Super源さんの音楽ブログ

名曲紹介、作詞・作曲、音楽用語の楽しい覚え方、その他音楽にまつわることを書いていくブログです。可愛い音楽ブログパーツも配布しています。

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「青い真珠貝/堀ちえみ」 - 「稲妻パラダイス」のB面に収録されていた隠れた名曲!

今日は、堀ちえみの「青い真珠貝」のご紹介です。

青い真珠貝 堀ちえみ ジャケットイメージ

堀ちえみ(ほりちえみ、本名:尼子 智栄美(あまこ ちえみ) 旧姓、堀 1967年2月15日 -)は、大阪府堺市東区出身の歌手、女優、タレントです。

堀ちえみは、1981年に開かれた第6回ホリプロタレントスカウトキャラバンの優勝がきっかけで芸能界入りし、1982年に「潮風の少女」で歌手デビューをします。

その翌年の1983年、TBSで放送されたドラマ「スチュワーデス物語」の主演で脚光を浴び、「教官!」「ドジでノロマな亀」のセリフは当時の流行語となり、 翌1984年に新語・流行語大賞にノミネートされ、大衆賞を受賞しました。

2001年には、14年ぶりにシングル「ピンクのアオザイの裾を夜風にあそばせ -サウスウインド-」を発売。2005年から歌手活動を本格的に再開し、大阪(9月17日)・東京(9月24日)で、18年ぶりのソロコンサート「青春の忘れ物」を行ないます。
そこでは、タップダンスなどのダンスパフォーマンスを披露しました。

今日は、そんな堀ちえみの、1984年4月21日に発売された通算10枚目のシングルである「稲妻パラダイス」のB面に収録されていた、「青い真珠貝」をどうぞ。


青い真珠貝/堀ちえみ

この曲の歌詞はこちら

そうそう、「稲妻パラダイス」といえば、この曲を歌番組の「ザ・トップテン」で歌った際、右足を振り上げる振りつけのところで、力が入りすぎたのか靴が脱げてしまい、客席の方へ飛ばしてしまうというハプニングがありました。
この場面は、ハプニング映像として、たびたび取り上げられています。

詳しくは、タコ、じゃなかった、イカ、じゃなかった、以下のページをご参照ください。(^^)
わたくしSuper源さんが、靴を飛ばすその決定的瞬間を、なんと、暇にまかせて「GIFアニメ化」しています。

ドウデモ イイケド クドイヨ!(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)
 

「稲妻パラダイス/堀ちえみ」 - 花王エッセンシャルシャンプーCF曲 「ザ・トップテン」で歌唱中に靴が脱げるハプニングも!|Super源さんの音楽ブログ


今日は、堀ちえみの「稲妻パラダイス」のご紹介です。 写真は、こちらからお借りしました。堀ちえみ(ほりちえみ、本名:加藤智栄美(かとうちえみ、旧姓:堀) 1967年2月15日 -)は、大阪府


もしもあなたが、堀ちえみファンを自称するのならば、これは見逃せませんよ。(^^)v ← (^^;ホントカ?

なお、堀ちえみの芸名は、本名の「智栄美」を平仮名表記にしたもので、実子5人、現夫の連れ子2人の計7人の子がいる「芸能界一の子だくさん」としても知られています。

「アメリカンフィーリング/サーカス」- 日本航空グループの旅行会社「旅行開発」(現ジャルパック)の「come to america '79」キャンペーンソング

今日は、サーカスの「アメリカンフィーリング」のご紹介です。

アメリカンフィーリング サーカス ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

サーカスは、1978年にデビューした男女2人ずつからなる4人組のコーラスグループです。

メンバーは、叶正子、叶高、叶ありさ、吉村勇一。

サーカスは、1977年に「月夜の晩には」で仮デビューをします。
この時のメンバーは、すが健、茂村泰彦、叶正子、卯月節子です。

そして、1978年に、バンド活動を志向していた男性2名がメジャーデビュー直前に脱退。
急きょ叶正子の弟の高(たかし)と央介(おうすけ)を加えて再結成されました。

1978年に、シングル「Mr.サマータイム」(ミシェル・フュガンのカヴァー曲) で本格的にデビュー。
この曲は、同年8月中に100万枚を突破する大ヒットとなります。
他のヒット曲としては、1979年に発売された「アメリカン・フィーリング」、1988年発売の「Woman in Love」などもあります。

サーカスは、それまでどのグループにもなかった男女2人ずつ、しかも三人姉弟と従姉というユニークな編成のヴォーカルグループとして誕生したのが特徴です。

1984年に、卯月節子が結婚、叶央介はソロ活動のため二人はグループから離れ、原順子と嶋田徹の二人が新メンバーとして加入。

1988年には、嶋田徹がグループを離れ、叶央介が復帰。

1991年に、叶央介と原順子が結婚し、メンバー4人が「親族」となります。

今日は、そんなサーカスの、1979年に発売された「アメリカンフィーリング」をどうぞ。
 
アメリカンフィーリング/サーカス

この曲の歌詞はこちら

この曲は、日本航空グループの旅行会社「旅行開発」(現ジャルパック)の「COME TO AMERICA '79」キャンペーンソングに採用されました。

当時、アルファレコードのプロデューサーだった有賀恒夫によれば、小田裕一郎作曲のサビ部分で採用され、残りはできていなかったため、Aメロもそのまま小田裕一郎に依頼しましたが、出来ばえに満足できず、何度もダメ出しをして完成したということです。

