Super源さんの音楽ブログ

名曲紹介、作詞・作曲、音楽用語の楽しい覚え方、その他音楽にまつわることを書いていくブログです。可愛い音楽ブログパーツも配布しています。

Rss  Admin

「恋のフーガ」 - 名曲のご紹介

今日は、ザ・ピーナッツの「恋のフーガ」のご紹介です。

ザ・ピーナッツ(The Peanuts)は、愛知県知多郡常滑町(現・常滑市)出身の双子の姉妹によるデュオです。
略称は「ピーナッツ」。

メンバーは、姉の伊藤エミ(本名、澤田 日出代(さわだ ひでよ)(旧姓、伊藤)と、妹の伊藤ユミ(本名、伊藤 月子(いとう つきこ)の2人です。

ザ・ピーナッツは、1959年2月11日に、「第2回 日劇コーラスパレード」で歌手デビューをします。
そして、4月に「可愛い花」でレコードデビュー。
1959年6月17日から1970年3月31日まで、フジテレビ系の歌謡番組「ザ・ヒットパレード」のレギュラーに抜擢され、その後1961年6月4日から1972年10月1日までは、日本テレビ系の人気バラエティー番組「シャボン玉ホリデー」でメインの司会者を務めます。

また、日本国外でも活躍し、「エド・サリヴァン・ショー」(アメリカ)や「カテリーナ・バレンテ・ショー」(当時の西ドイツ。現・ドイツ)、「ダニー・ケイ・ショー」(アメリカ)にも出演したことがあります。

また、女優活動も少ないながら行なっており、映画などにも数作出演しています。
中でも、モスラでの「小美人(架空の妖精)」役は現在もなお根強い人気があります。

今日は、そんなザ・ピーナッツの1967年に発表された「恋のフーガ」をどうぞ。


恋のフーガ/ザ・ピーナッツ

ちなみに、この曲には英語バージョンもあり、2004年6月にキングレコードより発売されたザ・ピーナッツ レア・コレクションなどに収録されています。
また、この曲は2003年8月に小柳ゆき、2005年2月にはW(ダブルユー)がカバーしています。

「もう逢えないかもしれない/菊池桃子」- 制作陣が歌詞・メロ・編曲にこだわって作った名曲! 面白い裏話も紹介!

今回は、菊池 桃子の「もう逢えないかもしれない」のご紹介です。
「もう逢えないかもしれない」は、 康珍化(チンファ・カン)が作詞を、林哲司(はやし てつじ)が作曲と編曲にこだわって作った名曲です。
この記事では、菊池桃子の人物紹介、「もう逢えないかもしれない」の楽曲紹介、そしてこの曲にまつわる面白い裏話やエピソードを、5つ厳選してお届けします!

もう逢えないかもしれない 菊池桃子 ジャケットイメージ
写真は、こちらからお借りしました。

菊池桃子ってどんな人?

菊池 桃子(きくち ももこ、1968年5月4日 - )は、東京都品川区出身の女優・タレント・元アイドル歌手です。元夫はプロゴルファーの西川哲。

菊池 桃子は、叔母が青山で経営していた飲食店の店内に飾っていた菊池の写真が、たまたま来店した音楽プロデューサーの妻の目に止まり、スカウトされます。

菊池 桃子自身は、当時芸能界に対して特に強い憧れや目標とする芸能人が存在していたわけではなく、(考古学者になる事が長年の夢であった)「見てみたいと思った」程度の軽い気持ちであり、デビュー以前度重なるオーディションに、「自分には向いていない、辞めたい」と思ったと後年述懐しています。

が、デビュー後は、その愛らしいルックスと優しい人柄、そして裏表のない控えめな性格が幅広い世代に愛されて、一躍トップに躍り出ます。
1980年代を代表する、アイドル歌手の一人であることは疑いありません。

