Super源さんの音楽ブログ

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「悲しみは駈け足でやってくる/アン 真理子」 - 漢字の独自解釈が特徴の詞! アン 真理子自身の作詞による1969年のヒット曲!

今日は、アン 真理子の「悲しみは駈け足でやってくる」のご紹介です。

悲しみは駈け足でやってくる アン真理子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

アン 真理子(アン まりこ、本名:佐藤ユキ(さとう ユキ) 1945年 -)は、日本の歌手、作詞家、女優です。

アン 真理子は、日劇のダンサー兼コーラス員としてデビューした後、平岡精二クインテット等のソロ歌手となります。

1966年、東京ヒルトンホテルのスター・ヒル・プラザに出演していたときに、出門ヒデと「ユキとヒデ」を結成。
そして、翌年の1967年に、デビューシングルを発売します。

ユキとヒデとしての活動と平行して、ソロ歌手藤ユキ(ふじ ユキ)としても活動。

1968年に、ユキとヒデは解散しますが、藤ユキ名義の活動は続行します(ヒデは同年、ヒデとロザンナを結成)。

1969年に、ソロ名義もアン真理子と改称、再デビューを果たします。

今日は、そんなアン 真理子の、1969年に発売された「悲しみは駈け足でやってくる」をどうぞ。
 この曲の歌詞はこちら


「クスン!」「 いい曲だニャー。この曲を聴いていると、泣けてくるニャン」

「悲しみは駈け足でやってくる」は、オリコンチャートによれば、1969年9月下旬から11月の初めにかけてヒットした曲で、作詞は、歌唱しているアン真理子自身によるものです。

詞の特徴としては、「明日」を”明るい日”、「若い」を”苦しい”と、漢字の独自解釈をしている点で、これが聞く者を、「なるほど、もしかしたらそうかもしれない」と妙に納得させてしまう、不思議な力をもっていたように思います。
そしてこれが、楽曲の良さとあいまって、この曲をヒットに導いたのではないかと管理人は推測しています。

なおこの曲は、後に浜田朱里がカバーしています。

浜田朱里といえば、「青い花火」も名曲です。
お時間があれば、どうぞこちらもお聴きになってみてください。
 

「青い花火/浜田朱里」 - 「さよなら好き」でデビューした浜田朱里の通算3枚目のシングル|Super源さんの音楽ブログ


今日は、浜田 朱里の「青い花火」のご紹介です。 写真は、こちらからお借りしました。浜田 朱里(はまだ じゅり、本名:宮崎珠里(みやざき じゅり) 1962年11月1日 -)は、東京都出身の元