Super源さんの音楽ブログ

名曲紹介、作詞・作曲、音楽用語の楽しい覚え方、その他音楽にまつわることを書いていくブログです。可愛い音楽ブログパーツも配布しています。

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「ダウンタウン/シュガー・ベイブ」 - 初出アルバム「SONGS」からのシングル・カット曲

今日は、シュガー・ベイブの「ダウンタウン」のご紹介です。

ダウンタウン シュガー・ベイブ ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

シュガー・ベイブ(SUGAR BABE)は、1973年に山下達郎を中心に結成されたバンドです。

結成時のオリジナルメンバーは、以下の通りです。

山下達郎(やました たつろう)ーヴォーカル、ギター、キーボード、コーラス
大貫妙子(おおぬき たえこ)ーヴォーカル、キーボード、コーラス
村松邦男(むらまつ くにお)ー ヴォーカル、ギター、コーラス
鰐川己久男(わにかわ きくお)ーベース、コーラス
野口明彦(のぐち あきひこ)ードラムス

バンドの特徴としては、当時はまだ珍しかった、メジャー7thや分数コードなどのコード・プログレッションを多用するほか、コーラス・ワークに重点を置いた音作りで、際立った存在として一部の音楽ファンから支持を得ます。

今日ご紹介する「DOWN TOWN」は、1975年に発売された彼らの最初のシングルで、作詞は伊藤銀次、作曲は山下達郎です。

それでは早速「ダウンタウン」をどうぞ。( ^-^)/
 
ダウンタウン/シュガー・ベイブ

この曲の歌詞及びコードはこちら。

この曲は、アルバム「SONGS」からのシングル・カットで、アルバム・バージョンよりモノラルに近い、別ミックスで、フェイド・アウトが15秒ほど短くなっています。

また、1975年5月に発表されたエレックレコード唯一のプロモーション盤にも収録されています。

シュガー・ベイブは、1970年代初頭のサブカルチャーのロック・シーンにおいて、同じようなスタイルのグループが他になかったために、的外れな評論やいわれなき中傷も数多く受けました。
バンドの構造的宿命から1976年に解散しましたが、中心メンバーであった山下達郎や大貫妙子らのその後の活動によって、その名はさらに存在感を増しています。

ちなみにこの曲は、1980年にEPO、1982年に桑名晴子、2004年に福寿(ふくじゅ:シライシ紗トリ、清水昭男のコンビ)、2009年に荻野目洋子、2010年に坂本真綾(さかもとまあや)等、多くのミュージシャンがカバーしています。

また、加山雄三は、山下達郎と家族ぐるみで親交のあるミュージシャンの1人で、1998年8月26日に発売された通算11作目のスタジオ・アルバム「COZY」では、加山雄三の楽曲「BOOMERANG BABY(ブーメラン・ベイビー)」をカバーしています。

そうそう、伊藤銀次と言えば、彼は雑学が好きで、伊藤「雑学」銀次という呼ばれ方をされることもあるようです。

「親愛なる人へ/沢田聖子」 - 村下孝蔵を偲んで初めてギターで作詞・作曲した曲|歌詞の内容と制作エピソードも紹介!

今回は、沢田聖子の「親愛なる人へ」のご紹介です。
「親愛なる人へ」は、1999年に村下孝蔵が他界したのを機に、本格的にギターを手にするようになった沢田聖子が、村下孝蔵を偲んで初めてギターで作詞・作曲した曲です。
この曲には、制作に関する興味深いエピソードもあります。
この記事では、沢田聖子の人物紹介、「親愛なる人へ」の楽曲紹介、歌詞の内容、そしていくつかある制作エピソードの中から興味深いものを2つ厳選してご紹介します!


写真はこちらからお借りしました。

沢田 聖子ってどんな人?

