「魚屋のおっさんの唄/あのねのね」魚屋のおっさんが屁をこいた|歌詞と曲ができたきっかけ、面白いエピソードも紹介
- つれづれ記
- 2011年12月18日
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「魚屋のおっさんの唄」は、「あのねのね」という清水國明と原田伸郎により結成された、コミカルな曲を歌う2人組みのフォークグループが歌って第ヒットした、爆笑ものの曲です!
この記事では、「魚屋のおっさんの唄」の楽曲紹介と歌詞、そしてこの曲ができたきっかけと背景、面白いエピソードを4つ厳選してお届けします!
写真は、こちらからお借りしました。
以前、B-RAP Co.慶応の「新しいダジャレ英単語」という曲をご紹介しましたが、今回はその第二弾として、再びダジャレの歌をご紹介したいと思います。
1973年に、「あのねのね」という清水國明と原田伸郎により結成された、コミカルな曲を歌う2人組みのフォークグループが、「魚屋のおっさんの唄」という曲を歌い、大ヒットしました(彼らのデビュー曲は、同年に発売された「赤とんぼの唄(あかとんぼのうた)」。
そして、その後1991年に、あのねのねと親交のある嘉門達夫が、そのパロディー版である「WE ARE THE 魚屋のオッサン '91」(1991年のアルバム「宴」に収録)という曲を発表していますが、今回は、そのオリジナル版となる「魚屋のおっさんの唄」をご紹介したいと思います。
が、その前に注意点を!
噴飯物の曲なので、くれぐれもこの曲を食事中などに聴かれるのは避けたほうがよろしいかと…。
「魚屋のおっさんの唄」名曲紹介
さて、それでは早速、あのねのねの「魚屋のおっさんの唄」をどうぞ。(^Q^)/魚屋のおっさんの唄/あのねのね
「魚屋のおっさんの唄」制作秘話~曲ができたきっかけ&面白いエピソード
フォーク・デュオ あのねのね(清水国明・原田伸郎)のコミックソング 「魚屋のおっさんの唄」 は、1973年にヒットした 赤とんぼの唄 のB面として発表された曲です。
内容は「ダジャレを次々につなげていく」タイプの脱力系ソングですが、実はこの曲には当時のライブ文化や学生ノリが色濃く反映されています。
① きっかけ:ライブの“即興ネタ”から生まれた
「魚屋のおっさん」の元となったには、彼らが大学時代からやっていたライブの“ギャグの掛け合い”です。
フォークソングを真面目に歌う合間に 「魚屋のおっさんがな〜」みたいな話をして だんだんダジャレが連鎖していく という即興ネタがあり、 それがウケたので歌として形にしたのが「魚屋のおっさんの唄」でした。
つまり、最初から「曲」として作られたというより、
ライブの笑いのネタ → コミックソング化という流れです
当時のフォーク界は真面目な歌が多かったので、 この“くだらないダジャレフォーク”が逆に目立って人気になりました。
② 実は「B面なのに人気が高かった」
実は、シングルでは、
・A面:赤とんぼの唄
・B面:魚屋のおっさんの唄
という扱いでした。 ところがライブでは、魚屋のおっさんの唄の方がウケることも多かったと言います。
その理由は単純で、くだらないダジャレで観客が歌いやすいため、ライブでどんどんアドリブが増えていくという「ステージ向きの曲」だったからです。
③ 面白いエピソード:ライブごとに歌詞が増える
この曲は、もともとダジャレの羅列なので、ライブごとに歌詞が変わる という特徴がありました。
例えば 「魚屋のおっさんの金魚はヌルヌル」 「ツルツル」 「パイナップル」 みたいに、どんどん意味不明の言葉が追加されていきます。
その結果、後年のアルバムでは、タイトル自体が長くなった別バージョンも作られました。
つまりこの曲は、ほぼ“成長するギャグ”みたいな曲でした。
④ もう一つの背景
フォーク界への“軽いパロディ” 1970年代前半の日本のフォークは、・政治
・社会問題
・恋愛の悩み
など重いテーマが多かった時代です。
そこに
・ダジャレ
・ナンセンス
・子どもみたいな言葉遊び
を持ち込んだのが「あのねのね」。
その象徴が
赤とんぼの唄+魚屋のおっさんの唄のコンビでした。
まとめ
「魚屋のおっさん」の元ネタは、大学時代のライブの即興ギャグ ダジャレを連発するコミックフォーク。B面なのにライブでは人気曲 歌詞がライブごとに増える“成長型ギャグソング”。
「魚屋のおっさん」は、1970年代前半の重いテーマが多かったフォーク界への“軽いパロディ。
そう言えば、「あのねのね」には 童謡の「大きな栗の木の下で」をもじった「大きな栗とリスの歌」という赤飯、じゃなかった赤面ものの曲もありました。
この曲は、今聴いても動揺してしまいます。
ワカッタ?(*^-^)ヾ(^^;)ネエネエ、ソレッテ、ダジャレ?
お後がよろしいようで。m(__)m