Super源さんの音楽ブログ

名曲紹介、作詞・作曲、音楽用語の楽しい覚え方、その他音楽にまつわることを書いていくブログです。可愛い音楽ブログパーツも配布しています。

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「ドラえもんのオープニングテーマ」 - 名曲のご紹介

今日は、「ドラえもんのオープニングテーマ」のご紹介です。

「ドラえもん」は、藤子・F・不二雄の描いた児童漫画・SF漫画作品です。
この漫画が世の中に登場したのは1970年代のはじめで、当時小学館の発行する学年別学習雑誌やコロコロコミックで連載されていました。

ストーリーは、22世紀からやってきたネコ型ロボット「ドラえもん」と、勉強もスポーツも駄目で、何をやらせてもドジばかりの小学生「野比のび太」の日常生活を描いた作品です。

この漫画の特徴のひとつは、ロボットであるドラえもんが、ロボットとして扱われておらず、あたかも人間のような感じで、のび太たちと交流する姿を描いている点にあります。

また、この作品で欠かすことのできない要素であり、なおかつ作品の魅力の1つとなっているのが、不思議な効力を持った数々のアイテム「ひみつ道具」です。

舞台となる時代は、基本的に現代の日本ですが、ドラえもんがお腹の四次元ポケットから取り出す道具を使えば、外国や宇宙、過去や未来さえへも行き来することができます。

「ドラえもん」は、今や日本国内において国民的な人気がある長寿作品であるのみならず、国外でもよく知られ、東アジアを中心に高い人気のある作品です。

ということで、前置きが長くなりましたが、今日はそのオープニングテーマをどうぞ。


ドラえもんのオープニングテーマ-夢をかなえてドラえもん

この曲の作詞・作曲は 黒須克彦 、歌はmaoです。
歌詞はこちら

maoは、黒須克彦の作曲したコンペティション用楽曲(「ドラえもん」主題歌)の仮歌を歌ったところ、楽曲と共にそのまま歌手として採用され、2007年に「夢をかなえてドラえもん」でデビューをした神奈川県出身の歌手です。
maoは、それ以降、ゲームソフトやテレビアニメの主題歌を手がけています。


ドラえもんといえば、テレビ朝日版「ドラえもん」で、ドラえもんの声を26年間担当したこともある大山のぶ代が、数年前から認知症で闘病中であることが、かつて「おかあさんといっしょ」で、初代「体操のお兄さん」をつとめた夫の砂川啓介から発表されました。

完治が非常に難しい病気ではありますが、是非克服して声優として復帰し、子供たちにまたを与えてほしいと願わずにはいられません。

「愛はかげろう/雅夢」 - オリコン週間3位を記録した、雅夢のデビュー曲にしてヒット曲

今日は、雅夢の「愛はかげろう」のご紹介です。

愛はかげろう 雅夢 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

雅夢(がむ)は、1980年代前半に活動したフォークデュオです。
代表曲には、「愛はかげろう」などがあります。

雅夢(がむ)は、中京大学に在学中に、三浦和人と中川敏一の2人が結成したフォークバンドです。
1980年5月に、第19回ヤマハポピュラーソングコンテストつま恋本選会で「愛はかげろう」を歌い、優秀曲賞を受賞します。

そして、同年9月25日に、雅夢はこの曲で歌手デビューをしますが、これが翌年にかけて69.1万枚(オリコン調べ)を売り上げる大ヒットとなります。

翌年の1981年2月には、シングル「悲しくて」を発売。
この曲は16.2万枚を売り上げ、その後は、「浮雲」「秋時雨」「追いかけて」…と、年に約2曲のペースでシングルを発表していきます。

今日は、1980年9月25日に発売された、雅夢のデビュー曲である「愛はかげろう」をどうぞ。
 
愛はかげろう/雅夢(がむ)

この曲の歌詞はこちら

この曲の作詞、作曲は三浦和人で、オリコンチャートにおいて週間3位、1981年度年間13位を記録しています。

三浦和人は、インタビューでこの曲について聞かれた際、「失恋の痛みから抜け出すために書いた曲」「男言葉では力強い歌詞になってしまうために、あえて女言葉で女々しい表現にした」「神様に音楽家としてのチャンスをもらえた曲」「サビが出来たとき、ヒットする手応えがあった」と答えています。

雅夢(がむ)は、1984年に解散するまでに、9枚のシングルと7枚のアルバムを発売しています。

また、三浦和人は、1982年ごろに「三浦雄也」と芸名を改名、後に再び本名の三浦和人に戻し、以後もソロ・アーティストとして活動を続けています。

「雅夢」というバンド名の由来は?