沢田 聖子(さわだ しょうこ、1962年3月13日 -)は、東京都中野区出身のシンガーソングライターです。
担当楽器は、ボーカル、ピアノ、ギター。

沢田 聖子は、1979年5月25日に、クラウンレコードから「キャンパススケッチ」でデビューをします。
当時、「イルカの妹」というキャッチコピーにより、産休から復帰したイルカのカムバックリサイタルのステージにも立ちます。

以後、ライブを中心とした音楽活動、パーソナリティ活動などを積極的に行ないます。

彼女が活躍を開始した1980年代初頭においては、若い女性のシンガーソングライターは希少な存在で、そのルックスも相まって、男性層からアイドル的人気を得ます。
そして、80年代の女性ニューミュージックシーンを変え、アイドル性をもったシンガーソングライターの草分け的存在となります。

1980年には、学園祭出演数No.1を記録し、「学園祭のプリンセス」と呼ばれます。

「親愛なる人へ」名曲紹介

さて、それでは早速、「親愛なる人へ」をどうぞお聴きください。
 
親愛なる人へ/沢田聖子

この曲の歌詞はこちら

歌詞を読みながらこの曲を聴いていると、私は涙があふれてきます。(; ;)ホロホロ

「親愛なる人へ」の歌詞の内容は?

「親愛なる人へ」は、1999年に亡くなったシンガーソングライター・村下孝蔵を偲んで作られた追悼曲です。
歌詞には、沢田聖子と村下孝蔵の親交の様子が描かれています。
夏の訪れを感じながらも、突然この世を去った村下孝蔵を想い、その死を受け入れられずにいる心情が綴られています。
「少年の心のまま大人になった人」
という表現で、村下孝蔵の純粋な人柄を、
「天空で唄ってますか」
という問いかけで今も音楽を愛し続けているであろう村下孝蔵への思いが表現されています。

また、
「あなたのぶんまで今日も私は唄う」
という一節には、村下孝蔵の遺志を継いで歌い続けるという決意が込められています。

「親愛なる人へ」の制作エピソード

この曲には、いくつか興味深いエピソードがあります。

1. 初めてのギター作曲

村下孝蔵の他界を機に、沢田聖子は本格的にギターを手にするようになり、この曲が初めてギターで作詞・作曲した曲となりました。
この曲は、2001年のアルバム『祈り』に収録されています。

2. 毎年の追悼ライブ

沢田聖子は、村下孝蔵の命日である6月24日に「Forever Live ~親愛なる人へ~」という追悼ライブを毎年開催しており、沢田聖子自身が「アーティストとして活動を続ける限り毎年必ず開催する」と明言しているそうです。

このライブでは、沢田聖子は村下孝蔵の楽曲を弾き語りで歌い、自身の曲は『親愛なる人へ』のみが演奏されます。

深い友情と音楽への愛情が込められた、心に響く一曲ですね。

「ワンダフル・モーメント/松崎しげる」 - 「トリビアの泉」で松崎しげる色を再現

以前、松崎しげるの「愛のメモリー」をご紹介しましたが、今日はもう一曲ご紹介したいと思います。

曲名は、「ワンダフル・モーメント」です。


写真は、こちらからお借りしました。

それでは、早速お聴きください。( ^-^)/
ワンダフル・モーメント/松崎しげる

いいですねー。(^O^)/
今聞いても、とても素敵な曲です。

「トリビアの泉」で松崎しげる色を再現!

そうそう、松崎しげると言えば、以前フジテレビの「トリビアの泉」で、松崎しげる本人の肌の色を、分光放射輝度計を使って再現し、この色を「松崎しげる色」と命名していました。

そして、同番組内のコーナー「トリビアの種」では、なんと、松崎しげるの肌の色を絵具で作る場合、どの色の絵具をどの割合で混ぜれば良いかを検証。
その結果、朱色45%、黄色が25%、白16%、緑14%の割合で混ぜれば作れることを発見しました。

そればかりでなく、こうして完成した色を、サクラクレパスが「まつざきしげるいろ」と名づけ、10セット製作していました。