Super源さんの音楽ブログ

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「センチメンタルジャーニー/松本伊代」 - ロッテガーナチョコレート CMソング 松本伊代のデビュー曲にして最大のヒット曲!

今日は、松本 伊代の「センチメンタルジャーニー」のご紹介です。

センチメンタルジャーニー 松本伊代 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

松本 伊代(まつもと いよ、本名:小園 伊代(こぞの いよ) 1965年6月21日 -)は、東京都大田区出身のタレント、歌手、女優です。
夫はタレントのヒロミ、長男はタレントの小園凌央。

松本 伊代は、中学3年生のときに、原宿でスカウトされます。
そして、1981年にTBS系『たのきん全力投球!』の田原俊彦の妹役オーディションに合格し、デビューをします。
同年10月21日には、「センチメンタル・ジャーニー」で、アイドル歌手としてもデビュー。

当時のキャッチコピーは、「瞳そらすな僕の妹」「田原俊彦の妹」。

そして、1982年12月の「第24回日本レコード大賞新人賞」を始めとして、同年に多くの音楽新人賞を受賞します。

その後、『オールナイトフジ』の司会を務めるなど、バラエティ番組でも活動。
1986年からは、川村真澄・林哲司・船山基紀による「恋愛三部作」を発売します。

今日は、そんな松本伊代の、デビュー曲である「センチメンタルジャーニー」をどうぞ。
 
この曲の歌詞はこちら

この曲は、ロッテガーナチョコレートのCMソングに使われました。
デビューシングルながら、売り上げは松本伊代自身最大のヒットとなり、さらにこの曲で、松本伊代は翌1982年の第24回日本レコード大賞新人賞を受賞しました。

この曲の歌詞には「伊代はまだ16だから」とありますが、NHKの『レッツゴーヤング』に出演した歳に、この『伊代は』のところが「『わたし』に変更されました。
これは、この曲の発表当時、松本伊代が歌詞通り本当に16歳であり、当時のNHKの基準に照らして、「歌詞が松本伊代の個人宣伝になる」と判断されたためです。

松本伊代のその後と近況

1993年に、番組での共演がきっかけとなり、B21スペシャルのヒロミと結婚。
その後、2男の母となります。

2005年には、1982年の同期デビューだった早見優・堀ちえみとともにママドルユニット「キューティー★マミー」を結成。

2009年には、アイドル時代の12枚のオリジナルアルバム+ボーナスCD・DVDをまとめたBOXセット「SWEET 16 BOX」のボーナストラックとして、尾崎亜美作詞・作曲・プロデュースによる19年振りの新曲「私の声を聞いて」を発売。
配信限定ながら、シングルカットもされました。

2012年には、品川ステラボールでデビュー30周年記念コンサートを開催しました。

2017年には、2月11日に名古屋ブルーノートで、芸能生活35周年を記念したワンマンライブを開催しました。
地方におけるワンマンライブとしては、これが約25年ぶりとなるもので、終演後には「これからは気を引き締めて、このような形のライブも続けていきたいです」とコメントするなど、今後の音楽活動にさらなる意欲を示しました。
出典:http://okmusic.jp/#!/news/158191

2021年7月22日に、自身のインスタグラムを更新し、「お知らせ」という題で、「皆様にご報告があります。三週間程前に、お恥ずかしい話なのですが、運動中に無理な体勢をして、背骨を圧迫骨折をしてしまいました」と告白。
そして、「症状は痛みがあり、とにかく安静にしているほかないようで、入院はせず自宅で療養しております」「主治医の先生からは、骨が固まるまでは安静にとお話がありました。部位が背骨ということなので無理せず焦らず治していこうと思います」と現状を投稿しました。
出典:https://www.iza.ne.jp/article/20210722-MQZQQJKMDZGNBKSLHY7RRVQUVM/

