Super源さんの音楽ブログ

名曲紹介、作詞・作曲、音楽用語の楽しい覚え方、その他音楽にまつわることを書いていくブログです。可愛い音楽ブログパーツも配布しています。

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ロボットが接客、英語でも応対 JALとNRIが羽田で実証実験


ヒト型ロボット「NAO」と、腕時計型端末「デジタルサイネージ」

引用:
 日本航空(JAL)と野村総合研究所(NRI)は2016年2月8日、ロボットやスマートウオッチ(腕時計型端末)を活用した接客サービスの実証実験を、羽田空港で実施すると発表した。空港職員や自動チェックイン機、スマートフォン(スマホ)のアプリなどに加え、ロボットを活用して空港サービスを強化することを目指す。

 実証実験は2月9日~11日と16日~18日の計6日間実施する。国内線第1ターミナルの案内カウンターと保安検査場前に仏アルデバラン・ロボティクス製のヒト型ロボット「NAO」とデジタルサイネージ(電子看板)を設置。案内カウンターでは、ロボットが乗客と対話し、運航状況、空港内の施設案内、目的地の天候と口コミ情報などを提供する。

 検査場前では、ロボットと空港職員が装着しているスマートウォッチとの連携を試行。便ごとに設定された通過締め切り時間を検査場前で案内する際、空港職員がロボットに動作指示を送信したり、ロボットからの通知を空港職員が受け取ったりする。

 一連の案内は日本語のほか、英語と中国語でも提供。一般に国内線は国際線に比べ外国人の乗客への対応態勢が十分に整っていないため、ロボットによる補完が可能か否かを検証する。
引用終了:
[2016年2月9日10時3分 PC Onlineから]

(@_@)ウーン
ロボットの使い道の可能性を、さまざまな視点・観点から行ない、いろいろと研究・開発していくこと自体は、とても素晴らしいことだと思います。
日本は、ロボットに関する非常に高い技術をもっているわけですし…。

が…、私個人としては、接客は、やっぱり「人間」にして欲しいですね。
特に、接客してくれる方が、きれいなおねえさんならば、もう言うことなしです!(*^^*)

おっと!(゚o゚)「ロボッ!」と(ポロッと)本音が。(爆)

ポイントのひとつは、今回のこの実験を「画期的」と見るか、「世も末」と見るかでしょうね。

まぁ、平和利用の一環と考えれば画期的といえるかも知れませんが、もしも戦場にロボットを送り込んで、兵隊として戦争をさせるための実験のひとつとするならば…、これは、末恐ろしいことになりますね。

くわばら、くわばら。

と、今日は妄想(もうそう)100%のSuper源さんなのでした。

参考にしたサイト
ロボットが接客、英語でも応対 JALとNRIが羽田で実証実験 | PC Online
http://pc.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/020901660/?set=ln

「土曜日のタマネギ/斉藤由貴」- オリコン週間6位を記録したヒット曲!

今日は、斉藤由貴の「土曜日のタマネギ」のご紹介です。

土曜日のタマネギ 斉藤由貴 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

斉藤由貴(さいとう ゆき、本名:小井由貴)いさらい ゆき)(旧姓:斉藤、1966年9月10日 -)は、神奈川県横浜市南区出身の女優、歌手です。

斉藤由貴は、1984年に第3回ミスマガジン(講談社)グランプリを受賞し、1985年に「卒業」で歌手デビューをします。
女優としては、『スケバン刑事』(フジテレビ)で連続テレビドラマ初主演し、また、相米慎二監督『雪の断章 -情熱-』(東宝)で映画デビューをします。

1986年、4月からNHK連続テレビ小説「はね駒(はねこんま)」のヒロインに抜擢され、その平均視聴率が40%を超えます。
このことにより、「斉藤由貴」の名は全国に知れ渡ります。

また、テレビアニメ『めぞん一刻』(フジテレビ)の主題歌に、「悲しみよこんにちは」が起用され、歌番組にも多く出演。
 同年12月には、『第37回NHK紅白歌合戦』(NHK)に同曲で初出場します。

今日は、そんな斉藤由貴の、1986年5月に発売された6枚目のシングルである「土曜日のバルコニー」、じゃなかった「土曜日のタマネギ」をどうぞ。
 土曜日のタマネギ/斉藤由貴

指パッチンが印象的な曲です。
この曲の作詞は谷山浩子、作曲は亀井登志夫、編曲は武部聡志(たけべ さとし)で、亀井登志夫と武部聡志は、このシングルのコーラスの録音にも加わっています(コーラスは、当時はアマチュアだった久保田利伸を加えた計3人)。

この曲は、アルバム「ガラスの鼓動」からのシングル・カットで、12インチ・シングルとして発売されました。本編はアカペラとなっています。
オリコンチャートにおいて、最高順位週間6位を記録しています。

アカペラ・コーラスには、デビューシングルの発売を翌月に控えていた久保田利伸、亀井登志夫、武部聡志、崎谷健次郎、谷山浩子、さらに担当ディレクターでもある元甲斐バンドの長岡和弘が参加しています。

