Super源さんの音楽ブログ

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「会いたい/沢田知可子」- 管理人一押し! ミリオンヒットを記録した沢田知可子最大のヒット曲!

今日は、沢田 知可子の「会いたい」のご紹介です。

会いたい 沢田 知可子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

沢田 知可子(さわだ ちかこ、1963年8月4日 - )は、岩手県安代町(現:八幡平市)生まれ、埼玉県与野市(現:さいたま市中央区)出身のシンガーソングライター。

沢田 知可子は、地元の埼玉県の運転免許試験場に勤務していた時に、ライブハウスでアルバイトで歌っているところをスカウトされ、1987年に「恋人と呼ばせて」でデビューをします。

1990年にアルバム「I MISS YOU」からシングルカットされた「会いたい」(テレビ朝日『トゥナイト』テーマ曲)が長期にわたるロングヒットでシングルセールス130万枚を達成。この曲は、オリコンシングルチャートにおいて100位以内に87週の長期にわたってランクインし、1991年の「第24回全日本有線放送大賞」においてはグランプリを受賞。
そして、この年の『第42回NHK紅白歌合戦』にも出場。
この曲は、沢田知可子の最高のヒット曲となります。

さて、今日はその、1990年(平成2年)6月27日発売された、に沢田知可子の8枚目のシングルである「会いたい」をどうぞ。
 この曲の歌詞はこちら。

いい曲ですねー。(^O^)
私は最初、この曲を歌詞を読みながら聴いたとき、あまりに切なくて泣いてしまいました。(; ;)ホロホロ

この曲は、4枚目のアルバム『I miss you』に収録されていた曲です。
オリコンチャートにおいて、週間6位、1991年度年間11位を記録。
最終的にはミリオンヒットを記録し、沢田 知可子最大のヒット曲となりました。

沢田 知可子はこの曲で、翌年1991年の『第24回全日本有線放送大賞』でグランプリを受賞し、そ同年の『第42回NHK紅白歌合戦』にも出場します。

「会いたい」の歌詞の内容と、沢田知可子のこの詞との運命的な出会い

歌詞の内容は、亡くなった恋人を想い、在りし日を回想して会いたい気持ちを募らせるというものです。

この歌詞をもらったとき、沢田 知可子は運命的なものを感じたといいます。
実は沢田知可子は、学生時代に歌手になろうと決意したことをバスケット部の先輩に告白したことがあります。
彼は、

「俺が最初のファンになってやるよ」

と言ってくれたのですが、数日後、その先輩は交通事故で亡くなってしまいました。
この出来事が、沢田 知可子に、この詞との運命的な出会いを感じさせたのです。

沢田 知可子のその後

沢田 知可子は後に、バンドメンバーであった小野澤篤(おのざわ あつし)と結婚。
現在は、ピアニストである小野澤篤と共に、「魂と癒すヴォイス ヒーリング」「生きる力」「絆を育てよう」をテーマに全国で「歌セラピーライブ」を展開中です。

また、沢田 知可子は、「中越大震災」から2カ月目となる2004年12月23日には、復興イベント「中越・夢百俵」に応援参加し、『会いたい』を熱唱。
その優しい歌声で、被災者の心を癒すとともに、復興を誓う中越地域の人たちを激励。
そして、この復興イベントへの参加をきっかけに、各地で復興コンサートを行ないます。

2007年10月23日には、復興支援コンサートに加山雄三さんらと参加し、来場者と一体となって復興への歌声を響かせました。

中越大震災復興イベント「中越・夢百俵」


越後長岡応援団|沢田 知可子さん-長岡市ウェブサイト
http://www.city.nagaoka.niigata.jp/shisei/cate01/ouendan/profile15.html

「帰郷/岡田奈々」 - アルバム「握手しようよ」に収録されている名曲!

