「渡良瀬橋/森高千里」 - 八雲神社焼失と復活の経緯は? 歌詞に出てくる公衆電話は実在する!
- 名曲紹介
- 2011年03月10日
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写真は、こちらからお借りしました。
森高千里(もりたか ちさと、本名:江口 千里(えぐち ちさと、旧姓:森高 1969年4月11日 -))は、大阪府茨木市(おおさかふ いばらきし)出身の歌手・作詞家・作曲家・ドラマーです。
森高千里は、九州女学院在学中の1986年夏、大塚製薬が主宰した「第1回ポカリスエット・イメージガールコンテスト」でグランプリを受賞します。
翌年の1987年春、東宝映画『あいつに恋して』にヒロイン・松前千里役で出演し、5月25日に同映画の主題歌「NEW SEASON」で歌手デビューをします。
1989年、南沙織の楽曲のリメイク「17才」がヒットし、一躍人気ミュージシャンとなります。
今日ご紹介する「渡良瀬橋」は、1993年に発売された通算17枚目のシングルで、作詞は森高千里自身、作曲は斉藤英夫です。
自動リンク それでは早速、「渡良瀬橋」をどうぞ。
渡瀬橋/森高千里
この曲の歌詞はこちら。
「渡良瀬橋」は、森高千里が初めて自ら楽器演奏を行なった曲
「渡良瀬橋」は、森高千里が発表したシングルで、初めて自らドラムスやリコーダー等の楽器演奏を行なった曲です。この曲は、森高千里が1993年に新曲を作る際、地図を広げて「言葉の響きの美しい川や橋」を探したところ、まず「渡良瀬川」という文字が目に留まり、次に渡良瀬橋という橋があることが判明。その後、現地に行って橋の周辺を散策、そのイメージで詞を書いてできたものです。
この曲のヒットを受けて、森高千里は足利市から「足利のイメージアップに寄与した」という理由で感謝状を贈られます。また、2007年には足利市の出資で渡良瀬橋の近くにこの曲を刻んだ歌碑が建てられます。
渡良瀬川は、この曲によって全国的に知られるようになり、今や観光名所となっています。
歌詞に登場する「八雲神社」と「公衆電話」は実在する!
また、歌詞に登場する「八雲神社」と「床屋の角にぽつんとある公衆電話」は、足利公園の近くに実在します。 この公衆電話は、利用者の減少によりNTT東日本が取り壊す予定でしたが、市側の要望で回避されました。「渡良瀬橋」のプロモーションCDの映像に映っている八雲神社(同名の神社は現地にいくつか存在)
歌詞のモデルとなった「床屋さん」と「公衆電話ボックス」
「バーバーオザワ」さんという床屋さんで、十字路の角地に立地していて、歩道に公衆電話ボックスがある
公衆電話ボックスのアップ
公衆電話のそばには、「森高千里の『渡良瀬橋』に使われた電話ボックスです」ということを示す張り紙がある
電話ボックスには、森高千里からのメッセージが書かれたポスターが貼られている
渡良瀬橋の歌碑
※上記の写真は、以下のサイトからお借りしました。
床屋の角にポツンとある公衆電話おぼえてますか? (八雲神社へ行く途中) 紅葉の足利を勝手に駅からハイキング(13) [栃木県足利市]-悠々☆湯ったり☆ぶらり旅 [ゆゆぶ]
http://blog.livedoor.jp/keinosora/archives/20814760.html
「渡良瀬橋歌碑除幕式」―森高千里の部屋
http://www.moritaka-web.com/kahijomakushiki070428.html
渡良瀬に出てくる床屋の前の公衆電話を見学
https://trip.painfo.net/2011/05/post-595.html
八雲神社焼失と復活の経緯
2012年12月9日、歌詞に登場する「八雲神社」が全焼してしまいます。八雲神社は、平安時代の歴史書にも登場する古い神社なのですが、この火事で3階建ての本殿や拝殿など、およそ122平方メートルが見るも無惨な姿となってしまいました。
しかし、そんな時に神社に寄せられたのは、森高千里のファンからの激励のメッセージでした。
「一日も早い復興を待っています!」」
行動を起こしたのは、ファンだけではありません。
森高千里もまた、神社全焼のニュースに心を痛め、オフィシャルサイトでこの火災に触れ、また各地のコンサートで再建への募金を呼びかけました。
そして、自らも約187万円のお金を寄付。
結果、およそ3235万円の資金が集まり、八雲神社は再建のめどが立ったのです!
かくして八雲神社は、伊勢神宮に使われていた古材を譲り受ける形で2017年に復活し、同年12月9,10両日に落成式が行なわれました。
森高千里はその後、募金活動に対する感謝状を受け、自身のインスタグラムで、
「緑町の八雲神社の宮司さんがわざわざ会館にいらして下さり、再建の募金活動をした事で、感謝状を届けて下さいました」
と、感謝状を手にした写真をアップ、続けて、
「募金して下さった皆様、本当にありがとうございました」
と綴(つづ)りました。