギャンブラーたちのサイフをすっからかんにしました。それは、黒の目が15回も続けて出たことから始まったそれは、黒の目が15回も続けて出たことから始まりました。まわりのギャンブラーは、もうそろそろ赤が出る頃と、先を争う...


しかしこれ、ホント、信じられない出来事ですね!(・o・)
まさに驚嘆すべき出来事ですが、時としてこのようなことが起こるから、世の中って面白いのかも知れません。(@_@)ウーン

「20歳のめぐり逢い/シグナル」 - シグナルのデビュー曲にして最大のヒット曲

今日は、シグナルの「20歳のめぐり逢い」のご紹介です。

20歳のめぐり逢い シグナル ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

シグナルは、1975年半ばから1984年にかけて活動した、フォークソンググループです。
1975年に発売したデビュー曲「20歳のめぐり逢い」が大ヒットし、これが彼らの代表曲となります。

メンバーは、浅見昭男(あさみあきお)、田村功夫(たむらいさお、「功」は正しくはにんべんに「功」)、住出勝則(すみでまさのり)、稲垣達雄(いながきたつお)の4人です(途中で、田村功夫が抜けて稲垣達雄が加入)。

当時大ヒットした曲としては、前述の「20歳のめぐり逢い」のみですが、シグナルには「B.G.Mはため息で」や「黄昏のあらし」など、良い曲が他にもたくさんあり、グレープ同様、当時私が良く聴いたフォークグループのひとつでもあります。

さて、今日はその、彼らのデビュー曲でもあり代表曲でもある、「20歳のめぐり逢い」をどうぞ。
 
20才のめぐり逢い・・シグナル 投稿者 cyoj

この曲の歌詞はこちら

いやー、素敵な曲です。(^-^)
この曲のリードボーカルは、住出勝則です。
今改めて聴いて、その感慨を新たにしました。
ストリングスアレンジが、また良いです。

Well, it's a wonderful song. (^-^)
The lead vocalist for this song is Masanori Sumide.
I listened to it again just now, and renewed my feelings about it.
The string arrangement is also good.

「手首の傷は癒えないけれど~」という部分が、何故か妙に印象に残っています。
このような和風でしっとりした曲は、最近めっきり減ってしまったように思います。

For some reason, I was strangely impressed by the part that said, "Although the wound on my wrist will never heal.
It seems that the number of Japanese style songs like this has been decreasing recently.

なお、この曲はのちに、以下のアーティストによってカバーされています。

・1981年11月5日発売 岩崎宏美 - カバーアルバム「すみれ色の涙から…」に収録
・2015年4月29日発売 岩佐美咲 - 限定盤シングル「初酒」に収録

両者の名前に、「岩」と「美」の漢字があるところが面白いですね。おお!(゚o゚)

ちなみに、岩佐美咲は、演歌歌手で、女性アイドルグループAKB48チームBの元メンバーです。

岩佐美咲
岩佐美佐 イメージ 画像
出典:https://matome.naver.jp/odai/2132790689050558301/2133968207030501003

「神様からもらったチャンス/三浦理恵子」 - 名曲のご紹介

今日は、三浦理恵子の「神様からもらったチャンス」のご紹介です。


写真は、こちらからお借りしました。

三浦 理恵子(みうら りえこ、1973年9月1日 - )は、東京都中野区出身の歌手、女優、声優、タレントです。
「乙女塾」2期生の出身で、解散したアイドルグループ「CoCo」の元メンバーです。
愛称は、理恵ちゃん。

三浦 理恵子は、1989年、フジテレビの「パラダイスGoGo!!」において、フジテレビが主催・運営のタレント育成講座、「乙女塾」の2期生としてデビューをします。
そして、同じく東京都中野区出身の羽田惠理香(現・はねだえりか)らと、同塾生の5人でアイドルグループ「CoCo」を結成。

1991年には、「涙のつぼみたち」でソロデビュー。
1994年には「CoCo」を解散し、本格的にソロ活動を開始します。

今日は、そんな三浦理恵子の、1992年9月18日に発売された5枚目のシングルである、仏様…、じゃなかった、「神様からもらったチャンス」をどうぞ。

この曲の歌詞はこちら

ナンダヨ、仏様 ッテ!(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)

しかし、声優でもある彼女の声は、ホント可愛いですねー。(^o^)

ドウ、コレ? リボン ツケテ ミタケド、可愛い?(^.^)
オカマ カイ!(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)

なお、三浦理恵子のオフィシャルブログは以下になります。
ファンの方は、迷わずGo! ( ^-^)/

三浦理恵子オフィシャルブログ「Miura Rieko」
https://ameblo.jp/riekomiura/

芸能人ブログによくありがちな、いわゆる放置ブログではなく、週に数回ペースながら、こまめに更新されているようです。(^ ^)