今日は、岡田奈々の「帰郷」のご紹介です。

帰郷 岡田奈々 ジャケットイメージ_1   帰郷 岡田奈々 ジャケットイメージ_2
写真は、こちらからお借りしました。

岡田奈々(おかだなな、本名:矢井弘子(やいひろこ)、1959年2月12日 -)は、岐阜県岐阜市出身の女優、元歌手です。

岡田奈々 ブロマイド
写真は、こちらからお借りしました。

岡田奈々は、1974年、岐阜市の鶯谷女子高等学校高校1年在学中に、オーディション番組『あなたをスターに!』の第2回チャンピオンとなり、翌1975年5月10日、16歳でシングル『ひとりごと』がNAVレコードより発売され、歌手としてデビューします。

以来、ポッキーの初代CMガール(1975年 - 1980年)や、青春ドラマ「俺たちの旅」での田中健の妹役、1976年のシングル『青春の坂道』のヒットなど、アイドルとして活躍します。

今日は、1976年8月25日に発売された、岡田奈々の通算4枚目のアルバム「握手しようよ」の中から、「帰郷」をどうぞ。
 
帰郷/岡田奈々

この曲の歌詞はこちら

アルバム「握手しようよ」(1976年8月25日/NA-9003)収録曲
 
A1.握手しようよ 松本隆/佐藤健/瀬尾一三
2.帰郷 松本隆/瀬尾一三/瀬尾一三
3.雨のテレフォン 松本隆/瀬尾一三/瀬尾一三
4.青春の坂道 原案:中司愛子・松本隆/森田公一/瀬尾一三
5.恋占いはいかが? 松本隆/瀬尾一三/瀬尾一三
6.指定席 岡田奈々・松本隆/瀬尾一三/瀬尾一三
 
B1.傷心旅行 松本隆/佐藤健/瀬尾一三
2.祭りが来ます 松本隆/瀬尾一三/瀬尾一三
3.若い季節 松本隆/佐藤健/瀬尾一三
4.二人乗りの自転車 松本隆/佐藤健/瀬尾一三
5.握手しようよ 松本隆/佐藤健/瀬尾一三

なお、同アルバムに収録されている曲の中では、「雨のテレフォン」もおススメです。
 

「雨のテレフォン/岡田奈々」 - 遠距離恋愛の終焉(しゅうえん)を歌った切ない曲|Super源さんの音楽ブログ


今日は、岡田奈々の「雨のテレフォン」のご紹介です。 写真はこちらからお借りしました。岡田奈々(おかだなな、本名:矢井弘子(やい ひろこ)、1959年2月12日 -)は、岐阜県岐阜市出身の女優



「ホールド・オン(Hold On I'm Comin’)/サム&デイブ(Sam & Dave)」- R&Bチャート1位を記録したヒット曲!

今日は、サム&デイヴの「ホールド・オン(Hold On I'm Comin')」のご紹介です。

ホールド・オン Hold On I'm Comin’ サム&デイブ ジャケットイメージ
写真はこちらからお借りしました。

サム&デイヴ(Sam & Dave)は、1961年から1981年にかけて活動したソウル/R&Bデュオ・グループです。

メンバーは、アメリカ出身のミュエル・デイヴィッド・ムーアとデイヴ・プレイター。

サム&デイヴは、マイアミで結成された音楽バンドで、サムが高音パート(テナー)を、デイヴが低音パート(テナー、バリトン)を受け持っています。

1964年、アトランティック・レコードに移籍し、翌年にはアルバム「ホールド・オン(Hold On, I'm Comin')」が大ヒット。そして、タイトル曲である「ホールド・オン」もシングル・ヒットし、R&Bチャートの1位を記録します。

グラミー賞やゴールド・ディスクを獲得したこともあり、1992年にはロックの殿堂入りを果たします。

今日は、その「ホールド・オン」をどうぞ。
 
ホールド・オン(Hold On I'm Comin')/サム&デイブ(Sam & Dave)

この曲の歌詞はこちら

サム&デイヴは、1967年には「ソウル・マン」がポップ2位、R&Bで1位、ポップ年間チャート20位の大ヒットとなり、何枚かのレコードがゴールド・ディスクを獲得します。

なお、サム&デイヴは、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第85位にランクインしています。