ちなみに、「雅夢」というバンド名の由来ですが、これは、当時の彼らの行きつけの喫茶店の名前が「雅夢」で、そこからとられました。
また、その喫茶店にはマスコット犬がいましたが その犬の名前もまた「雅夢」だったいうことです。

おお! (゚o゚)「ガムガム」!

これは面白いですね。(^^)

参考にしたサイト
雅夢「愛はかげろう」-おこのみやき花子さん・浜松市広島風お好み焼き屋
http://hanakosan.hamazo.tv/e1806443.html

またこの曲は、のちに中森明菜がカバーしています。

「お元気ですか/清水由貴子」 - 8.2万枚を売上げたデビュー曲にしてヒット曲!

今日は、清水由貴子の「お元気ですか」のご紹介です。

お元気ですか 清水由貴子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

清水 由貴子(しみず ゆきこ、本名:同じ、1959年9月7日-2009年4月20日)は、東京都出身の歌手・女優・タレントです。
愛称は、「ユッコ」。

清水 由貴子は、1976年2月18日に、NTVのオーディション番組「スター誕生!」の第16回決戦大会で、イルカの「なごり雪」を歌って合格します。
のちに、ピンク・レディーとなった根本美鶴代(ねもと みつよ)と増田恵子(ますだ けいこ)の2人組をおさえての最優秀賞(グランドチャンピオン)でした。

当時の「スター誕生!」の審査員で、デビュー曲の作詞も手がけた阿久悠(あく ゆう)によれば、テレビ予選に合格した時点で、既に次の決戦大会の大本命として、各社スカウトマンから注目されていたといいます。

そして、合格から1年後の1977年3月1日には、「お元気ですか」でアイドル歌手として歌手デビュー。
当時、アイドルにはキャッチフレーズをつける慣習のようなものがあり、デビュー時の清水 由貴子につけられたのは、「ほほえみスイング まごころハミング」でした。
また、デビューが同期で仲の良かった榊原郁恵・高田みづえとあわせて「フレッシュ3人娘」と呼ばれていました。

デビュー曲の「お元気ですか」は大ヒットとなり、当時盛んだった「賞レース」においても数多くの新人賞を獲得するものの、「速報!日本レコード大賞」の新人賞(5人枠)争いでは、清水健太郎、高田みづえ、狩人(かりうど)の順で新人賞受賞が確定する中、続く受賞者を決める上位2名での決選投票で太川陽介(たがわ ようすけ)に破れた後、最後の1枠を巡って榊原郁恵(さかきばら いくえ)と再び決選投票となり、僅差(きんさ)で受賞を逃(のが)すこととなります。

翌年も、シングルはコンスタントに発売されましたが、今いちヒット曲に恵まれず、デビュー当初から気にかけてくれていた萩本欽一(はぎもと きんいち)や、同じレコード会社ということで縁のあった杉良太郎(すぎ りょうたろう)の後押しもあって、その後は次第に活躍の場をテレビドラマやバラエティー番組に移していくことになります。

さて今日は、そんな清水 由貴子のデビュー曲である「お元気ですか」をどうぞ。
 
お元気ですか/清水由貴子

この曲の歌詞はこちら

この曲は、歌番組等ではバックの演奏と共に、自らもフォークギターを弾きながら歌うスタイルで、8.2万枚を売る大ヒットとなりました。

私は当時、清水由貴子の曲はあまり聴きませんでしたが、歌っているときの明るく爽やかな笑顔や、女性的で品のいい身のこなしが強く印象に残っています。(--)トオイ メ