「親愛なる人へ/沢田聖子」 - 村下孝蔵を偲んで初めてギターで作詞・作曲した曲|歌詞の内容と制作エピソードも紹介!
- 名曲紹介
- 2011年07月21日
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「親愛なる人へ」は、1999年に村下孝蔵が他界したのを機に、本格的にギターを手にするようになった沢田聖子が、村下孝蔵を偲んで初めてギターで作詞・作曲した曲です。
この曲には、制作に関する興味深いエピソードもあります。
この記事では、沢田聖子の人物紹介、「親愛なる人へ」の楽曲紹介、歌詞の内容、そしていくつかある制作エピソードの中から興味深いものを2つ厳選してご紹介します!
写真はこちらからお借りしました。
沢田 聖子ってどんな人?
沢田 聖子(さわだ しょうこ、1962年3月13日 -)は、東京都中野区出身のシンガーソングライターです。担当楽器は、ボーカル、ピアノ、ギター。
沢田 聖子は、1979年5月25日に、クラウンレコードから「キャンパススケッチ」でデビューをします。
当時、「イルカの妹」というキャッチコピーにより、産休から復帰したイルカのカムバックリサイタルのステージにも立ちます。
以後、ライブを中心とした音楽活動、パーソナリティ活動などを積極的に行ないます。
彼女が活躍を開始した1980年代初頭においては、若い女性のシンガーソングライターは希少な存在で、そのルックスも相まって、男性層からアイドル的人気を得ます。
そして、80年代の女性ニューミュージックシーンを変え、アイドル性をもったシンガーソングライターの草分け的存在となります。
1980年には、学園祭出演数No.1を記録し、「学園祭のプリンセス」と呼ばれます。
「親愛なる人へ」名曲紹介
さて、それでは早速、「親愛なる人へ」をどうぞお聴きください。親愛なる人へ/沢田聖子
この曲の歌詞はこちら。
歌詞を読みながらこの曲を聴いていると、私は涙があふれてきます。(; ;)ホロホロ
「親愛なる人へ」の歌詞の内容は?
「親愛なる人へ」は、1999年に亡くなったシンガーソングライター・村下孝蔵を偲んで作られた追悼曲です。歌詞には、沢田聖子と村下孝蔵の親交の様子が描かれています。
夏の訪れを感じながらも、突然この世を去った村下孝蔵を想い、その死を受け入れられずにいる心情が綴られています。
「少年の心のまま大人になった人」という表現で、村下孝蔵の純粋な人柄を、
「天空で唄ってますか」という問いかけで今も音楽を愛し続けているであろう村下孝蔵への思いが表現されています。
また、
「あなたのぶんまで今日も私は唄う」という一節には、村下孝蔵の遺志を継いで歌い続けるという決意が込められています。
「親愛なる人へ」の制作エピソード
この曲には、いくつか興味深いエピソードがあります。1. 初めてのギター作曲
村下孝蔵の他界を機に、沢田聖子は本格的にギターを手にするようになり、この曲が初めてギターで作詞・作曲した曲となりました。この曲は、2001年のアルバム『祈り』に収録されています。
2. 毎年の追悼ライブ
沢田聖子は、村下孝蔵の命日である6月24日に「Forever Live ~親愛なる人へ~」という追悼ライブを毎年開催しており、沢田聖子自身が「アーティストとして活動を続ける限り毎年必ず開催する」と明言しているそうです。このライブでは、沢田聖子は村下孝蔵の楽曲を弾き語りで歌い、自身の曲は『親愛なる人へ』のみが演奏されます。
深い友情と音楽への愛情が込められた、心に響く一曲ですね。