Super源さんの音楽ブログ

名曲紹介、作詞・作曲、音楽用語の楽しい覚え方、その他音楽にまつわることを書いていくブログです。可愛い音楽ブログパーツも配布しています。

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「卒業/沢田聖子」 - オリコンチャート50位を記録! 沢田聖子の発売シングルの中で最大のヒット曲!

今日は、沢田 聖子の「卒業」のご紹介です。

卒業 沢田聖子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

沢田 聖子(さわだ しょうこ、1962年3月13日 -)は、東京都中野区出身のシンガーソングライターです。
担当楽器は、ボーカル、ピアノ、ギター。

沢田 聖子は、1979年5月25日に、クラウンレコードから「キャンパススケッチ」でデビューをします。
当時、「イルカの妹」というキャッチコピーにより、産休から復帰したイルカのカムバックリサイタルのステージにも立ちます。

以後、ライブを中心とした音楽活動、パーソナリティ活動などを積極的に行ないます。

彼女が活躍を開始した1980年代初頭においては、若い女性のシンガーソングライターは希少な存在で、そのルックスも相まって、男性層からアイドル的人気を得ます。
そして、80年代の女性ニューミュージックシーンを変え、アイドル性をもったシンガーソングライターのパイオニア的な存在となります。

1980年には、学園祭出演数No.1を記録し、「学園祭のプリンセス」と呼ばれます。

今日は、そんな沢田聖子の、1982年01月25日に発売された通算7枚目のシングルである、「卒業」をどうぞ。
 
卒業/沢田聖子

この曲の歌詞はこちら

この曲は、沢田聖子の発売したシングル曲の中で最高のヒット曲となり、オリコンチャートの最高ランキング50位を記録しました。

また、同じ”聖子”の名前をもつ、同時代にデビューした他の歌手に松田聖子がいますが、読み方の他、松田聖子は芸名、沢田聖子は本名という違いもあります。

沢田聖子は、かつて「ロート製薬」の胃腸薬「パンシロン」のTVコマーシャルに出ていた!

ちなみに、以下は1967年(昭和42年)に放送された、「ロート製薬」の胃腸薬「パンシロン」のTVコマーシャルです。
インターネットが今より普及する以前に、ロート製薬のホームページにアップされていた動画です。

主演は、愛称・寅さんの渥美 清(あつみきよし、1928年3月10日-1996年8月4日)で、子役として沢田聖子(当時5歳)が出演しています。

YouTubeで、偶然見つけた動画なのですが、これ、貴重な映像ですねー! おぉ~っ!。w(゚゜)w
 
【CF】パンシロン(1967年) 出演=渥美 清、 沢田聖子(当時5歳)



もう、聖子ちゃん、歌うまいし、可愛い杉ー。(*^o^*)

「硝子坂(ガラスざか)/高田 みづえ」 - アイドル歌手としてデビューした高田みづえのデビュー曲にしてヒット曲!

今日は、高田 みづえの「硝子坂」のご紹介です。

硝子坂 高田 みづえ ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

高田 みづえ(たかだ みづえ、戸籍名:日高 みづえ(旧姓:高田) 1960年6月23日 -)は、鹿児島県揖宿郡頴娃町(かごしまけんいぶすきぐんえいちょう:現・南九州市)出身の元歌手・元タレントです。
相撲部屋の「おかみ」で、夫は元大関の大相撲力士(現・二所ノ関親方の若嶋津六夫(本名:日高六男))。
長男は元俳優の勝信。長女はタレントのアイリ。

高田 みづえは、フジテレビのオーディション番組「君こそスターだ!」で第18回グランドチャンピオンとなり、1977年3月25日に「硝子坂」でアイドル歌手としてデビューをします。

デビュー曲の「硝子坂(がらすざか)」から好調なすべり出しで、「だけど…」「ビードロ恋細工」「花しぐれ」と、4曲連続でヒット。
同年1977年に、第19回日本レコード大賞・新人賞、日本歌謡大賞・放送音楽新人賞、FNS歌謡祭・最優秀新人賞などの新人賞を受賞します。

その後、しばらくヒットに恵まれない時期がありましたが、1980年7月に発売された「サザンオールスターズ」のカバー曲「私はピアノ」を歌って、再びブレイク。
「第31回NHK紅白歌合戦」にも2年ぶりに出場します。

