Super源さんの音楽ブログ

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「真冬の帰り道/ザ・ランチャーズ」 - 結成は加山雄三 オリコン23位を記録したデビュー曲にしてヒット曲! 初期メンバーの1人は『ウルトラマン』のイデ隊員

今日は、ザ・ランチャーズの「真冬の帰り道」のご紹介です。

ザ・ランチャーズ 真冬の帰り道 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

ザ・ランチャーズ(The Launchers)は、1962年に結成されたグループ・サウンズのバンドで、1967年11月に、シングル「真冬の帰り道」でデビューをします。

メンバーは、喜多嶋瑛(ドラムス)、喜多嶋修(ボーカル、ギター)、大矢茂(ギター)、渡辺有三(ベース)の4人です。

ランチャーズ
は、加山雄三主演の「若大将シリーズ(東宝が1961年から1971年まで製作した加山雄三主演の喜劇映画)」が始まったころ、加山雄三が藤本真澄プロデューサーに、

「会社の人間で演奏できるやつを集めてバンドをやれ。映画でも使うぞ」

と指示を受け、メンバーをかき集めて1962年に結成したバンドです。
バンド名は、「進水する」という意味で、ザ・ランチャーズと名付けられました。

第一期(結成当初)のメンバーは、加山雄三、二瓶正也(にへい まさなり)、津田彰、佐竹弘行、三木敏彦、速水洸の6人で、東宝の俳優らを中心メンバーにしてスタートしました。
ボーカルは、もちろん加山雄三です。

が、次第にそれぞれの本業が忙しくなり、バンド活動が困難になってきたため、一旦活動停止を余儀なくされます。

そうそう、二瓶正也といえば、円谷プロ制作の空想特撮シリーズ『ウルトラマン』のイデ隊員を務めた俳優でもありますね。(^^)

イデ隊員
ウルトラマン イデ隊員 二瓶正也
写真はこちらからお借りしました。

ナ、ナツカシー。(^o^) (--)トオイ メ

そして、喜多嶋修は、元女優・喜多島舞の父親でもあります。

喜多島舞
喜多島舞 ブロマイド
写真はこちらからお借りしました。

話を戻します。
そこで1964年に、加山雄三は、これではいけないと、従弟の喜多嶋瑛(きたじまえい)、喜多嶋修の兄弟と、大矢茂の4人に声をかけ、第二期ザ・ランチャーズを再結成。

1967年には、喜多嶋瑛、喜多嶋修、大矢茂、渡辺有三の4人で第三期ザ・ランチャーズを結成し、同年11月に東芝音楽工業よりシングル「真冬の帰り道」にてデビューをします。

前置きが長くなりましたが、【><】今日はそのデビュー曲である「真冬の帰り道」をどうぞ。
 
真冬の帰り道/ザ・ランチャーズ

この曲の歌詞はこちら

この曲の作詞は水島哲、作曲は喜多嶋修で、気品溢れるバロック調サウンドとシンプルなメロディーが売りで、オリコンチャートにおいて最高順位23位を記録しました。

ランチャーズは、「全員慶大生」という育ちの良さが売りのバンドでしたが、反面メンバーの個性に乏しく、それに加えて、「これがランチャーズだ!」という特徴的なサウンドが打ち出せなかったこともあり、デビュー曲以後、これといったヒット曲に恵まれませんでした。

そしてその後、1969年10月にドラムスを喜多嶋瑛から河手政次に交代しながら活動を続けていましたが、1971年春に解散となりました。

なお、1994年7月に、島英二を始めとするザ・ワイルドワンズのメンバーらにより、ランチャーズの名を冠する「加山雄三&ハイパーランチャーズ」が結成されました。

ランチャーズの発売したシングル曲

1.真冬の帰り道/北国のチャペル(1967年11月)
2.教えておくれ/愛のささやき(1968年3月)
3.シリウスの涙/想い出のジュリエット(1968年6月)
4.不機嫌な水溜り/HELLO! BABY MY LOVE(1968年12月)
5.砂のお城/雲を追いかけて(1969年6月)
6.マドレーヌ/昔も現代も真実はこれにつきる(1970年3月)

おまけ

「ニャー、この肉球パンチを受けてみよ! 」「おおっ、望むところだ!」

ウルトラマンと戦うにゃんこ
写真はこちらからお借りしました。

「卒業 -Graduation-(そつぎょう グラデュエーション)/菊池桃子」- ドラマ「卒業」主題歌 40万枚近い売上げを記録したヒット曲!

今日は、菊池 桃子の「卒業 -Graduation-」(そつぎょう グラデュエーション)のご紹介です。

卒業 Graduation 菊池桃子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

菊池 桃子(きくち ももこ、1968年5月4日 - )は、東京都品川区出身の女優・タレント・元アイドル歌手です。
元夫はプロゴルファーの西川哲。

菊池 桃子は、叔母が青山で経営していた飲食店の店内に飾っていた菊池の写真が、たまたま来店した音楽プロデューサーの妻の目に止まり、スカウトされます。

菊池 桃子自身は、当時芸能界に対して特に強い憧れや目標とする芸能人が存在していたわけではなく、(考古学者になる事が長年の夢であった)「見てみたいと思った」程度の軽い気持ちであり、デビュー以前度重なるオーディションに、「自分には向いていない、辞めたい」と思ったと後年述懐しています。

が、「青春のいじわる」でデビュー後は、その愛らしいルックスと優しい人柄、そして裏表のない控えめな性格が幅広い世代に愛されて、一躍トップに躍り出ます。
1980年代を代表する、アイドル歌手の一人であることは疑いありません。
 

