Super源さんの音楽ブログ

名曲紹介、作詞・作曲、音楽用語の楽しい覚え方、その他音楽にまつわることを書いていくブログです。可愛い音楽ブログパーツも配布しています。

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「酒場でDABADA(さかばでダバダ)/沢田研二」- オリコン14位を記録したヒット曲

今日は、沢田 研二の「酒場でDABADA(さかばでダバダ)」のご紹介です。

酒場でDABADA 沢田研二 ジャケットイメージ
写真は、
こちらからお借りしました。

沢田 研二(さわだ けんじ、本名:澤田 研二 1948年6月25日 -)は、鳥取県鳥取市生まれ、京都府京都市出身の歌手、俳優、作詞・作曲家です。
ニックネームはジュリー。妻は女優の田中裕子。前妻は元ザ・ピーナッツの伊藤エミ。

沢田 研二は、1971年11月1日に「君をのせて」でソロデビュー※をします。
オリコン最高位は23位どまりでしたが、この曲がGSの先輩であった「ザ・ワイルドワンズ」の加瀬邦彦プロデュースのもと、十数年にわたって音楽ランキングトップ10にチャートインし続けた沢田のソロ活動のスタートでした。

1973年4月21日に「危険なふたり」を発売。
この曲は、65万枚を売り上げ、ソロ初のオリコン1位を獲得、併せて第4回日本歌謡大賞を受賞します。

続いて翌年の1974年には、「追憶」が58万枚を売り上げ、2曲目のオリコン1位を獲得します。

今日は、そんな沢田研二の、1980年9月21日に発売された通算31枚目のシングルである「酒場でDABADA」をどうぞ。
 
酒場でDABADA/沢田研二

この曲の歌詞はこちら

この曲は、沢田のシングル作品において、価格が700円に価格改定されてから最初の作品で、オリコンチャートにおいて最高順位14位を記録しています。

「NTV紅白歌のベストテン」でのおもしろエピソード

沢田研二が「NTV紅白歌のベストテン」(1980年11月24日放送回)に出演し、この曲を歌ったときのことです。
歌う直前、司会の堺正章に、歌詞「DABADA DI DI DABADADIDA…」のスキャットの部分が、「沢田デンデンムシ食べた」に聴こえると冗談をいわれました。
すると、沢田研二は、なんと、この部分を本当に「♪沢田デンデンムシ食べ~た」と歌ってみせました!

沢田研二は、聴衆に対するサービス精神がきわめて旺盛な人なのですね。
そのことは、当時の歌唱時の衣装はとりもなおさず、このエピソードからも窺(うかが)うことができます。

なお、沢田研二はこの曲で、第22回日本レコード大賞・金賞、第11回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞しました。


※沢田研二は、1960年代後半のグループサウンズ(通称GS)全盛期から活躍している歌手で、特に1970年代から1980年代前半にかけて、スーパースターとして日本のポップス界を牽引しました。
ソロ以降のシングル総売上は1,239万枚で、グループ時代に歌っていたザ・タイガース、PYG時代を含めると、1,666万枚となります。この数字から、当時、沢田研二がいかに人気のある歌手であったかということが分かります。

「Dailymotion」の方に、オリジナル曲「雨星(あまぼし) (歌:初音ミク)」の動画をアップしました!

皆さん、こんにちは!
昨日、「Dailymotion」の方に、オリジナル曲「雨」の動画を公開したのでお知らせいたします。(^o^)/ ジャ、ジャーン!


【初音ミク / Hatsune Miku】 Stars On a Rainy Night... 投稿者 supergens

私のオリジナル曲の動画は、いつもYouTubeの方に上げているのですが、Dailymotionの方は、最近ほとんど放置状態となっていました。【><】

そこで私Super源さん、これではいけないと、昨日は1000キロ級の(?)重い腰を、「よっこらしょ!」と上げ、この曲のアップと相成ったのでございます。
(^0^)//シャン シャン シャン!←(^^; 鳴り物入り カイ。

ということで、公開動画をこのページに張りつけます。(^^)
オリジナル曲「雨星」、既に聴かれた方も初めての方も、どうぞお聴きになってみてくださいね。

きっと、癒されますよ。(^-')

「空も飛べるはず/スピッツ」 - フジテレビのテレビドラマ『白線流し』の主題歌 バンド名の由来と白線流しのトリビアも紹介!

今日は、スピッツの「空も飛べるはず」のご紹介です。

空も飛べるはず スピッツ ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

スピッツ(SPITZ)は、進学のために上京した学生4人が集まって、1987年に結成したロックバンドです。

メンバーは、以下の通りです。

 ・草野マサムネ(くさの まさむね)、ボーカル・ギター・ハーモニカ担当。
 ・三輪テツヤ(みわ てつや)、ギター・コーラス担当。
 ・田村明浩(たむら あきひろ)、ベース・コーラス担当(リーダー)。
 ・崎山龍男(さきやま たつお)、ドラムス・コーラス担当。

スピッツは、新宿ロフト、新宿JAM、渋谷ラ・ママなどの都内のライブハウスを中心に活動し、1991年にポリドールからメジャーデビューを果たします。

そして、1995年に発売したシングル「ロビンソン」が初のオリコンチャートTOP10入りし、しかも通算30週以上ランクインするという快挙を成し遂げ、これが彼らの名前を世間に知らしめることとなりました。

今日は、そんな彼らの、1994年4月25日に発売された8枚目のシングルである「空も飛べるはず」をどうぞ。
 
この曲の歌詞はこちら

この曲は、ドラマ主題歌の依頼を受け、草野がシナリオを読んで2-3日で書き下ろした曲です。
結果的に主題歌候補からは外れたものの、シングルとして発売されました。

1994年の発売当初は、オリコンにて最高28位でしたが、1996年1月からフジテレビのテレビドラマ『白線流し』の主題歌に起用されたことで、同一品番で準新譜扱いで新たにプレスされます。
その影響からチャートを上昇し、スピッツのシングル初のオリコン1位を獲得し、ミリオンセラーとなりました。

白線流しとは?

白線流し(はくせんながし)というのは、毎年3月1日の卒業式の日に、岐阜県高山市にある岐阜県立斐太(ひだ)高等学校で、卒業生たちが学校前を流れる大八賀川(だいはちががわ)に、学帽の白線とセーラー服のスカーフを一本に結びつけて川に流す伝統行事のことで、70年以上行なわれているものです。

白線流しの 風景
白線流しの 風景
写真は、こちらからお借りしました。

同名のテレビドラマは、この行事をテ-マとしたもので、その関係から、この曲は卒業ソングとして歌われることも多くなっています。

そしてこの曲は、1996年3月に、第8回ザテレビジョンドラマアカデミー賞主題歌賞を受賞しています。

「スピッツ」というバンド名の由来は?

ちなみに、この「スピッツ」というバンド名の由来ですが、これは、スピッツは小さいくせにうるさく吠えますが、所詮(しょせん)「どんなに吠えてみたって結局は飼われている」という 自嘲的(じちょうてき)な意味を込めてつけられたとされます。
また、スピッツには、ドイツ語で「トガっている」という意味も あります。

しかし実際には、その理由に関してはあとづけで、ただ草野マサムネが、短くてかわいい「スピッツ」 という言葉を気に入ってつけた、というのが本当のようです。

参考にしたサイト
バンド名の由来辞典-思いのこもった名前
http://www4.plala.or.jp/band/03.html