「落陽(らくよう)/吉田拓郎」- オリコン週間41位を記録したヒット曲
- 名曲紹介
- 2023年04月30日
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写真はこちらからお借りしました。
吉田 拓郎(よしだ たくろう、1946年4月5日 -)は、 鹿児島県伊佐郡大口町(現・伊佐市)出身のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、フォーライフ・レコードの第2代社長です。
吉田 拓郎は、日本のシンガーソングライターの草分け的存在で、1970年代の初めに、当時マイナーだったフォークとロックを、日本ポップス界のメジャーに引き上げた歌手です。
また、大規模ワンマン野外コンサート、ラジオの活性化、CMソング、コンサートツアー、プロデューサー、レコード会社設立などのパイオニアとして、日本ポピュラーミュージック史において特筆すべき役割を果たした人物でもあります。
1970年4月に、吉田拓郎はインディーズレーベルのはしりであったエレックレコードに契約社員として就職し、1972年1月、CBSソニーに移籍し、アーティスト兼プロデューサーとして契約を結びます。
移籍と同時に発売した「結婚しようよ」が、オリコンチャート3位、40万枚以上の売り上げを記録します。
この曲のヒットで、それまで長髪の若者たちの反体制的な音楽としてしか見られていなかったフォークが、一躍普通の音楽として認知され、それまでサブカルチャーであったフォークが、メインカルチャーへ浮上する分岐点となりました。
さらに、「旅の宿」もヒットしたことで、作曲の依頼が吉田拓郎のもとに舞い込み、モップスに「たどりついたらいつも雨降り」、猫に「雪」「地下鉄に乗って」を提供。
吉田拓郎は、フォーク歌手としてだけでなく、売れっこ作曲家となり、さらに人気が高まります。
「旅の宿/吉田拓郎」 - オリコン1位を記録したヒット曲!|Super源さんの音楽ブログ
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落陽/吉田拓郎
いい曲ですねー。(^o^)
この曲は、オリコンチャートにおいて、最高順位週間41位を記録しています。
「落陽」は、1973年11月26・27日に中野サンプラザで行なわれた「吉田拓郎リサイタル」で発表された曲です。
この時の初演奏は、ライブアルバム「よしだたくろう LIVE '73」に収録されています。
この曲は、吉田拓郎のコンサートにおいては、「春だったね」とともに非常によく演奏される曲で、ファンからの人気も大変高い曲として知られています。
また、1990年代、に泉谷しげる(いずみや しげる)が主催したチャリティーコンサート「日本をすくえ!」で拓郎が参加したコンサートでは、常に場を盛り上げる曲として、最初の方で歌われていました。
「落陽」は、どのような経緯で生まれた? - 「落陽」誕生秘話
「落陽」は、どのような経緯で生まれた曲なのでしょうか?この曲は、作詞の岡本おさみが北海道を放浪した時の実体験に基づいています。
岡本は、旅の途中で、1人の老人に出会いました。
「落陽」は、この老人がサイコロ賭博(とばく)に明け暮れるようになった人生と、苫小牧(とまこまい)港から仙台港に向かうフェリーに乗る自分をわざわざ見送りに来てくれた際の、港での別れの情景を歌っています。