「青春のいじわる/菊池桃子」- 資生堂「ヤング化粧品」のイメージソングで、菊池桃子のデビュー曲|Super源さんの音楽ブログ


今日は、菊池 桃子の「青春のいじわる」のご紹介です。 写真は、こちらからお借りしました。菊池 桃子(きくち ももこ、1968年5月4日 -)は、東京都品川区出身の女優・タレント・元アイドル歌


また、ささやく様な独特の歌唱、まるで普段着のような衣装と大きな振りつけのないスタイルは当時としては異色で、後にこのスタイルで活躍していく多くのアイドル歌手たちの嚆矢(こうし、=はじまり。最初)となりました。

今日は、そんな菊池 桃子の1985年2月27日に発売された通算4枚目のシングルである「卒業 -Graduation-」をどうぞ。
 
卒業 -Graduation-(そつぎょう グラデュエーション)/菊池桃子

この曲の歌詞はこちら

この曲は、菊池桃子自身、シングルでは初めてのスロー・バラード曲です。
また、自身主演で同名のドラマも制作されました。

菊池桃子はこの曲で、オリコンチャート初の首位を獲得するとともに40万枚近いセールスを記録。
菊池桃子自身最大のヒット曲となりました。

菊池桃子のエピソード

菊池桃子は、愛犬家で動物好きです。
富士山に造詣が深く、読書家でもあり(英字書を含む)手工芸や料理が趣味です。
独身時代は、自宅で懐石料理やシチューを数日煮込んで作るほど熱中していたといいます。

2012年8月からは、母校である戸板女子短期大学の客員教授に就任。
同大学で、雇用政策(キャリア教育)について講義を受け持っています。

2013年3月31日放送のバラエティー番組・「爆笑 大日本アカン警察」において、菊池桃子はフジテレビの食堂で早食いをしている模様を隠し撮りされました。
その映像で菊池桃子は、なんと、牛丼、サラダ、味噌汁を2分18秒で完食しています。
出演者である松本は、これを見て大うけしたということです。

また、2012年に、プロゴルファーの西川哲(49)と離婚した際のインタビューで、好きなタイプの男性を聞かれると、「生きる能力、生命力が強い人がいいです。非常事態になって、電気とか生活インフラが止まった時に『俺、火が起こせるぜ』とか、そういう人が安心して(自分を)任せられるというか」と答えました。

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なお、菊池桃子は、1991年を最後に、ソロとしての歌手活動は行なっていませんでしたが、2014年にデビューから30周年を迎えるにあたり、4月30日にセルフカバー・ベストアルバム「青春ラブレター -30th Celebration Best-」を発売。
5月24日・25日両日には、記念ライブ「菊池桃子30thAnniversary Concert「青春ラブレター」も行ないました。

「Time goes by(タイム・ゴーズ・バイ)/Every Little Thing」 - ミリオンセラーを達成した代表曲! 「NHK紅白歌合戦」で6.5%という史上最高の高視聴率をも記録!

今日は、Every Little Thing(エヴリ・リトル・シング)の「Time goes by(タイム・ゴーズ・バイ)」のご紹介です。

タイム・ゴーズ・バイ エヴリ・リトル・シング ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

Every Little Thing(エヴリ・リトル・シング、略称:ELT)は、1996年8月7日にデビューした日本の音楽グループ(バンド)です。

メンバーは、ヴォーカル・作詞担当の持田香織(もちだ かおり)、ギター・作曲・編曲担当の伊藤一朗(いとう いちろう)、リーダー・サウンドプロデュース・キーボード・作詞・作曲・編曲担当の五十嵐充(いがらし みつる)の3人です。

Every Little Thingは、ファーストシングル「Feel My Heart」(フィール・マイ・ハート)でデビューをします。
この曲は、オリコンで最高位24位を記録、約10万枚を売り上げます。

そして、1997年に、3枚目のシングルである「Dear My Friend」(ディア・マイ・フレンド)」でブレイク。

1998年には、8枚目のシングル「Time goes by」(タイム・ゴーズ・バイ)がシングルで初めてミリオンヒット。

また、2枚目のアルバムである「Time to Destination」(タイム・トゥ・デスティネーション)が、350万枚を超える大ヒットを記録します。

Every Little Thingはその後、五十嵐充の楽曲の世界観とそのシンセサイザーを駆使したサウンド、そして持田香織の歌声とファッションが、10代・20代の若者を中心に支持されるようになり、1990年代後半を代表するグループへのひとつへと成長していきます。

今日は、そんなEvery Little Thingの、1998年2月11日に発売された8枚目のシングルである「Time goes by」をどうぞ。
 
Time goes by(タイム・ゴーズ・バイ)/Every Little Thing(エヴリ・リトル・シング)

この曲の歌詞はこちら

この曲は、前作「Face the change」(フェイス・ザ・チェンジ)からわずか約1ヶ月後の発売となった曲で、彼らが発売したシングル中最大の売り上げを記録し、ミリオンセラーを達成しています。
また、シングルでは初となったバラード曲でもあり、彼らの代表曲のひとつとなっています。

このCDジャケットは、吉祥寺の劇場を借り切って撮影されたもので、持田の顔は、のちに本人によって明かされたところによれば、顎が細くなるようにレタッチされているとのことです。

Every Little Thingはこの曲で、年末の「NHK紅白歌合戦」にも出演。
第1部での出場でしたが、このとき56.5%という高視聴率を記録。
この数字は、同番組の第1部では史上最高となっています。