火曜レギュラーを務める関西テレビ「よ~いドン!」は、6月13日、20日と3週連続で欠席しており、6日に番組で「ケガによるお休み」と伝えられていました。

なおこの曲は、YUKIが歌った「センチメンタルジャーニー」とは同名異曲です。
 

「センチメンタルジャーニー/YUKI」 - 「JUDY AND MARY」からソロデビューしたYUKIの、2003年のヒット曲|Super源さんの音楽ブログ


今日は、YUKIの「センチメンタルジャーニー」のご紹介です。YUKI(ユキ 本名:倉持有希(くらもち ゆき)、旧姓、磯谷(いそや、1972年2月17日 -)は、北海道函館市出身の女性歌手です。


松本 伊代のエピソード

・1982年、新人賞レースを争ったことから堀ちえみ、小泉今日子、中森明菜、早見優らと共に「花の82年組」の1人と呼ばれた。

・運動が全般的に苦手で、ボールがうまく投げられないなどのエピソードが披露されたこともあった。また、デビュー時は、身長156cmに対して体重は38kgしかなく、体重が軽過ぎて自動ドアが開かないこともあったという。

・1984年12月29日の放送のオールナイトフジでで、自著と称する『伊代の女子大生 まるモテ講座』を宣伝した際、本の内容について質問をされ、「まだ読んでないのですけど」と発言してしまい、その場にいた片岡鶴太郎から「自分で書いた本なのにまだ読んでないとはどういうことか」と突っ込まれたことがある。
この件については、「ゲラの状態で最終チェックはしましたが、製本になった状態を見たのはこの時が初めてだったので、(製本された本を)まだ読んでいないと発言した」と弁明をしたが、後に、この弁明に関しても「嘘です」と白状しており、この本は、すべてゴーストライターによる代筆であったことを認めている。

・ボンカレーのCM「だってらっきょうが転がっちゃう編」の撮影で笑うシーンがあるが、本人が緊張してうまく笑えなかったため、テーブルの下にスタイリストが入って足の裏をくすぐり、笑わせられることになったという撮影裏話がある。
 

・独特の低い声質が持ち味であるが、デビュー当初はスタッフから60年代に人気を博した海外の女性グループのロネッツのテープを渡され、良く聴いて勉強するようにいわれたと語っている。
やはり、ロネッツのフロントのロニー・スペクターは独特の低いハスキーヴォーカルで、加えて松本伊代のデビュー時の楽曲が60年代調のため、参考になるとスタッフが考えていた模様。

・「マイ・ラグジュアリー・ナイト」のヒットで知られる歌手のしばたはつみははとこで、遠縁にあたる。

「みかん/大竹しのぶ」 - IMALUは明石家さんまとの娘 のちに大物女優へと成長する大竹しのぶのデビュー曲

今日は、大竹しのぶの「みかん」のご紹介です。


写真は、こちらからお借りしました。

大竹しのぶ(おおたけ しのぶ 本名同じ)は、1957年7月17日、東京都品川区生まれの女優、タレントです。IMALUは明石家さんまとの娘。

1973年、フォーリーブスの北公次主演のテレビドラマ『ボクは女学生』にて、北公次の相手役が一般公募されたのですが、彼女はこの応募に合格し、芸能界デビューを果たします。

1974年、浦山桐郎・監督の「青の門」の織江役の一般公募に応じ、1500人の中から選ばれます。
同年、NHK連続テレビ小説「水色の時」の主役オーディションにも合格します。

この「水色の時」の主題歌「白い風よ」は、桜田淳子が歌っています。

「白い風よ/桜田淳子」 - NHK 朝の連続テレビ小説『水色の時』主題歌|Super源さんの音楽ブログ

「白い風よ/桜田淳子」 - NHK 朝の連続テレビ小説『水色の時』主題歌|Super源さんの音楽ブログ


今日は、桜田淳子の「白い風よ」のご紹介です。 写真は、こちらからお借りしました。桜田淳子(さくらだじゅんこ、1958年(昭和33年)4月14日 -)は、秋田県秋田市出身の元女優、歌手です。