なお、同ジャケット・カップリングのCDシングルは、通常のバージョン(アルバム・バージョン)が収録されています。

ちなみに、武部聡志というのは、ユーミンを筆頭に数多くのJ-POPのアレンジを担当している辣腕アレンジャーで、J-POPのCDをお持ちの方であれば、きっと10枚に1枚、いや、5枚に1枚はその名前を目にしたことがあるかと思います。

斉藤由貴の近況

1994年12月に結婚。
その後、1999年11月に長女、2000年10月に長男、2010年12月に次女を出産。
現在は、3児の母となっています。

2008年3月8日に、PARCO劇場にて、単独では結婚以来13年ぶりのコンサートを開催。
その翌日、追加公演を行ないました。

2011年2月には、デビュー25周年を機に制作されたニューアルバム「何もかも変わるとしても」を発売(先行販売は2010年)。
これに合わせて、5日連続のコンサートをPARCO劇場で開催しました。

また、同年5月10日には、福岡 Yahoo! JAPAN ドームで行なわれた、パ・リーグ公式戦福岡ソフトバンクホークス対オリックス・バファローズの試合前のセレモニーで、「国歌独唱」を行ないました。

「愛のコンチェルト(Concerto Pour Une Jeune Fille Nommee "Je T'Aime)/リチャード・クレイダーマン」 - 1981年シーボン化粧品広告

今日は、リチャード・クレイダーマンの「愛のコンチェルト」のご紹介です。

愛のコンチェルト リチャード・クレイダーマン ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

リチャード・クレイダーマン(リシャール・クレデルマン)(Richard Clayderman、1953年12月28日 -)はフランスのパリ郊外のロマンヴィルで生まれたピアニストです。
本名はフィリップ・ロベール・ルイ・パジェス(Philippe Pages)で、幼少時よりピアノに親しみ、5歳で作曲を始め、学校の教科書よりも楽譜の方がよく読めたと伝えられています。

リチャード・クレイダーマンは、16歳でコンセルバトワールを首席で卒業します。
その後、最終的にポピュラー音楽の道を選び、初めはスタジオ・ミュージシャンや、有名歌手のバック・オーケストラのピアニストを務めていました。
そんな折、クレイダーマンの評判を聞きつけたプロデューサーから、オーディションの誘いを受けます。

そのオーディションは、ポール・ドゥ・センヌヴィル(英語版)とオリヴィエ・トゥッサン(英語版)が行なっていた、当時音楽が過激化へと向かう中、あえてシンプルで美しいメロディーの普遍性を訴える新しいキャラクターによるピアニストを探すというもので、選ばれた暁には、芸名が「リチャード・クレイダーマン」、デビュー曲は「Ballade pour Adeline」(渚のアデリーヌ)とあらかじめ決まっていたといいます。

そして、そのオーディションで集まった約20人の中から、ピアノのテクニック、音楽性、そして容姿のいずれにおいても優れていたのがクレイダーマンで、1976年にセンヌヴィルが設立した新しいレコード会社「デルファン」から、「渚のアデリーヌ」にてレコードデビューすることになります。

デビュー当初、リチャード・クレイダーマンはフランスではあまり注目されませんでしたが、その後西ドイツのテレビドラマの主題歌に使われたことから、全西独シングル・ヒット・チャートの第1位に輝き、これをきっかけにスペイン周辺の国々でもヒットし、いわば逆輸入の形で母国フランスでもヒットすることになります。

今日は、そんなリチャード・クレイダーマンの発売した多くの曲の中から、「愛のコンチェルト」をどうぞ。
 
愛のコンチェルト(Concerto Pour Une Jeune Fille Nommee "Je T'Aime)/リチャード・クレイダーマン(Richard Clayderman)

のせつなさと、哀しみと激しさ。
洗練された情感のあるピアノ演奏と、それを盛り上げるストリングスオーケストラ。
何度も聴きたくなる、とても素敵な楽曲です。(* ̄。 ̄*)
The impatience, sadness, and intensity of love.
The piano performance is sophisticated and emotional, and the string orchestra enhances it.
This is a wonderful song that you will want to listen to again and again.(* ̄。 ̄*)

現在の日本で、リチャード・クレイダーマンの曲として最もよく知られているのは、デビュー曲の『渚のアデリーヌ』でしょう。
が実は、日本で最初にその名を広めたのは、1981年のシーボン化粧品の広告で流れたこの曲なのです。
当時、この広告は頻繁に流れたので、たとえ曲のタイトルを知らなくても、曲を聴けば「ああ、あの化粧品の曲だ」とわかるほどでした。

なお、同じくリチャード・クレイダーマンの演奏する曲の中で、この「愛のコンチェルト」と雰囲気の似た「星空のピアニスト」という楽曲があります。
こちらもお勧めです。

お時間が許せば、こちらも是非お聴きになってみてください。(^^)
 

「星空のピアニスト/リチャード・クレイダーマン」 - 名曲のご紹介 |Super源さんの音楽ブログ


今日は、リチャード・クレイダーマンの「星空のピアニスト(Lyphard Melody)」のご紹介です。写真は、こちらからお借りしました。 リチャード・クレイダーマン(リシャール・クレデルマン