また、ささやく様な独特の歌唱、まるで普段着のような衣装と大きな振りつけのないスタイルは当時としては異色で、後にこのスタイルで活躍していく多くのアイドル歌手たちの第一人者となりました。

「もう逢えないかもしれない」名曲紹介

さて今日は、そんな菊池 桃子の1985年9月26日に発売された通算6枚目のシングルである「もう逢えないかもしれない」をどうぞ。
もう逢えないかもしれない/菊池 桃子

「もう逢えないかもしれない」の歌詞はこちら

「もう逢えないかもしれない」にまつわる面白い制作裏話やエピソード

1. シングル用ではなく「アルバム曲」として考えられていた?

実はこの曲、最初からシングル用として書かれたものではなく、アルバムに収録する1曲として制作が始まったという話があります。
これは曲のメロディが「バラード寄り」であり、当時のシングルにはアップテンポの「わかりやすいフック」が多かったためなんですが、制作担当のスタッフが 「これは絶対シングルだ!」 と周囲を説得してシングル化された、という逸話が伝えられています。(※この話は林哲司作曲曲についての一般的な制作話から類推された話として伝わっています)

2. 林哲司の作曲・編曲へのこだわり

作曲と編曲を担当した 林哲司(はやし てつじ)は、この曲について次のような 制作上の工夫 をしていました。

洋楽的アプローチを念頭に
Bメロのリズムやメロディは、英語圏のポップバラードのような洋楽的アプローチを念頭に置いたもの。

歌詞とのバランスを細かく調整
日本語の歌詞とのバランスを考え、言葉数やフレーズの入れ方にも非常に細かい調整をしている。
(日本語の母音・音節の長さがメロディに乗るように、仮の歌詞を当てはめて試行錯誤したそうです)

この話から、ただの“アイドルソング”ではなく 外国のポップ・バラード感覚を取り入れた実験的な作品 として制作されていたことがうかがえます。

3. 康珍化の歌詞と世界観にも深い工夫

「もう逢えないかもしれない」の歌詞は、康珍化(チンファ・カン)が担当し、普通の別れの歌以上に 想いが伝わらない切なさ を描いています。
「草原を抜けてミモザの駅まで見送りに行く」というような、具体的な情景が描かれることで、聴く人がまるでドラマを観ているかのような世界観が生まれているのも特徴です。

4. CMとの意外な結び付き

「もう逢えないかもしれない」は、発売当時、江崎グリコ ポッキーのCMイメージソング として使われていた、という話もあります。
CMのロケ地として紹介されていた駅は、1980年代に実在した地方の駅が使われたとするファンによる情報もあり(現在は廃線)、発見の楽しさもあります。

5. 現代になって再評価された背景

2000年代後半〜2010年代にかけて 、シティ・ポップ再評価のムーブメント が起こり、海外のリスナーを中心に菊池桃子の楽曲が再び注目されています。
特にシングル曲だけでなく、この「もう逢えないかもしれない」を含めたアルバム曲の音世界が評価され、若い世代でも聴かれるようになってきています。

「Lui-Lui(ルイルイ)/太川 陽介」 - ルイ・ルイの意味とルイルイダンスの振り付けを解説

今回は、太川 陽介の「Lui-Lui(ルイルイ)」のご紹介です。
「Lui-Lui(ルイルイ)」は、1977年に発売された曲で、太川 陽介はこの曲で、「第19回日本レコード大賞」を初め、各音楽大賞の新人賞を獲得しました。明るい曲調で、太川陽介自身が軽やかなステップを踏みながら、「ルイ・ルイ!」と叫ぶアクションが、当時人気を呼びました。
この記事では、太川陽介の人物紹介、「Lui-Lui(ルイルイ)」の楽曲紹介、歌詞に出てくる「ルイルイ」の意味とルイルイダンスの降り付けについて解説します。



写真は、こちらからお借りしました。

太川陽介ってどんな人?