大竹しのぶはその後、多くのテレビドラマ、映画、芝居、バラエティー、舞台出演等をこなし、大物女優へと成長していきます。

今日ご紹介する「みかん」は、1976年に発表された彼女のデビュー作で、この曲は5年後の1981年、杉田かおるがシングル「鳥の詩」のB面でカバーすることになります。

さて、それでは早速「みかん」をどうぞ。

みかん/大竹しのぶ

この曲の歌詞はこちら


♪あなたの部屋が寂しすぎたから みかんをひとつ 置いて来ました 食べないで下さい 食べないで下さい♪

で始まる、切なくも、どこかほっこりする曲ですね。(^^)

大竹しのぶの若い時の歌です。
ちまたでは、大竹しのぶは歌はヘタだといわれているようですが、音程が正確で、間の取りかたもよく、なかなかうまいのではないかと私は思います。
歌っているときの表情もよいです。
何より、歌詞のメッセージが、彼女の歌唱を通して、ひしひしと伝わってきます。

ちなみに、大竹しのぶの従曽祖伯父(曽祖父のいとこ)に、政治家の大竹貫一がいます。
また、母方の祖父に自由宗教家でクリスチャンである吉川一水が、甥にJリーグ・藤枝MYFC所属(元FC町田ゼルビア)の大竹隆人がいます。

大竹しのぶの近況

・2003年公開の映画『阿修羅のごとく』で、桃井かおりと初共演を果たしています。
・2011年秋の褒章において、紫綬褒章を受章しました。
・2016年11月24日、第67回NHK紅白歌合戦に初出場することが発表されました。

【みかんって?】
みかんって?

そうそう、みかんといえば、食べる前、つまり皮をむく前に、甘いかどうかを一瞬で見分ける方法があるのをご存知ですか?
詳しくは、以下のサイトへGo!( ^-^)/
 
「甘いみかん」と「酸っぱいみかん」はどこが違う? - 一瞬で見分ける裏技

「甘いみかん」と「酸っぱいみかん」はどこが違う? - 一瞬で見分ける裏技


冬になって、寒さが厳しくなってくると、コタツに入って食べたくなるのがみかん。そのみかんですが、同じ箱に入っていたみかんなのに、ときどき、特に甘いみかんに当たることがありますよね?実は、偶然に頼らずに、お店に並べられたたくさんのみかんの中から、甘いみかんを一瞬で見分ける裏技があります。しかも、誰でもできる簡単な方法です!この記事を読めば、もうあなたは、2度と酸っぱいみかんを買ってがっかりすることはな...


これはもう、知らないとソンしますよ。
いや、ホント。(゚ー゚)(。_。)ウン。

「涙の分かれ道/ディオンヌ・ワーウィック」 - グラミー賞を受賞した1979年のヒット曲

今日は、ディオンヌ・ワーウィックの「涙の分かれ道(I'll Never Love This Way Again)」のご紹介です。

涙の分かれ道 ディオンヌ・ワーウィック ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

ディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick、1940年12月12日 - 本名 Marie Dionne Warrick マリー・ディオンヌ・ワーリック)は、アメリカのニュージャージー州(New Jersey East Orange)出身の黒人女性歌手です。
バート・バカラック作品の歌い手として、またホイットニー・ヒューストンの従姉妹としても知られています。

ディオンヌ・ワーウィックは、ハートフォード音楽大学に在学中、作曲家のバート・バカラックと出会い、大学卒業後、歌手として本格的に活動を始め、1963年にデビューします。

翌年の1964年、「ウォーク・オン・バイ」のヒットで脚光を浴び、3年後の1967年に「小さな願い(I Say a Little Prayer)」のヒットを放ってからは、「サンホセへの道(Do You Know The Way To San Jos)」、「恋よさようなら(I'll Never Fall in Love Again)」など、現在もスタンダードとして親しまれているバカラック=ハル・デビッド作品で続けざまにヒットを放ちます。
 