その後は、「愛のイマジネーション」のB面に収録されたカバー曲「真夜中のギター」がヒット。
1982年には、音つばめの曲をカバーした「愛の終りに」と、アリスの谷村新司作詞・作曲で谷村自身がバックコーラスも担当した「ガラスの花」を発売します。

さて今日は、そんな高田 みづえのデビュー曲である「硝子坂(ガラスざか)」をどうぞ。
 この曲の歌詞はこちら

なお、高田みづえは、デビューが同期で仲の良かった榊原郁恵清水由貴子とあわせて「フレッシュ3人娘」と呼ばれていました。

高田みづえは、私はデビュー当時から知っていますが、ちゃらちゃらしたところのない、落ち着いた大人の雰囲気をもった女性だったと記憶しています。
ただ、歌はうまいのですが、私にはその歌唱が何となく演歌っぽく感じられ ン ?(?_?)ソウナノカ?、ちょっぴり引いていたところがあります。(^^;

そのくせ、「硝子坂」と「私はピアノ」が発売された時は、すぐにシングル版を買いにレコード屋に走っていきましたが…。(^ o ^;

高田みづえの近況

1985年に芸能界を引退した高田みづえですが、その後も松ヶ根部屋(現・二所ノ関部屋)のおかみとして、特別番組などで時々テレビに出演しています。

1988年2月には、高田と親交が深かった芳村真理が「夜のヒットスタジオ」の司会を勇退(ゆうたい)する際、花束贈呈のために、夫の松ヶ根親方とともに特別出演しました。

近年では、2014年1月5日放映の「行列のできる法律相談所・明石家さんま2時間スペシャル!」(日本テレビ)にゲスト出演し、司会のさんまと約30年ぶりのテレビ共演を果たしています。

「ドラえもんのオープニングテーマ」 - 名曲のご紹介

今日は、「ドラえもんのオープニングテーマ」のご紹介です。

「ドラえもん」は、藤子・F・不二雄の描いた児童漫画・SF漫画作品です。
この漫画が世の中に登場したのは1970年代のはじめで、当時小学館の発行する学年別学習雑誌やコロコロコミックで連載されていました。

ストーリーは、22世紀からやってきたネコ型ロボット「ドラえもん」と、勉強もスポーツも駄目で、何をやらせてもドジばかりの小学生「野比のび太」の日常生活を描いた作品です。

この漫画の特徴のひとつは、ロボットであるドラえもんが、ロボットとして扱われておらず、あたかも人間のような感じで、のび太たちと交流する姿を描いている点にあります。

また、この作品で欠かすことのできない要素であり、なおかつ作品の魅力の1つとなっているのが、不思議な効力を持った数々のアイテム「ひみつ道具」です。

舞台となる時代は、基本的に現代の日本ですが、ドラえもんがお腹の四次元ポケットから取り出す道具を使えば、外国や宇宙、過去や未来さえへも行き来することができます。

「ドラえもん」は、今や日本国内において国民的な人気がある長寿作品であるのみならず、国外でもよく知られ、東アジアを中心に高い人気のある作品です。

ということで、前置きが長くなりましたが、今日はそのオープニングテーマをどうぞ。


ドラえもんのオープニングテーマ-夢をかなえてドラえもん

この曲の作詞・作曲は 黒須克彦 、歌はmaoです。
歌詞はこちら

maoは、黒須克彦の作曲したコンペティション用楽曲(「ドラえもん」主題歌)の仮歌を歌ったところ、楽曲と共にそのまま歌手として採用され、2007年に「夢をかなえてドラえもん」でデビューをした神奈川県出身の歌手です。
maoは、それ以降、ゲームソフトやテレビアニメの主題歌を手がけています。


ドラえもんといえば、テレビ朝日版「ドラえもん」で、ドラえもんの声を26年間担当したこともある大山のぶ代が、数年前から認知症で闘病中であることが、かつて「おかあさんといっしょ」で、初代「体操のお兄さん」をつとめた夫の砂川啓介から発表されました。

完治が非常に難しい病気ではありますが、是非克服して声優として復帰し、子供たちにまたを与えてほしいと願わずにはいられません。