太川 陽介(たがわ ようすけ、本名:坪倉 育生(つぼくら いくお)1959年1月13日 -)は、京都府中郡大宮町(現:京丹後市)出身の俳優、タレント、元アイドル歌手です。

太川 陽介は、1976年に「陽だまりの中で」で歌手デビューをします。
デビュー時のキャッチフレーズは「昇れ!太陽くん」。
翌年の1977年に、3曲目の「Lui-Lui(ルイルイ)」が大ヒットし、同年暮れの「第19回日本レコード大賞」を初め、各音楽大賞の新人賞を獲得します。

そして、1978年からはNHK総合「レッツゴーヤング」の司会を務めるなど、昭和50年代を代表するアイドルの1人です。

「Lui-Lui(ルイルイ」名曲紹介

さてそれでは早速、1977年7月5日に発売された、太川陽介の通算3枚目のシングルである「Lui-Lui(ルイルイ)」をどうぞ。
 
Lui-Lui(ルイルイ)/太川陽介

この曲の歌詞はこちら

楽しい曲ですねー。(^O^)
この曲は、オリコンチャートにおいて、週間最高では38位、6.3万枚の売り上げを記録。
太川陽介自身最大のヒット曲となり、1977年12月大晦日に放映の「第19回日本レコード大賞」など、新人賞を多数受賞しました。

明るい曲調に太川陽介自ら軽やかなステップを踏み、親指と人差し指を「L」の字の格好にして、「ルイ・ルイ!」と叫ぶポーズがトレードマークとなっています。

ルイルイ・ダンスとは?また、どんな振り付け?

歌詞中に、「ルイルイダンス」というのが出てきます。
これは一体、どのようなダンスなのでしょうか?

「ダンス」というほどのものではありません、
振り付けとしては、膝を軽く曲げ、身体は少し横を向き、顔はカメラ目線、そしてマイクを持っていない右手を前に突き出し、「ルイルイ」と歌いながら、おいでおいでをするように、手首を2回曲げます。

しかし、1977年7月3日にNHK放送の「レッツゴーヤング」で、この曲を最初に披露(ひろう)したときは、このような動きではなく、「ルイルイ」と歌いながら、目の前にある壁をドン、ドン!と2回押すような動作でした。

ルイルイの初期の振り付け イメージ
※このGIF動画は、管理人が以下のYouTube動画から作成しました。

「ルイ・ルイ」の意味は?

この「ルイ・ルイ」ですが、どういう意味なのかと思って調べてみましたが、特に意味はないようです。

太川陽介自身、この言葉について、以下のような発言をしています。

スポニチから引用
当時はイヤでしたけどね、だって、意味分かんないでしょ?よく分からなかったし、初めてフリを付けて歌ったし、恥ずかしくてしょうがなかった。

オリコンから引用
当時、ルイルイって呼ばれるのが嫌だった。意味わからなかったですから。安田雑学

しかしながら、さらに調べてみると、1963年にポーランド出身の「ザ・キングスメン」というロック・グループが、「ルイ・ルイ」(Louie Louie)」という曲を歌って大ヒットしています。
太川 陽介のルイルイがヒットする、14年前ですね。
私個人は、この曲のタイトルはここからとられた(あるいは参考にされた)のではないかと推測しています。
 
「ルイ・ルイ」(Louie Louie)/ザ・キングスメン(The Kingsmen)

なお、太川陽介は現在でも、懐メロの音楽番組などで、自身の代表曲として、この曲を披露しています。

「太川陽介」という名前の由来は?

「太川 陽介」という芸名ですが、これにはどのような由来があるのでしょうか?

「太川 陽介」という芸名は、都倉俊一の命名によるものです。
何故この名前にしたのかという理由については、都倉俊一いわく、

「太陽という文字を入れてみました」

とのことです。
非常に明快ですね。(笑)
太川陽介は当時、まさに名前通りのスターだったと思います。