「サンホセへの道/ディオンヌ・ワーウィック」 - 1968年の女性ベスト・ポップ・ヴォーカル賞受賞曲 歌詞の意味は?|Super源さんの音楽ブログ

「サンホセへの道/ディオンヌ・ワーウィック」 - 1968年の女性ベスト・ポップ・ヴォーカル賞受賞曲 歌詞の意味は?|Super源さんの音楽ブログ


今日は、「ディオンヌ・ワーウィック」の「サンホセへの道(Do You Know The Way To San Jose)」のご紹介です。 写真は、こちらからお借りしました。ディオンヌ・ワーウ


1970年代においては、1974年にスピナーズとの共演で「ゼン・ケイム・ユー(Then Came You)」がNo.1になりますが、その後はしばらく不振が続きます。
が、1979年にバリー・マニロウのプロデュースによる楽曲「涙の分かれ道(I'll Never Love This Way Again)」が久々のヒットとなり、この曲はグラミー賞(女性ベスト・ポップ・ヴォーカル賞)を受賞します。

それでは、今日はその「涙の分かれ道(I'll Never Love This Way Again)」をどうぞ。
 
涙の分かれ道(I'll Never Love This Way Again)/ディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick)

この曲の歌詞はこちら

いやー、いい曲ですねー。(^o^)
タイトルの「I'll Never Love This Way Again」というのは、翻訳すると「こんな風に愛することは、もう二度とない」となります。

素晴らしい歌詞に、素晴らしい曲。
そして、素晴らしい歌唱!
まさに、名曲だと思います。

その後1980年代においては、1982年にバリー・ギブ制作による「ハートブレイカー(Heartbreaker)」がヒット。
 
「ハートブレイカー(Heartbreaker)/ディオンヌ・ワーウィック」 - ノルウェーのアルバム・チャートで10週連続1位を獲得したヒット曲|Super源さんの音楽ブログ

「ハートブレイカー(Heartbreaker)/ディオンヌ・ワーウィック」 - ノルウェーのアルバム・チャートで10週連続1位を獲得したヒット曲|Super源さんの音楽ブログ


今日は、ディオンヌ・ワーウィックの「ハートブレイカー(Heartbreaker)」のご紹介です。 写真は、こちらからお借りしました。ディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick、1


そして、1986年には、バカラック&キャロル・ベイヤー・セイガーのライティングコンビによるグラディス・ナイト、エルトン・ジョン、スティーヴィー・ワンダーとの共演作「愛のハーモニー」が大ヒットします。

2007年には、自身のヒット曲をカバーしたCD「マイ・フレンズ・アンド・ミー~バート・バカラックへの想い」を発売。
グロリア・エステファン、グラディス・ナイト、オリビア・ニュートン・ジョン、シンディ・ローパーらと共演しました。

2008年には、ゴスペル集「Why We Sing」を発売。
ゲストは、妹のDee Dee、他 BeBe Winance 等で、ゴスペル集の発売は、1969年の「Soulful」についで2度目となります。

そうそう、涙といえば、感情の種類によって味が変わるということをご存知ですか?

イワシ区、じゃなかった、詳しくは以下のサイトへGo!( ^-^)/
 

涙は、感情の種類によって味が変化するって本当?


人は、悲しいときだけではなく、うれしいときにも笑ったときにも涙を流すことがあります。が、実は涙の成分は、そのときの感情によってそれぞれ異なるといいます。喜び、悔しさ、怒りを感じたときに出る涙は、量が少なく、塩化ナトリウムを多く含むので、塩辛くなります。感動したときに出る涙は、水分が多いため、サラサラとして味が薄く、あまり塩辛くなりません。【「たまごっち」に涙】...


ドコニ アルン ダヨ、ソノ イワシ区」ッテ。(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O) ウギャッ!