この曲は、オリコン最高5位を獲得し、47.6万枚のセールスを記録。
サーカス自身「Mr.サマータイム」に次ぐ2番目のヒット曲となりました。

また、サーカスはこの曲で、『第30回NHK紅白歌合戦』に2年連続2回目の出場を果たしました。

サーカスには、CDとして未発売の幻の音源が

サーカスには、「サーカスといずみたくファミリー」の連名で発売された、「輝くオイルロード」という、CDとして未発売の曲があります。
1987年と1992年に、日本石油グループの企業CMが放映された際にCMソングとして使われた曲で、これら2つのCMで使われた曲は、同じ曲ながらそれぞれ音程や再生ピッチが異なっています。

この曲はもともと、「日本石油」の誕生100周年を記念して制作された曲で、右上に「日石100年」というロゴが入った、白地に黒のピアノがデザインされたジャケットでレコード化されました。
しかしながら、このレコードは当時の日本石油の社内関係者にしか配布されなかった模様で、いわば幻の音源となっています。

サーカスの近況

2013年に、叶央介と原順子が2人のライブユニット"J&O"の活動に専念するためグループを離れ、叶ありさと吉村勇一が新メンバーとして加入。

2013年4月24日に、メンバーチェンジ後初めてとなるアルバム「We Love Harmony!」を発表。

2013年5月29日に、アルバム「THE REBORN SONGS~80'sハーモニー~」を発表。

「お祭りの夜/小柳 ルミ子」 - オリコン週間2位を記録した、小柳ルミ子の1971年のヒット曲

今日は、小柳 ルミ子の「お祭りの夜」のご紹介です。

お祭りの夜 小柳 ルミ子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

小柳 ルミ子(こやなぎ ルミこ、本名:小柳 留美子、1952年7月2日 -)は、福岡県福岡市早良区出身の歌手、女優です。別名:rumico。愛称:ルミちゃん。

小柳 ルミ子 ブロマイド
写真はこちらからお借りしました。

小柳 ルミ子は、1971年(昭和46年)4月25日に、ワーナーブラザーズパイオニアの邦楽部門初の歌手として契約し、作曲家平尾昌晃のプロデュースにより「わたしの城下町」で歌手デビューをします。
 

「わたしの城下町/小柳 ルミ子」 - 160万枚を売り上げたデビュー曲にしてヒット曲|Super源さんの音楽ブログ


今日は、小柳 ルミ子の「わたしの城下町」のご紹介です。 写真は、こちらからお借りしました。小柳 ルミ子(こやなぎ ルミこ、本名:小柳 留美子、1952年7月2日 -)は、福岡県福岡市早良区出


この曲は、160万枚を売り上げる大ヒットとなり、その後は「お祭りの夜」「雪あかりの町」「瀬戸の花嫁」「京のにわか雨」「漁火恋唄」と、ヒットを飛ばしていきます。

さて、今日はそんな小柳ルミ子の、1971年9月10日に発売された2枚目のシングルである「お祭りの夜」をどうぞ。
 
お祭りの夜/小柳ルミ子

この曲の歌詞はこちら

いやー。いい曲ですねー。(^O^)
この曲は、作詞:安井かずみ、作曲:平尾昌晃によるもので、同年の1971年に、オリコンでそれぞれ週間2位と年間42位を獲得しています。

小柳ルミ子は、その後1970年代後半~1980年代前半に入ってからは、アイドルというジャンルを卒業し、持ち前の歌唱力を活かした正統派歌手として、「冬の駅」「逢いたくて北国へ」「星の砂」「来夢来人(ライムライト)」「お久しぶりね」など、数々のヒット曲を飛ばします。

その軌跡として、デビュー年の1971年(昭和46年)から1988年(昭和63年)まで、「NHK紅白歌合戦」に18年連続出場という快挙(実績)を残しています。

さらに、小柳ルミ子は女優としても活躍。
1983年に「日本アカデミー賞最優秀主演女優賞」を受賞するなど、高い評価を受けています。

小柳ルミ子のオフィシャルブログはこちら。

小柳ルミ子 オフィシャルブログ
https://ameblo.jp/rumiko-koyanagi/

内容は、音楽、エンタメ、スポーツ、お菓子、買い物…、と多岐にわたる、いわゆる雑記ブログですね。
が、芸能人ブログにありがちな放置ブログではなく、こまめに更新されているようです。(^^)

(^o^)/ 頑張れ、メッシ!
ナンダヨ 急ニ。(-_-メ)/~~~~~バシィ!!(T/O)

小柳ルミ子のシングル売上げTOP20

なお、小柳ルミ子のシングル売上げTOP20は、以下の通りです。
以下の表は、小柳ルミ子の発売した曲の中で、週間シングルランキングTOP50にランクインしたことがある作品を対象に、推定累積売上げ枚数の上位20件を掲載しています。

曲名発売日最高順位
わたしの城下町1971年04月25日1位
瀬戸の花嫁1972年04月10日1位
京のにわか雨1972年08月10日1位
冬の駅1974年10月10日1位
星の砂977年04月25日2位
お祭りの夜1971年09月10日2位
お久しぶりね1983年07月21日8位
漁火恋唄1972年11月10日3位
春のおとずれ1973年02月25日4位
雪あかりの町1972年01月25日5位
恋にゆれて1973年05月25日4位
十五夜の君1973年08月10日8位
逢いたくて北国へ1976年09月25日15位
ひと雨くれば1975年05月25日15位
花 車1975年09月10日20位
花のようにひそやかに1974年03月10日14位
恋の雪別れ1973年11月10日15位
湖の祈り1977年08月25日18位
黄昏の街1975年02月25日12位
来夢来人1980年01月25日22位
出典:https://www.oricon.co.jp/prof/218991/rank/single/